手紙が渡された
ダンベル三箱にトランポリン、ストレッチポール、ステッパーは確か取り寄せ品だったから、あとで客注置き場に持って行かないと。あれ、サウナスーツが入ってないなあ、発注したはずなんだけど。納品書を見ると……ムム、欠品中?お詫びPOP描かなくちゃ……。
商品管理センターから持ってきた納品をチェックしながら、手早くスムーズに商品の仕分けと補充をこなしていく。大物を手早く売り場に並べ、〈お待たせしました!再入荷です!〉のPOPを貼り付け、縄跳びやハンドグリップなどのこまごまとした小物をフックに引っ掛け、棚に並べ、納品用の段ボールをきれいにたたみ、ごみをクルリと丸め!!!
納品をすべて出し切った後は、プロテインなどの食品群をチェック。売り切れているもの、数が減っているものをメモに書いて倉庫に向かう。ゴミの乗っている長台車を引き連れて従業員専用通用口のドアをくぐり、すぐ横にあるごみ収集場で分別し、棚にストックしてある商品を取りに行こうと……うわあ、ホビーの荷物が溢れてて、取りに行けないじゃない!! 客注置き場にも行けないし、これじゃあ作業が進まないんですけど!!せっかく日曜日にヒロシが自慢の几帳面さをフルに発揮して通路の荷物をすべて失くしたというのに、美しい倉庫はたった一日しか持たなかったらしい。なんだかとっても、切ない……。
「ちょっと、ニシ?!何これ!!通路くらい確保してくれないと困るよ!!」
通路いっぱいに乱雑に置かれているかご台車の向こう側に、チャラい茶髪の欠片が見えたので、声を張り上げると!!!
「ダイジョーブ!俺スリムだから通れる!!カッシーはまあ、ガタイいいから、あと5キロくらい痩せてから通って!!!」
「何言ってんの!!!もう手伝ってあげないからね?!」
ついさっき手伝ってくださいとお願いをしたその口で、こんな失礼極まりないセリフを吐くとか!!!そりゃ確かに私は華奢とは遠い位置にいますけど?!チャラ男の、実にこう、範疇外の女子に対する思いやりのなさ、遠慮のなさってのがね?!時折、いや、いつも!!!めっちゃ腹立たしいわけなんですけども!!!くどけとは言わないけどね、もうちょっと気づかいってもんをね?!
「蜷川君!!!人手足りないんだから口を慎め!!ごめん、プロテイン?今台車どかすからちょっと待ってー!」
店長は予想したとおり、今日はホビー要員として動くらしい。かご台車がちみちみと動く隙間から、つやつやした顔が時折のぞいている。今日もすでに汗が額ににじんでいらっしゃる。ほんと、店長って大変だよねえ……。
商品管理センターには午後三時まで荷物がひっきりなしに搬入されてくるため、基本納品はすべて担当者の責任のもと、早急に倉庫へと移動することが義務付けられている。とりあえず全部持ってきては見たものの、収まりきらない荷物が溢れて身動きが取れなくなっている模様。これは狭い倉庫通路でちょこちょこ動かすよりも、広い場所でサクサク動かした方が絶対に早いよね……。
「店長!これ、半分くらいかご台車外に出した方がいいですよ!イベントスペースまだ業者搬入ないし、そっちに持って行きません?」
「いいの?飾りつけで邪魔になんない? 」
イベントスペースの飾りつけは、プロテインメーカーさんがイベント用の装飾アイテムを持ち込んでくれる木曜日が本番。今日と明日は、土曜日にイベントがありますよというお知らせと新商品のPOPの掲示に留め、木曜金曜でイベント会場を展示し購買意欲を高める、そういう計画が、なんとなく、立っていたりする。
「ポスターとか吊り下げオブジェとかイベント用タープなんかの大きいのは業者さんが木曜日に準備してくれることになってるんで、今日明日でなくなるなら、端っこの方においてもいいですよ。」
「マジで!!助かる!!!よし、蜷川君、一旦この二つ、イベントスペースに持ってって!」
「らじゃー♡」
へらへらとした細い男子が、荷物でパンパンになってるかご台車を器用に二台まとめて売り場へと引っ張っていく。その後ろに、脂ぎった店長も続く。
「がんばって出せるだけ出してみるけど、どうにもならなかったら木曜の朝まで残っちゃうかもしれない。申し訳ない。」
「残ってたら、倉庫に引っ込めますから。私も午後手伝えたら手伝うし、たぶん大丈夫ですよ!!」
不測の事態に見舞われてしまった今こそ、みんなで協力し合っていかなければね。……なんというか、仙谷さんのフリーダムっぷりに散々振り回されてきたから、気づかいがすごく貴重に思えちゃって、こっちも気づかいで応えたくなっちゃうっていうか。
今までは、こちらの気遣いを土足で踏みにじられてばかりだったからね。
倉庫の棚空けたから使っていいですよと言えば、なぜか空いているところは使わずにみっちり埋まっていたプロテインをどかされてぬいぐるみ置き場になってたり、POP描くものがないって困ってたからペンセットを箱で貸したら、ぜんぶ売り場に置きっ放しにされてお客様にいたずらされて全部だめになっちゃったり、ホビー新商品企画が集まらないっていうから、二つくらい立案して提出したら発想がなってないって説教されたり。邪魔になっている倉庫の荷物をずらせば勝手に動かすなと怒鳴られるのが常だったし、POPスタンドを一つ貸してくださいと言えば前日まで束であったものが一つもなくなり、私の名前の書いてあるテープ台は三つもホビーコーナーで見つかり……。こちらが気を使えば使うほどに、向こうは全部潰しにかかり、とことん攻撃を仕掛けてきていてですね。
「カッシーも忙しいのに、ありがとね。」
「いえいえ。」
店長も、いろいろと思うところがあるみたい。かご台車を引っ張る表情は、いつになく硬く、ずいぶんテンションも低い。
「さっき、明日から応援が来ることになったって連絡があったんだ。……来週には落ち着くと思うから。」
「そうなんですね。……了解です。」
このまま、仙谷さんはこの店からいなくなってしまうのかもしれない。……いなくなって、くれたら。望んでしまった自分に、少しだけ、心がもやもや、する。もしかしたら心を入れ替えて聖人君子となって戻ってくる可能性だって、ないとは言えないのに、とか。仙谷さんがいなくなったとしても、良い人が来るとは限らない、もっとひどい人が来る可能性だってある、とか。退職に追い込まれたことを恨んで、また武器を持って乗り込んでくるんじゃないのか、とか。
……ダメだなあ、私。すぐに悪い方へ、悪い方へと考えちゃうくせが、本当に。……本当に、たまに、堂々と、自分の中に出てきちゃう。
……。
ダメダメ!!!深く考えすぎたら、テンションが下がっちゃう!!!
私には、お店に並ぶことを心待ちにしているプロテインちゃんたちがたくさん待っているの!!!私はメモ用紙を片手に、倉庫で規則正しく整列しているかわいいかわいいプロテインちゃんたちをサックサックと折りたたみコンテナの中に詰め込み詰め込み!!売り場にお連れして、きれいに並ばせ並ばせ並ばせ……!!!仕上げにとっておきの誉め言葉で手書きPOPという装飾を施し施し……!!!
ピンポンピーン!
≪本日はメリーゴーランド小夏日店にお越しいただきまして、誠にありがとうございます!業務連絡いたします!スポーツ担当樫村さん、スポーツ担当樫村さん!五階ゲームコーナーカウンターまでお願いします!≫
はっ!!!
しまった!!!私ってば、夢中になると本当に没頭しちゃうタイプで!!!すっかりスポーツコーナーのメンテナンス作業に集中しちゃって……うわ、もう12時だ!!!私は完璧に仕上がったスポーツ用品売り場からハンドモップを持ったままエスカレーターに乗り込み、乗り込みっ!!!
「ごめーん、呼び出しちゃった!おなか空いちゃったんだ、ふふ!僕ね、お昼行くから、新人さんのフォロー、よろしくね?(はぁと)」
う゛っ……!!!実に無邪気な、癒し系ナンバーワンの、心からの、笑顔!!!セリフの終わりに、しっかりハートが、ハートが見えるぅうウウウウ!!!今まで見たことがないようなほっこほこの笑顔で、手を振りながら倉庫奥の商談ルームに消えていった、ああ、今から愛妻弁当をおなかいっぱい食べるんですよね、おなか空いちゃってるんですもんねえええええええええ!!!
「ご指導、お願いします。」
昨日の大事件などまるで気にせず、好青年丸出しで私の笑顔をまっすぐに向ける、ゲームコーナー新人アルバイトぉおおおおおおお!!!
ねえ、この人だれ?!いったいどこの真面目な礼儀正しい好感度のかたまりたる男子?!微塵も俺様の欠片を、ヘタレの欠片を、やらかし宇宙人の欠片を見せない、完璧たる今どきのオシャレで落ち着きのある、正真正銘のイケメンがここに!!!!!!!!
「は、はい、ええとー!!!アッ、は、灰島君は、どこまで聞いたのかな?!ゲームコーナーのカギとか、カウンター内の説明とかええとー!!!」
敬語を使うべきか使わないべきなのか!牛島さんがいないから普通の会話でいいはずなんだけど、妙に丁寧な言葉遣いの新人君を目の前にして、動揺がすごくってね?!
「午前中に事務の毛受さんから出退勤のやり方、ロッカーの使い方、店内説明をしてもらいました。名札とエプロンをもらって着用した後、五階に来て、牛島さんに自己紹介をしてもらって、そのあと鍵の説明を受けました。ゲームの筐体を見てまわりましたが、カウンター内についてはまだ聞いていません。」
実に落ち着いた口調で、やけに穏やかな声色でモノを語る宇宙人!!!じっと私を見つめるその目は、日本人として違和感のない、茶色!!!なんていうんだろ、めちゃめちゃ優しい目で、まっすぐ私を見つめてる―――!!!私だけがあせってて、なんか恥ずかしいじゃないの!!!ああもう、落ち着け、落ち着くのよ私っ!!!
「ああ、そっか!!じゃあね、今からカウンター内の説明するね、ええと、上の引き出しは文具が入ってて、二段目は書類、三段目は店内放送の機械でね……。」
「……はい。」
ゲームコーナーでのお客様対応のコツなども織り交ぜつつ、できる限り淡々と言葉を繋いで落ち着きを取り戻そうと試みる。照れ隠しも相まって、ずいぶん怒涛の説明になっちゃうのが、申し訳ない。早口すぎて理解できてなかったりしないかな、わからないところはないかな、黙って私の話を聞いている新人君に不安を覚えないでもないけど……。メモを取りつつ、私の説明をしっかり覚えようとしている、偉いなあ、ヒロシが入った時なんて、メモ帳すら持ってなくって……って!!……メモを取ってる?!文字、書けるの?!思わず、手元をのぞき込んでしまったり……。
アッシュ君の手元のメモ帳には、少し大きめで、それでいてやわらかい……読みやすい文字がきれいに書かれている。漢字もちゃんと使ってある、すごいなあ、ムム、私の知らない難しい漢字も使ってる!!ちょっと待って、いたずらって普通カタカナで書かない?!悪戯って!!!曖昧な返事は避けるって、普通漢字で書く?!思わずメモを書き込む真面目青年の顔をじっと見つめ―――!!!
「……僕、文字、上手でしょう?」
「え、う、うん、びっくりしちゃった。」
敬語使ってた新人君が、いきなりのタメ口。そうだね、昨日までは普通にこういう会話を……、いや、こんな落ち着いた会話はしたことなかった。いつだって、テンパる宇宙人とつられる私とか、俺様宇宙人に翻弄されてテンパる私とか―――!!!
「すごく、すごく、練習したんだ。……大切な人に、真心を伝える手紙が、書きたくて。」
「そうなんだ、これだけきれいな字だったら、きっと伝わると思うよ、うん……。」
ご両親とか、先生にでも手紙を書くのかな?大切な人がいるって、伝えたい真心があるって、ステキなことだよね。こんなきれいな文字で書かれた手紙なら、さぞかしもらった方もうれしいって……ちょっと待って、宇宙人なのに日本語分かるの?!もしかして宇宙で日本語が流行ってるとか?そんな、まさか!!
「樫村さん、これもらってください。」
か、樫村さん?!あ、ああ、そっか、さすがに職場では、スーちゃんとは呼ばないよね、うん!!ちょっとドギマギしながら、差し出された紙を受け取って、目を落とす……。
―――僕はスーちゃんが大好きです
灰島明―――
!!!!!!!!ちょっ!!!!!!!!!
美しい文字が!!ド直球に私の目の中に飛び込んでキター!!!
うれしいけど恥ずかしい、仕事中に何やってんの、堂々と口説きにかかってる?この落ち着きっぷりは何なの、ヘタレ要素が全く見当たらないからどうにもこうにもツッコミどころが見つけ出せない、こんなスマートに喪女相手に何してくれるのってええええええええ!!!ヤバイ、まずい、顔がどんどん熱くなってる、どうしよう、どうしよう、ドキドキしてる、今絶対私真っ赤になってる!!!でも黙ったままでいるわけにもいかないし!!!
美しい文字の書かれた手紙に落としていた目を、そっと、上に、向けると。
にっこり笑った、アッシュ君の、笑顔が。
・・・パチっ!!!
ウインクパチ♡じゃ、なイイイイイイイイ!!!!!




