目覚め
目が醒めると森林の中にいた。
とてつもなく巨大な幹をした大木が天高くそびえ、風に揺れる葉の間から木漏れ日が差している。光の動きを感じながらボーッとした頭で考える。
ーーあれ、俺何してたんだっけ。てか、俺は…誰だ?
頭がまだ起きていないのか、そんなことすら思い出せない。しかし、澄んだこの空気のおかげか、少しずつ霞みがかっていた記憶が鮮明になっていく。
俺、たしかコンビニに行って、今日も親は帰ってこないし、弁当買いに…
ここまで考えてハッと気づく。
ーー俺は、轢かれたんだ。
猛スピードで近づく黒い車。全く気づかなかった。
ライトに照らされようやく気づく。けたたましいクラクションとともに、俺は轢かれた。
「するとここは、天国か何かかな…」
思ったよりも少年は冷静だった。落ち込むこともなく、怒ることもなく、淡々としたものだった。
その様子から、少年の「生」への関心の薄さが計り知れた。年は17ほど。幼くはないが、まだまだ若く大人になりきれない年齢である。
少年は空を仰ぎ見る。太陽の光に目を細めながら、ゆらゆらと動く光の束に、意識を溶かした。
「天国って空の上にあるかと思ったのに、天国にも空があるんだな。それにこれどうみても森だし。普通こう雲の上でふわふわして…」
と少年は立ち上がりながらボヤいた。
少年の思う天国とはかなり違うようで、近くにある大木を叩いてみたり、足を撫でてみたりしている。
そんなことをしていると茂みからガサガサと音を立て何かが出てきた。
少年はギョッとしてそちらを見た。
ーー小鬼だった。
身長100センチほどの小さな体躯に緑の肌。肌には毛一つ生えていない。頭の三分のニほどもある尖った大きな耳にはピアスがつけられている。ツルツルの頭には二本の小さなツノが申し訳程度に生えていた。
茶色い毛皮のような、麻のような服装をしており、手には木の棒を持っている。それが三匹、茂みの中から姿を現した。
小鬼が出てくるってことは、地獄か?おいおい、俺が何したんだよ…確かに学校はいってないけどさ。
目の前の小鬼に多少驚きはしているものの、あの世に来たという驚きをすでに体験していたので、そこまで驚くことはなかった。「なんでもこい」という精神だ。もう死んでいるのだ、これ以上死ぬことはないだろう。
少年に驚き腰を抜かす一匹の小鬼。その小鬼の前に立ち、木の棒をこちらに向けて威嚇する小鬼、もう一匹は涙目になっている。今にも泣き叫びそうだ。
少年は武器を向けられたことに若干の恐怖を覚えた。武器を向けるということは、敵意があるということ。敵がいるということは死に類する何かがあるという事だからだ。ここは、あの世ではないのかもしれないと少年は悟った。
「ま、待ってくれ、俺は君たちの敵じゃないよ。ほら、武器も持ってないだろ?な?」
必死に説得を試みた。言葉を発した後に武器を向けている小鬼は頭を少し傾け、考えているようだ。
ーーそうか!小鬼だから言葉通じないんだ!
そう思い、次の手を考えていると対峙する小鬼が言った。
「お、お前は人間か!?ゴブリンか!?」
に、日本語だ!!言葉が通じる!なんとかなりそうだ。でもまてよ、ゴブリン?ゴブリンってあのゲームとかの雑魚キャラ?
考えが追いつかず、少年は詰まりながらゴブリンの質問に答えた。
「に、人間!ほら、どう見ても人間でしょ?」
と言いながら少年は手を左右に広げ、ゴブリンにアピールした。
「人間にはツノも尖った耳もないし、何よりそんな肌の色はしていないぞ!」
ゴブリンの言葉に耳を疑った。
「な、何を言ってるんだ!ツノ?肌の色!?一体なん…」
少年はそう言いながら腕を見た。
真っ黒な腕。いや、腕だけではない身体全てが真っ黒である。全ての光を吸収し食い尽くしそうな漆黒の体。まさかと思い、耳や頭をペタペタと触る。
ゴブリンほど大きくはないが尖った耳、片方だけ伸びた10センチほどのツノ。少年は、黒いゴブリンになっていた。