残念な人が現れた
「・・・はい?」
私は、大きな岩の上で両手を口元に添えたまま、たった今聞こえてきたエコーにおどろ
「ああああ!!!いる!!いるよう!!本物、本物の人間!!女子!!か、かわいい!!ひいイイイイ!!!ねね、どうやって声かけたらいい?ああ、初声掛けはもうしたんだってば!会話、初めての会話っ!!ええとね、初めましてがいいんだよね、うーんとこんにちは初めまして僕はですね、ああああなたと一緒に前を向いてですねってうわあ、そ言えばまだ顔出してない!ヤバイどうやって前に出たらいいうわあああああああ!!!」
「…ちょっと!!一人で騒いでるのは誰!!!」
私の恥ずかしい叫び声にね?!いきなり返事が返ってきた驚きにね?!びっくりする隙くらい与えてくれないと困るんですけど?!おどろきよりも怒りがわいてきたんだけど!!!
誰もいないと思って思いの丈を叫んだのに、聞かれちゃってたって言う恥ずかしさがね?!吹き飛んだんですけど!!!
…これは一言モノ申してやらねば気が済まないな。失礼にもほどがあるでしょ!!!
私はあたりを勢い良く見渡す!!
……どいつだ!!私の叫びを聞いて返事したやつは!!!
人っ子一人いないって思ってたのに…隠れて人の恥部を聞いた挙句、返事をするとは何事!!
ぶんぶんと首を回す私だけど…犯人の姿はどこにも…ない!!
「ひいいいいいい!!おこ、おこおこおこおこおこ怒っててもっ!!かわいすぎるうううううううう!!!どうしよう、どうしよう、いきなりいきなり出てったら逃げちゃうかも?そうだ、捕縛しておいてからゆっくり顔出す?ねえねえ、顔出すから、捕まえるので、そこでおとなしくしててくださいね?」
「はあ?!何言ってんの!!!」
ダメだ!私…今、怪しい奴に捕まりかかってる!!これって、いわゆるええと、駄目な人に見つかっちゃった感じなんじゃないの?!
一刻も早く…逃げなければ!!
急に恐怖感がぶわっと沸いて、大きな岩の上から飛び降りようとした、その時。
ぐ、らぁっ‥‥!!!
あっ。
まずい。
…ザリッ!!
コッ、コッ…。
日々、沈着冷静を心がけてる私だけど。
相当、焦ってたみたい。
何年も立ち続けたこの岩の上で。
私は初めて、足を滑らせた。
いつも右足を置いていた窪みにたまった、小さな小石が、私に踏まれて転がって…岩の向こう側にころりころりと落ちていくのが見える。
バランスを崩して、体が、大きく、傾いてゆく。
ああ……、こういうの、走馬燈っていうんだっけ。違う違う、アレは今際の際のやつで…ええと、スローモーションになって見えるっていう…難しい名前の…そうそう、タキサイキア現象って名前だった多分って、こんな時なのにいろいろ考えちゃうんだ。案外人って冷静なんだね……。
この大きな岩の向こう側には、ふかふかに見える緑の木々が生い茂っているだけだから。
落っこちたら、多分、小枝が突き刺さったり、するんだろうな。
岩の上に、摑まるような場所は、ない。
それでも、私は、落ちることを拒もうと。
手を……、伸ばした。
五年生だった、あの日。
私はこの場所で、先生が伸ばした手を、ぎゅっと握ったから。
あの手があったから、今の私は、ここにいるのだから。
25歳になった今、絶体絶命の大ピンチのこの瞬間に、私が伸ばした手は。
先生のように、誰かを助けるために差し出したのではなくて……。
誰かに助けてもらいたいと伸ばしたわけで!!!
伸ばした、手は…!!!
ぎゅっ・・・!!!
力強い、手が。
手が…。
手、が…?
「へっ…えっ?!」
私が、手を、伸ばして、摑んだ、もの、は…。
私の、伸ばした、手を、ぎゅっと、握ったのは。
にゅる、にゅる!!
でろ、でろ!!
じゅぐりゅ、…ずるっ!!
にっちにっち、ぎゅるぎゅる…ももも!!!
に、人間の!!内臓色をした!!!グロテスク極まりない!!しょ、触手うううううううううう!!!
「キぃ、ヤアああああ‥‥!!」
私の恐怖の叫びが、今度はきちんと、エコーになって届いたのを聞いて。
…私はすうっと、気が遠ーく、なっちゃっ………。
「…。」
気が付くと、知らない天井が目の前に…って、ああ、ここ見晴らし台だ。
あの腐った屋根、蜘蛛の巣が綿みたいになってる梁、目の端に映るに青い空の色。……私はどうやら助かったみたい。
視線を横に向けると、何やらタブレットを一心不乱につるつるやってる男性を…反対側のベンチの上に見つけた。
今はやりのアッシュグレーの髪に、やや細身の、大きな目。シュッとした鼻と、なんでもモリモリ食べそうな大きな口。…なんか泣きそうな顔してる。
この人かな?私を助けてくれたのは。
…起き上がって、声をかけて、お礼を言おうと。
「あ、あの、助けてくれた?ありがとう、あの私…
「あああああああああ!!!目開けた!!起きた!!動いてる!!話してる!!わあああアアアアアアアアアアん!!良かった、よかったよおおおおお!!!」」
この声は!!!
「あなたね?!私の叫びに応えたのは!!!」
「は、は、ハハハハハははいいイイイイイいい!!!僕、僕ですちょも!!!僕ですね、ええ、僕なんですはい!!!」
…ねえ、なんで、この人……こんなにテンパってるの?
イケメンは勢い良く立ち上がると、私の方に飛んできた…って!!
タブレットが落っこちて!!
わあ!!踏んでる、踏んでる!!!
「あ、あの、落ちたし、踏んだよ?!」
「大丈夫、ええ、大丈夫なんです、あなたが気が付いた、それだけでもうこんなおもちゃはポイですはい、ああ。良かった、機能停止とか聞いてなくてホント焦ったんです、人は本当に奥深すぎてああ、はあ、それにしても…尊い、うん、すごく!!!」
踏まれたタブレット…やけに薄いな、最新?のやつみたいなのに、なんて扱いを!!私はモノを大切にしない人にはあまりいい感情を持てないのですよ。
…拾って、立ち上がって、目の前の男性に手渡して…背の高さが同じくらいだと気が付いた。目を合わせると、やけにこう、キラキラした目が…。って、人!!人の顔を見つめてる!!めっちゃ見てる!!
うは、カラコン?グレーともグリーンとも言えない、みたことのない色の瞳…最近の男子はおしゃれだなあ、もう…。
「わあ、近くで見ると…、ホント、かわいい…。」
か、かわいい?!このガタイの良いことが自慢の私のこと?!
生まれてこのかた一度も愛らしいと言われたことのない、やけにはっきりし過ぎた目鼻立ちの気の強そうなこのツラを見て、か、かわいいだとう…?!
しかもあんたが聞いてるのは、恐ろしくぶっきらぼうで低すぎる…女子あるまじき声でしょ?!
ハイトーンボイスのあんたの方がよっぽどかわいいじゃないの!!!
あんたはおとなしく美少年アニメの主人公やってなさいよ!私はガキ大将のお母さん役やるからさ!!!…なんか腹立ってきたんですけど。
「助けてくれてありがとうございました!あの、私急ぐんで、「わあああああああああ!!!ちょ、ちょっとまって、ちょっとまってちょ、ちょ!!!あの、僕、あなたがですね、あなたとですね、ええと、ねえ、どうやって伝えたらいい?どうしよう、ええとええと!!一生に一度の運命の相手との出会い!!出会いが台無し、台無しいいいイイイイ!!!あああ、嫌いになった?ねえ、好きになる前に嫌いにならないで!ってうわあ、めっちゃ可愛い、なんでこんなにかわいいんだろう…。」」
この人!!!
黙ってた時はあんなにイケメンだったのに!!
口を開いた途端に…とんだブサメンだ!!!
大きな目はくしゃっと閉じられぎみで、ああ今はやりの矢印目ってやつ?顔文字でこの人の顔見たことある!!((((→△←;))))←これ!!
ずーっとわちゃわちゃ叫び続けてるし、大きな口はあわあわと閉じる隙も無く!!言いたいことを全部口に出してる感じ?
…正直、勘弁してー!!!
「…はは、私かわいくなんてないですよ、じゃ、このへ
「ちょっと待って!!帰っちゃダメ!!僕、僕の来た意味!!あのね!!ええと!!僕はその、あなたに会うためにですね!!あなたと出会うためにですね!!けっこう無理していろいろずいぶん頑張ってここまで来てチャンスがね?!お願いします!!まず話を聞いてください、ええ、大丈夫、私怪しくないです、身分証もありましょ!!」」
この人、全然人の話聞く気ないじゃない!!
しかもめっちゃ噛んでるし!もうちょっと、落ち着いたらどうなの…?!
せっかくのイケメンが、なんという宝の持ち腐れですか……。
「いえ、結構です、ではさような
「逃げられたら、困っちゃうんですー!捕獲ぅ―!!!」」
にゅる、にゅる!!
でろ、でろ!!
じゅぐりゅ、ずるっ!!
にっちにっち、ぎゅるぎゅる…ももも!!!
に、人間の!!
内臓色をした!!!
グロテスク極まりない……しょ、触手うううううううううう!!!
にっ!!
二回目ええええええええええええ!!!!
「キぃ、ヤアああああ‥‥!!」
私は、さっきと同じ叫び声をあげたわけだけど!!!
今度は、エコーは、返ってこずに!!!
「お、お願いすます!まずは僕の話を聞いて下すい!!!」
情けないカミカミのセリフが、返って、来た…。




