01
バンッ!!!
何かを叩く音が鳴り響き、ざわついていた教室が静まり返りました。
何が起こったのかと生徒たちがあたりを見回すと、後方の扉に近い一角から声があがりました。
「あなた、ご自分がどうして、女性の皆さまから嫌がらせされているか、分かっていらっしゃる?」
声を上げたのは、薄茶色の髪にやっぱり薄茶色の瞳の女子生徒―――名前は、あれ、誰だっけ? ちょっと分かんないけど―――同じクラスの子なのは間違いありません。
その彼女の前に座っているのは、今年度編入してきた男爵家の令嬢・メアリーさんです。
メアリーさんは、ピンクブラウンのふわっとした髪に、同じピンクの瞳の、とてもかわいらしい方です。
この学園の男子には好評ですが、女子には嫌われている方です。
「それは、わたしが平民だから……」
バンッ!!!!!!
うつむきがちに言ったメアリーさんの言葉を遮って、女子生徒はまた机をたたきました。
「あなた、本当にそんな風に思っていらっしゃるの?」
今にも泣きそうなメアリーさんを、女子生徒はさらに睨みつけます。
「あなたが平民だとか、男爵だとかで嫌がらせされていると、本当に思ってらっしゃるなら、わたくしも嫌がらせされなければおかしくありません? わたくしも平民上がりの庶子ですわよ?」
「それは……」
「それにこのクラスには商家の方も、それよりも下の庶民の方もいらっしゃいますのよ? だのになぜあなただけ嫌がらせされますの? それはあなたが平民だったとか、男爵家だからとか関係ないのじゃありません?」
「何をしている!」
女子生徒に尋ねられ、何か言い返そうとメアリーさんの口がパクパクしている間に、教師に呼ばれて席をはずしていたメアリーさんの取り巻き――――この国の第二王子・宰相の次男・騎士団長の三男・魔法使いの双子などなど―――が帰ってきたようです。
教室前方の扉から現れると同時に、さっそくメアリーさんの前に立つ女生徒に皆で駆け寄りました。
そして、第二王子がその肩を乱暴に掴みます。
「お前はまたメアリー嬢に嫌がらせを…………」
無理矢理、自分の方を振り向かせた女子生徒を見て、第二王子が目を丸くしました。
どうやら思っていた人と違った……ようです。
「嫌がらせではありません。話し合いです」
取り巻きたちが何か言う前に、女子生徒はそう第二王子の手を振り払いました。
静まっていた教室が一斉に息を飲みます。
この学園内では確かに身分に関係なく交友を深めることを許されていますが、本当にそれを実行するのは仲が良い方たちか、メアリーさんとその仲間たちだけです。
大体の人は身分を気にして、当たり障りのない生き方を選んでいます。
「殿下に何をする!」
案の定、騎士団長の三男が声を上げ、女子生徒と第二王子の間に割り込みその手を掴みあげました。
女子生徒はその手をさらに振り払います。
またまた、教室が一斉に息を飲みました。
「何を、とはこちらのセリフです。この国の王位継承権を持つ方が、女性の肩を後ろから掴み、自分の方を向かせたあげくお前呼ばわり。そしてどうやら人違いをしたようなのに、謝りもしない。さらに、その側近候補と言われる方は、騎士の家系でありながら、状況を把握しないうちに、身分を笠に着て女生徒に手をかけて怒鳴ることしかできないのですか?」
「そっ、それは」
「だいたい、女子生徒同士の一対一の話し合いに、男性陣が大勢で取り囲み怒鳴るのは紳士としてどうなのでしょう?」
女子生徒はそう第二王子の方を見ました。
「話し合いだと! じゃあ何故メアリー嬢は泣いているのだ!」
睨まれた第二王子がメアリーさんを名指しし、教室内の全員の目がメアリーさんに向けられます。
メアリーさんは大きな瞳を見開いてただただ心配そうに、彼らを見回していました。
……どう見ても泣いて……ません……ね。
「……えっと、あの」
「泣いていないようですよ?」
「……」
女子生徒の言葉に、取り巻きたちはお互いの顔を見合わせて沈黙しました。
教室内は固唾を飲んで取り巻きたちの動向を伺っています。
沈黙がとても重いのは気のせいではないでしょう。
「……失礼ですが、貴方はどちらのクラスの方ですか?」
宰相の次男が、恐ろしい静寂を破りました。
女子生徒は目を細めます。
女子生徒の周りの空気が、凍りついたような気がしました。
(あ、ちなみにこの世界には魔法があります。でも学園では授業以外使っちゃいけないことになっていますので、今の凍りついた、は比喩です)
……今その質問はダメですよね。
多分この教室の半分くらいの人はそう思ったはずです。
騎士団長の息子以外の取り巻きたちはこのクラスなんです。
今彼らの前にいる女子生徒も、名前は知らないけどこのクラスなのは間違いないのです。同じクラスの人に、今の言葉はありません。せめて名前を聞くべきでした。
「……あなたこそ、どなたですか? わたくしの名を知りたいなら、先に名乗るのがマナーではありませんか?」
「なっ、私を知らないと言うのですか!」
「何故、知っていると思うのです?」
「殿下のことも、カイゼルのことも知っていたではないですか。何故私だけ知らないなど……」
「宰相様のご子息だとは知っていますが、お名前までは知りません。貴方だって私が同級生であることすら知らないのですから、お互い様でしょう」
宰相の次男の言葉を遮って、女子生徒の低い低い声が教室に響きます。
はっきり言って、怖いです。
「同級生?」
「同級生って、この教室にずっといたの?」
「いや、どっかで見たとは思うけど」
「いたっけ、あんな子」
ぼそぼそと教室内に外野生徒たちの声が広がりました。
女子生徒にも聞こえていると思いますが、彼女に動じた様子はありません。
「本当に同級生なのか? 皆知らないようですよ」
宰相の次男が、馬鹿にするように、訝しむように女子生徒を見下ろしました。
女子生徒は仕方がないと言うように頭をふると、優雅なカテーシーを披露しました。
「わたくしはアドリアナ・リエスタと申します。以後お見知りおきいただければ光栄ですわ」
「アドリアナ・リエスタ……だと」
ここまで読んでくださりありがとうございました。
連載になります。
アルファポリスさんから転載です。
全5話で終了、毎日13時の予約投稿にしました。
最終話まで、よろしくお願いします。