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エコー  作者: たかさば


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33/85

優良ドライバーが現れた

「スーちゃん、住所教えて!このナビゲートは、住所をインプットすることにより、なんと音声及び軌道で車の進行方向を教えてくださるのだ!なかなか粋な計らいじゃね?視覚及び聴覚に訴えかけるという実に五感を生かした設定、脳髄に直接打ち込めばいいものをわざわざ!!そうね、ひと手間かける感じが日本人は好む傾向にあるのでした!たとえば直接食べればいいものをわざわざ乾燥させ粉砕しさらに水でふやかしてその水溶性分を摂取するお茶というシステム、さらにわざわざ遺伝子情報を分割し混ぜたうえで増殖させ肉体を構築するという……。」


 出庫した軽自動車に乗り込み、なんとも饒舌に理解できないことを絶妙に織り交ぜつつ語る宇宙人を、やや引いた面持ちで車の外から覗き込ませていただく。

 本当に、この人の運転する車に乗って大丈夫なのかなあ……。一応シートベルトはできてるな、ハンドルの位置もおかしくないけど、うーん……。助手席からハンドル操作なんてできないし、アクセルとブレーキだって踏めないし、いくらここから歩いて十分かからない距離とはいえ、非常にこう、助手席に座る勇気がですね。


「すみませーん、もう一台出庫の方見えるんで、あちらの待機所に移動してもらっていいですか?」

「はーい!」


 ムム、移動する様子をチェックして、動きを確認するチャンス!!おかしなハンドルさばきやアクセルの空ぶかし、タイヤの動きのぎこちなさ、何度切り返すのか、その他もろもろ目で見て、少しでも怪しい動きがあったら乗車拒否一択……。


「あ、奥さまはあちらでお待ちください。こちら車が出ますのでね。」

「私奥さんじゃありません!!」


 細心の注意を払って車の運転技術をチェックしていた私の耳に聞きなれない言葉が!!!思わずふり返って否定をしたら、肝心の駐車シーン見逃した!!ふ、不覚っ!!

 ……ちゃんと車の駐車スペースど真ん中に停止してるな、変な音もしなかったし、たぶん、たぶん大丈夫と思われる……。大丈夫だよね……。大丈夫、今の車は、エアバッグもあるし、シートベルトもずいぶん頼りがいがあり、車のボディもそんじょそこらの衝撃では壊れないようになっていて!!!急いで駆け寄り、覚悟を決めて、助手席に乗り込む!!!


 ごくり……。


「あーん、スーちゃんがはよ住所教えてくれへんで、ナビへそ曲げちまったやんな、動かへんやん、入力できなんだ、何これなんで、ボタン押せへんのん、何やこれ、改造したらな!!」

「ちょっと待って、今ブレーキ踏んでるでしょう、パーキングブレーキ、サイドブレーキかけないとナビは操作できないようになってるんだよ!!改造しちゃダメ!!まず足元の左側のペダル踏むの、わかる?!」


「はんはん、なるほど。」


 ギギギとサイドブレーキのかかる音がして、ナビの灰色になっていたボタンがカラフルになった。すかさず自分の住所を入力し、ナビ開始のスタートボタンを押す。


『音声案内を開始します』

「はーい、よろしくね!!」


 やけに陽気な声で、初ドライブが、始まったわけなんですけれども―――!!!



 ……。


 ……はい?!


 なに、この、安全運転、優良ドライバーっぷり!!!


 地下駐車場を実にスムーズに出たアッシュ君、ブレーキングによる衝撃はほぼゼロ、実に優しい加速に丁寧なハンドルさばき!道路沿いに駐車してある車をよけつつ、すれ違う車に爽やかにあいさつをし!!道を譲ってくれた車に、ハザードランプでお礼の気持ちを伝え!!!うちのマンションの横にあるコインパーキングに駐車する時なんか、片手でハンドルをぐるぐると回して、絶妙にカッコイイ感じがですね!!!!正直開いた口が塞がらないんですけど―――!!!


「どお?僕運転うまいでしょ!しまったなあ、スーちゃんち近すぎるよ、このまま地の果てまでドライブに行けばよかった、グぬぬ、次こそは!!!」


 これはうっかり車に乗ったら帰してもらえなくなるパターンなんじゃないの?!うっかりドライブに出かけようものなら、干からびるまで連れまわされる可能性!!!……もう乗れない!!!


「あはは、そのうちね?ええとね、私のおうちは、あのマンションの五階なの。車の鍵のかけ方わかる?」

「うん!このボタンを押すのだ!!ぽちっとな!!!」


 かたんっ!!


「車出てから押してね?!」


 運転技術は持ってるのに、この常識のなさ、モノを知らぬ感じ―――!!!車の運転前、運転中、運転後、いずれも片時も目が離せない奴じゃないの!!これはとても一人で運転させるわけにはいかない、あとできっちり説明および指導をしておかねば!!!己の使命を心に刻み込み、車から降りたわけですけれども!!!



 コインパーキングから徒歩30歩の場所にある、五階建ての、桜色のマンション。入り口には大きな桜の木が二本植えられていて、四月はずいぶん見ごたえがあるんだ。一階の人は掃除が大変そうだけどね。ツツジの植え込みの向こうには、私の愛車が停めてある駐車場があるんだけど、屋根がないタイプなので、雨の日はちょっと辛いのが難点。

 私は、この築15年のオートロック付きマンションの五階に住んでいる。つい二か月前まで女性専用マンションだったんだけど、この所の不況のあおりを受け?度重なる苦情を受け?そのくくりを開放する事になりまして……。


 基本、このマンションは今まで男性の立ち入りを禁止していたんだよね。親御さんとか、引っ越しとか、家電の取り付けとか、どうしても男性が入室しないといけない場合は事前許可を取ることになっていて、無断侵入三回で退去という厳しいルールが設定されていたという、徹底ぶり。私は、その厳しさに魅力を感じて入居を決めたのだけども、たまに彼氏を連れ込もうとしていた住人が一階に住んでる大家さんに見つかってもめてたりしたから、世間の需要は違うんだろうなあ…。


 ポストと宅配ボックスをチェックしてから、エントランスのテンキーを打ち込んで、ドアを開けてエレベーターに乗り込む。……いつもだったら、五階まで階段で上がるんだけど、今日はアッシュ君がいるから、珍しく文明の利器に頼ってみることに。ひもじい食生活してるみたいだし、体力的に五階まで階段上れそうにないっていうか、人目に付きたくないっていうか。


「へえ、ずいぶん密着度の高いエレベーターだ、いいねえ、なんかこう、幸せな気分!窓もないし、なんていうの、一緒に閉じ込められた感?このままずっとここに二人で閉じ込められていようか、いいね!!」

「ここには他の住民の皆さんもいるんだよ、このエレベーターはね、共有部分なの、勝手な行動はしたらダメ!」


 四人乗ったらいっぱいの、小さなエレベーターがいたくお気に入りの様子の宇宙人がここに。そうですね、あなたの住むタワマンは、ずいぶん大きなエレベーターを完備してましたもんね。エレベーターに乗らないから大きな冷蔵庫が買えないって言う悩みなんか絶対ないよね……。


 五階に到着し、エレベーターホールを抜け、自分の部屋へ。佐倉さくらマンション501号室、五階の角部屋が私のおうち。鍵を開けて、真っ暗な部屋に電気をつける……。長くのびる廊下が、パッと明るくなった。突き当りに飾ってある、お気に入りの空の写真の青と白のコントラストが目に映る。


「どうぞ、お上がりください。ええとね、靴はここで脱いでね?」

「はい。お邪魔します。」


 意外にも普通に靴を脱いで、靴の向きを変えて上がり込む様子を見て、また違和感が。こういうマナーは身についているのに、なんかこう、ちぐはぐな感じって言うのかなあ、知っててもらいたい、知らないことがとんでもない方向からぶっ飛んでくるっていうか……。


「あーんしまった、初訪問時は、手土産持参で畏まらねばならないとマナー教室の鬼教官が口を酸っぱくしていた!定番のまんじゅうも粗品もない、正に手ぶら、ただで人んちに上がり込んで貪り尽くされると思われてしまうがなどうしましょう、スーちゃんは正座五時間させる?僕ねあんまり正座得意じゃないの、勘弁して!!」

「させないから安心して?!」


 こういうところなんですけど?!だからもう、アッシュ君の通ってた人間のマナー教室主催者、ホント説教どころじゃ許しませんよ?!どこのどいつが誰に許可取って堂々とおかしな日本人のマナーを、常識を教えているの!!もしかして最近の非常識なマイルール振り翳すおかしな皆さんは、全員宇宙人の息がかかっているんじゃないでしょうね……疑えば疑うほど、しっくり来てしまう私がここに!!!


「今お茶入れるから、ここで座って待っててくれる?」

「はーい。」


 小さなカウンターキッチンにはテーブルがくっついていて、ハイチェアが二脚おいてある。その片方には、ヨガマットがたらんと掛けられているんだけれども……さりげなくクルリクルリと手早く丸めて、キッチンの奥に隠してみたり。わりとモノが少なくて片付けてる方だとは思うんだけど、突然のアッシュ君の来訪はですね、微妙に予期せぬ出来事であってですね。ええとー、他に見られてやばいものとか出しっぱなしになってないかな?!落ち着いているふりをしつつ、さりげなくさりげなく、部屋の中全体を見渡す―――!!!


 カーテン閉まってる、ゴミ箱は今朝片付けた、ベッドの上に下着が出しっぱなしになってないよね、床におかしなものは落ちてないかな、壁に変な写真貼ってないよね、パソコンはついていないから大丈夫、クローゼットはしまってるから大丈夫、アロマは焚いてないけどまあいっか……!!!電気ケトルのスイッチを押して、お茶っ葉とカップを二つ用意しつつテンパる心を落ち着かせ―――!!!


「ねえねえスーちゃん、これは何?僕これ食べたいな、食べていい?」


 アッシュ君が目ざとく見つけたのは、カウンターの電子レンジの上に置いてある梅干し!


 今年は梅の出始めが早くて、梅雨明け後に晴れた日が続いたこともあってものすごくいい感じに梅干しが作れたんだよね!わざわざ有給使って毎日干した梅干しの出来は相当なものでって!!こんなすっぱいもの食べさせたら、またおかしなことになるに違いない!!


「うんとね、今からごはんで使うから、それまで待ってもらっていいかな?それは梅干しって言ってね、私が作った漬物なんだけどね、単品で食べると、ちょっとうーん、くせがあるというか、苦手な人もいるの。」

「なぬ、スーちゃんが作ったちょな!それはぜひ食べたいものだ、くっきいしかり、うまいに違いない!このまま食べられないの?苦手とはいったいどういう事だろう、もしやくせという名の、いやいやあとで食べてみてもいい?よーしあとでこっそり食ったろ!!」


 調理に使うふりをして、梅干しの入った瓶を手元に下げる。絶対にこっそり食べてもらっては困る、どこかに隠さねば!!とりあえず調理スペースの端において、晩御飯は何を作ろうかと策を練る。


 あんまりものを食べた経験のなさそうな宇宙人のおなかがびっくりしない、優しいメニューを作るべきだよね。とはいえ、あっさりした物ばかりじゃなく、美味しいものを食べてもらって、食べる楽しみを知ってもらわないといけないわけで!!!


 今日は卵雑炊とやみつきピーマン食べようと思ってたんだけどな……。アッシュ君が来るって予想してなかったから、食材が乏しいのが気になる。冷蔵庫の中にはきゅうりが一本とピーマン二つ、とろけるチーズにバター、マヨネーズ、粉チーズにベーコンが二枚、卵が三つに焼肉のたれ、朝炊いたご飯がお茶碗に大盛り一杯分、冷凍庫にはひき肉にささみ、刻んだネギにうどんとアボカド……、あとは戸棚に乾麺が少しと小麦粉、パスタ、調味料各種。


 卵雑炊に、たたきキュウリの梅鰹和え、ピーマンとひき肉の炒め物に、ささみとアボカドのチーズ焼き……。アッシュ君、どれくらい食べるんだろう。あんまり食べさせ過ぎてもおなか壊しちゃうだろうし、足りなくておなかがぐうぐう言っちゃうのもなあ、ごはんが足りないのが痛い、おかず多めで乗り切るしかないけど、がっつりとした食材がないのがね。今後はご飯も多めに炊いて、お肉や野菜も多めに買い込んでおかねばなるまいって……何私これから毎日ご飯いっぱい食べさせる気になってるの?!


 ぶくぶく、ぼこぼこ……カツン!


 お湯が沸いたので、お茶のティーバッグを入れたカップにお湯を注いで、一振り、二振り……立ち上る花の香りが、鼻孔をくすぐる。素晴らしいアロマ効果で、焦る気持ちを少し落ち着かせてと。


「はい、これジャスミンティだよ、熱いから、気を付けて飲んでね。」

「これがジャスミンティですか、ふうむ、これはジャスモン酸メチルが水蒸気と共に舞い踊り、へえ、粒子が漂う事でふむふむ。熱を加え、水の状態が変わっているという奴だな!!沸騰とは温度がおよそ100度、ええと人は100度で煮えるはず、ちょっと待った、今から僕も煮える?!気を付けるというのはもしや突如煮えたぎって揮発する可能性?!ちょっと待った、そんなおそろしいものをスーちゃんが?!」


 しまったー!アッシュ君、熱い飲み物とか、飲んだことないんじゃないの?!混乱&興奮するようなものを出した、私の罪っ!!!あああ、せっかく落ち着いたのに、秒でまた大混乱!


「あのね、ただのお茶だよ、でも熱いからやけどしちゃうかもしれないの、その湯気が出てる間は、香りだけ楽しんでてもらっていい?」

「はんはん、了解、では遠慮なく。水蒸気、いわゆる湯気のゆらぎを楽しませていただきましょう、ふんふん……。」


 湯気の出ているうちに!!!手早く調理をすすめなければ―――!!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 33/33 ・ギャップですよ。ハチャメチャ星人なのにチグハグ [気になる点] アボカド、何に使うんじゃー! [一言] 人が100度で…
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