02
「アドリアナ・リエスタ……だと」
宰相の次男が、愕然とした様子で女子生徒の名を繰り返しました。
教室内も同じです。
「アドリアナだって?」
「あの学園七不思議の?」
「え、このクラスだったの?」
「なんで同じクラスなのに知らないんだ?」
「お前、席後ろだろ。あれがアドリアナだって、知ってたのか?」
ささやきがざわめきになっていきます。
女子生徒―――アドリアナさんは、不敵な笑みを浮かべて、宰相の息子に向かい首を傾げた。
「で、貴方はどちらさま?」
宰相の次男は屈辱に顔を歪めました。
宰相家の次男と言えば、天才であると子供のころから言われていました。
入学前からずーっと学園一になるだろうと、そりゃあ社交界でも有名だったのです。でも入学してみたら、主席じゃありませんでした。
アドリアナ・リエスタと言う人間が彼の上にいたのです。
そして入学から二年と半年。彼は一度も、アドリアナ・リエスタに勝てていません。
貼りだされる順位表の、二番目に―――アドリアナ・リエスタの隣に書かれる自分の名前を。一番のアドリアナ・リエスタが、自分を知らないと言うのですから!
「お名前をお伺いしても?」
ニヤニヤと、アドリアナさんは宰相の次男を見上げ、もう一度訪ねました。
「あなたがアドリアナ・リエスタ嬢だという証拠はないでしょう。学年首位になる人が、同じクラスの者に嫌がらせをするはずがないのだから、誰かも分からぬ者に私が名乗る必要はありません」
わなわなとふるえながら、宰相の次男(面倒くさくなってきた)が自己紹介を拒否しました。きっと矜持が許さない(意味が違う?)のでしょう。
何と言うか、よく分からない、いいわけつきです。
でも、まあ、宰相次男の気持ちも分かります。
アドリアナ・リエスタと言う名前は知っていても、誰も本人を見たことがありませんでした。
入学式では王族がいるからと、本来なら主席であるアドリアナさんが挨拶するところを第二王子がしましたし、生徒会も王族がいるからと第二王子とその側近たちが役職に就きました。
新学期には自己紹介がありそうなものですが、この学園はテストごとにクラス替えが行われるので省略されました。
(補足:大抵クラスが変わるのは、上級クラスの下位の人と、中級クラスの上位の人なので、何度も自己紹介をするのはいろいろかわいそうだと言うことで割愛されています)
授業でも、有名人がいるクラスは、先生たちの忖度で彼らを指名するようで、余程のことがない限り下位貴族や庶民が指名されることがありません。
アドリアナさんはそんな偶然を利用して、全く表に出てくることがなかったようです。
本人も今の今まで教室の隅で、とてつもなく上手く気配を消していたのだと思います。
ぶっちゃけ、今こうして外野をしている自分も彼女がアドリアナさんだとは知りませんでした。
「……まぁ、いいでしょう。貴方が誰かは先生がいらっしゃれば分かることです。そんなことより、何故、メアリー嬢が怯えるようなことをしているのです?」
宰相次男はそうアドリアナさんを睨みつけました。
よくねーよ、とは学年首位のアドリアナさんが考えたかは分かりませんが、アドリアナさんの顔は、いつか流行ったチベットスナギツネになっています。
「まぁ、いいでしょう。貴方達にも言いたいことがあるし」
アドリアナさんは、宰相次男の言葉を真似して、そうため息をつき、
「……わたくし、この方にこう聞きましたの。ご自分がどうして、女性の皆さまから嫌がらせされているか、お分かりになるか、と」
と、メアリーさんとその取り巻きたちをゆっくりと見回しました。
「それは、レジーナが私とメアリー嬢が仲のいいことを嫉妬して、取り巻きに嫌がらせしろと言っているからだろう!」
第二王子が、アドリアナさんを睨みつけながら、吐き捨てるようにそう言いました。
アドリアナさんはそんな第二王子を、馬鹿にした目で見て、さらに鼻で笑っています。
「よくそんな恥ずかしいことを大声で言えますわね。レジーナ様は殿下の婚約者ではありませんか?」
「レジーナとの婚約は親が勝手に決めたのだ! 私は認めていない!」
「そんなことわたくしたちには関係ありません。殿下の婚約者はレジーナ様だと言うことは間違いないことです。殿下が誰を好きかなんて、殿下以外の誰にも関係ないことです」
「なっ、なにを!」
「殿下たちがこの学園の皆さまに何と言われているかご存知ですか? 不埒な二股男です」
「ふたまた、おとこ、だと!」
「なんと不敬な!」
宰相次男が声をあげ、一歩踏み出しました。
「殿下だけじゃありませんわよ、貴方達も言われていますわ。婚約者がいるにも関わらず、婚約者でも無い女性と所構わずいちゃいちゃしている節操なしの顔だけ軍団、と」
「節操なし……」
「顔だけ……」
プッっと教室のあちこちから噴き出す音が聞こえます。
アドリアナさんの前に立つ男性たちの顔が、見る間に真っ赤に変わりました。
でも怒っているだけのようには見えません。
可笑しいことをしていると自覚していらっしゃったのでしょうか?
それとも、誰からも言われないことを面と向かって言われて自覚されたのでしょうか?
どちらにしても、反論する気はないようです。
「ところで、メアリー様。貴方はどう思っていらっしゃるのです? 殿下にはレジーナ様、ほかの方たちにもそれぞれ婚約者がいらっしゃいます。それなのにいちゃいちゃするのはどう言うことなのですか?」
至極不思議そうな顔で、アドリアナさんがメアリーさんに聞きました。
それは、みんな聞いてみたいと思っていたことです。
「いちゃいちゃなんてしていません。皆さんとても親切にしてくれるただのお友達です」
メアリーさんはきょとんとしてそう言いました。
本当にそう思っているような口調です。
「取り巻きのみなさんは、これを聞いてどう思われます?」
アドリアナさんはそう殿下たちを振り返りました。
殿下を始めとして、まだ先ほどのショックから立ち直っていないのに、みんなお友達発言に、今度は青くなっています。
「殿下は、どう思われます?」
「それは、皆誤解しているだけだろう。私たちとメアリー嬢は友達だ」
力が抜けたように、殿下はか細い声で言いました。
アドリアナさんはニヤニヤしながら、宰相次男を見ました。
「そうですか? 他の皆さまは?」
「その通り、友達として心配しているだけだ」
「そうなのですね。ですが、女性の皆さんはそう思っていらっしゃらないようなのです。それはどうしてか? お分かりになりますか?」
アドリアナさんはさらに尋ねました。
メアリーさんは不思議そうに、取り巻きの皆さんは悔しそうにアドリアナさんを睨みつけました。
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