クッキーが食された
「スーちゃんお疲れさまー!のど渇いたでしょう、ホレ、遠慮せんと好きなだけ飲むがええ!!ふふ、いいぞ、疲れ切った時にしみわたる優しさと糖分過多な水分、身も心も太らせてぐふふ!!!」
踊り疲れてしまった私は、名残惜しそうに茂みに植わったモエちゃんに手を振って別れを告げ、地下駐車場の自販機コーナーにやって参りました……。ハイチェアに腰を下ろして、幅の狭いテーブルに肘を乗せたところで…やけに機嫌のいい灰色頭が見た目の良さを凌駕する、実にこう、品性の見当たらない笑い声が聞こえてきて!!!
「お茶でいいです!!その、一番上の列の、緑色の左端のを一本お願いします!!」
ちょっぴり捨て犬顔をして、唇を尖らせてお茶のボタンを押す宇宙人!!!がしょんという音とともに出てきたお茶を不服そうに渡すのはなんでよ……。
「……はい。遠慮せすとも、よろしいのにうググ。」
「ありがとう、ご馳走になります!」
手渡されたペットボトルのお茶をありがたく受け取って、一口、二口……。冷たいお茶が、ほてった体にじんわり沁みていく。
モエちゃんのダンスは非常にこう、陽気で明るくてとめどなくて、うん、確かに楽しかった、気持ち良く体を動かせた、いい感じにストレッチにもなった、地味にストレス解消になった!!
この年になって、お代官様と腰元みたいな、アーレーってやつやることになるとは思わなかったよ……。ごっついマッチョボディから伸びてるとは思えないほど、柔軟でコシのある枝が実に優しくフォローをしてくれるとは思わなかったよ!!心地よい疲労感と脂肪が燃えてる達成感がハンパないんですけど!!!
モエちゃんはあれだね、パーソナルトレーナーになったらいいんじゃないのかな。モエちゃんと一緒にがんばったら、鈴村さんもあっという間にスレンダー間違いなしだよ。公園内の警備員やってるよりも、絶対そっちの方が向いてると思われる。
「あ、そうだ。これ、忘れるといけないから、先に渡しておくね。えっと、昨日のパーカー。」
ずっと渡すタイミングを逃していた紙袋を、サイダーをぐびぐび飲んでいるアッシュ君に差し出す。ちょっと袋がよれよれしてるのはまあ、いろいろと振り回されたから仕方がない。……クッキー割れちゃったかな。
「あっ!これは昨日の服だ!あれ?これはなあに?なんかはいってるやん、見た目はやや穏やかで波動はかなりまろく、ああ、いいエコーがトッピングされているのかフウム何これ?」
「それはね、私が作ったクッキーです!クッキーに見えないかもでごめんなさいね?!」
少々棘のある声を返したところで、そういえばこの宇宙人はクッキーというものの存在すら知らないのかもとふと気づく。……そうだよね、よくよく考えたらアイスもよくわかってなかったし、人間の食べ物に疎いのかもしれない。
「クッキー?ああ、知ってるぞ、パソコンの記録用語ですね、しかしこれは物質のようだぞ、確か地球上ではいわゆる時空※∽θχ2фの圧縮はまだ確立されていないはず、もしやスーちゃんが第一発見書?!これは大変なことだぞ、人類の歴史が転換期に入る!マジか、マジだ、ようしでは早速中央に事例報告いやいやまずは自慢したろ!!!」
どうしよう、やっぱりどうしても何言ってるのかさっぱりわからない!!!
「これは食べものだよ、私が昨日のお礼を兼ねて、作ったの。卵と小麦粉とお砂糖とバターを混ぜて、焼いたものです!昨日は私を守ってくれてありがとう、そのお礼をね?!」
「食べ物?!スーちゃんが作ったの?!食べていいの?!ちょっと待って、ホントに?!」
うん……?なんか、アッシュくんがわなわなと震え「ッ……!!!スーちゃんが僕に食べ物を!!!作ってくれっ!!!うぅうう、食べ物を作って食わせる、その尊さを体験できるちょは!!食べ物は体内に取り入れられ、やがて血となり肉となる、すなわち体を構成する一部になる、つまり僕の一部をスーちゃんによってつくれれた、ぎゅおお、スーちゃんが僕の一部を作ってくれる、スーちゃんによって僕の細胞が生まれる、ようし、分裂した細胞にスーちゃん一号という名前を授けて培養しよう、これはいい細胞になるぞ!!!そしてこれを複製し、やがて宇宙中を席巻する人肉細胞として……」
なんかめちゃめちゃ壮大な話になってる―――――――――――!!!
「ちょっと待って!!そんな大げさな話じゃないってば、普通に食べてくれればそれでいいの、お願い、落ち着いて!!!た、食べてみてよ、変なものは入ってないから!!」
「わかりた。」
アッシュ君は、恐る恐る、袋の口をあけて、私が昨日焼いたクッキーを口に入れ……「ひょわ?!ふヘア?!はに?!ほにこれ!!ふにゅぅう、口の中が幸せのむぐむぐで、はむはむ、おいしい!!うググ、ボリボリ、ハックハック、ううんぐ、モグ…!!!止まらぬ手が次々に口の中にクッキーというスーちゃんの真心を!!!はぅう、この至福たるや誠に遺憾である!!ありがと、スーちゃん、僕はこの日を一生忘れない、この感動はまさに新星凝縮の瞬間に匹敵し、なるほど、人というものはこのようにしてエコーを増大し与え合う事で互いに高め合ってゆくのだな、これは絶対に発表しなければならないやーつだ!!」
めちゃめちゃテンションの高い様子で次々にクッキーを貪る宇宙人がここに!!!
クッキーひとつでこの大騒ぎ、こんなんじゃご飯とか作った日にはどうなっちゃうんだろう。ちょっとはりきってお弁当とか作って行ったら相当喜んでくれそう、相当作り甲斐ありそうで楽しみだな……って!!!何私ご飯作ってあげる気になってるの?!
「あ、あの、アッシュくんは、普段何食べてる?ひょっとして、あまり食べもののこと知らないのかな?」
確かこの体になってまだ三日って言ってた気がするから……今日で五日目?初めて食べるものに感動してる時期なのかもしれない。地球上には食べ物が溢れているから、美味しいものを選べなくて?私の作ったクッキーごときで感動している可能性がね?!
「普段はね、食べてないよ、人肉社長おすすめのドリンクを飲んでるんだ。人肉成分のたっぷり含まれた、栄養豊かな飲み物なんだけど、ぎうにうに溶かして朝昼晩に飲めと言われているのだ、この体になってから、ずっとやってる。いろんな味があるから、わりと楽しいね。味というのは、実に頼もしい感覚だね。でもねえ、あまりこの体に合わないみたいで飲んでしばらくたつとやけに腹部がぎゅるぎゅるぐぶぐぶ鳴るんだ。不具合なのかもしれない、だから僕はこの飲み物を飲んで腹部を黙らせるようにしてるのだよ。」
そう言って、クッキーをすべて平らげた宇宙人は追加のサイダーを購入して、うわ、また一気飲みしてる―――!!!……ちょっと待って、なんか、いくつかおかしなことを聞いた気がする。
「人肉成分って……まさか、人でできてる何かを飲んでるってこと?!」
「むむ、人は尊いんだよ、食用にするなんてとんでもない!!!ちゃんと人のために作られた、人が好んで捕食しているものだけど!いわゆるたんぱく質と脂質その他もろもろだよ、地球人が好んで摂取しているものを取り入れてるってば!人体構成物質を消化管に取り入れて吸収することにより、内臓が働いて肉体を維持するのだとちゃんと学んでるよ、なんか間違ってる?」
多分間違ってはいない、だけどなんていうか、ものすごく重要なことが欠落している気がする。
「あの、アッシュ君って、食べ物……食べた事ないの?」
「うん?さっきアイス食べたじゃん!ひどい目に合ったけど、あれはなかなかスリリングな経験ができたね、おかげで腹部の騒がしさも鳴りを潜めているよ、素晴らしきかな。食べ物粉砕経験はあるよ、消化器と排せつ器のチェックのために6つの基礎食品群たんぱく質、第2群カルシウム、第3群カロチン、第4群ビタミン、第5群炭水化物、第6群脂肪、すべて食べましたちょも、2800キロカロリー分、地味にきつかった!おいしくないし、細かく破壊するのがめんどくさくて。でもスーちゃんのくっきいめっちゃほろほろのうふんうふんで、とろんとろんのえへへで!!ねえ、お願い、また恵んでおくんなまし?」
ねえ、もしかして、アッシュ君って、ものすごくおなかが空いてるんじゃないの……?おなかが鳴るのは、不具合でも何でもなくて、健康な証拠で、何も食べてないからじゃないの……?
「あのね、普通、人って言うのはね、朝昼晩と、ご飯を食べるんだよ、その事は知ってる?」
「エネルギー補給という名の内臓疲労習慣でしょう、人肉社長曰く炭水化物は人体に多大なるダメージを与え、タンパク質は人体を形成するうえで必要不可欠とのこと、なので僕は社長おすすめのタンパク質を朝昼晩。」
人肉社長、今はやりのたんぱく質至上主義者?!圧倒的にバランスの悪い食事になってるじゃない!!!食事とはいいがたい、どこかのダイエットメニューみたいになってるじゃない!!こんな生活してたら、せっかくの健康な肉体もどんどん衰えていってしまう一方!!……ちょっと待って、そういわれてみればなんか少しやせたような?
「ねえ、アッシュくん体重とかって毎日測ってる?」
「ううん、体重って毎日測るものなの?山で60キロに設定して以来いじってないな、ちょっと待って、再度チェックを……。」
パッと手を開いて、タブレットを取り出した?アッシュ君は画面をつるつると……。
「あれ、55キロに戻っている、どういうことだこれは!!そうか、そういえば普通に歩いていてもなんだか鼓動が激しい、くっそー、あの人肉社長、また不具合だな!!こんなんマジ不良品やん、いいかげんな仕事して!!!許さん!!!うググ、再設定再設定……。」
どういう仕組みで体重測定しているのかわからないけど、どうやら毎日三食ドリンクのみの生活はきっちり肉体を縮小させているらしい…って!!!こんな食生活してたら、せっかくの健康な体がどんどん不健康に!!!完全にカロリー不足だよ、これは一刻も早い栄養補給が必要な奴なんじゃないの?!いくら設定し直し?ができるからと言って、人として生きているんだから、ちゃんとした人の食生活をね?!
「不具合じゃないよ、あのね、人って言うのは、肉体を維持するために、バランスの取れた食事をちゃんととらないとダメなんだよ!!」
「バランスとはいったい。では、いわゆる薬剤を取り込めばいい?人肉社長からBCCAとHMB、グルタミンにクレアチン、ええとあとアミノ酸にクエン酸、EAAに後なんだったっけかな、ビタミンC、カルシウム、ドコサヘキサエン酸にショウガ、葉酸にプルーンエキス、もろもろ貰ってるよ、メンドクサイから全部一気に飲んでいい?」
「だめだよ!!!」
人肉社長の罪が重すぎる!!!健康な肉体に不健康一直線の食事を勧め、食べ物のおいしさを教えることを放棄し、アスリートではない線の細い人間なり立てほやほやに玄人向けのサプリメントを押し付け……許すまじ!!今度会ったら三時間正座ぐらいじゃ済まない、自衛隊スクワット一億回くらいやらせてやるぅうううう!!!
「わかった、あのね、じゃあ、私がアッシュ君に、バランスの良いご飯食べさせてあげる。あなたのおうちには……ご飯の材料ないから、うちにおいで・・・・・・」
「ええっ!!!スーちゃんちにご招待してくださるちょな!!!ヒャッホウ♪わーいスーちゃんちだ!!」
ああああアアアアアアアアアア!!!!
勢いで私の家においでって言っちゃってる、言っちゃった、言ってしまったアアアアアアアアアア!!!
大喜びでスキップ踏んでる宇宙人、やっぱ来ちゃダメとはとても言えない!!!しまった、近くのレストラン街で一緒にご飯食べようくらいにしておけばこんなことには!!!こういうところが、私の私たるうっかりもののおっちょこちょいの流され癖っていうかあああああああああ!!!
「じゃあ、さっそくおうちに向かおう!!ぼく車お願いしてくるね、ふふ、楽しみ~♪」
テンションマックスの宇宙人は、よくわからない鼻歌を歌いながらおかしなステップを踏み踏み、地下駐車場の管理のおじさんの元へ。なんかハイタッチしてるのが見える、どれだけ喜んでるの……。
……まあ、仕方ないか。そうだね、乗り掛かった舟だもんね、しっかり面倒見させて頂かないとね。出来ることはやっておかないと、あとで後悔しちゃうもんね、うん、アッシュくんが栄養失調で倒れる前に気づけて良かったの、そういう事に、するんだからね?!
私はお茶を飲み干して、ハイチェアから立ち上がり。
意気揚々と車に乗り込む灰色頭の元へと、向かったわけですよ……。




