助けが入った
「財前さん!お疲れ様です。時間になったんで、交代にきました!」
15:00、お昼休憩を取った後、イベント会場づくりに精を出していた私は、五階ゲームコーナーのカウンターにやってきた。
木曜日は牛島さんが公休なのでゲームコーナーの人員がおらず、社員がフォローに入ることになっている。いつもだったら、朝イチで私が入って、お昼休憩のタイミングで服飾の城さんに交代し、三時になったらインテリアの財前さんが入るという流れなんだけど、今日はイベント準備があるので担当時間を変更してもらったんだ。朝イチで城さんが入ったあと、昼から出勤した財前さんが入って、三時から五時まで私が入ることになりまして。
「あ、樫村さん!イベント準備できましたか?もし押してるようだったら、うち人員居るから残ろうかなって思ってたんですけど!」
おしぼりの補充をしている小柄な女性…、この人はインテリア担当の社員さんの、財前さん。今年二年目の、この店舗ではかなり若い社員さんで…そのキュートな見た目から、メリーゴーランドグループで一二を争うアイドル?として名高い人物だったりする。お正月の初売り出しポスターや新装開店の時のチラシの表紙の撮影のために本部から声がかかることもボチボチあったんだけど、そのたびにこう、熱狂的なお客様がですね。ストーカー騒ぎがあって以来、社員を使った広報活動はなくなったんだけど、その流れを作った張本人であらせられまして……。
普通なら怖がって泣いちゃうような案件なんだけど、なんていうか、実にこう、見た目とは裏腹に、したたかな女性といいますか。強すぎる女性といいますか。なんでも、学生時代にアマレス?だかプロレス?だかやってたらしくて、非常に、その、好戦的と言いますか。今度キックボクシングのライセンスを取ると豪語していらっしゃるんだけど、そのうちプロ格闘家としてデビューでもするんじゃないかって噂がですね。
……絶対に大丈夫そうなんだけど、念のためって、ストーカー騒ぎの時に護衛と称してご家族が日替わりで送迎した時期があったんだよね。
鈴村さんもびっくりの巨体を揺らしながらアイスをみちみち齧ってた弟さんは、体育大学相撲部の主将を務めてるそうで。
破壊力満点の棍棒みたいな腕を丸出しにしているお父さんはアームレスリングの現役選手だそうで。
竹刀を持って現れたのは剣道の有段者で師範を務めているお母さんだし、おとなしそうなおばあちゃんがやってきたと思ったら背中には長刀を背負っていて!!
超絶スポコン一家のお嬢さんなんですよ、ええ。身長も低いし、ホントか弱そうに見えるんだけど…、よーく見ると、指にメリケンサックタコ?があるし…、私たぶんこの人と戦っても絶対勝てないだろうなあ。…いやいや、戦うつもりなんて…ない!!!
「あのね、あとはプロテインを積むだけだからってメーカーさんが言ってくれたの、だから大丈夫ですよ!えっと、バイト君は誰が入ってるんでしたっけ?」
「食品さんの田中君がいますね、四時から服飾の菅さんが入るそうですよ。」
現在のゲームコーナーの人員は、基本社員が一人とバイトさんが一人。キッズコーナーが稼働していた時はバイトさんが二人いたんだけど、今は閉鎖されているので人員が削減されてしまったんだよね。ただ、夕方からは少し混むので、担当者の牛島さんがいない日はバイト君が二人フォローに入ってくれることになっている。あと、どうしても手が足りない時には店内放送をして、追加のフォローを呼ぶこともたまにあったりという感じ。
「了解です…えっと何か聞いておくこととかありますか?」
「おしぼりはこれで終了、あとはこのコインを洗浄機に入れるだけでした、やってからいきますね!…よっと!」
ザザっ!!が、がガガガ―ッ、ガッシャガッシャ……!!!
重たいコインのケースをいとも簡単に持ち上げ、コイン洗浄機の中に一気に投入した財前さん…、た、頼もし過ぎる!!
なかなか3000枚を一度に投入できる人っていないんだよね、ヒロシなんか毎回四回に分けて投入してるくらいだし。 なんていうか、インテリアの担当やってるのホントもったいない、スポーツコーナー担当してマッチョコーナー盛り上げてほしいというか!!知識も豊富だし、めちゃめちゃ適任だと思うんだけど、三階に近寄ろうとすらせず、むしろスポーツコーナーを敬遠しているんだよね、財前さん。曰く、かわいいインテリアが私を待っている、マッチョは暑苦しいから去れ!だそうで。
……財前さんはひ弱な細身が好きなんだって常日頃から広言していらっしゃるのですよ。身内にマッチョや巨漢がいるからって事らしく、ただいま絶賛事務の桃井君を狙って、手を変え品を変え奮闘していたりするのだけれど……。新入社員歓迎会の時に羽目を外し過ぎて、べろんべろんに酔っぱらって桃井君に絡んだ挙句、落としそうになっちゃって以来、気の毒なくらい避けられていてですね!!…ホントお酒の力って怖いよね、私は絶対こんな失敗は…しないと決めていたり。
「すごい、一通りの作業ほとんど終わってる!ありがとうございました!」
「いえいえ!じゃ、お疲れ様でーす!!」
軽やかなステップでインテリアコーナーへと向かう財前さんを見送らせていただく。ああ、後ろ姿までも可愛らしいですね、いいなあ、小柄な人は……。私もあと20センチ身長が低かったなら。……いやいや、低かったところで、凛々しい眉毛も少々低い鼻もやけに強気に見えるドングリ眼も変わらないわけで、うん、ない物ねだりってわかってた!はい、人は人、自分は自分、持っているもので最大限の魅力を発揮できるよう頑張りましょうってね?!はあ、……仕事、しよう。
……平日の夕方にゲームコーナーに入るのは、何気に初めてだったりする。いつもは午前中、あさイチに入っているから、ずいぶんお客様の傾向が違っていて…ある意味、新鮮だ。
夕方になると晩御飯の準備をしなくちゃいけなくなる?からか、小さなお子さん連れのお母さやおばあちゃんたちの姿がなくて、学生さんの姿がボチボチ多い。うちのゲームコーナーは、小中学生は夕方18:00以降は保護者同伴でないと入場することができないんだけど、それまでは子どもたちだけで入場することが可能となっている。基本ファミリー向けで、照明も明るいしもちろん完全禁煙、柄の悪い人は基本的に現れることがないから、安心して子供達がやってくると思われる。私が子供だった時は、親と一緒じゃないとこういう所に入っちゃダメって言うルールがあったと思うんだけど、今はないんだろうか……。
カウンターの中からゲームコーナー全体に気を配り、目を配り…、私はイベントの進行表をチェックなど。やらないといけないことはほぼほぼ財前さんがやってくれたので、正直やることがなくてヒマ…いや、時間に余裕があるのですよ!!16:00になったので、応援の菅さんも来てくれたから、フロアを回る必要もなくなっちゃってね?
基本、試飲会の企画はメーカーさんの持ち込みなので、私はあまりすることがないんだけど、ステージ企画もあるので、きっちりと目を通しておきたかったんだ。
一応話をしながら設営してたから何となくの流れは把握したものの、しっかりとしたタイムスケジュールのようなものは確認できていなかったり。露木さんは、イベントが始まったらなるようにしかならないんで大丈夫とか言っていたけど、私としてはできる限り出し物の内容を知っておきたいといいますか。当日露木さんや佐藤さん、和島さんのセリフを聞いて面食らう事がないように、全ての出し物?のあらゆる場面を想定しておきたいわけですよ。
午前中に新企画を入れるって話が勃発したから、手書きで修正の入っている部分もありましてですね。ええと、新フレーバーお披露目会、プロテインシェイキング講座、プロテインクッキングレシピ配布、プロテイン摂取タイミングについてのトークショー実況、マッチョポーズと掛け声体験、チビッ子持ち上げ大会、お姫様抱っこ体験……。
「スミマセーン、商品引っかかっちゃって♪…あれ……、いつものかわいこちゃん、いないの?」
「あ、ハーイ、少々お待ちください!」
お客様の声を聞いて、カギの束を首から下げてカウンターを飛び出そうと。
「チェっ…なんだよ、せっかく来たのに!来て損した!あんたじゃない、いつもの子、呼んで!」
いつも夕方に来ているお客様だろうか、普段と違うスタッフ…私がいるから驚いて?いるみたい。……財前さんのファンなんだろうか。なんか、ちょっと、うーん……。財前さん、いつもこのお客さん?の相手してるのかな?どうしよう、呼び出すべき?でも、財前さんだってインテリアの仕事があるわけだし、もしかしたらこのお客さんとトラブルになっている可能性もある。ちょっとストーカーっぽい気がする。素直にハイお待ちくださいねとは…言えないような。
「あ、今日は私が当番なんです。いつものスタッフは、今四階で
「イイから呼べよ!!気が利かねえ女だな!!!」
!!!!
突如強気な発言をした、男性に、思いがけずびくっと…体が。……体、が。…大丈夫、落ち着け、私。この人は……少し苛立っているだけ。大丈夫、ちゃんと誠心誠意対応すれば、わかってくれ
「おい!!!なにぼーっと突っ立ってんだよ!!呼べっつってんだろ!!!」
強い言葉に、怯んでしまった、その時!!!
「うっす!!!作業終わりましたー!なんですか!もめ事ですか!!!」
「お疲れっす!!なんか手伝う事ないすか!!困りごとなら、お助けするっす!!!」
「あ、このモップやらせてもらおうかなぁ、僕ねえ、ゲーセン大好きなんですよぉ!ゲームコーナーで怒鳴り声とか、やぶさかじゃないっていうかぁ!」
マッチョ軍団がご登場!!!
「あ、ちょっと下に行って探してきますので、お客様はここでお待ちください。」
「お客様、どういったご要望がございましたかね!」
「お客様、何をお求めっすか?」
「お客様、こちらでお待ちいただいてもよろしいですかぁ!」
「っ!何でもないです……もういいんで。」
三人のマッチョに囲まれた男性は、そそくさとエスカレーターを降りて行ってしまった……。
「……樫村さん、大丈夫ですか?顔色悪いですよ。…プロテイン、飲みます?」
「…は、ははっ!!!も~、露木さんってば!!私は運動した後にしかプロテインは飲まないって決めてるの、だってほら、これ以上ごつくなっちゃったら大変ですもん!!」
「えぇー!全然ごつくないですよぉ、僕の姉ちゃんなんか持ちあがらないからねぇ?!」
「ごついってのは80キロ越えてからの世界っす!!そもそも樫村さんは抜群のプロポーションすからね?!」
……うん、……ふふ、良かった。……私、助かった、みたい。




