鐘が鳴った
海の子湖SAには、中央センターを囲むようにして広がっている遊歩道が二本ある。高台から雄大な景色を望む絶景展望ポイントのたくさんある北側散策コースと、湖に面した波打つ湖面のさざ波や鳥、魚なんかを間近で観察できる南側散策コース……どちらも人気なんだ。
南側の遊歩道を歩いていると、少し…潮の香りがする。あまり潮の匂いが好きじゃない人もいるみたいなんだけど、私はわりと、好き。もともと海に憧れあるし、いわゆるひいき目ってやつかな?潮の満ち引きがあって、いわゆる波打ち際が存在しているのも、地味にポイントが高い。湖だけど海に繋がっているんだなって、しみじみと感じるっていうか。
この湖は水深も浅いから湖岸は緩やかな砂浜がほとんどで、夏には水遊びをするファミリーもボチボチいる。確か潮干狩りなんかもできたはずなんだけど、私は一度もやったことがない…いつかやってみたいなあって思ってるんだけどね。
夏だったらなあ…砂浜まで下りてもいいんだけど、ちょっと今の時期は風通しが良すぎて…どうしようかな。砂浜に降りる階段を目の端に捕らえながら、少々判断に迷っていたり。目の前で湖を見たら、また怪しげなものを発見してしまいそうな人が真横にいるからなあ、イマイチこう、気が乗らないというか。なーんか、さっきから波打ち際を凝視してるんだよね、またおかしなものを見つけてしまったんじゃないかと、気が気じゃないっていうか!!
「ねえ……、僕ね、すごく気になってることが、……あって。」
「へぇッ?!な、何?!」
ちょっ……!ついさっきまでご機嫌でご飯バクバク食べて、お茶も二杯おかわりして満面の笑みだったのに、何で二分歩いて湖面のさざ波見ただけでそんな…切ない表情?!落ち込んで口ごもるのとはまた違う、唇を噛みしめるように言葉を絞り出しながら、言わなきゃいけないような何かが…?!も、もしかして、地球の危機が差し迫ってるとか、そういう系統の重い話……?!
「今日の…、晩御飯何にする……?晩御飯の買い物、するよね?!したいなあ、しようね、してくれる?もしかしてしない?そんなんやだ!!今日もおいしいスーちゃんのごはんが食べたいのに作ってくれなかったらどうしよう……!!僕ね、美味しいご飯食べたら晩御飯が心配で心配でいてもたってもいられなんだよ!!」
……この人はなんでお昼ご飯を食べて五分と経っていないのに晩御飯の心配をしているのでしょうか。泣きそうな顔をして、私の両手を握りしめて言うセリフじゃ…ない!!
「帰りに産直市場に寄っていくから安心して?晩御飯もちゃんと作るから!」
「ホントに?!ありがちゅう、今日は何作ってくれるのかな、楽しみでならないよ、僕ねえ今日は何が食べたいかな、しばしスーちゃんにお任せが恐らく正しい判断、だがしかし人肉社長おすすめのプロテインふりかけご飯リクエストしたい気持ちが溢れにあふれ!!マッタリコクがあり、パッサパサの水分を奪いつくす口腔内粘膜の敵らしいんだけどおそらくスーちゃんの調理テクニックなら何とでもなるに違いない!」
……人肉社長はなんでいつもとんでもないことばかり無知な宇宙人に吹き込むんでしょうか。プロテインは、ご飯にかけて食べるものじゃ…ない!!!
「うーん、今日は、美味しそうな旬のお野菜とか見繕って、一緒にメニューを考えながらお買い物しようと思っていたんだけど……、プロテインはまた今度にしない?」
「また今度?!という事はまた次があるってことだ!よーし、じゃあね、僕とっておきのプロテイン用意しておくね、激うまショコラーテ味まだ開封してへんけど持ってったろ、それとも超すっぱウメ味持ってったろかしら、秘伝の極上ザンギ味がご飯に合いすぐるって聞いてたんだけどな、うーん一気に持って行くべきか、それとも毎日違う味を持って行くべきか…???」
……どうしよう、私プロテイン料理とか、調べておいた方がいいのでしょうか。……いやいや、そういう問題じゃ…ない!!!
おそらくたくさんストックされているであろうプロテイン、少しでも減ろうものならこれ幸いと人肉社長が乗り込んできて追加していく姿しか想像できない!! おかしな食生活を改善するためにはプロテインをプロテインとして正しく消費していく道を歩むべきであって!!!
…そうだなあ、アッシュ君の朝ごはんとかもチェックしていかないといけないよね。晩御飯は食べさせるにしても、朝と昼は自分で頑張ってもらわないと。今はまだ食べる専門だけど、いずれは自炊もできる方向に持って行ってあげたいところ、…意外と器用そうだし、料理の楽しさに気が付いてくれたら何とかなりそう……。
「あ、ねえねえ、スーちゃん、あれなんだろう!!なんかあっちからめっちゃいいエコーが飛んできてるんだけど!!ねえねえ、見に行きたい、見に行こう、見に行くしか!」
「えっ?はい?わ、わあ、ちょ、ちょっと?!」
今後の料理男子育成計画を練っている私の手を取り、ずんちゃかずんちゃか歩いていく強引な、強引すぎる、灰色頭―――!!!
ヵ――――ン……!カァ――――ン……!!!
左手を握りしめられたまま湖沿いの遊歩道をしばらく歩くと、澄んだ感じの…鐘の音が聞こえてきた。遮るもののない、湖の上に、心地良い鐘の音が広がっていく感じ?音がのびのびしてるみたい…きれいな音……。
「ねえねえ、あれは何だろう?わあ、いいエコーがあふれだしてる!いいなあ、僕もやりたい、やりたいよう!!」
アッシュ君が指差す先には…、鐘のモニュメント。仲の良さそうなカップルが、二人で鐘を鳴らしている。ああ、幸せそう、見ているだけで微笑ましい感じ…、これがいいエコーが飛んでいるってことなんだろうか……。
この鐘のオブジェは、その名もずばり「恋人の鐘」といいましてですね。……恋人同士が、ここでその音色を響かせることで、神に永遠の愛を誓うとか、なんとか。何度も来ている海の子湖SAだけど、この鐘は…さすがに、鳴らしたこと、ない。
……一人ぼっちの年頃女子が鳴らせるわけ、ないよね?!
もう何年も、この鐘を鳴らす幸せそうなカップルを横目に見ながら、丘の上のベンチでウナギフィナンシェをかじってたんですよ…。ちょっぴり照れながらおじいちゃんと一緒に鐘を鳴らすおばあちゃんを見ていいなあって思いながら、木陰のベンチで焼売串をかじってたんですよ…。
「スーちゃん、一緒にならそ!!!このひもを引っ張るらすぃ、先ほどのお二人は一緒にやってたよ、いい音なるかな、鳴るはず!鳴るに違いない、鳴らさねば!」
ま、まさか自分が鳴らすことになろうとは!!
なんかこう、すごく、その、この場所に二人で立っているのがわざとらしいというか、見世物になってるというか、注目されてるというか、あああ、ベンチのおじさんがこっち見てる、通りすがりの老夫婦が微笑んでる、湖見てる高校生たちがバレバレの視線をこちらに向けている―――!!!
「ささ、はよはよ!!こっちを持つがええ!!いーい?一緒に引っ張るよ?」
「は、ハハハはい、わか、わかった…。」
ッヵ――――ン……!カァ――――ン……!!!
うわ、け、結構大音量だなあ、鐘の真下で聞く音色は、かなりこう、威力があるというか、耳の奥にビリビリ来るというか!!
そんなに大きな鐘じゃないのになあ、作りがいいのかなあ、あんまり間近で見た事なかったけど、何か音響設備?機構みたいなものがついているのかな、そんなことを思いながら、大きな鐘の中を下からのぞきこ
チュッ!!!
突然、青い空を背景に目の前に広がっていたくすんだ黄金色が、遮られ、てっ!?
は、ははははははははははははいいいいいいいいいいいいい?!
ちょ、はい?!
アアアアアアアアア!!こ、こんな所で?!はい、ハイ?はいぃイイイイイイイイイ?!
な、ななななな何勝手に人のく、唇っ!!ぬ、盗んじゃってる?!なんで隙あれば勝手にもってっちゃう?!ちょっとは遠慮というものをぉおおおおおお!!!ちょっとは羞恥心というものをォオオオオ!!!ちょっとはこっちに対する配慮のようなものをおおおおおおおお!!!!
あ、あああああわてて手にしていた鐘のロロロロロープ、ロープを離して、油断も隙もない危険極まりない遠慮なしの恥を恥とも思わないデリカシーのない無節操の宇宙人から、に、逃げ出し!
み、みんなこっち見てる!!ア、あああああああああああ!慌てて目を逸らしたよね?!今、いまああああああああああ!
絶対今の見てた、見られてた!だってほら今周りを見渡すと、ニコニコしたおばあちゃんに笑ってる学生さんたち、顔を逸らすお父さんにじっと見つめる子供、女子高生らしき二人組はそろってスマホをつるつるやってる、これ絶対今ツイッバンダーでなんか呟いてるよね、あっちのベンチのおじさんは忌々しそうにゴミをポケットに突っ込んでて、慌てて別方向を見るために首を振ったお姉さんに足元に視線を落としたお兄さん、丘の上にはこっちを指差してる小学生くらいの男子!!!
「あ、次の人たち来たよ、ここにいてはお邪魔になってしまう!ようし、向こうの方に移動だ!!ねえねえ、あっちのベンチに座ろうよ、あ、それともあちらにいらっしゃるご夫婦みたく芝生の上でゴロンする?」
「えっ?!はい?!わ、わあ、ちょ、ちょっと?!」
おそらく真っ赤になっているであろう私の手を取り、とったかとったか歩いていく強引な、強引すぎる、灰色頭―――!!!
「スーちゃん、ここらへんふかふかしてる!いいエコーダマリだ、ね、お願い、ちょこっとだけ寝転がりたい、寝転がらせて?あ、ピクニックシートはございますよ♪」
陽当たりのいい芝生の上に、パーカーのポケットから取り出したシートを広げるアッシュくん、……ちょっと待って、明らかにおかしい!
なんで取り出した時ハンカチサイズなのに、パタンパタンと広がっていく?!ニコニコしながら、シートを広げているけど、厚みがどう見ても違和感、慌てて周りをキョロキョロと見回す!…うん、誰も見てない、ヨシ!たぶん遠目なら、誤魔化せるはず……。
「さ、スーちゃん、こちらへどうぞ!」
「あ、ありがとう。お邪魔、しま……。」
靴を脱いでピクニックシートの上に足を乗せると、ほんのり暖かい!また、知らないテクノロジー感が私を襲う!
「ちょこっとだけお昼寝していこうか、だいじょうび、雨降ってもちゃんと弾いてくれるからね、溶岩程度なら蒸発するから安心して永眠できるよ!」
「30分たったら、起こしてあげるから安心して!?」
弾く!?溶岩?!永眠!?そんなの聞いたら、絶対眠れないじゃない!か、勘弁してぇえええ!
豪快に大の字になって、幸せそうに目を閉じた宇宙人の横に、そっと腰をおろした訳なんですけれども───!




