喜びが伝わらなかった
メリタニサービスエリアを充分に堪能した私たちは、高速道路を降りて南下し、只今海沿いの一般道を安全運転で走行中。
小夏日市とは雰囲気の違う、やや田舎田舎した風景が窓の外に流れてゆく。建物のない見晴らしのいい場所では、海の姿がちらほら確認できる。
赤信号で止まるたびに、ついつい目線を海の方に向けてしまう私がここに。海ってテンション上がるんだよね!!広いし!!どこかに車を停めて、砂浜を堪能してもいいかも!
「わあーい!あれは海だね!すごいなあ、地面側から見るとこんなにも印象が違うのか、なるほど上空を映すというよりも海面を横に突き抜けるから水の断面図として映像を捉えているのだね、フウムだからこんなにも鈍く輝き!!!すごーい、めっちゃ汚れてる!」
車の中ではしゃいでいるのは、ずいぶん遠慮のない感動をしている宇宙人!なんていうか、地味に傷つくなあ、私海大好きなのに……。
まあ、確かに…この辺りの海はマリンブルーとはかけ離れた色をしているけれども。なにを見て汚いって言ってるんだろう、色の事かなあと思うんだけど、ひょっとしたら海水の上に浮いてるごみとか見えてるのかもしれない。観覧車の中でも、遠くに見える鉄塔の上にカラスが三匹いるとか言ってたからなあ、たぶんものすごーく視力がよさそうなんだよね……。
「空から見ると印象がずいぶん違うのかも?この辺りの海はあまりきれいじゃないけど、沖縄の方は透明感があってきれいなんだって……。」
地球人…いや、日本人としての強がりなのかなあ?ついつい、海は汚い場所じゃなくって、奇麗な場所だってあるんだよと、反論?したくなっちゃう。あなたは汚いと判断したけれど、私はその海を見ていいなあって思ってるんだよという、恨み節的なものをほんのり乗せて返してみたり。
この海の向こうには自分の知らない町があるんだなっていう壮大な感じとか、海に囲まれているんだなあっていうしみじみとした感じとか、目の前に広がる水平線の感じとか、波打ち際の波の遊んでる感じとか、近隣の海辺の様子見を見ているだけで、私は充分満足できているんですけれども。
……私ってこう、安上がりというか、満足のレベルがお財布に優しいっていうか、喜びの沸点が低めというか……。しまったなあ、自分のレベルでおすすめポイントを選んでたから、ちょっと失敗しちゃったかも。普段空を飛び回ってる?と思われる宇宙人には、あまり魅力のない海に違いない……。
「はんはん、場所によって見え方が違うのか、それは知らなんだよ!きれいな場所もあるんだね、それも確かに気になるべやじゃあ今度のお休みは沖縄行こ?ぼくね、スーちゃんときれいな海みたいな、でもって二人で一緒に感動を共にしエコーを響かせ合い雰囲気に流されてぐふふ…!そうだ、僕の宇宙船で行こまい、大丈夫そのままさらうつもりやけ!!」
「あのね、沖縄はここからだと一日のお休みじゃ帰ってくることができない位置にあるんだよ。二連休取るのは難しいから、ちょっと行けないなあ、ごめんね?!」
さらう気満々の人と一緒に宇宙船に乗れるわけがないじゃない!!一回乗ったら二度と地球の土を踏むことができなくなるとしか思えない!!
「大丈夫だよぉ、僕の宇宙船はね、%☆△2ЖΘ◎が可能で、時間は関係ない…ちがうわ!!!スーちゃんはダメだ、乗れるけど飛べやん!!はうう、僕としたことが何たる失態、ああ、でも通常移動ならできるけん、恐らく二時間もあればいけるはずだよ! スピード上げたら10分で着くに!!人は秒速何キロまで耐えられたかしら、ええとー秒速2キロならいけるかな、ちょっと景色がゆがむかもだけど、沖縄着いたらパラダイスだからね、安心してね!」
秒速?!景色がゆがむって何!!!そんなの無理に決まってるじゃない!!!一回乗ったら命として存在できなくなるとしか思えない!!!
「あのね、私飛行機乗ったことないの、だから初めて沖縄行くなら、飛行機で行くって決めてるんだ、なので、ごめんね、宇宙船はちょっと!」
飛行機に乗ったことがないし、沖縄はおろか遠く離れた県外に行ったことすら数回しかなかったりする。きれいな海に憧れはあるものの、イマイチ重い腰が上がらないというか、踏ん切りがつかないまま来てしまったというか。ひとり旅はもっぱら車で行くタイプなのも幸いしていると思われる。
真っ青な海って動画や写真でしか見た事がないんだよね。心のどこかで……、きれいな海を見に行くことを諦めている節がある。仕事もあるし、1人で行ってもな、ってね。だからこそ、身近な海を見てもうれしくなってしまうという、この悪循環がですね。
「じゃあ、飛行機に乗ろう今すぐ!!…は無理だ、確か予約しないといけないと学校で学んだぞ!!他にも確かゲートをくぐる際は必ずΨΛ※Я▼をカバーすること…、ああ、もう僕もぎ取ったんだったから大丈夫か!でもⅹ☆υЖ⊆を出してはならぬ、分身体は収納しておくことそれからえーとなんだったかいな、グぬぬ、復習しておかねばならん!僕勉強しとくから、いつか一緒に飛行機に乗ろうね!うわあ、楽しみだなあ、飛行機の上でランデブーかあ、上空の気圧変換システム観察に空中に混じる汚染物質計測、飛来物の状況確認及び不法侵入者の痕跡検知……こりゃ忙しくなるぞ!!!」
絶対におとなしく飛行機に乗っているだけでは済まない可能性!!!学校で学んだことの復習が滞ることを切に願う私がここに!!
「あはは…そうだね、いつか私がまとまった連休取れたら、うん……、それまでゆっくり、復習しておいてね。」
「はーい!!」
有休、めちゃめちゃ貯まってるんだけど、しばらく取るのはやめておこう……。
海沿いをしばらく走った後また北上して、次の目的地である、海の子湖SAに到着!車を停めて、背伸びをしながら…あたりを見渡す。ああ、ホント今日はいいお天気。いつもよりも遠くが見えるし、心なしか海の子湖も輝いて見えるような。
海の子湖SAは駐車台数300台を超える大きめのサービスエリアで、メリタニSAよりは遊び所が少ないものの、広くて見晴らしのいい公園が隣接していて、のんびりと癒されるにはもってこいの場所。
大きな湖が一望できるから、遊覧船がゆったりと移動する様子や水遊びをするファミリーのエンジョイっぷり、釣りをする皆さんの華麗なテクニックなど…、実に平和そのものの景色を楽しむことができるのですよ。ごく普通の人々が穏やかに過ごす様をぼんやり見ているうちに、常日頃のストレスもどこかに消えてしまうんだよね。
私は平凡な日常が溢れるこの場所が、かなりお気に入りだったりするのだ。月に一度はこの場所に来て、こしらえてきたおにぎりを食べたり、名物のうなぎフィナンシェや焼売を食べたりしているのですよ!
「ここは海?なんか違うなあ、何これ!ずいぶん…、そうだなあ、青くないから海じゃないに違いないぞ、もしかして貯め池?谷池と皿池どっちだろう?川は…見当たらないなあ、この水の下にはかつて人々が住んでいた集落の名残が?」
「ここはね、海水と淡水が入り交じっている汽水湖なんだよ。…あっちにある案内板にちょっと詳しい説明があるから、見に行こっか。」
会話の随所随所に博識の欠片がほのかに見えるものの、やっぱりズレている感じがなんとも言えない。いつかばっちり知識が役に立つ状況が来たら、ちゃんと褒めてあげたいところなんだけど…そんなことを考えつつ、駐車場すぐ近くにある遊歩道へと移動、移動……。
「へえ、これは手すり?ずいぶん離れているのに安全性をきちんと確保している、素晴らしき配慮だ!植物を植えることで水の浸水を食い止める配慮まで。あ、これが説明書きかな?うむむ、これは…お…い、ずいぶん文字数が少ないが、これはいったい。もしや一文字に託された人々の思いをこちらで読み取らねばならないという高等テクニックでは?ははーん、さては耀司君が言っていた一文字に込められた人々の願いを読み取れるようになってこそ小説の神髄を知ることができるという奴なのかなるほろむぐ、むぐ…。」
「これはお手洗いの看板だよ!そんなものすごい物語とかないからね?!もう少し向こうの、サービスエリアの入り口にあるのが案内板だから!」
……どうも目に付くもの目につくものが珍しくてたまらないご様子。気を抜くとすぐに横にそれて行っちゃうし、おかしなものに注目しちゃうなあ、…仕方ない。
口元を手で覆いながらむぐむぐ言ってるアッシュ君の手を取り、ぎゅッと握って…大きな案内板のもとに向かう……、なんだかなあ、私、ホントお母さんみたい。子供が迷子にならないように、おかしな所ではぐれちゃわないように、変な物見つけて夢中になっちゃったりしないように目を光らせてる的な……。いたずらっ子の首根っこ捕まえて、つまみ上げてる気分なんですけど。
キッチリ手を繋いで、指差ししながら案内看板を読みあげて差し上げたのち、サービスエリアの中央フードコートを抜け、小高い丘になっている公園へと向かう。
今日は平日だから比較的人も多くなくて、未就学児を連れたファミリーや、カップル、おじいちゃんおばあちゃんたちがのんびりと散歩をしている。お昼が近いから、ピクニックシートを広げてお弁当を食べてる家族もいる…ふふ、幸せそうでちょっぴり心が和むなあ。
「ね、見て!ここからの景色、私大好きなんだ!大きな湖でしょう?自然って雄大だなって感じない?」
「そおだね!大きな空に、大きな海じゃなかった湖かあ、確かに比率が実に良い!」
まあまあ、笑ってる?私のお気に入りの場所、気に入ってもらえたのかな?やけに、じっくりと湖面を見つめていらっしゃ……。
「これなら多少のものも隠せるなあ、ふーん、かつての横暴な支配者の爪痕に…ああ、ЖΘ〇ⅹΔ%#の組合のタグだ、始末されたんだね、良かった良かった、おや、アレに見えるはモヘモヘ星人の宇宙船、あれ、なんであんなところに宇宙ネコの毛が落ちてるんだろう、ちょっと待て、あれは水のふりをしたオララ星の母船じゃね?!ちょ、これは通報案件だ!」
雄大でのんびりした湖、のどかな湖畔じゃなかったの?!
……めちゃめちゃドタバタじたばた騒がしい人が、真横にいるんですけど――――!




