種族を背負う者の眼
「黒いゴブリンなんて聞いたこともねえし、身長も高すぎる。俺が105だからお前は165くらいか。ゴブリンではまずありえない体格だ、まるで人間のような…まあいい、同族というなら村に案内してやる。こい」
ゴブリンは構えていた木の棒をくるりと振り、付いて来いと合図をした。そして腰を抜かしたゴブリンを起こしてあげていた。
「ったくヨーギー…お前そんなにビビってばかりじゃ戦士になれねーぞ!お前もだマギリノフ、泣いてどーする、吠えるぐらいしろよ。そのために頑張ってスキル覚えたんだろ」
と言いながら泣きじゃくるゴブリンの頭をポンポンと優しく叩いていた。
「スキル…?」
少年は聞き覚えのある言葉に反応した
「なんだ黒のにーちゃん。スキルも知らねーのか?記憶喪失ってやつか…」
「い、いやスキルは、だってゲームの世界で現実にそんなの…」
と言いかけ、思いとどまる。
現実?そもそもこの世界が天国か地獄かもわからないのに現実って何言ってんだ?まずはこいつらから話をありったけ聞き出そう。逃げるのはそれからでもいい。あいにく俺のことを同族と勘違いしている。本来は絶対に嫌だが、今回ばかりは命拾いした。この世界でも死ぬ事がないと決まったわけではない。いまはゴブリンという外見を、甘んじて受け入れよう。
それにしても、ゴブリンか…
どうせならもっとかっこいいモンスターになりたかったな…。例えばエンシェントドラゴンとか…。
「にーちゃん、スキル知らねーのか?どこの国から来たんだ?記憶喪失か?」
と先ほどのゴブリンが聞いてきた。
「あ、ああ記憶喪失のようだ。スキルというものを教えてくれないか?思い出すかもしれない。」
いい答えだ。これでスキルのことも聞けるし、この世界の常識なんかも聞ける!ナイスだ俺!
「スキルを説明するってのもまた変な話だなぁ。みんな知ってるからなぁ。スキルってのは条件が揃うと覚えられる「技」だ。その用途は様々で、身体の能力を上げたり、魔力を消費して魔法を使ったり、他にも特殊なものがある。レベルが上がると覚えられるスキルも増えて、どんどん強くなったり、便利になるってことだ。」
「レ、レベル?」
「おいおいにーちゃんレベルもわからねぇのかよ…」
泣きじゃくっていたマギリノフというゴブリンが話し始める。どうやら泣き止んだようだ。
「レベルってのは簡単に言うとその生物の強さ!上限はLV100まであるみたいなんだけど、正直この世に70を超えた存在なんて聞いたことないから、上限はあまり気にしなくてもいいよ。人間の騎士が大体平均3〜5かな。結構強いよ、鎧も装備しているからね。ちなみに僕たちゴブリンの平均は1〜8かな。人間のように安定した生活ではないから、振り幅が大きいんだ」
「まあ僕たちは弱い種族だからLV3の騎士を倒すには、ゴブリンはLV5で張り合えるかな。それでも五分五分くらい。」
今度は腰を抜かしていたヨーギーというゴブリンが続けてくれた。
ーー聞けば聞くほどゲームのシステムと似ている。そもそもレベルってなんだよ?どうやってそんなの決めるんだ?どうやって把握するんだ?
「レベルを確認するにはどうすればいいんだ?それに、あげるにはどうすれば」
再びヨーギーが腰に手を当て得意そうに答える。
「スキル「パスキス」を使えば見れるよ。村にも一人見れるやつがいるんだ」
そう言うヨーギーによく注目する。ヨーギーの右上に何か白い文字のようなものがぼんやりと浮かび上がってきた。LV2と書いている。
これってもしかして…。
「な、なぁヨーギー、だっけ。もしかして君のレベルって、2だったりする?」
ヨーギーは驚き目を大きく見開いた。
「なんでわかったんだ!?」
と目をキラキラさせてこちらを見た。
驚いた様子でマギリノフとリーダーっぽいゴブリンがこちらを見ている。
「いや、なんか右上に文字が出てる…」
「そ、それって!」
ヨーギーは草を編んで作られたカバンをあけ、中から分厚くて赤い本をだし、急ぎながらペラペラと紙をめくっている。
「あった!これだ!ちょっとおにーちゃん目を見せて!!」
興奮しているヨーギーの圧に耐えられず、目を近づけた。
ヨーギーはふむふむと本と目を何度も往復して見つめ、満面の笑みでこう言った。
「す、すごい!これは「種族を背負う者の眼」っていう固有スキルだ!初めて見たよ!」
とよくわからないことを言い出した。
「お、おいおい固有スキルだと?こんなよくわからない姿したにーちゃんにか?」
「ちょっとタイショウ失礼だよ!固有スキルってのはね!ごく稀に発生する超希少なスキルなんだ!王族の血筋に代々受け継がれる固有スキルとか、大魔法使い同士が子を使ると持っていたり、そのくらいすごいものなんだよ!世界に名を轟かせている英雄や怪物なんかは固有スキルを持っていることが多いんだ!」
「へ、へぇ…」
「けっなんでい。固有スキルなんざなくても俺は強くなってやらぁ!」
そういうとタイショウと呼ばれたリーダーっぽいゴブリンは木の棒をブンブン振り回した。
それに構うことなく、先ほどまで腰を抜かしていたヨーギーはまた凄まじい勢いで喋りだした。
「で!で!君の持つ固有スキルなんだけど、これがまたすっごくてね!「魔眼タイプ」の固有スキルなんだけど、まず魔眼タイプは個人差があるけれど相手の情報を視界に捉えることができるんだ
。君は今僕の右上にレベルを見たんだろう?それが君の一つ目の能力。まあもっとすごい人はその人のレベル以外にもいろんな情報がわかっちゃうみたいなんだけどね。それでもレベルを見れるのはすごいことなんだ。うちの村にいるロドリゴでも30年かかって会得したんだ。ゴブリンで使えるのはこの世界に両手の指で数えられるくらいさ!」
タイショウとマギリノフは
「あーあー、こうなったらなげーんだこれが。」
といいながら茂みの奥へ肩を組んで入っていった。3人とも子供だ。ゴブリンは初めて見たが容易に子供だとわかる。人間でいうと12歳ほどか。こういう話よりあの二人は探検して遊びたいのだろう。
少年は構わず話を聞いた。
「それで、俺のマガンはレベルが見える能力なのか?」
「いやいや、それはあくまで魔眼タイプ全てに共通するおまけ能力さ!「種族を背負う者の眼」の本当の能力はーー…」
その時だった。
「うわああああああ!!!!」
静かな森を切り裂くように先ほど森の奥へと向かったヨーギーとタイショウの叫び声が轟いた。
少年とヨーギーは驚いてそちらを見る。
茂みから、タイショウとマギリノフが走って姿を現した。息を切らしながら、
「逃げろ!!大熊だ!!」
といって全速力で走り抜けていった。
木をバキバキとなぎ倒し、茂みを踏み越えるように、5メートルはあろうかという巨大な熊が現れた。
太くゴワゴワした赤茶色の毛で全身が覆われ、その一本一本が雄々しく、荒々しさを体現しているようだ。まさに死の象徴、そんな風に少年には見えた。
少年はヨーギーを横目で確認しる。
ヨーギーは腰を抜かして立てなくなっていた。
声にならない悲鳴をあげ、涙目で大熊を見上げ、足をカタカタと動かしている。
「走るんだ!!」
ヨーギーに手を伸ばす。ヨーギーは手を取るがカタカタと震えて全く動かない。
すると大熊の右手が大きくふりかぶられ、二人に振り下ろされた。
グオンッ!!という聞いたこともない風切り音を鳴らしながら大熊の右手は空を切った。
いつのまにか少年がヨーギーを抱きかかえ、右手を避け走っていた。
大熊が木をなぎ倒しながら追いかけてくる。
少年は振り返った。熊をよく見る。
レベル5!!
「ヨーギー!あいつのレベルは5だった!3人で力を合わせれば勝てるんじゃないか!?」
「何いってるんだ!俺たちは最弱種族の一角だ!それにひきかえあいつは森の中でも捕食者側、強者の種族なんだ!そもそもの戦闘力がちがう!」
「じゃあどうするんだ!このままじゃ3人とも追いつかれるぞ!」
少年のすぐ前には先ほど走り抜けたタイショウとマギリノフが待っていた。
ヨーギーが来なかったので急いで戻ってきたらしい。
「そうだ!魔眼の力だ!スキルを使うんだ!」
「魔眼!?光線か何か出るのか!?」
「出るわけないだろ!」
「じゃあどうやって…!」
「石を投げるんだ!!!」
「は!?こんな時に冗談を…」
少年の声を妨げ、ヨーギーが叫んだ。
「君の魔眼「種族を背負う者の眼」は君の種族特有のスキルを最上位クラスにまで無条件でレベルアップさせるんだ!だから…」
ヨーギーが叫んでいる途中でツタに足を取られ少年は転んでしまった。
「ぐわっ…!」
放り出されるヨーギー、地面に這いつくばる少年。二人のすぐ後ろに大熊がやってきた。
ヨーギーが口から血を撒きながら叫んだ。
「だから…石を、石をなげろぉ!!」
「もう、やけくそだぁ!!!!」
少年は手元にあった石を持ち立ち上がった!
大熊は今度こそ外すまいと右手を先ほどよりさらに大きく振りかぶり、ものすごい方向とともに振り下ろした!
「くらぇぇぇえええええ!!!」
少年は熊の頭めがけて石を全力で投げた…!!
その瞬間、石が白くきらめき、三本の細い光が螺旋状に石を包み込んだ!
三本の光はやがて合体し光の矢となり、大熊の頭めがけてその身を走らせ、
ーーボッ!!
という凄まじい音とともに光の矢は大熊の頭を粉々に吹き飛ばし、頭をなくした大熊の体は首から血を噴水のようにあげながら後ろへ倒れ込んだ。
ズズゥンーー…
大地を震わすほどのその巨体が真っ赤な水たまりに浸かっていく。
少年は、自分の右手を見ながら、ヨーギーに問うた。
「今のはいったい、なんなんだ…」
ヨーギーは答えた
「た、たぶんゴブリン最初のスキル、"石投" さ…」