料理がうますぎた
アッシュ君とモエちゃんのケンカを仲裁して和解の握手をさせた後、優良ドライバーにおうちまで送ってもらった私は…、一緒に晩御飯の準備に取り掛かることに、なりまして。
……どうやら朝からテレビ番組をしこたま見ていたらしい宇宙人は、情報番組内の、料理男子コーナーの影響をもろに受けた模様。マンションのヘルパーさんの助けを受け食材を用意し、作る気満々でマンションエレベーターに乗り込みましてですね。スーパーの袋を片手に、実に流暢ぎみに料理というものについて語りつつ、どうしても同じものを作ってみたいとおっしゃるので、メニューの予定を変更してキッチンで一緒に作ることになったのは良いのだけれども。
「あのね、塩はそんな上から派手にふらなくていいんだよ?!」
「でもテテビのタレントは手をまっすぐ上に伸ばし、そこから勢いよく一握りの塩を!!!こうすることで実にバランスよく全体に塩が、塩が!!!」
決して広すぎる事の無い、ごく普通のキッチンの、まな板の上の二切れの切り身に向かって、塩をぶちまける無邪気な料理初心者、初心者アアアアアアア!!!テレビ番組の演出の罪深さ!!!
「うん、あれはね、番組を盛り立てるためのパフォーマンスでね、うちは小さなキッチンだから、同じようにやると大変なことになるんだよ!ほら、塩があちこちに飛んでるでしょう?落ちた塩は使えなくなっちゃうんだ、こういうのをね、もったいないって言うの、…わかる?」
「モッタイナイ?!これがもったいないか!!ふうむなるほど、確かに魚表面に付着している塩の量と乗っていない塩の量はおよそ3:634、そうか、この場合直接魚表面に置くことでおよそ211回分の塩塗りが可能に!!ううむ、これがいわゆる用意周到?適材適所?四字熟語のむつかしさたるや。いやこの場合計算し尽くされるむぐむぐ……。」
……何やら神妙な面持ちで口を押さえつつ持論をつぶやいていらっしゃいますけども。魚を触った手で、躊躇せずに口を覆うのはどうかと!!
「食材はね、未調理の状態だと、口に入れたらおなかを壊…痛くなることもあるんだよ、だから調理中、料理してる時はね、その、口に手を置くのやめよう、ね?」
おなかを壊すというワードでアイスクリームが危険視された過去があるので、少々言葉を選びつつアドバイスを……。
「トリメチルアミンにピペリジン…地球上にありふれているこの物質、これはそんなおそろしい効果が?!ぐぬぬ、なんという危険物質に囲まれているのだ、人は!!!これは危ない、スーちゃん、一刻も早く僕のところにお嫁に来て!!ああ、心配でならないよ!その愛しい身が崩壊する前に、はよ、はよ!!!」
ああ、少々程度では、意味がなかった……。
ぴー、ぴぴーっ、ぴぴーっ!
「あ、ご飯が炊けたよ!スーちゃん、僕ジャーあっちに持って行くね!あのねえ、今日はぼくがご飯入れるから、任せてみて!すごい盛り方を学んだのだ!!昔話盛りって知ってる?!」
炊飯完了のお知らせ音に、まな板を洗っていたアッシュ君がいち早く反応する。
一緒に晩御飯を食べるようになったので、夜にご飯を炊くことにしたんだよね。だってやっぱり炊き立ての美味しいご飯、食べさせてあげたいじゃない?どれくらい食べるかもよくわかんなかったから、とりあえず三合炊くようにして、余った分は次の日の朝ごはんとお弁当に使うようにしたんだ。
「うん、知ってるけど、盛ったらだめ。ご飯は食べられる分だけ、ふんわりと盛るんだよ、何度おかわりしたっていいんだからね?」
キラキラした笑顔をこちらに向けてるんだけど、なんというか…、勉強熱心なのは素晴らしい、しかしながら、如何せんとんでもない方向に突っ走っている感がハンパなくて、どうにもこうにも引き攣った笑顔しか返せないというか!
毎回驚いてツッコミ?訂正入れるのもどうかなあって思うけど、ウフフ面白そうって返したら、絶対にやるとしか!冗談に聞こえる、本気のやる気って言うのかな、きちんと間違いを正さねばきっちり間違った方向 に突き進むわけで、ああ、相変わらず、一瞬たりとも気が抜けない!!!
「なんだ、それは残念…、天井までご飯を盛って感嘆の声をあげさせる予定が!!うググ、このテクニックはまたの機会に披露する、何か他の事で達成できへんかしらん?そうだ、たんぱく質の結合における分子間のЯ⊿θ※▽ⅹおよびⅹ☆υЖ⊆を昔話盛りを取り入れてみれば…?おお、いわゆる人体の構築物質の増長と変質、新たな人類へのむぐ、むぐ・・・!!」
……何やら神妙な面持ちで口を押さえつつ持論をつぶやいていらっしゃいますけども。洗剤の泡まみれの手で、躊躇せずに口を覆うのはどうかと!!
「洗剤の泡はね、口に入れたらおなかを壊…痛…体に良くな…ええと!!洗剤が付いた手で口を覆うのはやめようね!手に泡がついていたら、その、まず、泡を洗い流してから口に手を置くと、かっこいいと思うよ!!」
おなかを壊すというワードも、痛くなるというワードも危険視された今、恐らく体に良くないというワードも危険視されるはずで!!!おかしな行動をしないようにするためには、おそらく…否定をするのではなく、こうしたら魅力的になるよというアドバイスの方が効くと見た!!
「かっこいい?!これは良いことを聞いたぞ!じゃあね、今すぐ洗うわ!!ほら泡落ちたで、手を拭い!!いい?今から僕はやや水分の残るこの左手で口を覆います、見て、はよ、はよ!!!」
ああ、効果が絶大過ぎた……。
一緒に手を合わせて「いただきます」をすませた私の前に並んでいるのは、カジキのソテービネガーソース添え、温製ポテトサラダ、炊き立てご飯に、お手製おしんこ、プリン。
少々バタバタしたものの、アッシュ君の学びはずいぶん洗練?されていたようで、無事においしそうなメニューが並んでいる。
……正直、盛り付けのセンスとか、彩り?私の作るごはんよりも美しいんですけど!!すごいよ、ソースが弧を描いてて、その上にルッコラが2枚とか、こんなオシャレなメニュー、作ったことない!!!ビネガーソースのパプリカなんか、赤緑黄色と三色使ってるし、ポテトサラダに使ってる紫玉ねぎなんて初めて手にした……。
私のおしんこが、すごく地味に見えるんですけど……。しまったなあ、出さないで明日の朝ごはんで食べればよかった、かも。完全に見劣りしてる、なんか、へこむなあ……。
「すごくおいしそうにできたね、アッシュ君料理の才能あるよ!一緒に作って勉強になったもん!うーん、どれから食べようかな……。」
「……ホントに?!じゃあ僕がんばって色んな料理覚えるね!いろんなテテビ見て勉強しよう!!僕ねえ、どれ作ろうか迷ったんだよ、スーちゃんの喜んでもらえるの作れてよかった!ヘルパーさんがね、こっちのメニュにしなさいって進めてくれたの、大当たりだ!あとでチップはずんだろ!!!」
……ちょっぴり、ヘルパーさんがおススメしなかったらどうなっていたんだろうという不安も残るけど、おなかも空いてることだし、余計な心配はしないでおいしいご飯を食べさせて頂こうかな!
……ソースをたっぷり絡めて、カジキを一口…、うわあ!!!爽やかな酸味と、ほのかな甘み、口の中でほろっと崩れたところで、パプリカのシャキシャキ感と共に混じり合い…すごい、こんなに魚料理って上品に仕上がるもの?!白ワインが利いているのかな、ちょっと怖かったけど、フランベってものすごく食材を美味しくするんだね!!知らなかった!!!
暖かいポテトサラダも初めて食べるけど…、薄切りの玉ねぎのアクセントが利いていて、アンチョビの風味がホクホクのジャガイモとばっちり合ってて…、付け合わせのキュウリで時折口の中をさっぱりさせつつ、何度も食べたくなるやみつきの味!!
おいしすぎて、ついつい、食べることに夢中になってしまっている私がここに!!ヤバいなあ、ちょっとお茶飲んで落ち着こう……、あれ、なんか、アッシュ君の様子が……?
「……ねえ、なんでスーちゃんは正座してるん?ごめんね、気が付かなんだよ、もしかしてなんかの罰うけとるん?それはもしや僕が図々しくも食材を持ち込み調理してしまった為に発生してしまった所以?いったい何をして罰せられているというんだ、これは由々しき事態だ、グぬぬ、今からでも遅くない、僕もご一緒します、覚悟して正座するよ…。」
……はい?!
夢中になって箸でつまんでたら、いつの間にか神妙な顔つきで箸を置かんとする宇宙人が目の前に!!!しまった、美味しさに夢中になって、初料理初試食の大切な瞬間を蔑ろに!!!
「ちょっと待って、私は正座平気だからしてるんだよ、罰じゃないの、あのね、あまりにもアッシュ君の、一緒に作った料理がおいしすぎて、夢中になっちゃってたの!」
「本当に……?実は僕が勝手にご飯の材料持ち込んだから怒ってるんじゃ?スーちゃんは優しすぎるから、言いたい事言えなくて、実は今はらわた煮えくりかえってるんじゃないのかな、それで山でその不満叫ぶんでしょう、だったら今すぐ僕に!!!罰も受けるよ?」
確かに、用意しておいた晩御飯用の食材の心配はした、でも、一日二日つかわなくても問題はないし気にしなくても!!…そういえばこの人、すごく心の、感情の揺れに反応する人だった、しまったなあ、もしかしてさっきちらっとおしんこの事自信なさげに考えちゃったのも伝わってる?……下手に落ち込めないなあ、もう……。
「言いたいことはちゃんというよ!ごめんね、アッシュ君の料理が立派過ぎてね、ちょっとおしんこが似合わないって思っちゃったけど、材料の事は本当になんとも思ってないから!叫ぶのは別に、その…ただの気分転換だよ!!」
「そう?でもなんか、やっぱりちょっと悪いで僕も正座させてもらうよ、うん、よいしょ……。」
律儀に座り直す宇宙人!
「あのね、私は、正座がきつくないの、なんというか、すごくお料理がステキ過ぎて畏まりたくてね?!ホント気にしなくて大丈夫だから!!そのままリラックスして、胡坐のままで食べてて?」
「でもー!!」
なんとか正座をしようと躍起になるアッシュ君を宥めようと私が必死になるのには…、理由がある!
もうね、やらかし宇宙人団とのお付き合いも五日目ですからね!!この先の展開は予測できるんですよ!!!
どうせ正座して足がしびれて、立てなくなってよろけてその勢いを私が受け止めて、ついでにまた唇奪われちゃうやつでしょ?!
分かってるんだからね!!!むしろそのハプニングを狙ってるんじゃないの?!……そうはいきませんよ!
「分かった、じゃあ、私も胡坐かいて食べるから、ね?おそろい、一緒に胡坐かいておいしいご飯食べよう、ね!!」
「むぅん、わかりた……、あむ、あむ、あむ……、おいしい!このビネガがなかなか…、そうか骨をなんでもないよ!じゃがいも、ふぅむこれがいわゆるポテト論争、なるほど、いきなり出現ホントおいしいね!」
ちょっとお行儀は悪いけど、危機回避できたと思えばっ!




