クレームがはいった
「はい、それじゃ今日も一日よろしく!解散!!」
金曜日。ミーティングをいつも通りに終えた店長の顔が、早朝からテカテカと輝いている。昨日は朝から趣味の魚釣りに行って、夜はてんぷらパーティーをご家族で楽しまれたそうで。だからいつも以上にこってりしたお顔をしていらっしゃる模様。
「樫村さーん!」
「あ、牛島さん、おはようございます!昨日は休めましたか?」
散らばっていくスタッフの波をかき分けてこちらにやってきたのは、牛島さん。休み明けのその姿は、実にちんまりと可愛らしく、つやつやとしている。その後ろには、茶色い目のできる新人スタッフと、背の高いひょろひょろとした男性が。
今日からゲームコーナーに、また新しい人が入る事になったんだって。
ミーティングの冒頭で紹介された新人さんの、興梠さん。…店長と同じ年くらい?のおじさんで、主に平日の夕方から入るのだそう。これで副店長もようやくゲームコーナーから解放されるのかな?ちなみに、明日も新しい人が入ってくるんだとか。長らく欠員だらけで大変だったけど、今後はゲームコーナーもきちんと稼働していきそう、よかった!
「うん、ばっちりです!明日イベントなのに悪いねえ、またお昼お願いしま~す!」
私は今日も、牛島さんのごはん休憩のフォローに入る事になりましてですね。まあ、それは、全然、良いんですけども。…なんていうか、そもそも、あの新人バイト君の仕事っぷりからすると、フォローなんか入らなくても完ぺきに仕事をこなしそうな気がするんですが。
「はい、今日は、12時でいいでぅすか?」
…真っ直ぐこちらを見つめている、新人ゲームコーナーバイト君の茶色い目が、容赦なく私の事、射抜いてくるんですけど!!
アアア、焦って噛んじゃったじゃないの!!!…なんか、ちょっと灰色の頭の人の口元が緩んだような、緩んでいるような気が…いや、気のせいじゃ、ない!その余裕たっぷりの表情は、何なのよぅうううウウウウ!!!
「うん、僕ねえ、今日は興梠さんにつきっきりになっちゃうから、灰島君の事、優しく指導してあげてね♡」
テンパる私に優しい微笑みを返すゲームコーナー担当者の顔には……、どう見ても「も~、照れ隠しのために意地悪しちゃダメなんだよ♡堂々とラブラブしていいんだからね♡」って書いてある!!!癒し系社員ナンバーワンの、この上ない気遣い、気遣いがああああああ!!!ダメだ、ここで頭を抱えては…ガンバ、ガンバだよっ、す、素直おおおおおおおお!!!引き攣った笑顔を、お返ししてっ!!!
……私が、焦っているのには、挙動不審なのには、わけがある。
昨日、一緒に美味しいご飯を作って食べて、片づけて……、コインパーキングに停めてあるアッシュ君の車のところまで、お見送りに行ったんだけど。
―――アーン、カギ、カギが無いよう、どこ行った!!出て来い!!!ふひーん、帰れない、よーし、仕方ないでスーちゃんちにお泊り
―――落ち着いて!!大丈夫、この辺に落ちた音がしたから…一緒にさがそ、ね?!
車のカギをおかしなところに収納してしまったらしいうっかりさんが、愛用のタブレットをぶんぶんと振り回したところ、かしょんという小気味のいい音を立てて車の鍵が飛んでっちゃってですね。
薄暗い街灯の差す人けのない場所で、二人して這いつくばって鍵を探すことになりましてですね。
―――あ、あったよ、ほら…このロック板の影のところに……
―――わーん、どこ?はよ、はよちょうだい、よかったよう!!
マンガ肉の付いたスマートキーを手にして、後ろでわちゃわちゃしているであろう人を安心させるべく、にっこり微笑んで振り向いた、次の瞬間!!!
―――チュッ!!!
すかさず、唇をですね!?!今日は無事唇を死守できたと思っていたのに、安心していたはずなのに、まさかの不意打ちをですね!!
―――な、なんですぐにこういう事するのよ!!
すっくと立ちあがり、思わずポカポカやったら!!!!
―――目の前に唇があったら……奪いたくなるに決まってるだろ?
あっという間に目の色が変わってですね?!やけに色気たっぷりの表情で見つめてきましてですね!!!もうさ、何なんだろう、ひょっとして毎日キスしないといけないっていうルールでも設けているんじゃないのってね?!
―――バカッ!もう、知らない!
私は一目散に、自宅に逃げ帰ったわけですけれども!!!なんでこう、俺様宇宙人とは、こういうお別れの仕方しちゃうんだろうってね?!
……昨日、あんな別れ方したから、恥ずかしくて目が合わせられないっていうか!!!
ああ、めちゃめちゃ視線を感じる、とても目を合わせられないイイイイイイイイイイ!!!!
「あ、カッシー!ごめん、ちょっといい?」
「は、はい、何でしょう。」
昨日の事を思い出してたら、ぼーっとしちゃったみたい。店長の声に、少しだけ驚いて慌てて後ろを振り向き、返事を……。あれ、何だろう、ずいぶん表情が、硬いような気がする。
「なんか本社にクレームが入ってるって昨日連絡が入ったんだけど…何か、心当たり、ある?」
……もしかしたら、昨日のお客さんかな?財前さん呼べって言ってた人……。ヤダな、なんか、ちょっと…、気が、重くなってきた。
「ゲームコーナーに入ってる時に、財前さんを呼べと言われて。ちょっと、その…怒鳴られちゃいました。すみません。」
「え!!怒鳴られた?…大丈夫だった?」
ゲームコーナーに向かおうとしていた牛島さんがパッと振り向いてこちらに舞い戻ってきた。……茶色い目の従業員まで、一緒にこちらに向かって来ているんですけど。
「圧迫接客を受けたので、お詫びの姿勢を見せろと本部に電話が入ったそうだけど、状況がよくわからなくて。やくざに囲まれて逃げ出すしかない状況に追い込まれたって言ってるみたいでね。」
…圧迫?確かに…昨日の男性はマッチョではなかったから、三人のゴリマッチョを目の前にして、圧を感じたのかも、知れない。でも、ごく普通に空間を開けた状態でお声がけさせてもらっていたし、追い込むようなことは、していない、はず。
「その、高圧的に財前さんを呼べと言われて、少し私がひるんでしまったんです。そこに、三階でイベント設営していたメーカーの露木さんたちが作業終了を知らせに来て…私を庇ってくれたというか。対応を代わって下さったと…いうか。それで、お客様はもういいと言って帰ってしまわれて。ちょうどカメラの真下だったので、記録は残ってると思います。」
ファミリー向けのゲームコーナーとはいえ、トラブルが起きる可能性はそれなりに高いので、ゲームコーナーには合計五台の監視カメラが設置されている。両替機のところは一番高性能のカメラが稼働しているので、恐らく音声も拾えている…はず。
「了解。多分ね、今日本社の人が事情を聴きに来ると思うから、その事だけ頭に入れといてもらっていい?ちょっと俺防犯室行って確認するわ、そのあと…イベント打ち合わせ、しよ!」
「わかりました。……すみません。」
頭を下げると、店長は勢いよく事務所の方に行ってしまった。……おそらく、本社から、来るのは。……ちょっと、気が、重いな……。小さく、ため息を、つく。
「…ねえ、その人、もしかして前髪の長い、七三分けの白髪まじりのおじさんじゃない?リュックを右肩にかけてる、カッシーよりちょっと小さいひょろっとした感じの。」
「えっ…、そうですね、確かに白髪まじりだったような…、リュックはどうだったかな……。」
正直、怒鳴られたショックとパニックで、あんまり記憶がはっきりしない。……でも、私の、この動揺する感じを考えると、恐らく中年期以降の男性だった、はず。
「その人ね、前にもフォローに入ってくれた食品の吉田さんと平家さんの事、怒鳴りつけてるんだよ。どうも女性に強気に出るタイプの人らしくてね。……おかしい人だから、気にしない方がいいよ。カッシーが気に病むことはないんだからね?」
心配そうにわたしを見上げる牛島さんの後ろから…じっと私を見つめる茶色い目が。……ああ、心配、してるなあ、なんかちょっと、泣きそうになってるじゃない。
「は、ははっ!大丈夫ですよ!私忘れっぽいし!じゃあ、12時に伺いますね!」
少し居た堪れなくなった私は…、にっこり笑って、元気いっぱいに、真剣なまなざしを向ける人の前から、逃げ出した。




