先輩達に「ややこしい」って二回言われた。
卒業式を終え、宇宙想像部の一同は部室へと集まっていた。
「ぜんばーい、そづぎょうおべでどうー」
現部長こと苅井先輩が、元部長こと蘭採先輩と元副部長の二有十先輩に向け、大泣きしながら言った。
「ありがとう」
すまし顔の蘭採先輩。
「う、うん、ありがとうね」
さっきまで泣いていたであろう。目元を赤くして少し鼻をすすったりしている二有十先輩は、大泣きする苅井部長を見て逆に冷静になった感があった。
「玲、そんなに泣くな。私達の行く大学は近いから、暇な時はたまに顔を出すさ」
「そうね、どんな新入生が入ってくるのか興味もあるし」
蘭採先輩と二有十先輩は部長を慰めながら頭を撫でた。
「先輩方、最後に俺の考えた宇宙論を聞いてもらえますか? この一年で皆と議論した事が色々と参考になって思いついた事があるんです」
「ほう、話してみて」
蘭採先輩は、苅井部長を椅子に座らせ隣の椅子に腰掛けた。
二有十先輩と森戸さんも近くの椅子に座った。
「では始めますね。まず、自分たちが存在する宇宙の始まりとCP対称性の破れについて」
「ちょっと、いいですか? 確か……CP対称性の破れって、物質と反物質の事ですよね」
森戸さんは目線を泳がせ、何かを思い出す様な仕草をしながら質問してきた。
「かなりざっくりと説明すると、宇宙の始まりの時には物資と反物質が一対一であったのに、現在はあらゆる物が物質のみで構成されている。それは性質の違いによって、反物質の崩壊していく量が多く、消失してしまったとう事なんだ。本来なら物質も反物質も同等に消失して良いはずなのに、反物質の方が多く消失してしまう事をCP対称性の破れというんだ」
蘭採先輩は部長の頭にぽんぽんと優しく手を置きなが言った。
「先輩、説明ありがとうございます」
「それで、宇宙のはじまりとどういう繋がりがあるの?」
「正確には繋がりではないかもしれないですが、なぜ、反物質が無くなったのかを考えているうちに思いつきました。それは、この宇宙は現在の宇宙が誕生する前から物質で構成された宇宙で存在していたからだと考えました」
「なんだかややこしいな」
「すみません、上手く纏められなくて。では、説明しますね」
手を握り拳をつくって前へとつきだす。
「見て下さい。これは宇宙の始まりの特異点と仮定します」
皆の注目が集まった拳を今度は勢い良く開いてみせた。
「開いた手はビッグバンが起きてインフレーションするイメージです。それで今度は……」
両手とも拳を作る。
「右手が物質で出来た宇宙、左手が反物質で出来た宇宙だと仮定します」
二つの拳をゆっくりと近づけてていき、触れた所で今度は両手とも勢い良く開く。
「現宇宙の始まり。つまりビッグバンが、旧宇宙同士の対消滅だとしたらどうです?」
「あの、対消滅してしまっては、何も残らないのではないですか?」
「うん、そう思うよね。だけど、対消滅っていうのは、物質と反物質が同じ量の分だけしか反応しないんだ。だから、宇宙同士が接触した部分だけ対消滅が起きる。その時の熱量や衝撃波といったエネルギーが宇宙の残りの部分を細かく四散させたと考えたんだ」
今度は拳では無く、両手の指先をすぼめる様にして、皆の方へ向ける。そして、先ほどの様に両手を近づけていき、触れると同時に指を広げた。
「イメージとしては、すぼめた指先が一つの宇宙で、広げた後は指先が散り散りになった宇宙です」
「それが相須君の考えた宇宙の始まりとして、CP対称性の破れの方は方にはどう繋がっていくのかしら?」
二有十先輩に質問されて、彼女の声を聞いてふと、不謹慎にも関係無い事が頭をよぎる。
今まで先輩の良い匂いを嗅いできたが、これからはできなくなるんだな……と。そう思うと胸がぎゅっとなる気がした。なんかヤバイ……。
「相須君?」
「ああっ、すみません。ちょっと頭の中で整理してまして……」
意識を切り替えて話を続けようと思い、ふっと一つ息を吐いた。
「それでは、CP対称性の破れです。先ほど、蘭採先輩が説明してくれた様に性質の違いから消滅してしまったという事なんですが、判っているのはその性質の違いであって、どうしてその様な差が起きているのかまでは判っていません。そこで考えたのが、物質と反物質で出来た宇宙の衝突が始まりだということです」
「つまりは、CP対称性の破れを説明するために新しく宇宙の始まりを考えたって事なの?」
「はい、そうです。と言っても理論的なものじゃ無くふわっとしますけどね……」
言ってて恥ずかしくなってきたけど、半端で止める訳にもいかない。
頭を掻いて照れ隠しして気持ちを落ち着ける間を取ると話を続ける。
「えっと、続きします。現在の宇宙が物質宇宙、反物質宇宙の衝突で始まりす。今のこの宇宙は、前の物質宇宙から分かれて出来たと仮定します。
実験で反物質を作ることが出来る事から、反物質が存在する事は許容されているが、元が物質でできている宇宙なので存在し続ける事が許容されていない性質なのかもしれません。それはまだ発見できていない、物質宇宙のダークマターやダークエネルギーが影響を及ぼしている可能性もあるのではないでしょうか?」
「簡単に纏めると、元来物質宇宙だから反物質が存在し続けられる訳が無いじゃん。と言うことでいいかな?」
「はい、そのとおりです」
「実はですね、俺のこの理論には続きがあるんです」
「ほぅ?」
「物質宇宙と反物質宇宙が衝突すれば対消滅が起こると話しましたが、物質宇宙同士がぶつかると、くっついて一つになるのではないでしょうか? 例えば、一滴の水の雫に、さらに一滴垂らすと、一つの大きな水滴になりますよね。我々の認識できる事と同じ事が、高次元空間でも起こるかは判らないですが、仮に同じ物質宇宙同士がくっついて大きくなると、これで宇宙の膨張の説明がつくと思います。これなら、大きくなっているのに密度が変わらないとう事の説明にもなるのではないかと。あと、宇宙背景放射にムラがあるのは知っていますよね?」
「宇宙背景放射ってなんですか?」
「宇宙背景放射っていうのは、ビッグバンの名残といわている。それは、一五○億年前の光を観測したものなんだ」
「なんか、途方もないものなんですね……。あっ、すいません。続けてください」
森戸さんがぺこりと頭を下げるので、軽く手を上げて大丈夫と身振りで答えて話を続ける。
「その、宇宙背景放射のムラは、別の宇宙がくっついた所と考えました。そうすれば辻褄が合うかなって思っただけなんですけね」
「ふむ。では、そのくっついた宇宙はもっと古い宇宙で背景放射の絶対温度が低くて観測しにくかったり、そもそも、背景放射の存在していない宇宙がくっついているということになるのかい?」
「あら、背景放射が存在してないのってありえるの?」
二有十先輩は蘭採先輩に疑問を投げかけた。
「相須君の話だと、この宇宙の始まりは物質、反物質宇宙の衝突でビッグバンが起きるというものだ。現在の宇宙の元になる宇宙が存在している事が前提だ。つまり、宇宙の外については言及していないため、多様な宇宙が存在している可能性も考えられるな」
「先輩、さすがですね」
「言いたい事は大体判ったけど、ややこしいわね」
「そう、なんですよね……。でも、これで俺の考えたものは終わりです」
先輩達に向かって一礼した。
「宇宙想像部らしく、なかなか面白い話を最後に聞けて良かったよ」
「そうね、そこのところは心配無さそうだけど……。春に新入部員が入るかどうか心配ね」
「うっ、それは言わないやそくですよぉ」
俺の話の途中で泣き止み落ち着きを取り戻していた部長が拗ねた様に言うと、「よしよし、良い子が来ると良いわね」と二有十先輩は彼女の頭をなでて、じゃれ合うように慰めた。
この後、少しの時間だが、皆で談笑した。
「さて、この後はクラスの皆で集まって打ち上げあがあるからそろそろ行くよ」
「そうね、たまに顔出すからね」
そう言って二人は部室を出て行った。
ちなみに後日、部としての打ち上げもやりました。