床が貼られた
見本品のおもちゃをすべてゴミ袋に入れ、サドルのない子供用自転車とハンドルの無い乗用玩具を分解して廃棄ボックスに突っ込み。かろうじて使えそうな三輪車とホッピングマシンを倉庫に引っ込め。ばらばらになったフロアシートをワゴンの中にぎゅうぎゅう押し込み、押し込み、押し込み、押し込み・・・。壁のポスターをはがし、天井のオブジェを取り、ついでに切れてる電球も取り替えてたりしていたらずいぶん時間がかかってしまって・・・正直疲労度がハンパない。
「これ全部廃棄でいいんだよね?」
「ええ、いっぱいあるけど、お願いしていい?無理そうだったら言ってね、手伝いに行くから。」
「まかしといて!」
不用品という不用品をすべてイベントスペースからどかして、クリーンの味田さんにまとめて処理をお願いする。結局ゴミはワゴン三台分、袋にして18袋出た。これを処理するのも相当大変と思われる。味田さんもここで長く働いているけど、もう68歳、あまり無理はしてほしくないんだよね。二か月前にぎっくり腰やってるし…。
「味田さん、この床のシール剥がすような剥離剤?持ってない?」
金属のコテでちみちみとシールを剥がす店長が…汗を垂らしながら声をかける。もうずいぶん寒くなってきているというのに、この発汗量はどうなの。どんなエクササイズDVDよりもダイエットできそう…。店長太ってないけど。
「これねえ、剥離剤使うと床もはげちゃうんですわ。だから直接テープ貼るなってきつく言ってあったんだよ!もうね、こうなったら地道にはがすしかないね!人の話聞かない人がいるからこうなるんだよ!僕ね!仙石さんにはちゃんと言ったんだよ!仙石さん分かったっていってたんだよ?!全然分かってないんだよ、あの人!店長怒ってやってよ!!!」
「まじか・・・。」
ワゴンを移動させながら苛立たしげに語る味田さんの声を聞いて、店長の気力が尽きたらしい。しゃがみながら作業してたけど、ドカッと腰を下ろして足を投げ出してしまった。…そりゃあねえ、二時間半かかってもぜんぜん奇麗になんないんだもん、気力も尽きるよ。ゴテゴテと目立つとこから剥がしはじめたんだけど、目立つところが多すぎて…やってもやってもきりがない。
「う―わ!!何これ、広い!!汚い!!ヒドイ!!!」
弓削さんが四階から様子を見に来たみたい。…世話焼きな所がある弓削さんは、有事の際にすぐに顔を出してくれるやじうまタイプというかなんというか。この場合は、いい意味で、ね。
「もーどうにもならん…。」
「も~さ、あのクソホビークビにしよーぜ!!あいつの罪マジ天災級だ!!!ありえなす!!!」
汚れ切っただだっ広い空間で、足を投げ出して天井を仰ぐ中年と大の字になって転がる若い男子!!もうお客様入ってるんだからあんまりみっともない姿は見せないで欲しいんですけど…。そんなことを思う私も、しゃがんで作業し続けててアキレス腱が痛くなってきたので‥‥立ち上がってコテを持った手を腰にやり、ふうと一息入れてみたり。
「POP剥がし終わったからさ、手伝おうかと思ってきたんだけど…これはちょっとやそっと手伝った位じゃどうにもなんないね。」
EVA材でできているフロアマットが強力両面テープでくっついていて、剥がすたびにびりびりと裂けてところどころにくっついているのがとにかく見苦しい。子供部屋用のフロアマットだから派手な色をしているからたちが悪いというか。デカイ塊は比較的ボロッとこてで剥がせるんだけど、テープの表面にうっすらと黄色や水色、ピンク色が残っちゃってて・・・。
「インテリアはシール剥がし、扱ってたりしない…?この両面テープが曲者なんだよ。どうにもこうにも剥がせなくって。」
カーペットコーナーに接着剤あるの見たことあるから、ひょっとして剥がすやつも取り扱ってたりしないかなーなんて期待して、聞いてみる。
「はがすのはないね。…うーん、これ剝がすより新しいフロア材被せた方が早くない?5メートル10メートルだったよね、ここ。…うちのロールになってるパンチカーペットあるでしょ、アレ敷いたらどお?182センチ幅だから…三本並べれば敷き詰めれそうじゃない?はみ出したらカットもできるし。」
「あ!それいいアイデア!店長、修繕費として経費で落とせませんか?落としたいです!!」
思わぬところからいい解決方法が!!さすが弓削さん、年の功ってこういうこと言うんじゃない?!伊達に二十年もここで働いてきてない!きっと今までもこういうトラブルをいくつも切り抜けてきたに違いない!
「ちょっと待って、あれって高いんじゃないの、メートルいくら?」
「三年前から売れ残ってて、今メートル2000円で売ってるやつあるでしょ、アレの事だよ。あれがなくなったらもっと安くて軽いの発注できるし、多分ね、不良在庫認定されてたはず、本部から赤売りしていいって指示あったもん。」
すごく良い案だと思ったんだけど、店長の表情は微妙に硬い。
「業者にクリーニングと床の張替え頼むよりはるかに安いですって!!敷きましょう!!!敷くしかない!!」
インテリアコーナーの売り上げがこのところ下がっているから渋ってるのかもしれないけど、それは去年の爆発的売り上げ上昇率があったから仕方のないことであって!!!フロアマットのでこぼこはほとんど除去できてるので、上にカーペットを敷けばおそらく普通の綺麗な床が完成するはず!!
「・・・足りる?一色でそろわないでしょ、みっともなくならないかな。」
「あれ20メートル巻きなんだよ。グレーにグリーンにベージュ、三色になっちゃうけど、多分十メートルくらいずつならあると思うよ。色調も似てるし。」
「今以上にみっともなくなることなんてねーよ!!俺もうやだよ剥がすの!!上からのせよ、ハイけってー!!俺取ってくるわ!!!」
「あっ!!ちょっと!!!」
さすが十代はフットワークが、回復力が違う!大の字から腹筋を使ってポンと起き上がり、エレベーターを一段飛ばしで駆けあがってゆく、若者!!!
お客さんがまばらだとはいえ、従業員として許されぬ粗暴な動き、これはあとできっちり叱っておかねばなるまい。こめかみゴリゴリか脳天チョップかはたまたほっぺたびよーんか…!!!
「カッシー、うちらも一本づつ持ってこよ!」
「一人で持てる?二人で一本づつ持った方が安全じゃない?」
「持てなくないよ、引きずれば。」
弓削さんの欠点はね、大胆かつ粗暴というところにね。155センチのその体で、180センチ越えの重たいカーペットロールを引きずる?!とんでもない!
「じゃあ俺も一緒に行ってタグ取ってくるか。経費届書かないとまずいし。」
どうやら経費落としの許可はもらえそう、良かったよかった。この調子で店長にカーペットも持たせよう、うん。
三人で連れ立ってエスカレーターに乗り、四階を目指す。
…平日の午前中というのは、一階以外お客さんは少なくて、わりと閑散としている。エスカレーターの上から、三階フロアを見下ろして見渡してみても…ぱっと見二人しかお客さんが見えない。
健康器具コーナーでハンドグリップ見てるおじちゃんと、おもちゃコーナーでフラフープを確認してるお母さん。混んでないから作業に取り掛かりやすくて良いといえばいいけど、少しだけ売り上げが気にならないでもない。
店長の心配もね、分からなくもないんだ。二年前にできた、全国チェーンの激安を売りにした量販店の影響がボチボチ気にならないこともないし。まあねえ、今週はチラシが入るの水曜土曜だからなあ…。ああ、四階に至ってはお客さんが一人もいない、ちょっとヤバいかも・・・。
「ゆげさーん、これのこと?どれ?つか取れねーよ、どーやって取るの!」
ヒロシがカーペット切り売りコーナーでそわそわしている。
「あーあー、ロック外さないとダメなんだっては、ええとね、これ…はい、持ってって!」
弓削さんが180センチ幅のカーペットのロールを…プラスチックの筒に分厚く巻きついている状態でぽんと抱えて、ヒロシに手渡す。
「ちょ!!何これ!!おもっ!!無理、ムリムリ、重くて無理ちょ、てんちょ、端っこ持って持って!!!」
「なんだひ弱だなあ…。」
165センチのヒロシはどちらかというと線が細くて、貧弱さが漂うタイプなんだよね…。ダンベルの納品の時にはいつもひーひー言ってるし。
20キロくらい軽く持てずにどうやって自分の嫁を持ち上げる気なんだって説教したら、「俺は二次元の嫁しか貰わねえ」と言い放った、ライト層寄りのガチ勢だったりする。推しは六つ子の次女とのことだけど、アニメを見ない私には何がなんだかさっぱりわからない。なお、彼のヤンキー口調は推しから学んでいる模様。
「う、意外と重いな、いいや、このまま二人で端っこ持って下まで行こ、俺先に乗るからケツ持ってって。」
「ひいー、へ、へい。」
貧弱青年はおかしな返事をしながら、妙に腰の引けたスタイルで下りエスカレーターに乗り込んで行った。途中で落としたりしないでしょうね・・・。
「やっぱ重いよ、弓削さん、一緒に持ってこ、ね。」
「そお?」
やや不満げな弓削さんをなだめて、二人でカーペットの筒の端を持って三階に向かう。…確かにわりと重いな、20キロくらいありそう?確かに持てないことはないけど、無理は禁物。手が滑ってお客様に当たったりしたらとんでもない!…お客さんほとんどいないけど…。
「ちょうどいいね、良かった、これなら何とかなりそうだ!奥から敷いていこうか、あれ、これってどっちが表だっけ…。」
「てんちょー!反対反対!!!」
なにやら店長がやらかしているのを弓削さんがばっちりフォローし始めたので、私はヒロシを引き連れて四階に向かい、残りのカーペットを運ぶ。…ヒロシの貧弱さにびっくりだ、これくらいの重さでふらつくとか、二次元の嫁すら持ち上げることできないんじゃないの、心配になってきた。
「もーさ、あんたもっと鍛えなよ、弓削さんよりもへっぴり腰じゃないの。腹筋使って起き上がれるくせに重いもの持てないとか、筋肉の鍛え方間違ってるんじゃない?プロテイン飲んだら!!」
「そんなん買うくらいなら五階でクレーンにぶっこむに決まってんじゃん!筋肉よりもフィギュアに決まってんじゃん!」
ここでのバイト代の八割を、ゲームコーナーで使う不届き者として名高いヒロシ。余分に取ったものをフリマアプリで売りさばいているので、実質は半額くらいになるみたいなんだけど、基本いつも金欠気味で、バイトの時間を増やさなければならない状態に追い込まれていたりする。
まあ、私としては、いっぱい出勤してもらえると助かるんだけど、大学の単位は本当に足りているのか、ちょっと心配になっちゃうっていうか。私が大学生だった頃は三年生でも講義がみっちり詰まってて、午前中だけで授業が終わるとか、ましてや丸一日時間割のコマが空いている曜日なんてなかったんだけどな。今の大学ってゆとりあるんだろうか・・・。
「ああ、そういえば今日業者はいるって言ってたよね、あれ、キャッチャー業者もくるんじゃない?いつもコインゲームの人と一緒に来てるし・・・」
「え!!マジで!!あとで五階いって聞いてこよ!!!よーし、チャッチャと仕事終わらせるぞー♪」
俄然やる気の出始めた若者がいる!!
三秒前までのへっぴり腰がうそのようにしゃきしゃきと歩き始めてる!!ホント調子いいんだから!!もう!!!
少々呆れつつ、足並みを揃えて三階に向かうと。
「あ、きたきた、見てよこれ!ぴったり足りたの!!あとはそれ伸ばしたら場所は綺麗になるね!」
カーペットがきれいに敷かれたイベントスペースが!まだあと三分の一汚いけど、これならなんとかなりそう!
「じゃあ俺経費届書いてくるわ、敷き終わったらさ、五階行ってあげて。で、飯食って午後から什器設置しよう。」
「わかりました!」
俄然やる気の出た私は、ヒロシと息を合わせつつカーペットを置き!
店長に向かって元気よくお返事し!
「よーし、今日中に什器設置完了させるぞー!」
「おー!」
気合いをね!入れ直した訳ですよ!




