蘊蓄が怖かった
≪≪♪1、3、2、2、豪快ラジオ♪…おはよーございまーす!11月4日、水曜日!いつも油ギッシュテカテカマスター、トニーと!蝶のように鱗粉をまき散らし蜂の様にぶっ刺す角田の!トニカク言ってみ~よ、はーじまーるよー!本日も元気いっぱいにぃ!楽しい話題をお届けいたしまぁす!ねえねえトニさん、ちょっと聞いてくださいよぉ……≫≫
愉快なミュージックとノリのいい掛け合いの流れる車内には、やけに沈んだ様子で助手席に座っているイケメン宇宙人。
……しまったなあ、さっきちょっと怒っちゃったから凹んでるのかも。
だっていきなりドア開けてお迎えに来るとか、怒っていいでしょ?!最新鋭の設備ではないけど、きちんと稼働してるセキュリティをいとも簡単に通り抜けるとか駄目でしょ?!かけてあるカギを外から勝手に開けちゃうとか絶対にダメでしょ!!
しっかり教えておかなければ、日中堂々と無断侵入して問題を起こす事必至!!!私の部屋だけならまだしも、善良な一般市民の皆さんの家に忍び込んで…いや、堂々入って行って通報からの宇宙人バレ、そして世界滅亡へ……!!!ダメダメ、そんなの私が絶対に許しませんよ?!
「アッシュ君、朝ごはん食べてきてないよね?今からね、一緒に美味しいもの食べるよ!あと20分くらいで着くからね!」
とはいえ、いつまでもプンプンしてたら、せっかくの楽しいドライブがつまんないものになっちゃう!気持ちを切り替えて、レッツ☆ゴー!!
「……ぅん、さっきまでは…腹部がややさわいでいたから…うん、たくさん食べたいな……。でも、僕は、胸が痛くて。」
ちょ!!なに、なんでこんなに落ち込んでる?!運転中だから凝視できないけど、ちらりと確認したら…め、めちゃめちゃ泣きそうな顔になってるじゃない!!!私そんなに厳しかった?!罪悪感がすごいんですけど!!!
「…スーちゃんを、怒らせてしまった、嫌われた…うう……もう、何も食べられないかもしれない……。」
なんでこんなことになってるんでしょうか……。
今まで私が散々怒ってきても、凹むどころか開き直ってたくらいなのにイイイイイ!!…ちょっと待って、そういえば、色々と怒っては来たけど、アッシュ君自身を怒るようなことはあまりしてなかったような気がしないでもない。俺様アッシュにはキツいこと言ったけど、よくよく思い出してみれば……ヘタレのアッシュ君には、厳しい事を言った事なかった、ような。もしかして、めちゃめちゃ打たれ弱いタイプなんじゃないの?これは、まずい!!!今後はあんまりはっきりとしたダメ出しはしないように気を付けないと……。
「今後はしちゃダメだってわかってくれたなら、大丈夫だから!!あのね、もう怒ってないよ、だから一緒に今日一日楽しもうね?」
「……うん。」
アアア!!なにか、何かアッシュ君のテンションの上がるもの!!上がるものない?ないー!?!焦る私の目の前に…大きな丸い建造物が!!これだ!!
「あ、見てみて、ほら、観覧車が見えてきた!あの丸いおおきいやつ、あれは観覧車って言うんだよ!朝ごはん食べたあと、一緒に乗ろ?あのね、私、今まであの観覧車に乗ったことないの、ええと…カップルで乗るやつだから、その…乗る機会がなくてね?アッシュ君が、一緒に乗ってくれたら、はじめて乗ることができるんだけど……。」
「カップルで乗る?!それはもしや恋人どおしのやーつ?!乗る、乗るのるのるよぅ、ねえねえ、どうやって乗るん?あのてっぺんに腰かけたらいいん?!じゃあはよ重力◎〇●※%#用意せな!!!よーし、今のうちに準備したろ!!ええとーげんざいの」
アアア!!あがりすぎたあああああ!!!さっきまでの意気消沈が嘘のように、タブレットを取り出してつるつる、つるつるつるつるぅううウウウウ!!!窓まで開けて、風受けながらなんかしようとしてるぅううウウウウ!!!
「特別なものは何も用意しなくても大丈夫だから!!!むしろ用意しちゃダメ!!高速道路走ってる時は、窓開けたらダメ!!!お願い、おとなしく前を向いてすわってて―!!! 」
「わかりた。」
じ、実に加減が難しい、難しすぎる!!頭を抱えたい、でも今は運転中うううウウウウ!!!私はしっかりとハンドルを握りしめたまま、サービスエリアに入るために、車線変更をしぃイイイイ!!!
メリタニSAはここ数年でかなり大きくなったサービスエリアで、駐車台数400台を誇る人気のスポット。年間来場者数は800万人を超えるというのだから、ちょっとしたテーマパーク並みなんだよね。温泉や産直市場、遊園地にイベントステージ、大きめの公園も併設されていて、お土産売り場はもちろんフードコートも充実しているから朝から晩まで、丸一日遊べちゃうんだけど、私はそこまで堪能したことは、ない。…なんていうか、女子がね、ぼっちで楽しもうと思うとね、なんだか、こう……涙が出ちゃいそうといいますか。か、悲しくなんか、ないんだからね?!
「わあー、スーちゃん、人がいっぱいいるね!!皆さん楽しそうだ、おや、あれは何だろう、ええと人が散歩してもらっているね、あれはどこの星の住人だろう、厳つい人肉をいとも簡単に操っている、ふうむ。おや、あそこには新型人肉スーツ、あっちには旧型の……。」
何やらトイプーをお散歩させているおじさんを見て、怖いことをつぶやく、宇宙人がここに!!!あれはペットのワンちゃんをお散歩させてるんだよね?!操っている?!っていうか、人肉スーツ?!アアア、怖くて事実を確認することができない、したくないイイイイ!!!…うん、気付かない、気付かない、私は何も気が付いていません、ここにいるのは善良な地球人の皆さんと、愛されつつ幸せそうにお散歩をするペットの皆さんしかいない、いないんだからね?!
「えっとね、今から朝ごはん食べるけど、何が・・・私のお気に入りのものを食べようと思うの。アッシュ君がどうしても食べたいものがあるなら、それを優先するよ、希望とか、ある?」
食べたいものを聞こうとして、そういえばこの宇宙人はまだあまり食べものの事を知らなかったと思い出す。いきなりおかしなものを食べたいと言い出す可能性もあるので、とりあえずは私のチョイスで様子見を……。
「ううん!スーちゃんのおすすめ食べる!何をすすめてくださるのだろう、楽しみすぐる!!ぐふふ、一緒に美味しいものおなかいっぱいだ!!そして食い倒れて動けなくなったところをすかさず!!ちょっと待て、一緒に食い倒れたら一日パアになる可能性!!やばいなあ、宇宙タクシー呼んどくべきだろうかしら。確か脳髄侵略タイプは今日休みだったはず、ううむかくなる上は二次元人こき使って……。」
「倒れるまで食べないからね?!ちゃんと厳選して、ちょうどよく食べるから安心して!!」
怪しげな言葉は聞かなかったことにして、二人並んでにぎわうサービスエリア内を散策しながら、フードコートのあるセントラルプラザに向かう。
すれ違う幸せそうなファミリーを見ては、チビッ子に手を振ってみたり、生け垣の樹木アートを見ては目をぱちぱちしてたり、間近に迫る観覧車を見上げては何やら考え込んでいたり。真横の宇宙人の表情をさりげなくチェック…ふふ、すっごく、楽しそう。くるくると表情の変わる宇宙人の様子を見て、なんだかとっても…心が和む。
「ねえねえスーちゃん、あれはなんて食べものだろう?子供がおいしそうに持ってるやつ!!僕は銀色のが食べたいです、…ダメ?」
「あれは風船だよ、食べられないから!!」
気を抜くととんでもない所から常識なしの爆弾発言が飛んでくるけどね?!
アアア、風船につられて進行方向を二度ほどずれていく、人間なりたて六日目の初心者、初心者アアア!!!うっかりはぐれちゃったりしたら大変なことになる!!人も多いし、しっかり手を繋いでフードコートへ向かわねばっ!!道をそれていくアッシュ君の左手を、ぎゅっとつかんで、進路進行方向を修正、修正……。
……はっ!!!何私自分から手、繋いじゃってるの?!なんか積極的すぎない?!アアア、でも今さら離せない、っていうかもうギュッと手を握られてる!!!
「僕しゅわしゅわも飲みたいな!一万円持ってきたよ!どこで買う?」
パーカーのポッケから丸まった一万円札を取り出す灰色頭!!!ああ、そうだ、お金の使い方も教えないといけないんだった……。
コンビニに行ってペットボトルを買いながら、お金について少々レクチャーをし、お財布はまだ買ってないので…おつりはポリ袋にまとめて入れて、ポケットへ。
たこ焼き屋さん、どら焼き屋さん、ピザ屋さん、はんぺん屋さんを巡って最後に焼き鳥屋さんに行く頃には、もうすっかりお金の使い方を、やり取りの仕方をマスターしてるとか…うん、やっぱり飲み込み、早い。この分なら、すぐに日本人に馴染むことができるはず。ほっとする半面、なんていうか、ほんの少しだけ、寂しさのようなものが、感じられなくもない。……気のせいかな、うん。
「うーん、どれから食べていいかわからない、ずいぶん、ええと…美味しそう?いい匂いがするなあ、この丸いぽこぽこの食べたい!ううん、全部食べたい、ねえ、一応食べ方聞いてもいいよね、箸がないよ、どうやって食べるん?」
フードコートのテーブルの上には、八個入りのたこ焼き、大どら焼き、マルゲリータピザがツーピース、しょうが揚げ、ねぎまが二本。…ちょっと買い過ぎたかも?
「えっとね、たこ焼きは…この爪楊枝で一個づつ刺して食べるの、この細いのは食べられないよ、でね、この大きな丸いのは半分こするね、手で持って食べていいよ、どら焼きはね、甘いんだよ、こっちの△のはピザだよ、手で持って食べてね、アッシュくんチーズ好きみたいだから、たぶん気にいると思うよ、しょうが揚げはこの串を持ってかじって食べるの、あんまり欲張りすぎると飲み込むのが大変だから少しずつかじってね、ねぎまも串を持って食べるけど、串は食べちゃダメだよ、……わかった?」
ちょっと一気にまくし立て過ぎたかも?聞き逃してて串とかつまようじ飲み込んだら大変だからなあ、よく見ておかないと。
「うん、わかった!いただきまーす!!」
恐る恐る、爪楊枝でたこ焼きを刺して…口に放り込む、宇宙人……よし、爪楊枝は、食べてない。安全を見届けた私も、たこ焼きを一つ…口の中へ。うん、ここのたこ焼きはしょうゆ味がついているソース無しタイプでね、久しぶりに食べた♡おーいーしーいー!!思わずにっこり、もぐもぐ……。出来立てほやほやでもないから、そんなに熱くないし、パクパクっと食べることができて…ふふ、しーあーわーせー♡ここのたこ焼き、宇宙一おいしいって思ってるんだー♡間髪入れずに、二個目のたこ焼きを突き刺そうと♪
「スーちゃん、めっちゃ幸せそうに食べるんだね!!おいしいねえ、そっか、美味しいって、こういう事かあ!!自然と笑みがこぼれる、なるほろ。溢れるエコーに包まれて胃袋の中に落ちて昇華されゆくOCTPDの末裔、その独特の粘液質を熱と炭水化物で固めて毒性を封じ込め、なるほどねえ、胃酸は防護膜を突破し…ふうむ、食うべき対象に食われることに落ち着いたのか、実に興味深い、もぐもぐ。」
ちょっ!!人がおいしく大好物を食べてる時に……聞きたくない情報を口にするのは、やめてもらいたいんですけど?!毒?!末裔?!食うべき対象が食われるってどういうこと?!……爪楊枝をたこ焼きパックの隅において、ねぎまに手をのばし一口、二口。うーん♡この炭火の香りと、しょうゆの香ばしさ、ネギの焦げがまたいいアクセントになってて、お肉もぷりっぷりでおーいーしーい♡
「僕もこの焼き鳥をいただこう、ハグ、ハグ…へえ、これは害敵駆除の香草だ!!昔はこれで人間は飛来意識体を退けていたんだけど、そうかあ、食べることでその成分を身に取り入れたのか、すごいなあ、歴史が目の当たりに、まの、まの!!恐竜もこんなに小さくなっちまってまあ……地上の覇者の衰退ねえ、涙出そう…でもたべりゅ。昨日食べたのとは違う部位ですね、これはいわゆる肩関節当たりの肉をこそげ落としてフウム、骨周りの肉はウマいといいますが、こそげ落とす際に不穏なDNAがこびり付いてああ、それがエグみになっているのかなるほどねえ…もぎゅ、もぎゅ…うまーい!!」
昨日ささみ食べた時はそんな話してなかったじゃないの!!!恐竜?!衰退?!アアア、昨日は食べるという行為に必死だったから、蘊蓄を口にする隙が無かったってこと?!不穏なDNAって何のこと?!ちょっと待って、このノリでずっと私はあまり耳触りのよろしくない、ダメージを負いかねない蘊蓄を聞かされながら食事をし続けなければならないという事でしょうか……。どうしよう、注意する?でもなあ、せっかく機嫌よくなったのにまた落ち込んじゃうって事は……!!
「あのね、アッシュ君、お食事中はね、美味しいとか、気に入ったとか、そういう感想はいいんだけど、その…食材の歴史とかね、ちょっと、私はあんまり聞きたくないっていうか……。」
「あ、ごめんなさい、じゃあ気を付けるね!!えっとこれはどら焼き、炭水化物だ!ばく、ばく……、……おーいしい!!こっちの白くて赤いぶつぶつのも……タンパク質、……薬になるんでしょう、しょうがって!おいしいねえ!!……おいしい、信じられないや、もみゅ、もみゅ……美味しいよぅ……!!!」
言い淀んでる部分が実に含みのある感じで……、余計に不安を増長するんですけど―――!!!




