side ?
「どうゆうことだって…キスするだけあんなにパワーが強くなることあるか?そもそもの基準値も高すぎるし……なんなんだあの子たちは」
そうぼやいて頭をガシガシと乱暴にかきあげた男は大きなモニターの前にドスンッと椅子へ座った。
モニターはノゾミとユカリが化け物と戦うシーンと数値グラフのようなものが傍に現れ、映像とリアルタイムで数値の変化の様子が見れた。
ユカリがノゾミを守るシーンやうさぎの生物と会話をしているとき、そしてユカリとノゾミがキスをし、敵を退治するシーンまでが映し出される。
ユカリとノゾミがキスをしているシーンではぐんぐんと数値が高まっていき、ノゾミについてのグラフはユカリの3倍ほどの力を所有していた。
これを爆発的に力へと変換するノゾミの器用さも凄まじいものだが、後にでてくるユカリが彼女へ抱きついたシーンではその力がより倍増した。
一方ユカリには少しの数字が大きくなっただけだった。
この情報から見て取れるに、ノゾミのユカリへのラブが大きすぎる。
ユカリも相当のラブパワーを所持できてはいるが、ノゾミの比にならない。ユカリと会話するだけでも上昇するノゾミのラブパワーは恋する乙女同様。いや、キス後の数値を見るとそれ以上の溢れ出る想いが顕著に表れている。
「今回は念願のベロチューいけると思ったのになぁ」
男は少し傾いたメガネをかけ直すが、気持ちがうつったかのかメガネまでがっくりとまた傾いた。
5回前の戦いでは流石に叶わなかった敵に、ユカリとノゾミの初キスが功を奏して拝めることができた。
戦うごとに強くなっていく敵に対抗するには自分たちにもそれなりの絆とラブパワーが必要。ラブパワーをお互いの気持ちでやり取りするには限度があるため、身体的接触をもたらすことでよりお互い共有・供給しやすいようにできている。
強くなる敵には自分たちもさらに強い繋がりを。
今回もう少しパワーアップできたと思ったはずの敵ではあったが、久しぶりのキスによるノゾミのテンションとラブの爆上がりで軽く倒されてしまい、2人の『レベルアップ』に行くことはできなかった。
映像が終、最終的に統合された棒グラフを見つめ、男はぼんやりと呟く。
「兄ちゃんがお前の夢…絶対叶えてやるからな…」
10倍ほど開いたラブ量つまり相手への好きの気持ち量に、男は堅くまた決心した。
男がそう涙ぐんでいると、トントンと扉がノックされた。外側から少し低めの女の子の声がする。
「兄ちゃん、ご飯」
勢いよくメガネの男は椅子から飛び上がって、ドアの方へ駆け寄る。
ガチャっとドアを開けると、いつもはさっさとリビングへ帰っていってしまう妹がブスッとして部屋の前に立っていた。
長いウェーブのかかった金髪が少し水分を持ち、いつも色濃く施された化粧が落ちて、少し普段よりも幼い可愛らしい顔がそこにいた。風呂上がりなのだろう。
大人しいというよりは派手めな雰囲気の妹は俺を見上げて不機嫌そうに口を開く。
「兄ちゃん、いつも引きこもるのやめてよ。私がいちいちご飯呼びに行くのめんどくさいんだからさ」
「ごめんごめん、望。集中しちゃうと、こもっちゃう癖がいつも抜けなくて」
「ホント、兄ちゃんのそういうとこヤダ」
頭を撫でようと手を伸ばすと不機嫌な猫のように手を弾かれる。流石にナデナデはダメか〜。
早く来てよね、と頭を振って部屋の前から立ち去ろうとする妹の後ろ姿に、声をかける。
「望、今日は機嫌がいいね。気になってる子と何か進展あった?」
妹の体が縦にビクンッと揺れて、顔を真っ赤にしながらこちらへ振り返る。わなわなと恥ずかしさで揺れている様子が可愛らしい。
「そ、そんなことなかったわよ!」
「でも、なんかルンルンしてるよ?」
「は?!うそ!?」
クスクスと手を口元に当てその様子を笑うと、望が笑わないで!とキャーッと怒った。
もう一度クスリと男は笑うと、妹に話しかけた。
「望、またその話聞かせてよ」
「ふん!いつかね、いつか」
少し拗ねてそのままリビングへ向かった妹の姿が恋する乙女で愛おしくなる。だがその恋を叶えられるには当分努力が必要だと冷静に兄として分析する自分もいた。
部屋へ一旦戻って男はパソコンをカタカタと動かす。
ユカリの部屋には可愛らしい膝丈の黒のワンピースを、ノゾミの部屋には赤の髪留めを送る。
これは彼女たちの身を危険に晒したという報酬だ。
ユカリは自分に自信のないどちらかというと暗めな性格をしていて、魔法少女になる際、願い事に「可愛い服が欲しい」と言った。自分に自信のないユカリは可愛い服を着ることも買うことも拒んでいて、可愛くなりという少女心からそのような願い事を望んだのだろう。
ユカリがちょうどよく部屋に帰ってきて、届いたプレゼントに柄にもなく嬉しそうにはしゃぐ。長い前髪をかき分けて耳にかけ、黒のワンピースを前にかざした状態で鏡台を覗く。学校生活では沈んだ幽霊のような彼女がこの時だけは可愛いらしい年相応の女の子に見えた。
自分に自信がない消極的な彼女を愛するノゾミ。
ノゾミの恋はいつ報われるのか。
ノゾミが部屋で届けられた赤の髪留めを手に取り無言で見つめる。
やんわりとした金髪がその赤い髪留めを愛しい人へ触れるよう優しく撫で上げたのを最後に、モニターの画面は電源を落とされた。