7.建物修繕、農業と漁業の開始、さらに根回しと、風呂と
エルファがWindの本拠地にした島に帰還した頃には、すでに昼過ぎといった時刻だった。
「おせーよ。どうせまたいろいろやらかして来たんだろ?」
「そんなとこだね。まだ全部に追いつけたとは言えない状況だけど、いったん帰ってきた」
「お昼ご飯の準備も出来てますけど、お客様も何組かいらしてます」
「ご飯とか追加で炊いといてくれた?」
「おかずの準備も出来てます。練習でたくさん作ってみましたしね」
「じゃあ、調理場は見えないところにテーブルとかセットしよう」
迎え入れる準備を整えてから、海からは入れなくなっているので陸伝いのゾーン際で待っている来客達をエルファは迎えに行った。
見た事のある顔も見た事の無い顔も混じっていたが、見た目が変わっている顔もいた。
「よう、沙夜。すっきりしたじゃん」
「どこがだ」
小柄だがどんな強敵を前にしても怯まない女戦士として名を馳せていた沙夜の姿は、十代後半の女性のしなやかな肢体から、三十代半ばくらいの男性のぽっちゃりした肥満体に変わっていた。
付き添っている冷麗は言った。
「半数以上のメンバーは去就を迷っています。それでも半数ほどはギルマスの放逐には反対しています」
「ま、積もる話もあるだろうけど、後回しだ。そっちは、カナイさんでいいのかな。初めまして、エルファです」
「実は初めましてじゃないんですけどね」
狐尾族の女性はいたずらっぽく笑った。
「え、そうなんですか?」
「最初にプレイしてたキャラで、野良で組んでもらった事があるんです。もうずっと忘れてましたけど。その後、旦那と出会って二人で遊ぶ為に別のキャラでレベル1から再出発して、いつの間にか三洋商会なんてものを切り盛りしてたら」
「こんな目にあってしまいました。やれやれ、本当の職場はどうなっている事やら」
「本当のはどちらもよ。手が届かなくなった場所の事を心配しても仕方ないでしょう?長期休暇でももらったとでも思って楽しんだ方が健康的よ」
「いつ終わるか分からないし、休暇として楽しめるかどうかも微妙だけどな」
「歓迎しますよ、お二人とも。沙夜達も、あっちにテーブルと昼食用意してあるんでどうぞ。で、そこのお二人は?」
「ご挨拶だねぇ。前のギルドは抜けてきたよ。古巣からも言われてね、あんたのとことの連絡役になれって」
「ふーん。それでそっちの戦士さんは?」
「だいたいの話は弥生から聞いた。せっかくこんな世界に来ちまったんだ。せこくPKなんかしてる場合じゃねぇ。どうせ何かでかい事が始まるんなら、そっちにがっつり関わった方が面白そうだってな。ギルドは解散してきた」
「思い切りがいいな。残りのメンバーは?」
「盗剣士はミナミの知り合いを頼ってみるって旅立ってったよ。暗殺者もついていった。付与術師の奴はしばらくフリーで考えてみるとさ」
「で、二人からギルド入団希望が届いてるけど」
「あたしはさっき言った通りさ」
「おれも」
「あんたはあたしにくっついてきたかっただけじゃないのかい?」
「ばっうっっかやろ!何言ってやがんっ」
顔を赤くして慌てたゴーレッドだったが、あやすようにからかう弥生には歯が立ちそうにもなく、エルファはそんな二人に尋ねた。
「二人とも口は固い?約束は守れるかな?」
「もちろんだよ」
「任せろ。俺より信じられる奴がいるかよ」
「PKだった奴が言う台詞じゃないねぇ」
「それ言うならお前だって同じだろうがっ!」
「まぁまぁ、それで二人のサブ職業は何かな?」
「料理人だよ。極めてはいないけど、レベルは78」
「大工だ。レベルは54だけど、本職でもある」
「へ~、あの話は与太じゃ無かったのかい?」
「俺は、いつだって、マジだ!」
「おっけ、二人とも合格。ようこそWindへ。いろいろ伝えなきゃいけない事もやってもらわなきゃいけない事もあるけど、とりあえずついてきて」
「やりぃ!ところで同じギルド団員として聞いておきたいんだけど、特に何かルールとかあるのかい?」
「うーん、特に今までは何も決めてなかったけど、そうだね、いろいろ決めていかないとか。そこら辺も含めて話そう」
そうしてWindに元からいたグレンボールと余興、ツクシとそれぞれの自己紹介などが済んでから、様々な取り合わせの食べ物が並べられたテーブルと、それらを見つめる来客と新加入者達に、エルファは言った。
「まだ、秘密厳守。いいね?守らなかった人にはひどい罰を与えますから」
ちゃんとした食べ物の香りを前にして、あらがえる者は誰もいなかった。
「じゃあ先ずは食べましょう。頂きます」
「いただきまーっ」
「う、お、これは」
「このミートボール、ちゃんとお肉!」
「こっちの焼き魚も、ご飯も!」
「お刺身も、醤油も、ああ、わさびは無いのか!?今から倉庫行って取ってこようか?!」
「落ち着きな、あんた!今はとにかく食べておかないと戻ってきた時には全部無くなってるよ!」
この世界に来てからまだ一日半ほども経っていないだろうに、それでも、まともな味の食べ物への飢えと再会は常にない感動を食べた者達にもたらした。
おかわりの要求が相次ぎ、昼食までに何度も試食で腹をふくらましていたのだろう余興とツクシが給仕を務め、大鍋何杯分も用意されていたご飯は瞬く間に減っていった。
「TKGこそ正義!」
「納豆とかも欲しいね」
「それ言うなら博多っ子としては先ずは明太子だろう!」
「高菜とかも欲しいねぇ」
「漬け物とかもな」
そんな騒々しくも幸福に食欲が満たされた一時が過ぎてから、エルファはそれぞれの前に水を入れたコップを並べて語り始めた。
「今の所、まだ調理方法とかはWind内に止めておきます」
ニライが何かを言い掛けたがカナイが止めた。
「その秘密を知ってるのは自分が知る限りでももう一人存在しますが、まだ一般には漏らしていないでしょう。ヤマトサーバー全体で何人が今回の異変に巻き込まれたのかは不明ですが、まだもう少しいてもおかしくはないし、その数は減る事は無くても増える一方だと思います。
ちなみに、そのコップに注がれてるのは、余興が召還したウォーター・エレメンタルから放出してもらった水です。店売りしてる他の飲料に比べても、段違いで美味しいですね」
「待て、そのエレメンタルをアンサモンしても放出した物が消えていないだと?」
「そうなりますね。その意味はまだ胸の内に秘めておいて下さいね。いろいろ話さなくちゃいけない事はあるんですが、沙夜、カナイさん、買っておいてくれました?」
「ああ。何とかな。ほとんど強権発動に近かったが」
「こちらもです。それですぐ屋台骨が揺らぐってほどでは無いですけど」
「ありがとうございます。今日ここに戻ってくる前に自分は、ナカスの南門の先のゾーンを購入したウォーロードにも、その敵対者でもあるオークの王とも会ってきました」
「なっ?」
「そんな事が、可能なのかよ!?」
「<偽りの仮面>か」
「だよ、グレン」
エルファは鞄から仮面を取り出し、被ってみせると、その姿が揺らいでオークの物に変わり、外すと元の姿に戻った。
「それもデッドコンテンツなのかい?」
「そうだな。昔は良く、異種族間の敵対関係ってのでファクションを稼ぐクエストがあったんだ。敵対的種族の街に入ればすぐに攻撃されてしまう。そこを誤魔化してくれる魔法の仮面さ」
「種族間の言葉とかもそうだけど、エルダーテイルに後から参加してきた後発組には不評な仕組みだったから、途中の拡張パックからはその仕組みは外されるようになってしまった」
「敵対的種族の助けを借りないと進められないエピッククエストとかもあったんだけどね」
「お前のミスルートした奴とかな」
「だね。懐かしい話だ」
「ああ」
そんな風に年寄りの昔話化しかけた場に、ニライが問いかけた。
「なぜ、オークの王に面会を?」
「いくつか目的があったし、その全部はまだ明らかに出来ないけど、大ざっぱに言うと味方にする為かな」
「はああっ?!」
「そんな事、可能なんですか?」
エルファはポケットから一枚の金貨を取り出してみせた。
「これは、オーク王の親衛隊長のオークからもらった金貨。代わりに俺の持ってた金貨一枚を渡してきた」
「それに、何の意味があるんだよ?」
「クエストが、いえ、それ以上の、高度な交渉が可能という事ですね」
「そう。連中にはフォーランドへの偵察も頼んである。こっちはこっちでまだ面倒見ないといけない事が山積みだからね」
「フォーランドって、もうずっと蜥蜴人のテリトリーになってるんですよね?そこにどうして?」
「そこに、今回の事件の黒幕が潜んでいるかも知れないからさ」
この推理の飛躍についていけた者は多くはなく、そんな声なき声を代表して沙夜が問いかけた。
「その補足説明を頼む、頼みます、エルファさん」
「タメ語でいいよ、沙夜」
「・・・」
「まずいくつか判明してる事実を共有しておかなきゃいけない。ここはゲーム世界のセルデシアじゃなくて、その外装だけ被せられてる別の異世界。自分達は否応無くいきなり引き込まれて転移させられてたけど、ここに来たのは自分達だけじゃない事を知っておいて欲しい」
「第二、いや第三の存在がいるのか」
「今はまだすべてを言えない。その時じゃないと思うから。その前に済ませておかないといけない事を済ませておく」
「それは?」
「名簿の作成」
「なるほど」
「確かにそれは急務だな」
「レベル90の奴が腐っててもまだ後からどうにか出来るけど、低レベル帯の初心者が下手なギルドの勧誘に引っかかって監禁状態に置かれてしまうと手が出せなくなってしまう可能性が高い。ギルド会館を押さえれば対処は可能かも知れなくても、籠城する術が無い訳じゃないし、万一外の別勢力と組まれたりして大神殿を押さえられたりすると、その先にはたぶん破滅しか待ってない」
「あり得ない話では無いですね」
「オーク王は、この世界に住む人たちの事を<大地人>と呼んでいた。<大地人>に比べれば<冒険者>は何倍も強いし資産とかも持ってるかも知れなくても、<大地人>に抵抗する術が無い訳じゃない。冒険者に対抗意識を持つ<大地人>を取り込んで権力を得ようとする奴はどっかしらで出てきて台頭するだろうな。そしてアキバやミナミは、ここナカスよりもずっと冒険者の数が多い。つまりまとまった時の財力や戦力の差でまっとうに戦おうとしてもお話にならない可能性が高い。ここまでで何か質問は?」
「フォーランドの蜥蜴人達がナインテイルに仕掛けてくると思われるその根拠は?」
「ミナミやアキバよりは与しやすい相手だからさ。オーク達を手下に出来れば、特に大地人側はあっという間に押しつぶされて終わるだろうな」
「でも、プレイヤータウンにはモンスターは」
「確かに数百人数千人の冒険者が一丸となれば、数万のモンスターの軍勢が相手でも引けは取らないかも知れない。でも忘れたか?ここはもう現実世界で、農産物は畑から生産されてるし、店頭にあるアイテムは売り切れるんだ」
「ゾンビアタックできるのはプレイヤーだけじゃない。モンスターもだ。つまりその頭がフォーランドのどこかに潜んでいると?」
「コンテンツの空白地って言われてたからな。今回の拡張パックで大規模レイドが埋め込まれるなら、可能性は低くない場所だろ。モンスターのテリトリーになってずっと経ってるしな。セブンスフォールのゴブリンも、スザクモンの人食い鬼達も、今まで通りの強さと知能じゃないかも知れない。オーク王もレイドランクモンスターなのは相変わらずだが、レベルは65に上がっていた。親衛隊長は60だ」
「以前は60と55の筈でしたね」
「話を戻すと、まずプレイヤー人口の洗い出しをする。レベルや所属やサブ職業なんかを含めてな。そしてナカス東西の低レベルゾーンで、農業生産の補助してもらいながら、害獣とか狩ってレベル上げてもらう。中レベル帯の戦闘避けたいって思ってる冒険者達にもその引率とか保護活動してもらって、出来るだけ慣れておいてもらう」
「つまり自活出来るようになってもらうのね」
「そ。ナカスを出て別のプレイヤータウン行きたくなった時に一人でもたどり着けるくらいには」
「30から40もあれば十分かな」
「今までならね」
「それにミナミもアキバもどう変わっていくか全然読めないし。大手ギルドはとりあえず戦闘慣れしておこうとかレベル上げてみようとか動き出してるみたいだね。知り合いに聞いた話だと。ススキノは元から荒れた感じだったのがさらにすさんできてるらしい」
「で、ナカスはナカスで余所の心配してるどこじゃない、と」
「そんな感じ。<和冦>には韓国サーバの様子見てきてもらいたいし、<薩摩隼人>には別ルートからフォーランドの偵察お願いしたいんだけど、それは追々で」
「名簿の作成には取りかかってみよう。<紅姫>と<三洋商会>が共同で動いてるとなれば、不安がっている低レベル帯の冒険者達も助けを求めてくるだろうし」
「でもまだ、それだけじゃないですよね?」
「まだあるのかよ」
「今日中にどうしてもってくらいの事はあと一つ、か二つか三つくらいだけど、最優先は、ウォーロードに出資したのが誰かを突き止めて、出来れば話しておく事かな」
「ナインテイルって、貴族は絶滅したんじゃ無かったでしたっけ?」
「壊滅状態だったかな。ウォーロードが侯爵を名乗ってるのは、いちおうその遠戚って事になってるかららしい。でも今日その城塞内や領土を見て回った感じだと、とても金貨百万枚以上をぽんと払えるくらい裕福そうには見えなかった。そんな余裕のある貴族は、ヤマト全体でもそうはいないだろう。いるとしたらイコマにいる連中くらいかな。ウォーロードと名乗ってるだけあって、武人だし、経済にも聡い感じはしなかった」
「つまり、入れ知恵した誰かが、金も出したと?」
「しかも冒険者達自身でさえ何が起こったのか把握出来ていない時に先にNPCが」
「<大地人>。戦闘能力は<冒険者>と比べるべくも無いし、おそらく死んだら復活出来ないけど、彼らは人間だよ」
「大地人が、なぜそんな判断を下せたのでしょう?」
「つまりそれだけなりふり構わない賭けに出る必要に迫られていた。今ここにいる俺たちには分からない何らかの緊急事態の発生をそれこそ目の当たりにしたんじゃないかな」
「冒険者が転移してきた事ですか?」
「そうは思わない。それは冒険者にとっては大事だけど、大地人にとっては来ては去る者が来っぱなしになっただけの話だ。逆に来れなくなったのなら大地人にとっても大事だけどね」
「何となく読めてきました」
「んで、大地人、それも貴族とか有力者達は遠隔地同士で連絡を取り合う術を持っている。昔、何かのクエストで水晶球使ってるの見た事あるからそれかも」
「エルファさんならもう目星ついてるんでしょう?」
「さんはいらんよ。ついてる。んで、今日ここでの雑用済んだら行ってくるつもりだ」
「どこまで?」
「イズモ」
「・・・十三騎士団、ですか」
「そうか。エルダー・テイルのヤマトのナインテイル自治領は九州の地だけを指さない。山口先端辺りまでを含むし」
「イズモからだとミナミもナカスも遠さはだいたい同じくらいなのに、なんでナカスの方に?」
「イコマが本拠地の〈神聖皇国ウェストランデ〉の元老院に御輿として担がれた斎宮家とは別系統の宗教的背景があったり、イコマの大地人には兵力は無いけど、クルメの方にはある程度あって信頼も置けるとか、そういう絡みもあったのかも知れない。イコマはフォーランドやナインテイルを見捨てた過去もあるから」
「そうなんですか~」
「んで、NPCがNPCじゃなくなって、知性や感情を持つ本物の人間になってるんだ。全部かは知らないが、種族やある程度の社会を構築してるモンスター達も、単なるやられ役じゃなくなってるだろ。でな、今回の事件の黒幕がいたとして、最初に潰そうとする相手は誰だと思う?」
「冒険者以上の存在なんて」
「いるな。イズモ騎士団などを含む全世界にある十三の古来種達の戦闘集団。歴史の節目には活躍して災禍を防ぐとされている」
「まさか・・・」
「それを確かめておかないとね」
「今すぐ行くのか?」
「荒事になる可能性も無いではないからね。ここで今話してきた事を始めてもらうにも一日くらいかかるでしょ」
「もう少し広い範囲に声をかけないと、<紅姫>と<三洋商会>が組んでナカスを支配しようとしてるとか思われるかも知れないな」
「そこは沙夜とニライ・カナイさんの連名みたいので呼びかければいいと思います。実態把握が急務って事は誰も反対しない筈なので」
「完璧な名簿なんて最終的にも作れないと割り切って、それよりはナカスのギルド会館であからさまに怪しそうな初心者勧誘とか強引に加入させようとしているのを人配置しておいて止めるとか、周辺の初心者ゾーンで狙い撃ちにされてないかとか、ケアしてあげた方が効果は大きいかもね」
「それは<紅姫>でケアしましょう。女性の方が狙われやすいでしょうし、初心者でなくても被害に会う可能性はありますしね」
「じゃあそちらはお願いします。それらと同時並行で、今夜から明日未明にはイズモに発ちたいと思うんで、沙夜、そっちから1パーティーお願い出来る?」
「久々にエルファ・・と戦うのも楽しそうだ」
「自分で出てきてもいいけど、戦闘には慣れておけよ。今までとは全く別物だから」
「ギルマスが出るなら私も行きます!」
「沙夜と冷麗が外出したら今までしてきた話進まないんじゃないかい?」
「細かい事は<紅姫>の内部調整に任せるけど、<追跡者>持ちの暗殺者一人は欲しい。盗剣士もか。ヒーラーはこっちにツクシさんとグレンボールがいるから、神祇官が最低一人。それから付与術師も一人はいた方がいいか」
「じゃあ、あいつ、鈴月声かけるか?」
「いいや、今回は止めておこう。戦闘になるとしたら、90レベルだと勝てない相手かも知れないしね。
さ、そんな訳で出かけるまでも出かけてからも大忙しだよ。沙夜達は特に自分で出るなら留守任せる人達の選任急いでね」
「私達には何か出来る事はありますか?」
「<三洋商会>には、イズモ行きの結果次第でもあるんだけど、<和冦>辺りと協力して、韓国サーバーと中国サーバーの様子を確かめられる体勢作りを進めておいて欲しい」
「同じ事が余所でも起きているかどうか、ですか」
「それもあるね。治安の悪化とかに歯止めがかからないと余所から集団で流れてくるギルドも出てくるだろうしね」
「・・・有り得ますね」
「海外サーバーからの移住者にギルド会館とか大神殿とか押さえられてしまったら、それこそ取り返しがつかない対立が起きるんじゃないのか?」
「だからこそ、先に情勢を察知しておいて、移住希望なとこがいれば友好的に迎え入れる必要があるのさ」
「なるほどね」
「じゃ、もう夕方前くらいの時間になっちゃってるけど、それぞれ行動開始。Windのメンバーは明日までにここの住環境整備するよ」
そうして来客達がゾーンからいなくなると、お堂の中を余興のウォーター・エレメンタルの水流で流し洗いしてから、ファイア・エレメンタルで乾燥させ、エルファとゴーレッドで修復箇所や扉の立て付け位置などを決めていった。
「寝室の扉よりは壁穴ふさぐ方が先だな」
「板を釘で打ち付けるだけでも塞げるっちゃあ塞げるが、美しくねぇな」
「あんたが美しくとか言うんだ」
「言うよ!」
「美観が大事なのは同感だ。土質が合うかどうかは試してみないとだけど、やるだけはやってみようか」
「何を?ここにはモルタルも漆喰も無いだろ?ヘラとかはあったとしても」
「それなりに埋められてまた崩れ落ちたりしなければとりあえずはそれで良しとしよう。
余興、アース・エレメンタル出して」
召還されると、
「この壁に使われてるのと同じか近い土か粘土作れそうか?」
「壁を一部崩してもいいなら」
「マジかよ!?」
「いいよ。やってみて」
余興は元々大きめの穴が空いていた箇所を少し崩して、アース・エレメンタルに取り込ませてみた。
「な・・・・」
「ここで起きてる事も当然秘密ね。いけそうか?」
「全く同質の物を再現するのは難しいが、近似した物を再現する事は可能の様だ」
「NPCは人間の姿してるから、人間になったのはわかるけど」
「エレメンタルに知性が無いと思った?魔法使えたり、いろんな命令に応じたり出来るのに?」
ま、それだけじゃないんだけどね、とエルファがつぶやいてから、余興と島のあちこちを掘り返して山盛りの土を得て、さらにウォーター・エレメンタルの水と練り合わせ、
「これならいけるかもな」
とゴーレッドも判断し、壁穴には枯れ枝を組み合わせた骨組みを入れてから内外側から粘土を塗りつけ、平らに表面をならし、ファイア・エレメンタルの熱で乾燥させ、そう時間をかけずに大きな穴の一つは塞がれた。
余興とゴーレッドに修繕作業を任せたエルファは、お堂から少し離れた所に柵をめぐらし、荷物の中から八羽の鶏を取り出して放り込んだ。
「卵、取る為ですか?」
「そうだね。農園ぽい事始めようともしてるから。ここで実験して、<紅姫>や<三洋商会>にそれぞれが購入したゾーンでも展開してもらう。大地人さんと競合しないよう注意する必要もあるだろうけど」
「良かったじゃないか、ツクシ。あんた好きだろ?」
「そうなの?」
「好きっていうか・・」
「なーに恥ずかしがってるのさ。サブ職業:農夫なんて、このサバイバル環境じゃ最強の一つじゃないか」
「でも、なんか、農夫って」
「言葉の響きはこの際置いておこう。弥生さんも言った通り、ツクシさんに出来る事は多いよ。苗とかもそしたら持ってる?」
「一通りは・・・」
「じゃあ、平らな地面がある場所で、狭くてもいいからちゃんと育つかどうか試してみて、うまくいく物を範囲広げてやってみよう」
「はい、わかりました」
「それで、あたしは何をしたらいいんだい?」
「えっと、料理なんだけどね、メニューとして存在してる物を一通り作れるかどうか試してから、存在しない物も作れるかどうかレパートリーを増やしてほしい」
「あいよ、って、どうやったらさっき食べたみたいなちゃんとした味になるんだい?」
エルファはお堂脇に作られた竃に弥生を連れていき、新妻のエプロンドレスの補助を受けて作れる範囲の物で手順を説明してみせた。
「本職でメニュー操作に頼らず作れる人でもサブ職業のスキルが足りてないと失敗する」
「なるほどねぇ。種が無いのが種だったと。それで、どんな物が食べたい?」
「さしあたっては、遅くとも明日未明にはもうイズモに発つから、その道中でも食べられるようなおにぎりとかおかずとかの類を十二人の三食分くらいかな。足りなければ移動先でまた作り足そう」
「十二人の三食分となるとそれなりの量になるしね。材料は?」
米や魚や肉などをエルファは取り出し、樽に保存してあるエレメンタルの水や、ツクシに試してもらっていた食材や調味料や調理道具などもまとめて渡した。
「壁の修繕作業終わったら余興にも手伝ってもらえるから。サモナー、かなり万能だよ」
「そしたらさ、料理じゃないけど、風呂とかも出来るんじゃないかい?」
「それもそうだね。だけどやる事多いから・・・。いったんその場しのぎの物でもやってみるか」
「そんな簡単に出来るもんならお願いしたいかもね」
「本当にやっつけ仕事になるから、ちゃんとしたのは後日になるけどね」
「あんたのやっつけ仕事ならそれなりになるだろ。頼んだよ」
「どうだかね」
エルファがお堂に戻ってみると、十はあった筈の壁穴はすでに塞がれ、最後の一つが乾燥させられているところだった。
「手際いいじゃん」
「見てくれは完璧じゃねぇけどな、大将」
「大将って、普通は大工の頭領とかを指して言うんじゃ?」
「大工の頭領だろ?」
「それはまぁいいや。さっき掘り返した穴の一つを今と同じ感じで粘土で焼き固めて、即席の風呂に出来ると思うか?」
「うーん、だったらほぼ箱型に地面くり抜いて風呂桶っぽく組んだ木板を入れて、その下とか周囲に砂利とか詰め込んだ方が良いかも知れないな」
「じゃ、それでいってみよう。あくまでも仮設だから試作品として機能すればそれでいい」
そうして余興の手が空くと、掘り返した穴の一つをさらに拡張し、下に砂利を敷いてから、エルファが取り出した板をゴーレッドが箱型に組み、穴に入れて周囲をまた砂利で埋め、ウォーター・エレメンタルの水で満たしてからファイア・エレメンタルで温度調節をし、適温のお湯で満たされた風呂が出来上がっていた。
「ん、これなら入れそうだし、どうせだから周囲に衝立みたいの立てて脱衣所みたいのも作って、同じのをもうワンセット作っておこうか」
「男用と女用ってか」
「そういうこと。それが終わったらちょうど晩飯の時間くらいになってるだろ」
二つ目の浴場の穴を掘削し浴槽を設置した頃には余興は夕飯調理の補助に連行されていってしまったが、お湯を張るのはいつでも出来ると衝立や簡易脱衣所、灯りの設置まで終えた頃には、夕飯が出来たと声をかけられた。
夕飯と風呂のどちらを先にするかで議論が起こりかけもしたが、余興に関する話を済ませる必要があるとエルファが夕飯を優先した。
夕飯と話が済んでから風呂の時間となったが、エルファは余興を女性二人とパーティーを組ませて告げた。
「ファイア、いやサンダー・エレメンタルを召還しておいて、風呂周辺を警戒させろ。パーティーメンバー以外の誰かが近づいてきたら問答無用で攻撃」
余興は何の為にそんな事をするのか分からない風体だったが従い、ゴーレッドは無念そうな顔をしていたがグレンボールに男湯に引きずられていった。
弥生はツクシと並んで湯船に浸かり、肩にお湯をかけながら言った。
「異世界になんて来ちまってどうなるかと思ってたけど、二日目にはまともな飯にも風呂にもありつけるとは、捨てたもんじゃないね」
「エルファさんと会えてなかったら、どうなってたかなんて分かりませんけど」
「そうだねぇ・・・」
「不安に駆られてる人のがずっと多いでしょうし、街から一歩も出れないで怯えてる人も少なくないかも」
「その為にも名簿だの何だのあの人は動こうとしてるんだろ。それを手伝えれば気が紛れるんじゃないのかい?」
「・・・かも」
「あんたが本当に気になってるのは違う事だろ。置いてきた旦那とかでもなくて」
「もうずっと別居してますしね。でも、弥生さん、その話は」
「あの人に聞かれたくないってか?」
二人の女性から視線を向けられた余興は、初めて入るお風呂のお湯の感触に驚き感動しているのか、二人の話に関心を払っている様子は見受けられなかったが、ツクシはうなずいてから続けた。
「あの人は、私が結婚しててもしてなくても相手がいてもいなくても気にしないんでしょうね」
「だからこそ、飛び込むようにあの人のギルドに入ったんだろ。ついてっても大丈夫そうだって」
「でもそれが逆に・・・。矛盾してるんですけど。そういう弥生さんは?」
「こんな生活がいつまで続くかなんて誰にも分からないんだし、その時々が楽しめればそれでいいと思うんだけどね」
「そーいう一般論では無く」
「がっつくつもりは無いよ。今はそれだけ知ってれば十分だろ」
弥生はゾーン内にいるプレイヤーの一覧情報で、エルファがいなくなっている事に気がついていた。夕飯の残りを弁当箱の様な容器につめて鞄に仕舞い込んでいたし、またどこかに根回しにでも行ったのだろうと見当をつけていた。
「忙しそうに、楽しそうにしてるしね。邪魔になりたくはないさ」
「・・・です、ね」
二人して頭上の空に浮かぶ月を眺め、明日も早いし、そろそろ上がろうかと湯船から立ち上がりかけたツクシの肩に、弥生は手をかけて押さえつけた。
「どうしたんですか?」
「いやね。この風呂場の衝立。陸側へは三方向視線を防いでくれてるけど、海側には空いてるだろ?」
「・・・・はい」
「この衝立とかを建てた奴がその弱点を突かない訳無いよね。お約束と言えばお約束だが、妖精の軟膏を瞼に塗っておいて良かったよ。とはいえ、ソーサラーやエレメンタルの攻撃範囲越えてるな。だから油断してるんだろうけど、余興」
「なんだ?」
「ここから約100メートル前方の海面にゴーレッドの野郎が潜んでやがる。指さした場所を狙えるか?、あ、逃げ出しやがった」
「問題無い。視認した。ザラム、行け」
余興が命じると、サンダー・エレメンタルが風呂正面の夜の海の一角へと進んで行き、白い波頭を立てて全力で泳ぎ逃げ始めたゴーレッドへ雷撃を放ち、命中、撃沈した。
「ひゅう、お見事。あんな広範囲に動けるようになってるんだね」
「以前は知らないが、動けるようになったというか、したというか・・・」
「?」
「秘密だ」
「エルファさんとそう決めてるのなら仕方無いですけど、名前付けたんですか?」
「ああ。ファイアはブロム、アースはゴラム、ウォーターはジョラム、ウィンドはファラム」
「どうやって決めたんだい?」
「彼らがそうやって声を上げてたから」
二人とも、サモナーのエレメンタルがコマンドを受けた時の声は少なからず聞いた事があったので、
「かわいい名前ですね」
「そうか」
「じゃ、また邪魔が入らない内に上がっちまおう」
とそれ以上追求はしなかった。
雷に撃たれ感電して海の底へと沈んだゴーレッドは危うく溺れ死にかけ、やがて島の浜辺に素っ裸の状態で打ち上げられた。
そんなのどかな一幕の間に、エルファは<和冦>と<薩摩隼人>のギルド本部を訪問。それぞれのギルマスに沙夜やニライとカナイにも話した内容を伝え、協力を依頼し、さしあたっての報酬として弁当をさし入れ、前向きな反応を勝ち取っていた。
沙夜や冷麗はイズモへの急行メンバーを古参プレイヤーだけで組み、居残り組の中でも<三洋商会>と協力して名簿作成に当たる者、ギルド会館や町中、周辺の低レベルゾーンなどで初心者や女性への不当な行為が行われていないか監視にかかる者、それらの運営に必要となる物資や組織を備える者などに分かれて動き始めた。
沙夜のカミングアウトを受けて、<紅姫>内部にまだ複数いた男性プレイヤー達も外観再決定ポーションを飲んで告白した。
それらの動きを受けて現状の<紅姫>の構成員の約1/3に当たる100人以上が、数日後、<青十字>として別ギルドを結成し、母体からの資産分与も受け、名簿作成や治安維持へも協力すると約束。
レイドギルド<紅姫>とは違い、異世界での戦闘を厭う人や、低レベル冒険者の受け皿や支援団体としても動き始めた。
そして異世界に転移した三日目の早朝未明、エルファ達遠征調査メンバー十二人はナカスからイズモへと出発した。
20174/12/10 ナインテイルの版図の認識などに誤りがあった為、文中の記述などを訂正(再訂正の可能性もあります)