ミーティングが行われた
「社訓一、まずは落ち着いて瞳を見つめよ!」
「社訓二、お客様のご意向を深く読み取れ!」
「社訓三、伝えるべきは真心!」
「社訓四、一歩下がって状況を判断せよ!」
「社訓五、自分の力を信じよ!!!!!!」
お客様出入り口から大人の足で約二十歩のところにある、一階サービスカウンター前に従業員がずらりと並んで…、社訓を唱和している。
朝のミーティングは、基本全員参加が義務付けられている。
調理中で参加できないデリカ担当のパートさんたち以外は全員8:30になったら集まらなければならない。社訓を大きな声で唱和することで発声練習を兼ねているのだけれど、パートさんやバイト君たちの間では随分不評だったり。
ちなみに、一階にあるクリーニング店、二階にある手芸店、三階の時計店、四階の旅行代理店、フードコートのラーメン屋とたこ焼き屋、外にある宝くじ売り場、警備の人なんかは直営ではないので、朝のミーティングには参加していない。
「皆さんおはようございます!では、今日の予定について、各部署から報告お願いします!はいではまず一階から、青果さん!」
元気の良すぎる店長の声が各部署代表者の報告を促し、一階で働く部署の代表者が一歩づつ前に出て報告を始める。
青果担当鈴村さん、鮮魚担当有岡さん、精肉担当柱谷さん、デイリー品担当吉沢さん、デリカ担当工藤さん、グロサリー担当菊池さん、消耗品担当霧島さん、サービス担当古賀さんと、順序良くテンポよくサクサクと報告が続く。
「はい、じゃあ次は二階!」
服飾担当の城さんが前に出る。服飾は細かいことを言うと服飾一般、下着、かばんなどの小物、靴など担当が分かれているのだけど、城さんがまとめて取り仕切っている。相当なやり手で、次期店長候補として名前が挙がっていたり。スケジュールの管理は店舗一で、年末年始なんかは相当頼りになる。
「おはようございます!二階は今日冬物入れ替えの第二弾やります。今週中に夏物がなくなるので、認識お願いします!」
季節の変わり目、服飾さんは大変なんだよね。やけに二階組の人数多いと思った、入れ替え要因として招集したに違いない。…いいなあ、人員が豊富な所は。
「はい次三階!ええとホビーは遅番ね!スポーツ、どうぞ!」
メリーゴーランドグループの営業時間は10:00-20:00、社員は早番と遅番に分かれている。早番は朝8:00に出勤し、オープン準備をして夕方17:00に退社が基本。遅番は昼12:00に出勤して、夜21:00に退社が基本。店長は早番で、副店長は遅番と決まっている。一階勤務の社員は、基本早番が多い。朝一の品揃えが必要だからどうしても早番が多くなってしまうんだよね。二階より上で働く人は、比較的遅番が多いのだけど、人員が豊富な城さんや、納品の関係で午前中出勤が望ましい私なんかは早番で勤務している。
「スポーツはイベントスペース撤去作業やります!今週末プロテイン試飲会やります!ホビーお試しコーナー無くなるのでお願いします!」
「ええ!!やっと?!よかったー!」
「ようやく片付くみたい!」
「汚いもんねえ…。」
あちこちから喜びの声が!!
「はいはい!静かに!!俺もその手伝いに回るんで、何かあったら三階に来てください!じゃあ次、四階!!」
インテリアの財前さんは遅番なので、パートの弓削さんが一歩前へ。
「午前中古いPOP剥がしをするよう頼まれているので掃除をしながらやります、財前さんは有休で不在、13:00からバイト二名のみになるのでフォローお願いします。」
弓削さんはお孫さんのお世話があるので、ここ一年ほど昼過ぎまでの勤務となっている。双子育児は相当負担が大きいらしく、娘さんがかなり参っているのを見かねて、勤務時間を減らすことになってしまって。もう少しお孫さんが大きくなったらまた勤務時間を伸ばすという話になっていたり。
「皆さんフォローお願いします!じゃあ、次五階!」
「ゲームコーナーはコインゲームの入れ替えで業者はいります、あとバイト面接が昼から二件あるので、その間どなたかカウンターフォロー―願いしたいですね。」
ゲームコーナー担当の牛島さんが前に出る。
「昼から?じゃあ仙谷さん来たら向かわせる・・・。」
「仙谷君は…三階の片づけあるでしょう、遠慮します。」
牛島さんは去年までホビーを担当していたんだけど、仙谷さんともめて部署を移動したという経緯があったり、する。…ずいぶん、派手に衝突したのを見ているから、正直二人を同じ空間に、並べたく…ないなあ。
「店長!イベントスペース午前中で終わらせましょう、そうしたら私フォローに入れますから。」
今日は月曜でヒロシも朝からいるし、店長が手伝ってくれるから…おそらく撤収作業自体は午前中で終われるはず。私の申し出を聞いた牛島さんがニコッと笑った。…おむすびみたいな笑顔にはずいぶん癒されるんだよね。メリーゴーランド小夏日店一の癒し系キャラだもん。
「そうだな、よしそうしよう。じゃあ、ほかに何か伝達事項のある人は?…いないね、じゃあ、今日も一日よろしく!解散!!!」
店長の声で従業員がパッと散ってゆく。
「樫村さんありがとう、悪いね、忙しいのに。」
「いえいえ!いつも助けてもらってるし!」
私より背の低い牛島さんを見下ろしつつ、ニッコリ笑顔を返す。この見上げる感じがまたかわいいんだ…。とても45歳には見えないぞ、とても三人の子持ちには見えないぞ!!童顔もここまでくるといっそすがすがしいな…。
「よし!!カッシーさっさとやるぞ!!広重くんはもう行った、ゴミ袋持ってってもらったから!」
「じゃあ私下からワゴン持ってきます。フロアシートも廃棄するんですよね、袋入んないから、まとめといてクリーンさんに処理してもらうのが多分早いはずです。」
靴を脱いで遊べるコーナーが二つと、乗用玩具コーナーのカーペットが二枚。置いてあるおもちゃの廃棄と、コーナーを展開している部材の撤去をしなければならない。大物の廃棄物がたくさん出るはず、一か所にまとめて一気に移動させた方が多分効率は良いと思われる。
「わかった!じゃあ先におもちゃやっとくわ!!」
「お願いします!!」
私は大急ぎで従業員エレベーターに乗り、一階に降りて什器置き場からワゴンを持ちだし…三階イベントスペースに向かったのだけども!!!
「カッシー、これ見ろよ!あのクソホビーやりやがった!!!」
ヒロシが何やら手にフロアシートを持って叫んでいる。
「…何を…って!!はい?!」
ヒロシが指差す先を見ると、恐ろしく汚れた、ベッタベタのテープ跡!!!!…ちょっと、何これ!両面テープでフロアシート貼り付けたってこと?!床に糊が残るからテープ使っちゃだめってあれほど言ってたのに!!!ワックスがけの時に散々怒られてたのに、なんで、なんでこういうことできるの?!
「あいつマジうぜえな…。」
「ヒロシ!!口が悪い!!!」
フロアシートとカーペットはお客様が汚したしみだらけで、このまま使うことは不可能。全て剝がさなければ…プロテイン試飲会はとてもやれそうにない。…32畳の広さを、今からテープをはがして回らなければいけないってこと?!
「…この両面テープ超強力なやつだよ。小手使ってゴリゴリやらないと剥がせない。フロアシートもほら…劣化して、裂けちまう。あいつ何やってんだ…。」
店長は呆れて表情を無くしている。午前中で撤去?こんなの、絶対間に合わないよ!!!
店長がビリビリとフロアシートをはがしていくものの、シートの一部はテープに張り付いて床に汚く張り付いている。カーペットも、毛色がテープにしっかり残っていて非常に醜い。しかも、テープがめちゃくちゃに貼られていて、とにかく見目が悪い、悪すぎる!!せめて均等に、平行にテープが貼られていれば、まだましだったのかもしれないけど…。
「とりあえず、全部剥がしてから考えましょう、クリーンさんに相談したら、シール剥がしとかうまくいくかもしれないし。」
…呆然としている時間が、惜しい。
私は、足元のフロアシートを…怒りを込めつつ、剥がし始めた。




