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05

「リエスタ様。少しよろしいでしょうか?」


 嵐が去った後の学園は、メアリーさんが編入する前の静けさを取り戻していました。

 もうすぐ冬のお休みに入る少し前、私はアドリアナさんに声をかけました。


「ミシェル・バジューと申します。先日は、素晴らしかったですわ」

「ありがとうございます。お恥ずかしい所、いえ、ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ございません」


 アドリアナさんはそう言って頭を下げました。

 私は慌ててアドリアナさんを止めました。


「そんなことありません! メアリーさんとその仲間たちには、学園の女性のほとんどが嫌な思いをしていましたから、すっといたしましたわ」

「そう言っていただけると、罪悪感が少し薄れますわ」


 私の言葉に、アドリアナさんはそう、ため息をつきました。


「リエスタ様、失礼を承知で伺いますが、リエスタ様は前世の記憶をお持ちなのではないですか?」


 私がそう尋ねますと、アドリアナさんは目を見開きました。

 目は口ほどに物を言いますのね。


「……バジュー様」

「ミシェルとお呼びください。実は、私も前世の記憶がありますの」

「まぁ、そうなのですね」


 何とも言えない顔で、アドリアナさんが言いました。


「リエスタ様はこの世界が、ゲーム【愛は突然始まる】の世界だと言うことも知っていらっしゃいますよね」

「えぇ、知っています」


 アドリアナさんが頷いたので、私はまた質問します。


「いつ思い出されたのですか? 私は例のお茶会の日なのですが、ヒロインでも悪役令嬢でもなくて、良かったような残念なようなとても微妙な気分でした」

「そうなのですね。わたくしは五歳の時でしたわ。孤児院のバザーで殿下をお見かけして、思い出しましたの」

「孤児院のバザー、ですか? それって……」

「そうなのです。わたくしが思い出した時、わたくしの役どころはヒロインだったのです」

「まぁ! あ、でも、じゃあメアリーさんは」


 私は【愛は突然始まる】の物語を思い出します。

 確かヒロインの名前はメアリーでした。アドリアナさんではありません。

 アドリアナさんの感違いなのでしょうか?


「メアリー様はわたくしと同じ時期に孤児院にいたのです。年も、背格好も、髪と瞳の色もほぼ同じでした。わたくしが殿下とイベントをしていた時、ちょうどわたくしの親となる人が孤児院を訪れていました。何かの手違いだったのか、彼女がそう仕向けたのか分かりませんが、わたくしと彼女が入れ替わってしまったのです」

「そんなことって」


 信じられません。そんな小説のようなことがあるのでしょうか?

 あ、ここゲームの世界でしたね……


「わたくしは特にゲームにもキャラクターの皆さんにも思い入れもありませんでしたし、ヒロインになりたいわけではありませんでした。ですからわたくしはメアリーでもアドリアナでもどちらでもよかったのですが、その後すぐメアリー様のお家の養子になることになりましたの」


 アドリアナさんはため息をつきました。


「まさかこの世界がゲームに似ているからと言って、ゲームそのままに進行するなど思いませんでしょう? 養子先がアルノーの家だなんてすぐには気が付きませんでした」

「ではアルノー様とはその時に?」

「いいえ、書類上の縁組だったので、ようやく顔を合わせたら、わたくしが捜していた子供ではなかったと、すぐに別の家に養子に出されましたので、その時はアルノーと顔をあわせてはいないのです」

「まぁ、なんてひどい」

「えぇ、でも養子に出された先はとてもいいお家でした。お子さんがいない家庭でしたので、わたくしを本当の子供のように育てて下さいました。そのおかげで学園にも来ることが出来ました」


 アドリアナさんはそうほほ笑みました。


「ではどうしてアルノー様と?」

「ミシェル様はアルノーが隠しキャラだとご存知でしたか?」

「いいえ。私、ライトユーザーでしたので、メインキャラしか攻略していませんの」

「そうなのですね。アルノーは、初期ディスクの全員お友達ルートで終わったデータで二周目をプレイすると出てくるキャラなのです」


【愛は突然始まる】のヒロインは、とてもかわいらしく、頭が良いメアリーという名前の、孤児院で育った少女です。

 アイローラ男爵家の当主の妹の娘さんで、幼いころにお母様と共に誘拐され、メアリーさんだけ孤児院に保護されます。

 五歳のころ、ようやく探し当てたご当主に実子として引き取られ育てられましたが、ある日強い魔法に目覚めることで、学園へ入学することになります。

 内容は良くある乙女ゲームと同じで、見目麗しい男性を攻略し、ハッピーエンドを目指すというものですが、お友達ルートというものも存在します。

 別名貧乏人ルートは、学園すべての人とお友達になることが求められるのですが、喧嘩を仲裁したり、無くし物を探したり、生徒会を運営したりと普通の学園生活を楽しみながら、攻略対象を一人に絞るとなかなか集まらないスチルもすべて見られるというハッピールートです。

 なかなか次のゲームを購入することが出来ない貧乏な学生には、長く楽しめると好評でしたが、 馬鹿みたいに時間がかかることから貧乏人ルートと呼ばれています。


「まぁ! あら、でもメアリーさんとアルノー様は婚約者だと言っていませんでしたか?」

「それがまた面倒な話なのです」


 アドリアナさんは、そう顔をしかめました。


 ゲームでは、アルノーさんには腹違いの妹がいて、それがアドリアナでした。

 アドリアナはアルノーさんの父親とその愛人との子供でしたが、愛人はアドリアナを身ごもると同時に姿を消していました。

 アルノーさんの父はずっと二人を探し続け、やっと見つけた時には愛人はすでに亡くなっていましたが、アドリアナは養子として引き取られます。

 アルノーさんは妹には罪はないと可愛がりますが、アドリアナは妹以上の関係をアルノーさんに求めました。

 そんな時、妹との関係に疲れたアルノーさんはメアリーと出会い、恋に落ちてしまいます。

 それを聞いたアドリアナは、アルノーさんと別れるよう言うため、メアリーに突撃すると、メアリーが同じ孤児院で面倒を良く見てくれた友人だと分かり、アルノーさんとの仲を許し自らは身を引くと言う物語だそうです。


「え、ということは、今のメアリーさんとアルノー様は、兄妹ということですか?」

「実際はどうかわかりませんが、ゲーム上ではそうなるでしょうね」

「えっと、メアリーさんとアルノーさんは婚約者同士でもあるのですよね」

「えぇ、そうですわ」

「えっと、兄妹で、婚約者……うわっ、きもっ」


 思わず心の声が駄々漏れになってしまいました。


「そうですよね! わたくしもそう思いましたの」


 アドリアナさんがほっとしたようにほほ笑みました。


「でも何故、メアリーさんは……」

「わたくし、メアリー様も前世の記憶をお持ちなのではないかと思いますの」


 今までとは違い、小さな声で、ぼそりとアドリアナさんがそう言いました。


「メアリー様に確かめなければ本当のところは分かりませんが、メアリー様はきっと前世アルノーが推しキャラだったのだと思います」

「……まぁじゃあ、メアリーさんは、アルノー様と結婚するためにわざと、入れ替わったということですか?」


 アドリアナさんが大きく頷きました。


「そう考えるのが一番分かりやすいのです。わたくしはメアリー様のことはどうでもよかったのですが、本当の家族のことを聞きたくて、養父とともにアイローラ家を訪ねましたら、メアリー様がアルノーと婚約したと聞かされてびっくりしました。ゲームを知らなければ気にしなかったと思いますが、さすがに知っていると、自分の本当の名前でそんなことをされるのは気持ち悪くて……」


 アドリアナさんが顔をしかめ、身震いしました。


「でもどうやってメアリーさんとアルノー様は婚約を? メアリーさん……アルノー様のお父様はメアリーさんがアルノー様と兄妹だと当然知ってらっしゃいますよね?」

「アルノーの父親はどうしてもアドリアナを取り戻したかったみたいなのです。戻ってきたら自分のモノにするつもりだとアルノーに言っていたらしいですわ。わたくしを養子に出した後、メアリー様を探し出し、なんとか返してもらおうとしましたが、わたくしを他家に養子に出してしまったことがアイローラ家に知られて、返してもらえなかったようです。それでもあきらめきれずにいたら、メアリー様の方からアルノーとの婚約を持ちかけたそうなのです。それでアルノーの気持ちなど関係なく婚約が決まったのです」

「うわっ」


 あら、また淑女としてはあるまじき声を出してしまいましたわ。


「気持ち悪いですわよね。そういう物語もありますし読むのは嫌いじゃありませんけど、自分に置き換えると、いくら推しを攻略したいと思っても、あり得ませんわ。ですからわたくし、ゲームに参加し、アルノーを攻略することにしましたの」


 アドリアナさんは笑いながら、そう言いました。

 攻略することに決めて、ちゃんと攻略出来るなんて、さすが本物のヒロインです。


「ですがアルノーの攻略は上手くいったのですが、婚約解消は上手くいきませんでした」

「アルノーのお父様のせい、ですか?」

「えぇ、それもありますが、メアリー様も、アイローラ家も了承しなかったのです。まさか、わたくしから、あの二人が兄妹だとも言えませんし、アルノーから伝えてもらおうにもアルノーにも言いづらい話でしょう?」

「アルノー様はメアリーさんが異母妹だと知らないのではないのですか?」

「それは分かりません。でもアルノーがメアリーさんをあれほど嫌うのは、知っているからかもしれません。わたくしは言っていませんが、アルノーだってご自分で調べる力をお持ちですもの……」


 アドリアナさんはそう言って、少しだけ悲しそうな顔になりました。


「んー、でも、あんなに嫌われるなら、何も言わずにメアリーとしてアルノー様に出会った方が良かったじゃありませんか?」

「……メアリー様は、心配になったのではないでしょうか? ゲームではアドリアナを学園に迎えに来てメアリーと出会うのですが、今のアルノーには妹がいませんから、学園に来ることも無い筈です」

「せっかくメアリーになったのに、出会わないかもしれないと思った、ということですか?」

「私がメアリー様ならそう考えると思っただけですが……」


 アドリアナさんはため息をつきました。


「それに、わたくし、まさかメアリー様が学園にいらっしゃると思っていませんでしたの」

「どうしてですの?」

「それは、本当にアルノーだけが目的なら、他の攻略対象者に会ってしまうと面倒なことになると思いません? お友達ルートって意外と大変ですのよ? あの攻略対象者たちが本気で口説いてくるのを、ちょうど良く断り続けるのは、すべて知っていても大変だと思いますの」

「確かに、そうですわね。でも、メアリーさんは学園では逆ハールートを選んでいましたよね?」

「えぇ、びっくりしました」

「見事に逆ハーでしたものね」

「でも、そのおかげで婚約解消の目途が立ちました。それでアルノーと一緒に一芝居打つことができたのです」

「そうでしたのね。本当に素晴らしいお芝居でしたわ!」

「ありがとうございます」


 私はアドリアナさんと顔を見合わせて笑いました。


「ところでリエスタ様は、メアリーさんと似た容姿の筈ですわよね? 今は少し変えていらっしゃるのですか?」

「ええ、魔法で色を養父に似せていますの」


 【愛は突然始まる】のヒロインは、ピンクブラウンの髪に、同じピンクの瞳でした。

 そして頭が良く、強大な魔力を持っているのです。

 この学園で主席を取り続けているアドリアナさんなら、髪の色だろうと瞳の色だろうと変えるのは自由自在でしょう。


 アドリアナさんはにっこりとほほ笑んで、魔法を使いました。

 ふわりと風が吹き、アドリアナさんはヒロインの色になりました。

 メアリーさんと同じ色なのに、メアリーさんとは違う、理知的な美少女が現れます。


「ミシェル様、明日からわたくしのことはアドリーとお呼びください」

「よろしいのですか?」

「もちろんです。わたくしこれからは、貧乏人ルートを攻略するゲーマーとして過ごすことにしますから、ぜひわたくしの初めてのお友達になってくださいませ」


 アドリアナさんはヒロインの笑顔でそう宣言しました。

 そして宣言通り、次の日から生徒会への立候補を始め、ぐいぐいと学園の攻略を始めました。

 メアリーさんの取り巻きだった人たちを手足のように使いながら、びしびしとしごき、彼らの新たな一面を引き出し、プロデューサーとして歌って踊れるアイドルとして売り出したり、メアリーさんのせいで婚約解消となってしまった人たちに新たなる出会いを探したりと、パーティーやイベントなどなどその手腕はゲームのヒロインそのものでした。


 そして、メアリーさんの爪痕がすっかり消えたころ、私はアドリアナさんにアルノーさんをどう思っているのかと聞きました。

 アルノーさんは毎日のように、アドリアナさんに告白しに来ています。

 私は、アルノーさんと早く婚約くらいすればいいと言うのですが、アドリアナさんは


「自分は出来る女を目指しているの。アルノーは好きだけど、今のままでは身分が違うし、ヒロインとしても納得できない。わたくしは、自分の力で出世して、いつかアルノーに逆プロポーズするのが夢なの」


 とか言って、毎日のようにお断りをしています。

 アドリアナさんの気持ちは分かるけど、頑固過ぎるのはアドリアナさんの悪いところです。


 最近はもう日課のように、アルノーさんがアドリアナさんに告白し、断られ、警備員に追いかけられたり、縄をかけられたりしています。

 アルノーさんはそれなりに身分も年齢も高い方なのに、警備員に引きずられていく姿は本当に哀れです。


 ほら、今日もアルノーさんがアドリアナさんを心配……いいえ、告白しに学園にいらっしゃいました。

 アドリアナさんは困ったわねぇと言っていますが、本当に困っているのは警備員や私たちです。

 このままでは、アドリアナさんが困ったヒロインちゃんになってしまいます。

 そろそろ素直になってほしいですわ!


アドリアナさんはヒロインでした。

はこれでおしまいです。


2020.5.28 誤字報告を適用させていただきました

      ありがとうございました。


最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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