仕事が終わった
……ピッ!!
社員証をタイムカードにスキャンすると、…ああ、まずい、8分オーバーだ。17:23、まあ、でも…これくらいなら、大丈夫かな?
優良企業として名高いメリーゴーランドグループには残業ゼロ月間なるものが設けられており、その月は実に厳しく残業を禁止されていたりする。勤務時間が終了したら速やかに15分以内に退勤処理をし、帰宅することが義務付けられているのである。勤務時間に応じて残業時間の限度が設定されており、それを越えなかった人には企業内で使える商品券が配布される仕組み。地味に従業員たちはその獲得のために努力をしていたり。わりと1000円分の商品券って、使えるんだよね。ちなみに、正社員もパートさんも関係なく、働いている人すべてが配布対象者。
「カッシー乙!俺明日夕方からだからよろ!」
「あんたまだいたの?!五時のチャイムでいの一番に引っ込んでったくせに!!まさか…タイムカードぎりぎりまで粘って切ろうと…。」
優良企業たるメリーゴーランドグループはですね、時給を一分単位で計算するのですよ。そのため、実にみみっちく就業時間をごまかす人が…たまにボチボチ、出てきていてですね。ヒロシはそういうタイプではないと思ってはいるんだけど、一応気にして、みたり。
「違う違う、ニシに渡すもんあってさ、残ってんだよ!!見てよ、これ!カードはちゃんと五時一分で切ったってば!」
ロッカー前で騒ぎ立てるヒロシの手には、ゲームコーナーの袋がぶら下がっている。中身を広げて見せてきたので覗き込むと…ぬいぐるみ、箱モノ?ヒロシがドはまりしている、アニメキャラグッズがみっちり入っているじゃありませんか。これだけ取るのに、いったいいくら使ったんだ、君は…。
ちなみに、ニシというのは平日は夕方出勤、日曜は朝から出勤しているホビー担当のアルバイト、蜷川君の事である。蜷川氏が略されての、ニシ。彼はヒロシと同じ学校に通う学生さんで、ヒロシ同様今どきの若者で…。
「まいりとるらばーヒローシー!お待たせ―!!」
従業員ロッカーの向こう側から、チャラい声とともに、チャラい見た目の、実際しっかりチャラい男子がふらりと現れた。店内一明るい髪色…金髪寄りの茶髪の持ち主、蜷川君である。彼は見た目を裏切ることなく、実にチャラくていいかげんでどうしようもなくて、日々連日連夜タラシの極みをですね。
「めっちゃ待ったし!まあいいけど!これ、五女取っちゃったからあげようと思ってさ。もってなかったっしょ!!」
「うほっ!!ヒロシマジいい男!ありがと!!ちゅ♡」
私の目の前で、恥ずかしげもなくヒロシのほっぺたにチューをするチャラ男がー!!!この二人さあ、いっつもいっつもこういう怪しげなやり取りをですね!!!なんでか知らないけど私の前で堂々と見せつけ、見せつけ―!!!生BLとか、勘弁してー!!!私別にそういうの、好んでない!!……嫌いじゃ、ないけど!!!
「へいへい、このお礼は特製ラーメン一杯でよろ!!じゃねー!」
「おけおけ、おつー!…あ、カッシーお疲れ!今日はいろいろ大変だったんだってね、今てんちょから聞いた!わりとマジで心底乙!ねえねえ、俺さあ、どうしたらいいと思う、マジヤバない?」
どぎまぎする私なんか微塵も気にしないで、ヒロシは右手をひらひらさせて五階へ向かい、目の前のチャラ男はBL臭などどこ吹く風で…ごく普通に私に声をかける!!き、気にしてたら、私の負けだ!!平静を装い、返事、返事っ!!!
「せ、仙谷さん、もう帰ってこないかもしれないから、そしたらしばらくホビー代表者やるしかないかもね、どう、出来そう?」
ホビーはスポーツ同様、人員がやけに薄い部所なんだよね。元々は社員が二人だけで賄っていたのだけど、…社員の牛島さんが抜けることになって。社員の抜けた穴を埋めるためにバイトが三人入ったんだけど、仙谷さんの恐ろしさも相まって、なかなか人員が安定しないというか…すぐに辞めてっちゃう。真面目な人ほど、きつい言葉を重く受け止めて…自主的に退場してしまうというか。
その点このチャラ男は、恐ろしかろうがひどかろうが、言葉を実に軽く受け流す?いや、受けることなく、ひょいひょいと避けていき―!!!実にチャラい人間ではあるが、メンタルの強さも相当で!!!
「とりあえず帰ってくるまで売り場のメンテナンスしてって…てんちょに言われたんだけどさ、帰ってこなかったらどうなるのってね。最悪俺一人で頑張らないといけない感じ?みたいなことを言われたっていうか。つか、無理っしょ、俺ただのバイトだしさ?ホビーコーナー潰す気ならいいけど!!」
「潰すって!!その前に本社からヘルプ入ると思うよ。とりあえず今日は店長に言われたことやっといたらどう?」
今日の騒ぎは本社にすべて伝わっているから、遅かれ早かれ何らかの措置が講じられると思われる。小夏日店はそれなりに売り上げのある店舗だから、人員がいなくて売り上げを作れないような状況には持って行かないはずなんだけど…。どうにもならなかったら、牛島さんがホビーに戻るという手も、ありそうだ。
「イベントコーナー撤収したから、面倒なメンテナンスしなくてよくなったし。まあ、今日は鬼が来るまで…来ないかもだけど、のんびり、気楽に働きなさいよ。」
昨日までの蜷川君は、出勤したら二時間以上かかってホビーお試しコーナーのメンテナンスをし、遅いと怒られ、やり方が悪いと怒鳴られ…。わりと、気の毒な労働環境に身を置いていたんだよね。本人はぜんぜん気にしてなかったけど。
「…そだね。よーし、オラ今日は床も磨いちゃうぞ!!うっしっし!!!」
床用モップと、商品用のモップを持って、いつになくいい笑顔でチャラさを振り撒きながら、蜷川君は三階の売り場へと繰り出していった。
時刻は…まもなく、18:00。いつもだったらゲームコーナーで『週間メリゴー』を聞いてから帰宅するんだけど、今日はヘルプで入った時に聞いたのでよらずに帰ることにしようと。
・・・思ったんだけども。
なんかこう、胸騒ぎがするというか。
……そう、あの、宇宙人がね?!アッシュくんがね?!気が付いたらどこにもいなくなってて、もう帰ったのかなって思ったんだけど!!
なんていうか、変な所に挟まってたり、おかしなもの取ってっちゃったり、あり得ない行動して大問題起こしてやしないかってね、もう心配がハンパない!!!幸いにして店内に警報が鳴り響くようなことはなかったものの、一応、念のために店内を見回っておこうかなってね?まあ、何もなければそれで良しなんだから、見ておけばいいかなって…。こういうところが、私って心配症というか、なんというか!!…うん、上から順番に回っていきましょうかね……。
五階に行くと、ヒロシがキャッチャー筐体に夢中になっているのを発見した。
手元に百円玉を積んで…必死になっていらっしゃる。時折、筐体内を指差して何やら話をしているのが見える。話している相手は、モップを片手に持った副店長の小池さん。うーん、小池さんはスタッフジャンパーを着ていないので、一見すると息子にゲームのやり方を教えてもらっているお父さんに見える。臨時とはいえ、とてもコーナー担当者には見えない。
人員が足りていないので、最近はずっと小池さんが夕方以降はゲームコーナー担当者代理をしているんだよね。わりとおじいちゃんだから、やんちゃなお客さんがたくさん来ちゃうと太刀打ちできないんじゃないのかってみんなが心配していたんだけど、穏やかに問題なく代理を務めているのですよ。とはいえ、一人に任せきることはできないので、二人ほどヘルプ要員が入ることになっている。今日は服飾コーナーのバイト君が一人と、一階の品出しパートさんがヘルプに入ってるみたい。
くるっと五階を回るも、宇宙人の姿は…ない。特におかしな現象も発見できない、…大丈夫そう。…よし!
四階に降りて、ぐるっとインテリアを見てまわる。お客さんは相変わらず少ないなあ、800メートル先にあるインテリア専門店にみんな流れていっちゃってるんだなあって、しみじみ思ってみたり。売上あんまり出てないって言ってたし、新しいベッドでも買ってあげようかな、そんなことを思いつつ、寝具コーナーをのぞく。冬物の毛布が出始めてる、新しいの、買おうかなあ。今使ってるのは、一人暮らしを始めた7年前に買った薄っぺらい毛布なんだよね。ちょっといい奴、欲しいなって思い始めてて…ムムっ、7000円?!地味に高いな、また今度にしよう……。
ぐるっと四階を回るも、…宇宙人の姿は、ない。特におかしな現象も発見できない、…大丈夫そう。…よし。
三階に降りると、それなりにお客さんがいるのが見えた。きれいになったイベントコーナーに驚いてる人がちらほら。立ち入り禁止の札の前に置いてある、週末のイベント情報を見ている人もいる。おもちゃコーナーには、モップを片手に商品を細かく前出ししている蜷川君の姿が。…お客さんと何かしゃべってるなあ、フレンドリーさにかけては、蜷川君の横に並ぶ者はいない。ずいぶん床が奇麗になってるのは、モップをかけてくれたからかな?
ぐるっと三階を回るも、宇宙人の姿は、
「スーちゃん!一緒に帰ろう、家まで送らせてください、ふふ、僕ね、いっぱい拾ってないの、いっぱい見ただけ!すごくいい一日になったよ、ホントふふ、フフフ!!!」
ちょっと!!!!!!!!!!
何を拾った、何を見た!!!
その怪しげな笑いはいったい何!!!
というか、いきなり出現するの、やめて!!!
まさか瞬間移動で現れてたりしないでしょうね!
「あなたね、」
アッシュくんに一言モノ申してやろうと、人差し指を突き出して、一歩、前に進んだ、その、瞬間。
「グっ…グへぇっ…!!!!!!」
なんか…変な、唸り声?が…???
「スーちゃん、このエコーさ、持ってってもいいかなあ?すごく悪くてめっちゃいいな!!圧縮したらやばい?」
アッシュくんが指差す、先を、見ようと…後ろを振り向くと!
顔が、醜く潰れている…セ、仙谷さんが!!!!!!!!!!!!!!!
つぶれている?いや…なんていうんだろ、芸人さんたちが、ストッキングかぶってる時ってあるじゃない?!ああいう感じで、顔が顔が、顔がー!!!
見る見るうちに、顔が赤く染まっていってるんですけど!!何これ、大丈夫なの?!
・・・絶対に、大丈夫じゃ…ない!!!!!!!!!
「ちょ!!な、何やってんの?!何これ、ちょっと、はい、はい?!」
がごんっ!!
仙谷さんの手から、大きめの…金づち?トンカチ?が、ズルっと、落ちて、床に…叩きつけられた。
……ちょっと待って、この人、この金づちで、何をしようと、していたの?!
もしかして、イベントスペース、破壊するつもりで?!
「この人、エコーが増大し過ぎて壊れてるみたいだ!だから全部持って行こうと思う、いいよね、あのね、今僕で押さえてるの、透明にしたの、どお?見えないでしょ!えっへん!!!」
押さえてる?透明?…あの、触手の事ね?!見えてないけど、あの恐ろしい物体が今、仙谷さんを拘束していると?!・・・ああ、なんか仙谷さんの顔色が、赤から、青にかわ、変わってー!!白くなって、来てる!!!!!!
「いなくなってもいいよねえ、一人ぐらい何とかなるよね。わりとさあ、△ЖΘ%☆◎2も最終的にはうまいこと繋がるってわかりた!多分だいじょうび、1000年もすればつじつま合うで!!!」
「…何言ってるのか全然分からないけど絶対ダメな奴じゃないの!!!触手ひっこめて!!!この人、持ってっちゃダメ!!!」
大きな声で騒ぎ立てたい叫びたい!でも騒いだら騒ぎが大きくなる!!!
私はアッシュくんの耳元で、小声でダメ出しをね?!
したわけなんだけどもっ!!!!!!




