ウインクが飛んできた
弓削さんのリードで三枚目のカーペットをばっちり敷き終わり、余分な部分をカッターでカットして、ようやく…イベントスペースが使える空間になった!!
広々とした空間は、落ち着いたカーペットの色も相まってずいぶんシャープでビジネスライクな雰囲気が漂っている。
…これならちょっとお高いワンランク上のプロテインの販促がしやすいな。ベロアの敷物とか使って棚に並べたら高級感が出せそう。敷いたばかりのカーペットの表面を撫でつつ、プロテイン試飲会のレイアウトを模索する。
「良かったね!午前中で終われたじゃん!」
「弓削さんが手伝ってくれたからだよ!ありがとう!!ごめんね、もう12時になっちゃった、あと一時間しかないけど、大丈夫?」
1時に帰らなければならない弓削さんに感謝の言葉を伝えつつ、担当部署以外の仕事で勤務時間を費やすことになってしまったことをお詫びしなければと、顔を、あげると。
「だいじょう
「おい。なに勝手なことやってんだよ。」」
弓削さんの言葉をさえぎるように、不機嫌極まりない声が、私の耳に聞こえてきた。
声のする方を振り返ると…鬼の形相の仙石さんが、仁王立ちしてるんですけど!!!!!!!
ただでさえ据わった目をしていて無表情で怖そうな見た目をしているのに、怒りのオーラを纏っているからか…いつもより六倍くらい凄みがある。
私より大きな人ってあまりいないから、上から見下ろされるとこう、ちょっとコワみが増すというか。
…ちょっと、私闘う自信がなくなってきた、…いやいや!!ここで負けたら、ダメ!!負けちゃダメ、すなおっ!!!ガンバ、がんばだよっ!!!すなおっ!!!
・・・気力を振り絞って、敵に立ち向かう!!!
「店長から指示されたんです。」
ぎこちない笑顔を、向けてみたりして・・・。
ぎ、ぎろり!!!!
返ってくるのは歌舞伎役者も真っ青の鋭い睨み!!!
ああ、ふっとんだ、吹っ飛びましたとも、私の薄っぺらい微笑み―!!!
うん、まるで意味がないね、分かってた!!!
ひいいいいい!!!
めちゃくちゃ怖い顔がー!!!
「ふーん、で、ここにあったアイテムは?」
ぐるりと視線をカーペットに向けて・・・低い、低すぎる声が鬼から放出される。
めちゃくちゃ場が重くなったよ、なんか音波に、声におかしな毒素でも混ぜ込んでるんじゃないの…。心なしか、声を聞かされたカーペットが委縮しているようにも見えるんですけど。
「全部捨てたよ、店長が。店長が捨てたの、あたしもカッシーもヒロシもカーペット敷いただけだから。」
「壊れてないやつだけ、倉庫に移動しました、あとで確認
「ハアああああ?!ばっかじゃねえの?!ふざけんなっ!!!」
怒鳴り声がイベントスペースに…響いた。
仙石さんは手に持っていたスタッフジャンパーを床に叩きつけ、カーペットにけりを入れると、従業員エレベーターのほうに…走って行ってしまった。
回りをきょろきょろと確認する・・・良かった、お客様いなくなってた。
あんな大声出したらお客様がびっくりしちゃうよ、下手したらクレーム案件でしょう、何で状況確認しないで感情をまるっとだしちゃうんだろう・・・。
「・・・あたし店長にちくってくるわ、コレヤバイ雲行きだよ。ヒロシも付いてきて、ここにいると危ない。カッシーは五階に行って。」
「いいの?」
「いいんだよ!!ゆげさんの勘に狂いはない!あいつの目見たのかよ!マジヤバス!早く行けって!」
ひ弱なヒロシに力強く背中を押され、半ば強引にイベントスペースから追い出された私は、綺麗に敷き詰められたカーペットの一部に皺が寄っているのを直してから…五階へと、向かった。
メリーゴーランド小夏日店の五階にあるゲームコーナーは、ずいぶんマニアックな装飾が施されていることで名高い。
四階から五階に上るエスカレーターは名物の一つとなっていて、一部のマニアの皆さんから熱烈な寵愛を受けていたりする。
手すりの下の部分は、毎月入れ替わる手書きの漫画POPが等間隔できっちりと貼られており、隙間という隙間はステッカーやらシールでみっちりと埋められている。レアなシールもあるらしく、これを見るためだけに何度もエスカレーターに乗り込むお客様もたまにいたり。漫画に至っては、オチのコマがスタンプになって無料配布されていたりするという人気っぷりという。
上を見上げれば怪しげなオブジェやぬいぐるみの皆さんが網の上からお客様を見下ろし…何やら不穏な一言をつぶやいているのだけど、これがまた実にツボにはまることをつぶやくというので、年に何度かツイッバンダーでバズるんだよね。
【三度の飯より新作フィギュア!減量もできるゲーセン通い】
【取れぬことを嘆くより…取れるまでつぎ込む気概を持とうぜ?】
【ねえ…なんで諦めずにゲットしてくれなかったの?】
ギリギリアウトなにおいがプンプンするけど、まあ、頭の上で吹き出しがひらひらしてるだけだし、良いのかなあ…。
人気を呼んでいるこの演出は、先代の店長が生み出したものなんだ。エスカレーターの頭上には落下物を置いてはならぬというお達しがあり、長らく高すぎる天井と何もない空間が広がっていたのだけれど…、絶対のものが落下しないような網を張ったらいいんじゃないのかと発案して。
…前衛的な先代店長は、誰も思いつかないようなアイデアで、この店をずいぶん盛り上げてきて…ずいぶん、売り上げ増や、信頼獲得、話題提供など…貢献してきたのだけれど。
「あ!樫村さん!良かった、ちょうどいま面接の子が来てて!」
エスカレーターの終点で一歩踏み出した私に、牛島さんが駆け寄ってきた。しまった、昼からって12時からだったんだ、漠然と1時くらいかなって思いこんでた!
…こういうところがね?
私のいいかげんなところでね?!
ああ、どうして時間確認しておかなかったんだろう、しまった、次から気を付けよう。いくら自分のやることがあったからって…ちゃんと気配りできないようじゃ、ダメだよね。
「遅くなってごめんなさい。」
「いやいや、面接の子がちょっと早く来ちゃったんだ。今ね、コインさん来てるから中央のとこ電源落としてる、通電頼まれたらお願いね。わかんなかったらインカム飛ばしてもらっていいかな?」
牛島さんの耳にはインカムが付いている。インカムは音量の凄まじいゲームコーナーでスタッフ同士が連絡を取り合うために装着するものなんだけど、今はバイトさんが一人もいないのでほとんど使うことがなくなっていたり。久しぶりに装着姿を見るなあ…、前に見たのは一か月前、だった、はず。
…そう、ゲームコーナーは、少し前にパートさんもバイト君も、全ていなくなってしまって非常にやばい状況に陥っていて!!それを解消するべく今から面接を行うという流れになっているわけで!!
この一か月間、ゲームコーナーの人手が足りず、店長や私、二階以上のパートさんやバイト君たちの貸し出しが日常化していて、相当に業務圧迫をですね。人手が足りないのでキッズコーナーも閉鎖していて、非常にお客様から再開希望の投書が増えておりましてですね。
「わかりました、インカム、私もつけた方がいいですか?」
「いや、カウンターでインターフォン使ってくれたらそれでいいよ、面接もそんなに時間かかんないはずだし。」
インカムはゲームコーナー中央にあるカウンターのインターフォンと繋がっており、五階にさえいればどこにいても通話が可能となっている。ちなみに、インターフォンは各階に一台づつ設置してあり、階を移動することなく連絡を取り合う事が可能となっている。一階はサービスカウンターに、二・三・四階はレジに、五階はゲームコーナーカウンターに置かれており、店内放送をすることも可能だ。
「じゃ、行ってくるね…これ、カギね、よろしくお願いします!」
首から下げていた鍵束を受け取った私は、ゲームコーナーのカウンターに向かおうと。
・・・向かおう、と。
ゲームコーナーカウンターで、待っている…あの、姿は…。
あの、お洒落な、灰色の…髪の毛は。
・・・いやいや、今はやりのカラーだし、うん、まさかね。
は、ははは…。
困惑する私を追い抜いて、牛島さんが先にゲームコーナーカウンターに到着し。カウンターの上に置いてあった書類を手に取り、にこやかに灰色頭の青年に声をかける、童顔の、ちびっ子い、ゲームコーナー担当者…。
「灰島さん!お待たせしました!」
「・・・いえ。よろしくお願いします。」
は、はいいいいいいいいいいいいいいいいい?!
は、はいいいいいいいいいいいいいいいいい?!
重要な事なので、二度驚きました!
ええ、二度見しました、二度確認しました、二度ともばっちり自分の知ってる宇宙人でしたああアアアアアアアアアア!!!!!
思わず目を見開いて、まじまじと宇宙人を見る私!!!
私のドングリ眼が真ん丸になってるのはね?!鏡見なくてもわかるわけでね?!
多分だけど口も開けっ放しになってて相当おかしな顔をしていると思うけどね?!
わざわざそれを鏡で確認する必要もないでしょおおおおおおおおおおお?!
五階の端っこには、ゲームコーナー用の倉庫があり、その一部は商談用のテーブルスペースが設けられていて、通常そこで面接が行われることになっている。
倉庫入り口は、ゲームコーナーカウンターから見て右奥に位置していて―!!
ああ、私の前を、灰島と呼ばれた青年が……横切っていくー!!!
にこっ。
・・・パチっ!!!
さ、さわやかな笑顔を向けて!!!!!!!
さりげなく、ウインクを…と、飛ばしたアアアアアアアアアア!!!!
だ、誰だあああああああアアアアアアアアアア!!!!
こいつはああアアアアアアアアアアアアアアア!!!!




