俺様があらわれた
メリーゴーランド小夏日店は幹線道路沿いに建つ店舗で、表から見た雰囲気はまさに都会そのもの。でも、実は、隣接している裏側の立体駐車場側はわりとのどかな住宅街が広がっていたりする。散策路や畑、果樹園なんかも点在しているし、公園も多い。
立体駐車場と店舗の間には一方通行の道路が通っており、そこを2分ほど歩いていくと木々に囲まれた小さめの公園がある。緊急避難場所としても指定されているこの公園、春には実に見事な桜が咲くんだ。一方通行の道路の上には立体駐車場と店舗の二階を繋ぐ形で橋が架かっているのだけど、ここからすごくいい感じに桜が見えるんだよね。桜の咲く時期にはインスタ映えを求める女子の皆さんが集まっていて……私も四月は毎日のように桜の写真をアップしていたり。
今は、桜の時期じゃないから、枯れた枝しかないなあ……。
公園のベンチに座り、木々を眺める、私。
「ねえねえ、あのずいぶん壊れてた人、直さんでええのん?あれマジ不具合だ、はよ業者呼ばな!!直すよりばらして売った方が良さげ、どうしよう、買い取り業者呼ぼうか、あんなの欲しくないでしょう、ずいぶん野蛮で人として未熟なつまらない肉体だね、ほら見てよ、こんなに汚いエコー、めっちゃ高く売れるやつで!!!なかなかとれなんだよ、これは!!!」
そして、公園のベンチに座り、私を眺めつつ、暴走し始めてしまった、宇宙人。怪しげなことを堂々と口にする、宇宙人―!!!
「あのね、不具合も何も、あの人は普通の人間で、人肉スーツじゃないの!直すって何、ばらすってどういうこと!怖いこと言わないでちょうだい!!!」
アッシュくんの透明触手に捕縛された仙谷さんは、なんというか……気の抜けたおじさんみたいな顔になって、ぼんやりと売り場に向かって行ってしまった。いつも不愉快なオーラをまき散らし、常に誰かを攻撃している仙谷さんとは思えない、実に覇気の無い、姿。はっきり言って、初めて見たかもしれない。
私の方を見ずにクルリと方向転換して、ぼんやりと商品にモップをかけ始めたから……これ幸いと、灰色頭共々、とっとと逃げ出したんだけど。……なんかこう、ほっといてよかったのか、なんか言った方が良かったのか、今更ながら、気になっちゃって。
何が起こったのか説明してもらおうかなと思って、すぐ近くの公園のベンチで、帰宅前にちょっとだけ、宇宙人とおしゃべりなど。あんまり話し込んじゃうと11月だし、寒くなってきちゃうから、早く帰りたいとは思うけど……謎を残したまま帰りたくなかったっていうか。この公園は小さいけど街灯も点灯するし、日の沈んでしまったこの時間帯でも明るい環境でお話ができるから、まあいっかって思ったっていうか。うちはここから歩いて5分だし。
「怖い?うーん、それはごめんごめん、何が怖いのかわからないな、うん?こわいというのはもしや歯ごたえが?確かにずいぶん固そうなエコーだ!そういえばやけに美味しそうなものが三階で売っていた、これスーちゃんに言った方がいいよね?でも今言うタイミングじゃないな、うーんどうしたらいい?そうだな、このエコーについてひとしきり話してそこから盛り上がる話題に持って行こう!!」
怒れる暴走ホビー担当者からエコー?を捕獲したらしいアッシュくんは、ずいぶんテンションの高い様子ではしゃいでいる。
何やら試験管?のようなものをこちらに見せたり観察したりしているけど、ぱっと見チョコレートシロップにしか見えない……。
これが、仙谷さんのエコー?なんかこう、やっぱり私の知ってるエコーとは全然違うみたい。物体なのかな?いやでも確か前に聞いたときに、響かせ合うものとかなんとか言ってたような。見つかったか聞いたら見つかったって言ってたような。……わりとエコーって、あちこちに落ちているものなのかも?そういえばエコーを拾いに行こうとか言われた気がする。
「ねえ、その、エコーって、結局何なの?仙谷さん、すごく大人しくなっちゃったけど、取ったら命がヤバいとか、そんなんじゃないよね?」
職場でおかしな事件とか勘弁してよ?!いくら問題発生源となってる人物でも、ちゃんと住民登録されてる一般人であって、いきなり倒れたら、いきなり消えたら、絶対に後々夢見が悪くなる奴じゃない!!!
「エコーは、人という存在の中に響かせることができる素晴らしいものの総称である!エコーは人体を飛び出し、空に舞う!エコーはただし飛ばし続けると枯渇し、もらわないといけない。エコーは欲張ると器を破壊することがあるので気を付けねばならない。エコーは願いやあふれた気持ちなどを飛ばすことで枯渇する、他人より分け与えてもらう際は必ずしも感情の種別が同じでなくてもいい。問題点について:地球人は存在を知らないので、無防備にエコーを飛ばし過ぎて枯渇し心を病むことや無防備に受け入れておかしな感情に囚われることがある。およそ一般的な地球人のエコーの器は698※ш∂≡、注意:星の体積から割り出した結果である。個人差はあるようだが、まだ詳しい解析はできていない。なお、流通には許可が必要、要捕獲免許。以上宇宙大図鑑より抜粋、……分かりた?」
エコーと聞こえる言葉は、地球上で認識されているECHOと似通ってはいるものの、なんとなく別物に近いもの?らしい?器?私の中に何か入ってるってこと?
「私も器を持っている?よくわかんない、ねえ、エコーってなくなっても大丈夫なの?地球人は存在を知らないって何?不安がすごいんだけど!!」
人間をやってる私が知らなくて、人間ではない宇宙人が知っている何かって……怖くない?なんて言うんだろ、知ってはいけない、人類発生の真実みたいな、秘密を知ってしまった、背徳感?!こ、こんなただの25歳のそこら辺にありふれてるような女子が知っちゃっていいものなの?!世界秘密機構に狙われたりしない?!
「星が決めたから気にしなくていいんだよ、人間は知らなくても、ちゃんと機能するように作られてるんだから。スーちゃんの器はね、ちゃんとスーちゃんの中にあるよ、今もすごく心地いいエコーが満たされてて、響いてる。その中に僕のエコーも一緒に響いてるの、安心して!」
やけにいい顔をして私を見つめるアッシュくん。星が決めた?機能?作られてる?ダメ、理解しがたい宇宙人の説明!!!全然安心できそうにないんですけど、むしろ不安感が増して……!!!
「安心してって言われても、見えないものを持ってるとか言われたら気になっちゃうじゃない……。」
「うん?詳しく説明しようか?ええとね、地球人はΨΛ※Я▼を持たないと決めて生まれた生命体なので、スーちゃんの体内に張り巡らされている配列が器を形成しているんだ、……へえ、スーちゃんの器は……フフフ、ずいぶん、かわいい形状をしているね、なるほど、これはかなりいじりがいのありそうなぎゅふふ、そうだなあ、ここをああしたらたぶんすごくいい……ぐふふ、うへへ…!!!」
!!!!!!!!!!!!!ちょ!!!!!!!!!!!!!
なに、その……ニヤニヤした目は!!!これ、絶対ダメな奴じゃない?!めちゃめちゃエッチな目で私を見ている、見ているに違いないとしか思えない、不届きものがここに!!!!!!!!!!!
「ちょっと?!何を、何を見て何を考えてるの?!ヤダ!!!やめてよ!!!!」
ぽか!ぽかぽかぽかぽか!!!!!
思わずアッシュくんの胸のあたりをぽかぽかと叩いて恥ずかしさを吹き飛ばし!!!いかがわしいことを思い浮かべたであろう宇宙人に制裁を与え!!!
ぽか!ぽかぽかぽかぽか!!!!!
「……痛い、スウ。」
……スウ?
ちょっと待って、まさか、この、展開は。
顔をあげて、アッシュくんの目を見ると……げえ!!!!
公園内に輝く白色LED灯の下で、確認できた宇宙人の目は……こ、濃いブルーに、なっている!!!!
ぎゃああああああああああああ!!!!このアッシュくんはアッシュくんだけどアッシュくんじゃない、トンデモ色気駄々もれごり押し強引俺様系のアッシュたるアッシュというアッシュアッシュ!!!!!!!!!
逃げなければまた唇の危機が!でも逃げ出したところでまた手を取られて引っ張り込まれて、その胸にドボンは確実、かといって見つめ合ったままじゃ抱きこまれてギュウされることは明らか、何をしてもダメなパターンじゃない?!
……う、動けない!!!!!!!!!!!
ひ、左手をアッシュの胸においたまま、右手を挙げたまま、動けず固まる私を見て、ウルトラマリンブルーの目が……笑ってる!!!
「……いきなり食ったりしない、怯えるな。心が痛くなるだろ。」
「あ、あなたは昨日!!!いきなり食ったじゃないのよ!!!」
く、唇だけだけど!!!でもね?!恋愛初心者の私にとっては大事件中の大事件、トップワンの出来事、出来事でっ!!!はっきり言ってその言葉……し、信用できない!!!
思わず並んで座っているベンチの隙間を広げて座り直す!!!
……傷ついた顔してもダメ!!そんな顔してあなたはいきなりまたかっさらうつもりなんでしょ?!こんなのどかな小さい公園のベンチでそんな派手なことしたら絶対にまずい!!どこで誰の目が光ってるのかわかんないんだから!!!
憤る私とは裏腹に、やけに落ち着いた空気をまとう、俺様宇宙人。……うん?なんか、表情が、かたいような。……いやいや!!騙されませんよ、連日で唇を奪われてなるものかと、にらみを利かせる!!!
「……このエコーの持ち主は、スウのエコーを奪うつもりであの場所に現れたのさ。俺が阻止したけど。」
私の目を見つめた後、手に持っている試験管に目を落としたアッシュは……、ずいぶん怖い顔をしている?突然のシリアスな空気に、怒りが引っ込んできたんですけど。ちょっと、顔赤くしてる自分が子供みたいじゃないの……。
「あいつ、武器を持っていただろう、あれは器を壊すつもりで持ち込んだんだ。」
「え?棚を壊すつもりだったんじゃ、ないの……?」
あれは棚を組む時に使うはずの、かなり重量感のある、工具で。
「スウの器を壊して、あふれ出たエコーを奪うつもりだったんだ……あの、クソ野郎は。」
なに、それ。まさか、仙谷さんは、私を、あの金づちで……。
ヤバイ、なんか、ぞくっと……寒気、が。
「器の壊れた人間は、他人の器を壊し、あふれ出したエコーと共に器の欠片も奪おうとする傾向がある。無意識下で、本能が働いているとの見方もあるな。器の欠片は、再構築の材料になるんだ。」
どうしよう、いつもの話の通じない、ヘタレマックスの宇宙人じゃないからか、地味に……怖さが、身に染みる。
「スウの働く店は、良いエコーも悪いエコーも、たくさん溢れていた。……俺は、心配でならない。」
やば、なんか、ちょっと、手が、震えて、来た……。
「怖がらせるつもりは、なかった。……ごめん。」
アッシュは立ち上がると、着ていたパーカーを脱いで……ふわりと、私の肩に、かけた。
「安心しろ、スウ。俺が必ず守る。……約束する。」
温かさが、私を包み込む。
抱きしめられた時と同じ香りが、私を包み込む。
いつの間にか左ひじを強く握りしめていた私は、ぬくもりで、体の硬直が和らいだのを感じた。
今日、私は、守られたのだ、おそらく。
あの時アッシュが来てくれなかったら、私は今頃、ここにいなかったのかも、知れない。
心から、感謝した、私は。
この、気持ちを、伝えようと。
ウルトラマリンの瞳を、見上げて。
じっと、見つめて。
「……ありがとう。守って、くれ
ちゅっ……!
白色LEDの、まぶしい光が、アッシュの影でさえ、遮られ!!!!!
ま、また!2日連続で!
く、くくく唇!!!!!!!!!!!!!
く、くくく唇、唇ぅううううううううううう!!
び、秒でベンチから飛び降り、唇を袖でおおおおおお覆い!
「い、いきなり食ったりしないって、い、言ったのに!!!!!!!!」
「抑えきれない衝動ってあるだろ?」
悪びれることなく、堂々と私を見つめる、俺様、俺様宇宙人っ!
「それを押さえるのが大人なの!!!!!一般的な人間なの!!!!!お願いだからもうちょっと人間を勉強してよ!!」
「怒るスウもかわいいって学んだけど。」
い、いけしゃあしゃあと!!!!!!!!!!!!
「バカッ!もう、知らない!」
私は宇宙人を一人公園に残し、一目散に!!!!家に向かって駆け出したのよっ!!!!!!!!!




