鬼が怒った
鈴村さんと一緒に一階事務所に向かうと、人だかりが、出来ていた。
ちょうど昼休みの時間帯で、皆何事が起きているのかと、気になって見に来ているみたい…。今は落ち着いている?喧騒のようなものは聞こえてこないけれど、何だろう…ものすごく嫌なオーラ?空気?が漂っているっていうか…。見守る人たちのざわめきが、より恐ろしさを煽っているというか…。
「あ、樫村さん、今ね、事務所怖いからいかない方がいいよ。」
菊池さんが私の元に駆け寄ってきた。…久保田さんと、古賀さんの姿が、見えない。
「…鈴村さんから聞きました。あの、久保田さん大丈夫でしたか?私心配で…。」
事務所の薄いドアの近くで、声を小さくして小柄な菊池さんの耳元につぶやく。
「久保田さんはね、さっき古賀さんが連れてったよ。落ち着いたから大丈夫だと思う、多分今日臨時飲み会行くんじゃないかな。さっき今日はボトル入れてあげるからって言ってたし。」
…お酒の話が出たんなら、多分大丈夫かな?全部片付いたら、声掛けに行こう。
「よし…カッシー、行くか。」
「え、何、乗り込むの?!やめた方がいいよ、尋常じゃないもん、警察呼ぼうか迷ってたくらいなんだよ?!」
そこまで?!事務所に入るの、怖くなってきちゃったじゃないの…。
「でも、今のこの状況の方が…ね。みんなも気になるでしょう、…大丈夫、頑丈で偉大な壁がついてるから。」
「ただの肉じゃない!!」
「菊池さんヒドイ…。」
めちゃめちゃ温厚そうな、いいお母さんって見た目してるくせに、わりと菊池さんって毒舌なんだよね。
「念のために、本部の人に連絡してもらっていいですか。」
「うん、もうした。あと十分くらいで来ると思う、…それまで待った方がいいんじゃない?」
―――ガ、ガッシャ―ン!!!!
事務所の中から、破壊音が!!!
「まずい、緊急事態かも!」
鈴村さんが…巨体を揺らして、事務所のドアに駆け寄り、ノブを…回す!!!
ガチャっ!!!!!!!!!!
ガガ、ガチャッ!!!!!!!
か、カギがかかってる?!
―――取り込み中だ!!!!入ってくんじゃねえ!!!!
ドアの向こうで、仙谷さんの怒鳴り声がする!!!
普段、事務所のドアにはカギをかけないことになっている。そもそも、ドアが閉まっている事すら珍しい。いつも事務所のドアは解放されていて、たまに用事があって顔を出すと久保田さんがおやつくれたりお小言くれたりする…、なんていうんだろう、皆が自由に入っていい場所であって、カギをかけたらいけない場所のはず。
「何言ってんだ、事務所に鍵なんか掛けやがって!!」
ガチャっ!!!!!!!!!!
ガガ、ガチャッ!!!!!!!
ガガッ!!ガッ!!ガチャチャッ!!
バ、バキッ!!!!!!!!!!!
あああ!!!
す、鈴村さんが!!!
ドアノブ、破壊したアアアアアアアアアア!!!!
ばんっ!!!!!!!!!!!
ノブの無くなったドアを、破壊した張本人が勢い良く開けると!!
そこには…!!!!!
やけに机の上がすっきりしている、店長デスク!
床に散らばる、書類と雑品!!
倒れたモニター!!!
久保田さんのデスクの花びんが落ちて…割れてる!!!
あれ勤続10年の、記念品なのに!!!
こちらを睨み付ける仙谷さん!!!
仙谷さんを見つめている店長!!!
目を丸くしてこちらと事務所内をきょろきょろ見ている鬼崎さん!!!
「・・・樫村、いいところに来た。ちょっと、・・・こっち来いや。」
へ?!ま、まさかの、名指し指名?!なに、いったい何が?!ちょっと待って、こ、怖くて動けないんですけど?!
「カッシーは関係ないだろう!今はお前と話し合いをしている!」
店長の声は聞こえていないらしい。
私に向かって、鬼が…来る!!!
「店長と話し合い中なんだろ、カッシーは様子見に来ただけだから、巻き込まないであげてくれる?」
「どけよデブ。」
「どくわけないじゃん。」
鈴村さんの巨体が、私の前に立ち塞がる。しわの無い、布地がパンパンに張っている、実にきつそうな背中…めちゃめちゃ頼りがい、ある!!!
「・・・ま、いいわ。樫村さあ、あのイベントスペース、完成した時、俺の事労ったよなあ?!」
「え、は、はい・・・。」
そりゃ、朝まで残業したって聞いたら、お疲れ様ぐらいは、言いますよ…。
「お試しコーナー、面白そうですねって言ったよなあ?!」
「は、はい・・・。」
そりゃ、完成したばかりのお試しコーナーは、掃除も行き届いててPOPもいっぱい貼ってあって、子供たちが楽しめる場所になってましたからね?
「ホビーの在庫売り切るまで頑張ってくださいって言ったよなあ?!」
「たくさん売れるといいですねって言いましたけど
「言ったよなあ!!!!!」
ちょっと、何これ、何なの、この人!!!私の言った事、自分に都合よく受け取ってるだけじゃないの?私の意見なんか全然聞き入れてくれないくせに、なんで私の言った言葉を勝手に解釈して自分の味方みたいな捉え方するの?!これ、絶対に反論しないと、ダメなやつだよ!!!
「言ってません、私は、仙谷さんが頑張って作ったイベントスペースなんだからちゃんとメンテナンスを続けていきましょうねって!このクォリティ保てたらたくさん売れると思いますよって、在庫無くなるまで頑張ってくださいねっていったんですよ!」
肉の壁ごしに、事実を、伝える。…空気が、重い。
「・・・仙谷さあ、もっと人の話、聞いたらどうなんだ。仕事ってのはな、個人でするもんじゃ、ないんだぞ。」
店長の声が、小さな事務所内に、響く。落ち着いた、声だ。感情をまき散らす、暴力的な仙谷さんとは…まるで、違う。
「・・・樫村。お前、言った事に、責任、持てや。状況見て、コロコロ意見…変えんなよ。」
「か、変えてませんよ?」
「変えてんだよッ!!!!!!!!!!」
仙谷さんが!!
肉の向こう側で!!!
ぼぐっ!!!
べぼっ!!
に、肉の壁にパンチが!!!
打撃が肉越しに伝わってくる!!!
「おい!!なにすんだよ!!痛いだろうが!!!」
「どけよクソが!!!このクソアマ、一発ぶん殴らねえと…気が済まねえ!!!」
「仙谷君、やめなさい!」
ああ、鬼崎さんの怒ってる声?初めて聞いた。いつも穏やかで、優しく気遣ってくれる、仏の鬼崎さんが、こんな声を出す日がこようとは。
「ジジイはすっこんでろ!!!!!!!!!!」
ド、ごガッ!!
ササっ!!!
どっしぃイイイイイイイイイん!!!!!
??????
じ、地面が…揺れ、た…?
「おお、やってしまった…。」
いつもの穏やかな、おじいちゃんの声がしたので…肉越しに、顔をのぞかせてみると。
書類や雑貨の散らばる床の上で…大の字になってのびている、仙谷さんが、いた。




