頬が染まった
「あ、樫村さん!どう、灰島君の放送、良かったでしょう♡中性的な声で素敵だよねえ、僕見直しちゃったよ♡」
「は、はは、すごくよかったです、思わず飛んできちゃうくらいにですね、はい。」
五階のゲームコーナーカウンターに行くと、ものすごーくいいお顔で微笑む癒し系ナンバーワンがお出迎えっ!!めちゃめちゃ機嫌がいいなあ、もう……。若干引きながらも、笑顔をお返しして、さりげなーく、カウンター内で隣に立つ灰色の頭の持ち主に目を向ける…。
「おほめいただき、ありがとうございます。」
キラキラした笑顔を向け、スマートにお礼を言う新人君がー!!!なんでこう、幸せそうな顔をしているの、ああ、まっすぐ私を見つめるのはやめてええええええええ!!!
「今度からイベントの放送や時間放送もお任せしようと思ってるんだ、そこらへん説明してあげてね!興梠さんはね、今メンテナンスしてもらってるから!じゃあ、僕愛妻弁当食べてくる♡」
カウンターの上にばらばらと散らばっている紙をかき集め、小さな体でわっしとつかんで抱え込んだ牛島さんを見て、忙しそうだなあ、そういえばコイン台開放イベントが近いなあ、いつも大変そうだもんなあ、そんなことを思って、労いの気持ちを乗せつつお見送りなど。
「はい、いってらっしゃい!ごゆっくり……。」
カウンターから出ていく牛島さんと入れ替わって、一言、声をね?かけたんだけども!
「行ってらっしゃい、ごゆっくり。」
…ちょっと待って、アッシュ君と一緒に、ごゆっくりとか言ったら、なんかこう、二人でイチャイチャしたいからゆっくりご飯食べてきてくださいね的な発言に聞こえない?!
…あああ!!チビッ子いゲームコーナー責任者の顔に、「んもう(はぁと)言われなくてもちょっと長めに休憩取っちゃうから安心して二人でラブラブしてね(はぁと)防犯カメラあるからハメ外しちゃダメだからね(プンプン)」って書いてあるぅううう!!!
・・・ウインク、パチ♡じゃ、・・・ないっ!!!!!!
か、軽やかにステップを踏み踏み、倉庫奥の商談ルームに消えていったアアアアア!!!
「樫村さん、時間放送について教えてください。…牛島さんが、「樫村さんに詳しいこと聞いてね♡」って言ってたよ。」
しばし呆然としてしまった私の耳に、先ほど流暢な放送をこなした従業員のハイトーンボイスが届く!!地味に牛島さんの声真似上手いのがなんともっ!!!
ち、近い!!声が近すぎるんですけど?!さりげなく少々間を開けて顔をのぞき込みますと…ちょっと小首をかしげるのはね?!イケメンだしかわいいけど、なんだかあざとい感じで…ああ、もう……!!!
昨日の別れ際の事とか、完全にスルーしてるのがなんとも!!!きっと宇宙人にとってはあれくらいの事は大したことじゃないんだね、私ばかりがあせってテンパってパニクってえええええ!!!なんか理不尽だ……。
悔しいので、ごく普通に対応して、大人の女性の頼もしさを見せてやるんだからねっ?!
「ええと、時間放送っていうのは、決められた時間に流すアナウンスの事だよ。この…、放送ノートに文面が載ってるから、それを見て放送をかけるの。ここの、四角い部分は、場合に応じて言葉を自分で入れて……。」
カウンターに置いてある放送ノートを見せながら、冷静に説明など。真面目に人の話を聞く様子は、ずいぶん好感度が高い。説明するたびに頷きつつ、自分のポッケから取り出したメモ帳に何か書いてるのもポイントが高い。相変わらず仕事のできる人感がハンパないんですけど。感心しつつ、気を抜かずに、指導、指導……。
この放送ノートは、牛島さんがゲームコーナーの担当になってから作られたもので、店内放送に関する文面がいろいろと記されている。業務連絡やお客様呼び出し時の文言から始まり、オープン直後のご挨拶、お昼のご挨拶、おやつのご挨拶、夕方のご挨拶、閉店のご挨拶、イベント開催時の盛り上げるセリフまで、実に細かく網羅されているのだ。
おおよそ二時間おきに流されるアナウンスは、ゲームコーナーに足を運んで下さったお客様に対するお礼と簡単なご説明を申し上げる目的はもちろんの事、いわゆる防犯的な呼び掛けも兼ねていたりして、かなり重要な職務だったりする。フロアにはスタッフがいますよ、悪いことしちゃダメですよ、みたいな、ちょっとした威嚇的な意味合いも含まれておりましてですね。
前の担当者はずいぶん適当で、毎回台詞をカミカミしながらみっともない放送をしていて…、放送を入れることでかえってゲームコーナーの脆弱さを披露していた節があったんだよね。同じ轍を踏むまいと牛島さんが工夫を凝らした歴史が、このノートには刻まれているのである!
私も時々使わせてもらっているんだけど、ついつい業務連絡程度では手を伸ばし忘れてしまうというか。そして噛んじゃうとか。うん、今後は私もなるべく放送ノートを見ながらしゃべるようにしよう……。新人君に教えておいて、自分は使わないとか駄目だもんね。
「……なので、状況に合わせて、ページを開いて見ながら放送をかけてください。五分くらいは前後してもいいけど、忘れないようにね!」
「はい、了解しました。…僕、さっきこのページを見ながら、放送したんです。……ね、どの辺が良かった?」
……うっ!!
めちゃめちゃ得意げな表情を向ける有能新人アルバイトが目の前に!!目の色は違うけど、褒めてほしい時、この人こういう表情するんだよねえ、もうね、なんていうんだろ、心の中がホントあけすけというか、素直というか、駄々洩れっていうか、隠そうとしてないというか……、「ねぇ、誉めて!僕頑張ったの、えらいでしょ!」って、ふさふさのしっぽをぶんぶん振ってるのが見える、はっきり見えるよ!見えてないけど!
この人絶対嘘つけないよね、たぶん……。まあ、ウソなんてつかない方がいいに決まっているから、ある意味安心ではあるかな。
「話すスピードもちょうど良かったし、穏やかで耳触りがとても爽やかだったよ!…普段の口調と違うから、うん……、見直したし、すごく頼もしかった!いい声してるね、これからもたくさん聞きたくなったよ、頑張って!応援してる!」
……?なんだろう、目の前のアッシュ君の顔色が…やけに血色豊かな感じになってる。耳が赤い?もしかして照れてるんだろうか……。いつものゴーイングマイウェイかつ全力で思ってることをだだもらししてる様子からは想像できないくらい…なんだろう、この…違和感は。
「あ、すみません、あちらのお客様がエラー出ちゃって。お願いしてもいいですか?」
頭をかきかきカウンターにやってきたのは、本日初勤務中のおっとりしたおじさん…興梠さん。仄かに…いや、かなり濃厚に漂っていた甘い雰囲気がスッと消え去り、賑やかしいゲームコーナーの空気があたりにながれる。
ハンカチを取り出して、汗を拭き拭きこちらを向く興梠さんの表情がなんとなく申し訳無さそうなのは、気を使っているのでは…。そうだなあ、ちょっと気弱な感じのオーラが漂ってるし、こちらが気を配らないといけないタイプかも、注意しておこう。忙しそうだから聞けない、聞いたらダメかもしれないと思い込んで、全部自分で何とかしようと考えちゃう人、わりといるんだよね。事が大きくなってどうしようもなくなってからようやく他人に助けるような人もたまにいるから、ここはどんな些細な事でも、すぐに相談できる
職場なんですよとアピールしておきたい。
「はい、伺いますね。樫村さん、ここお願いします。興梠さんは一緒に来てください。」
「は、はい。」
「なにかわからないことがあったり、困ったらすぐに呼んでくださいね。」
鍵の束を持って、カウンター内から出ていく頼もしい人に声をかけることを忘れない。
「はい、ありがとうございます。」
2日目の勤務にして、この落ち着き、この振る舞い。背筋を伸ばして、手を振るお客様のもとに足早に向かうアッシュ君の後を、小太りのぽてぽてとした歩みで追いかける興梠さんを見送る。
カウンターの上をおしぼりで拭きつつ、二人の様子を伺う。…うん、ちゃんとお客様にお辞儀してる、対応もできてる、興梠さんはひきつった表情だけど、アッシュ君は柔らかいスマイルを向けている、よしよし。
安心した私は、ニコニコしながらカウンターに戻って来る優秀なアルバイト君と一緒に作業するため、コイン洗浄の準備を始めた。




