俺の扱いが若干雑ですね。
まだまだ残暑の厳しい夏の終わり。
暦では秋がそこまで迫っていた。
今日もなんとなく集まる一同だが、部長だけはそこはかとなく凜としている様に見えなくもない。
「一年生の二人も、いままで話し合ってきた事で、独自の宇宙論がそろそろでき初めてきたのではないか? 二人がどんな考えに至ったのか知りたいと思う。一度、纏めてみないか?」
「ど、独自の……宇宙論ですか」
困り顔で森戸さんが部長に聞き返す。
「そうだ。だが、身構えなくて良い。私達は学者ではないんだ。今までに、どんな事を考え、思ったのか、思いついたのか。自由な発想で発言してくれればいいさ」
「面白そうですね。根拠も何もないけど、皆で話しあった事で刺激を受けて色々と想像してみた事はあります」
「期待できそうね」
やる気を見せた俺の隣で副部長はにこにこしながら期待してくれているようだ。ヤバイ!
「じゃあ、相須君のやる気が見えた所で、森戸ちゃんからいってみようか」
苅井先輩は隣の森戸さんの頭をぐりぐりと撫でながら彼女を促した。
「えっ! この流れって俺からじゃないんですか?」
「ほら、こう言うのって先に言った方が気が楽でしょ。だからレディーファーストよ」
「ぐっ……昨今は本当に、男子に厳しい世の中になってきておりますな……」
心で涙をながしながら、森戸さんに先を譲る事にした。
「で、では、私の考えた宇宙はですね……宇宙の始まりは特異点から始まります」
「ふむ、確かに宇宙は特異点からという説も聞いたことがあるな」
「そうです。私は、その特異点はブラックホールの特異点ではないかと考えました。
どうしてそうなるかと言うと、現在膨張している宇宙がラックホールにより収縮していくのではないかと思いました。
宇宙が誕生して、途方もない程の時間が経っていますが、それは私達の尺度であって、宇宙としてはまだ若いのかもしれません。この先、時間が経過していく中で、ブラックホールが大量に発生するタイミングがあるかもしれません。その時に転換期がおとずれ収縮へと向かいます。
宇宙空間を吸い込み、宇宙が小さくなって行くと、沢山のブラックホールが合体していって行きます。
最後の一つになり、そして、そのブラックホールの中に残りの宇宙空間がすべて落ちていった時、最後の一つの特異点が残ります。宇宙空間で存在していたはずの特異点が宇宙外の空間に晒された時、存在を維持できずに中身が急激に飛び出しインフレーションを起こしてまた宇宙を作るというサイクルを考えてみたのですが」
「さ、さすが森戸ちゃん。ブラックホール好きだね。だけど、見かけによらずよく考えてたんだね……」
森戸さんが想像よりもしっかりと考えていて、苅井先輩は面喰らった様に隣の彼女を見ていた。
「相対性理論でみた、閉じた宇宙に少し似ているかもしれないな。ただ、この場合はブラックホールが最後の一つになる前に宇宙が終焉を迎えるらしいが」
部長は顎に手を当て考える仕草をしながらも、どこか嬉しそうだった。
俺達は、特に勉強も研究もしていない、ただの一介の宇宙好きな高校生の集まりだ。そんな中ではよく考えられたシナリオだと思った。
「次は相須君ね」
俺の隣で副部長に指名される。
まぁ、どのみち俺の番なんだけど、副部長に呼ばれると少し嬉しい。ヤバイ。
「俺は、あまり纏まっていたりはしないんですが、幾つか考えていた事を発表してみたいと思います。
まずは宇宙の膨張についてです。
一つ目は、銀河はホワイトホール説。これは、複数の宇宙があると仮定し、ブラックホールに飲まれて現在の宇宙に流れて来たって事です」
「既にブラックホールの中に居るって説や、ホワイトホールの存在を考える人も確かに居るけど、どうしてそれが膨張に繋がるんだい?」
「各銀河は、別々の宇宙からブラックホールを通じて流れて来たと思いつきました。銀河内はお互いを引力で引き合っているので纏まっています。ですが、ずっと同じブラックホールから他の宇宙空間が各銀河の周辺に流入していたら、徐々に銀河同士の距離が開いて行くのではないでしょうか」
「なるほど。では、宇宙では反物質が発生し続けて宇宙を膨張させているという説はどう思う?」
「確か、引力で引き合う物質の銀河には入り込めないので、発生した反物質は銀河の外で集まる事によって、銀河同士の間が広がって行くというものですよね。
膨張しているのに、宇宙の濃度が下がっていないので、宇宙内になにかしらの物質、反物質が増えていっているっていう考えは自然だと思います。
ですが、この物質宇宙で反物質が自然発生するのでしょうか?
もし、反物質が発生したら対消滅が起こり、何かしらの痕跡などが残るのではないでしょうか?
また、対消滅するのであれば膨張はしにくいと判断し、膨張の要因は流入によるという考えに至りました」
「はい、はーい! 実は私も持論があるんだけど」
俺の提案にちょっと待ったと言わんばかりに苅井先輩は名乗りをあげた。
「一年生の発表の場なんだが。まぁ、いいだろう」
部長はそう言うものの、どちらかといえば歓迎する様な雰囲気だ。
「私が考えたのは、宇宙の膨張じゃなくて、宇宙が流動している可能性です。
銀河同士が遠ざかって行くのは、良く風船を膨らませるのに例えられますよね。幾つか印を付けた風船を大きく膨らませる程、風船の表面が引っ張られ印が離れていく。それを宇宙に例える的なやつ。
私の考えは、湧き水が水面に波紋を作る様なイメージで流れているのではないかと言うことです。
遠い銀河の方が、遠ざかる速度が速いと言われています。つまり、距離の近い銀河同士の方が引力の及ぼす力が強く、離れにくいのではないでしょうか。風船の例えなら均一に離れなければならないですし、膨張してるのに宇宙の濃度が変わらないのでは無くて、そもそも膨張していないという発想です」
「なるほど、意外な所を突いてきたな。宇宙の密度は、見える範囲では臨界以下と言われているから、理論的には膨張なんだが、まだダークマターが発見されていない以上、膨張していると判断しきれない所もあるか」
「待って、里沙ちゃん。見える範囲ではでしょ? もし、私達の存在する銀河周辺が、ただの不毛地帯で、観測できない所ではものすごく密度が高くて、じつは宇宙は歪になっている可能性もあるんじゃないかな。例えばΩみたいな形。下の部分は密度が高くて纏まっているけど、上の丸いとこは密度が低くて膨張してるイメージかな?」
「いや、確かにそうかもしれないが、そんな事言いっても詮無い事だ」
この後は、部長と副部長の二人で義論が始まり、俺たちは置いてきぼりとなった。
暫くして二人の議論が落ち着くと、不意に部長が言った。
「私と、理乃は今日をもって部を引退する」
突然の事に俺と森戸さんは驚いたのだが、苅井先輩は判っていたのだろう。どこか寂しそうな顔をした。
「まぁ、特に引き継ぎをする様な事も無いんだが、次期部長は流れ的に玲と言うことで。そして、副部長には……相須君ではなく森戸ちゃんで」
「ちょっと、待って下さい! 今、俺の名前を呼ぶ意味がありました?」
「うむ、理乃と話し合った時に、君にするか森戸ちゃんにするかで正直迷った。だけど、選ばれなかった方がなんとなく微妙な気分になるかと思ったんだ。それなら君に我慢して貰うかと思ってね。せめて流れの中で名前くらい呼んであげようかと思った次第だ」
「いやいや言い方! 若干悪意を感じる言い方でしたよね!」
部長に詰め寄ろうとした時、副部長が前に出てぽんぽんとやさしく俺の頭に手を乗せた。
「よしよし、まぁまぁ。ちょっとした茶目っ気だからゆるしてね」
彼女が微笑みながら頭をなでてくれた。
彼女が動くたび、良い匂いがして心が落ち着く。ヤバイ。
「は、はい……」
そもそも、そんなに気にしてもいなかったし、勢いだけで拗ねていた様なものだったからどうでも良くなった。
彼女越しに部長の方を見ると、「う……む」と不服そうに小声で唸っていた。