約束ができなかった
「すみませーん、クレーンに、引っかかっちゃったんですけど!」
「はい、少々お待ちください。」
穏やかに受け答えをして、にこやかに微笑みつつお客様の元に急ぐ、ゲームコーナー新人スタッフ。実にスムーズに、そつなくゲーム機筐体の扉を開け、にっこり微笑んで一言二言お祝いの言葉を贈り、商品を手渡す。内部に陳列されている補充分を定位置にセットし、扉を閉め、ボタンカバーを開けてエラー解除をし、動作確認をしたのち元に戻す。最後にポケットのダスタークロスを引っ張り出して、ガラス面とボタンを拭いた……。
ゲームコーナー従業員として、完璧な対応、行動である。
満足そうな顔をして、こちらに戻ってくる、宇宙じ…、アッ…、灰島君。……今日入ったばかりの、新人?!どう見たって、五年選手クラスの落ち着きと対応、手さばきじゃないの!!!
ゲームコーナーカウンター内でドギマギしつつも機器の説明をしっかり済ませ、レジの使い方、両替機のシステム、日常業務チェックリスト、ゲーム筐体内の補充作業全般、業者さん対応のノウハウ……私の知る限りの知識を、ざっと説明してみたんだけれども。なんていうか、ものすごく、飲み込みが早くて……、理解力が高くて応用力がすごいとでもいうのかな、1つ言ったら10理解するような、感じ?なんとなく、人間離れしてるのが、こう、マルバレというか、隠しきれてないというか、駄々洩れっていうか。
「樫村さん、次、何やりましょうか?」
ゲームコーナーカウンターに戻ってきたアッシュ君が、ポケットにきれいにたたんだダスタークロスを突っ込みながら、私に問いかける。
平日のお昼時、ゲームコーナーに人は少なくて、対応案件もほとんど発生しない。夕方から少し混み始めるので、それまでにできることをしておきたいところ。おしぼりと景品袋、コイン洗浄ぐらいなら、アッシュ君でもできる。さすがに景品発注とか両替機補充なんかはまだ無理……いや、教えたら完璧にやれそうではあるけれども!!!
「えっとー、じゃあ、さっき説明した、おしぼり補充、やっておこうか!今牛島さんのいるところ、あそこにストックあるから、持ってきてもらってもイイ?」
「わかりました。」
実にスマートに軽やかに、まったく迷うそぶりも見せずに!!!商談室に向かって行くその姿!!!貫禄さえ漂っているように見えるのは……決して気のせいでは、ない!!!現にほら、コインゲームのところで遊んでるおばあちゃんに頭下げて挨拶してー!!!あの人、ホントに今日入ったばかりの、ド素人?!宇宙人の適応能力の高さに、心から驚いてるんですけど!!!
……普段のヘタレっぷりと落ち着きのなさが嘘みたい。
ねえ、実は別人とかあるんじゃないの……。
「アッ…灰島君は何曜日勤務なの?お休みとか、いつにした?」
「月、火、金、土、週に四日です。本当は木曜も出勤したかったんだけど、慣れるまでは牛島さんがいる日に出勤した方がいいって。」
慣れるも何も、もう完璧に働けてるんですけど。来週から木曜日も出勤しそうなんですけど。
「明日、お休みです。……僕、ドライブ、行きたいな?」
ご丁寧に、おしぼりを詰めてる手を止めて、私の目を見つめる、有能新人スタッフ!!!ああ、とてもきれいにおしぼりをケースに詰めていますね、きちんと裏表も揃えてますね、いつもまとめてぐちゃっと放り込むヒロシとは大違いですね、さすがです!!……ねえ、これ、私、いわゆるデートに誘われてるってやつなんじゃないの!!!
「……ダメ?お迎えに行くから、……お願い。」
ややうつむき加減で、口元をきゅっと結んで、上目遣いで、眉をすこぉし寄せてっ……!!!ちょっ!!!なに、この、す、捨て犬顔!!!こんな顔されたら断れないやつ―――!!!
「ッ、わ、私の家、知らないでしょ?!お迎えは無理なんだから、うーん、考えとく、ね?」
「……そっか。家、知らなかった。」
くしゃりと笑った、アッシュ君だけど、何だろう?……???なんか、ちょっと、違和感のようなもの、が……。
そう、さっきから、なんていうか、時々……、すごく悲しそうな眼をするのが、気になってる。ニコニコとしているんだけど、どこか遠くを見つめるような、悲壮感を、隠しきれていないような……?昨日までの、自分をセーブできずに、フルパワーがあふれだしてるのとは違う、……抑え込まれてる?違うなあ、なんていうんだろう、こらえている、そんな、空気が、たまに……。
「あの、アッええと灰島君は、なにかこう、別人だったり、するのかな?!ず、ずいぶん、落ち着いているし、仕事も上手で、ええとー!!!」
補充用のコインを洗浄マシンに入れつつ、おしぼりの補充をしているアッシュくんに声をかける。しゃべっていれば、悲しそうな顔はちらつかない。会話が途切れた時にだけ、会話がない時間だけ、ふと悲しそうな顔になるんだよね。……うまく仕事ができなくて戸惑っている?いやいや、こんな完璧に仕事してる人だし、それはない。私と話したくて、それを待ってるとか?ちょっと他人行儀になってるから、悲しんでいたりするんだろうか、灰島君って呼ばない方がいいのかも……。
「僕は、ぼくだよ。……スーちゃんの事が、好きで、好きでたまらない、……アッシュ。」
!!!!!!!!!!!!!!
しれっと、告白ぶつけて来てる!!!思わず、コインを入れる手が、止まって!!!
ピピっ!ピピっ!!
追加投入を促す警告音が鳴る!!は、はわわ!!!こ、コイン入れないと!!!
「あ、あああアッシュ君って、呼んだ方がいい?」
「うん。」
ああ、めっちゃいい笑顔で、微笑んでいらっしゃる―――!!!
「あの、なんか、ごめんね?!アッシュ君があまりにも違うから、私、混乱がすごくて。」
「今は、勤務中でしょう?だから……頑張ってるんだ。」
がんばれば、落ち着いて話ができるという事なのでしょうか……。
……そっか、目の色!!!多分だけど、働くって意気込んだら、目の色が変わって、人格がチェンジ?するんじゃない?!衝撃で俺様化するだけじゃなくて、労働モードに突入することもあるってことなんじゃ!!!もしかして、出勤前に自分で頭たたいてたりするんだろうか……。確かめてみたいけど、間違って俺様が出てきてまたいろいろと奪われちゃう展開は困っちゃうというか!!!
「……へん?」
「へ、へんじゃない、うん、こっちの方が、良いと思うよ、頑張ってるの、偉いと思う!!」
ピーッ、ピーッ!
コイン洗浄の終了音が鳴った。私の足元には、コインが3000枚。これを今から、コイン貸出機に投入しなければいけない。……およそ、18キロを、今からね、持ち上げてですね。カウンター横の、コイン貸出機のところまで、持って行かなきゃなんなくてですね。
「よっ……!!!」
ダンベルセット20キロよりは軽いってね!!!わたしはいつもの様に、手をのばし、勢いをつけて、ケースを持ち上げ。
「僕もつよ。」
ふわっ……。
カウンターの向こう側からアッシュくんが飛んできて、コインケースを持って、くれた。……距離が、近い。ち、近い!!!昨日の事、思い出しちゃうじゃない!!ヤバイ、私今、絶対顔赤くなってる!!!
「あ、ありがと!!ええっとね、このコインは、ここから入れてー!!!」
顔色一つ変えずに、重たいコインを持ってくれているアッシュ君。私一人だけが赤くなってるのを悟られたくなくって、一生懸命、コイン貸出機の説明を、する。あああ、視線、めっちゃ感じる!!でも、ここで狼狽えたら、またおかしな展開がー!!!
「丁寧に教えてくれて、ありがとう。」
「は、はは、どういたしまして……。」
優しい眼差しが、非常に、は、恥ずかしいイイイイイ!!!
時刻は、間もなく、13:00。そろそろ、牛島さんが戻ってくる頃。……戻ってくる前に、言っておきたい、事があったり。
「昨日の、その、パーカー、ありがと。返そうと思って、持ってきてるんだけど、いつ渡したらいい?」
さすがに、借りっぱなしはまずいと思って、今日持ってきたんだ。……ちょっとした、お礼も、付けて。まあ、ただのクッキーだけど……。
「パーカーは……、スーちゃん迎えに来た時に、渡してくれる?」
私の事、迎えに来る気でいるらしい。ちょっと待って、迎えに来て、また公園行くつもりになってて、さらには昨日みたいな展開をって思ってるんじゃ、ないでしょうね?!
「む、迎え?!いいよ、じゃあ、ロッカーに入れておく!!」
「ダメ。今日……、スーちゃんをきちんと送り届ける。もう少し、見張っていないと、怖いんだ。……お願い。」
・・・・・・う゛っ!!!
そ、その目、その顔!そんな顔されたら、断れないやつじゃないの……!!!
「ゼ、絶対に、いきなり……抱きしめたり、しないって、約束してくれるなら!!」
「……なるべく、頑張るね?でも、約束はできないかな。先に謝っとくね、……ごめんなさい。」
アッシュ君が、頭を下げた、その時!!!
「あれ!!灰島君、何やったの?も~、樫村さん、新人さんなんだから、優しくしてあげてよ~♡」
絶妙なタイミングで、牛島さんがー!!!
アアア!!!断り切れなかった、約束してもらえなかった、ねえ、私まさかの三日間連続パターン、突入?!恋愛初心者には、ヘビーすぎますぅううウウウウ!!!勘弁、してぇえええええ!!!




