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<歌う風のエルファ> ログホラalt  作者: 名無之直人
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6.三洋商会と、ウォーロードと、オーク王と

 翌朝、ツクシが目を覚ました時に、隣の寝袋はすでに片づけられ、慌てて起きてみれば隣の小部屋にもお堂内にも人影は無かった。境内に出て見ると、階段を降りた先の海岸沿いに三人が揃っていた。

 顔も洗っていない状態で人前に出る事に少しばかりのためらいはあったものの、洗面所があるわけでも化粧台セットなどがあるわけでもないとあきらめをつけ、それでも寝癖がついていないかどうかは手で触って確かめながら階段を降りていった。


 岩場ではグレンボールが釣り糸を垂らし、ウォーター・エレメンタルを出している余興が、小岩を組み合わせて作った竃にかけられた鍋の様子を興味深げに観察していた。

 エルファはと言えば即席の作業台の上にまな板らしき物を置き、体の前面にはピンク色のフリルのついたエプロンをつけていた。


「おはようございます、皆さん。すみません、一番遅くに」

「おはよーさん。いやちょうど頃合いだったんじゃないかな」

「そうだな。このご飯とやらもまだ炊けてはおらぬようだし」

「ご飯?炊く?」

「そ。ツクシさん、ここにいてもらうなら今見聞きしてる事も秘密にしてもらう必要あるけど、いいかな?」

「はい。大丈夫ですけど、でもエルファさんのそのエプロンはいったい?」

「これは<新妻のエプロンドレス>って言ってね。料理人スキルが無くてもレベル40までの料理は作れるっていう優れ物アイテムなのさ!」


 くるりとターンしてみせたエルファに吹き出しそうになったツクシだったが、エルファの足下に置かれたたらいの中に活けられた魚達を見て、昨日エルファから頼まれた事を思い出した。


「魚の捌き方でしたね」

「そうそう。先ずは余興のエレメンタルから水もらって顔洗えば?タオルみたいのも用意してあるから」

「はあ、そしたら、お願いします、余興さん」

「うむ」

 そういうと余興はウォーター・エレメンタルの片腕から水道の蛇口をひねったように純粋な水を噴出させ、ツクシはそれで顔を洗い、手のひらに受けてうがいし、木の枝にかけてあったタオルで拭って人心地ついた。

「じゃ、さっそくで悪いんだけど、お手本見せてもらえるかな?」

「捌くっていうか、三枚に下ろせばいいんですか?」

「先ずは内蔵の抜き方だけかな。それで串に刺して焼いてちゃんとした物になるか試してみたいんだ」

「はあ。それじゃ、見ていて下さいね」

 エルファから渡されたエプロンをつけてみて妙な感慨にとらわれそうになったが振り払うと、

「本当は生きてる状態よりは締められてる状態の方が調理はしやすいんですけどね」

「締められてるってのは、スーパーとか魚屋さんとかに置かれてる状態?」

「はい。小型魚なら氷水に入れておくだけで血抜きも必要無いんですが、魚の大きさばらばらですし、何度かお見せしますね」

「ついでだから、その氷水で締められるかもやってみよう」

 エルファがそう言って別のタライを出すと、余興はそこに氷と水を半々という感じで注ぎ入れた。

「こんな感じでどうだ?」

「・・・便利ですね、エレメンタルって」

「火をつける時とかにもね」

 そしてツクシが小型の魚を氷水に入れていくと、それらはしばらくして動かなくなっていった。

「さっきと同じ感じで水を流しておいてもらえますか?」

 と余興に頼み、ツクシは30センチ以上の中型の魚をの頭と尾の付け根にナイフで切れ込みを入れてから流水にさらし、血抜き締めをしていった。

「この人数なら、さっきの小型魚とこの中型魚だけでいいと思うんですけど」

「練習もかねるし余所にもお裾分けするかも知れないからさ。じゃあ小型魚のはらわたの抜き方見せて」

 ツクシは動きを止めた一匹を選び、さっくりとナイフの刃を入れた腹の中身をかき出してみせた。

「これだけ、ですけど?」

「いいね。じゃ、この串に刺して、あっちの火の側にかけてみて」

「はあ。でも鱗も取らないと食べれませんよ?」

「そっか。川魚じゃないんだものね」

 何も知らないんだなとツクシはおかしくもなったが、ナイフの刃を立てて削ぎ落としていき、もう一度水流で洗ってから、エルファから渡された串に刺して火の側にくべた。

「ちなみに、今と同じ事をそのエプロン無しでやってみて」

 そう言われてエプロンを外し、魚の腹にナイフを入れてみた段階でそれは紫色の何かに変色し、食べ物では無い何かとしてエルファに廃棄された。

「今のは、いったい?」

「料理人のスキルが無いと、例え本当に作れる人でも失敗しちゃうって事だよ。他のサブ職業でも同じみたいだ」

「それで、そのエプロンなんですね」

「そう。じゃあ今度は俺がやってみるからご指導よろしくお願いします」

「はい、こちらこそ」

 とは言っても、大してむずかしい事ではなく、エルファも最初はおっかなびっくりという感じだったが、はらわたを抜いて鱗を取って串に刺して火にくべるという一連の動作が、つつがなく完了していき、五匹ほどの魚が焼けた頃にはお米も無事に炊きあがってエルファ達は歓声を上げた。

「雰囲気的にお味噌汁も欲しい感じだけど、それはまだ我慢しておこう」

 エルファが人数分の皿を並べ、深めの小皿にご飯をよそい、焼けた魚が皿に置かれて、朝食の準備は整った。

「さあみんな、心の準備は良いか?」

「ああ!」

「期待している」

 余興はなぜかまたタバスコの瓶を出していたが、エルファは魚にならこっちだろと醤油の小瓶をテーブルの上に出していた。

「あの、この世界の食べ物って」

「試してはみた?」

「はい。外見がどんな物であっても、全部同じ味で、しかもとても微妙な味気ない味で・・・」

「じゃあ、食べてみてよ。いっただっきまーす!」

「いただきます!」

「いただく」

「じゃあ私も、頂きます・・・」

 まずご飯を口にしてみて、それが炊飯器で炊かれた物のクオリティーにはほど遠くても、ちゃんとしたお米が炊かれたご飯の味である事にツクシは驚いた。

 続いて魚の身をほぐして一箸つまんでみれば、それはれっきとした焼き魚の味がした。

「大根下ろしとかも欲しいところだな」

「それは今後の検討課題だろ」

 ツクシも回されてきた醤油をかけてみて、同じ事を思わないではいられなかった。

 三枚に下ろされていた中型魚の切り身を焼いた物も、四人にかかればぺろりと平らげられてしまい、小型魚を四匹と中型魚一匹を追加処理して焼き上げ、それぞれの胃袋の中に難なく収まってしまった。

「食った食った」

「味のあるご飯て幸せだよな」

「これが、幸せというものなのか?」

「少し、おおげさかも知れませんけどね」

 ツクシは、元の世界での自分の家の食卓を思い出しそうになったが、慌てて振り払った。


「さてと、残ったご飯とかで実験がある。ツクシさん、おにぎりは握れるよね」

「もちろん。ただし今はそのエプロンが無いと無理でしょうけど」

「じゃあ小さめでいいんで、エプロンをしてる時としてない時で握れるか試してみて」

 エルファは用心して、ご飯を小分けにしてからツクシに挑戦してもらい、エプロンがある時には当然の様に成功したが、無い時は失敗した。

 続いて焼き魚の残りを具としておにぎりの中に入れる事も、エプロン有りでは成功したが、無しではやはり失敗した。

「エプロン様々っていうか、料理人にサブ職業変える奴増えるだろうな」

「この調理法が広まってからならね。それまでは料理人レベルがマックスでも関係無いみたいだから」

 エルファは小ぶりのおにぎりの中に入れた具がちゃんと残っていて味わえる事も確認した。

 さらには卵を割って生卵を取り出したり、生卵にしょうゆをかけてといたり、ご飯にかけてみる事などもエプロンの有り無しでの成功可否を確認していった。

「卵を割って生卵取り出したり、醤油ととく事は料理人スキル判定が入るけど、結果が出ているもの、生卵や醤油をご飯にかけることだけなら料理人スキル判定はかからないのか」

「あのせんべいふやかしたの食べ続けさせられるなら、おれはTKGだけで生きていけるよ」

「それだけじゃ寂しすぎるだろ。まだいろいろ確認しないといけない事はあるけど、ツクシさんには、そのエプロンをつけた状態でなら、どのくらいまでの料理なら作れるか試してもらってもいいかな?」

「は、はい。でも、食材とか調味料は?」

「え、と。これくらいで足りる?」

 エルファが魔法の鞄から出したのは卵や肉だけでなく小麦粉や薄力粉や揚げ物用の油やオリーブ油やごま油やフライパンやその他数々の食材や道具や調味料だった。

「え、ええ。でも作った物はそのまま置いとくとダメになっちゃいません?」

「いや、ならないみたいだ。魔法の鞄に入れておけば、例えば釣ったばかりの生魚でもそのままの状態で取り出せる」

 そう言って実演してみせたのはグレンだった。

「さっきのおにぎりにする前の炊き立てのご飯も容器に入れて鞄に入れておいたけど、状態保ってるぽいね」

「なんという魔法の暴力」

 と思わずツクシはつぶやいてしまい、グレンとエルファの笑いを誘ったが、余興にはそれのどこがおかしかったのか分からないらしかった。

「火は、余興のファイア・エレメンタルに手伝ってもらって。温度調節も自在ぽいから」

「サモナーさん万能ですねぇ」

「俺は船出して漁に出てみるか。それでエルファは何するんだよ?また置いてけぼりにする気か?」

「昨晩は<紅姫>に話をつけてきた。たぶん協力してもらえると思う。次は<薩摩隼人>かな。いや、<和冦>か、それとも<三洋商会>のが先か」

「協力っていうのは?」

「昨日言ってた出口の確保さ。昼前には一度戻ると思う。じゃ、各自行動開始!」

 エルファがまた浮かび上がって海面を駆けていってしまうと、ツクシはその背を見送っている余興に尋ねてみた。

「何か、食べてみたい物とかあります?」

「・・・ピザ、かな」

「ピザ、ですか。高度な料理って訳じゃないはずだけど、ここにある材料で作れるかは微妙そうですね」

「ペパロニとベーコンとチーズがかけられてるのが美味しいそうだ」

「それは、エルファさんから?」

「そうだ。私が初めて食べたなにかで、初めてタバスコをかけてみたなにかでもある」

「なるほど。それは気合い入れて挑戦してみないとですね。でも先ずは簡単に作れそうな物から試していってみましょう」

「任せる。出来る手伝いはする」

「ピザはピザ釜が無いと出来ないから、アース・エレメンタルとファイア・エレメンタルの出番かも知れませんね」

 そのツクシの言葉に、無表情に見える余興の面に笑みが刺したように見えて、ツクシはまた料理の腕を振るう事に前向きになれた。


 エルファがやってきたのは、韓国サーバー南端への連絡船が出る桟橋のほど近くにある大型の建物。元の世界では国際会議場らしいが、そこに倉庫と本部を構えているのがナカス最大の生産系ギルド<三洋商会>だった。


「とは言え、コネもツテも無いから、どうするか。大手なら大手なほど内側はばたついてるだろうし。ま、いつも通りとりあえずは当たってみるか」


 何も武器は手にしていない訳では無かったが、それはほぼ最後の手段だった。

 エルファは開かれた倉庫の大扉の奥で、周囲に忙しなく指示を飛ばしている人物を目をつけ、その人いきれの合間に声をかけた。


「やあ、初めまして。自分はエルファっていうんだけど、ギルマスさん、いるかな?」

「・・・初めまして。ニライです。ギルマスのカナイもおりますが多忙を極めてますがどんなご用件です?ああ、それはそっちじゃない。出入りは少ないだろうからもっと奥へ!」

「忙しそうだし、用件だけ言うよ。でもその前に一つだけ聞いておく。南門の外のゾーンがクルスのウォーロードに買われた事は把握してるか?」

 ニライの手にしていた書類をはさむボードが床に落ち、挟んでいた書類も散らばってしまったが、ニライはそちらを見向きもしなかった。

「いいえ。今日がまだ二日目でしたしね。まさか、もうそんなに早く」

「昨日の晩にはもう買われてたよ。ずいぶん目敏い誰かがあちらにはいると考えた方がいいだろう」

「でしょうね」

「全ての施設を押さえるのは実際的に不可能だ。維持するのはもっと不可能だ。だから<紅姫>の沙夜には、西門の先のゾーンだけ押さえておいてもらうよう頼んでおいた」

「それはもう購入されたので?」

「話したのが昨日の深夜だったからな。そこからギルド内部の意見合わせてとかになると、早くて今日中と見ている」

「では我々には、東門の先を?」

「そうしておいてもらえると助かるってカナイさんには言っておいて。また来るからさ」

「エルファさんでしたね。お名前、覚えました。今後ともよろしくです」

「こちらこそ。これは、お近づきの印だけど、カナイさんと二人きりの時だけに食べてね。研究してもいいけど、抜け駆けは無しに出来るというなら、渡す」

「・・・よろしいでしょう。商人は信用が第一ですから」

「頼んだよ。じゃあまた」

「もしよろしければ教えて下さい。この後はどちらに向かわれるので?」

「目敏いウオーロードさんに会っておこうかなって。その先まで足を伸ばすかも知れないけど、とりあえずは話聞いてみないと何も分からないし、城塞の中とか周辺の様子も確かめておきたい」

「なるほど、お気をつけて」

 エルファはうなずくと、ふわりと地表からわずかに浮き、風の様に走り去って行った。

 そのあおりを受けてさらに散らばった書類を床から拾い集めたニライは現場の監督者達を呼び集めて指示を出してから、カナイに会うためにその頭目事務所へと急いだ。


 エルファはナカスの南北の中央通りをまっすぐに南下。南門の内側には二、三組のパーティーがたむろしていたが、外に出るのをためらっている様子では無かった。

「おい、あいつは」

「あいつがそうなんじゃないか?」

 そんな噂も聞こえたが無視して外に駆け出て、走りながら魔法防御力重視の装備に変更。そのままいくつかのパーティーが戦闘している脇を駆け抜けていき、ダザイフからトリス方面に広がる対オーク防衛陣地や砦に大きな動きは見られない事なども遠目に眺めつつ、一時間もかからずに対オークの最前線、ウオーロードのアデルハイド侯爵が治めるクルメ城塞にまで到着した。


「うっわー。ナカスの町とかもそうだったけど、城塞都市ってのはまた目の当たりにするとすごいもんだね」

 そうエルファが呆れかえったほど、直径1キロはある長大な外郭と幅の広い水堀に囲まれ、内側にも二重の城壁と多数の無骨な櫓を構える城塞は、そのあちこちに戦の傷跡や焼け跡などもついていて、何とも物々しい雰囲気に包まれていた。

 外周をぐるりと一周してから、人間達が使う北側の門へと向かい、そこに立つ衛兵達に止められた。

「<冒険者>よ。何用か?」

「ウォーロードに取り付いてもらえないかな?」

「名と用件を言え」

「Windのエルファ。ウォーロードさんがナカスの南門の先のゾーンを速攻で買い上げちゃったから、どんな見識でそれをされたのか、お話聞きに伺った感じかな」

「・・・しばし待つが良い」

 衛兵の一人があっさりと伝令に何かを伝え、伝令は城内のどこかへと馬を駆っていき、十分もかからずに戻ってきた。

「アデルハイド候が会うと仰せだ。ついて来られるが良い、冒険者殿」

「お取り次ぎありがとう」


 曲がりくねった城塞内の路地を通り、内側の二重の壁を通り本丸とも言える主郭の建物の奥まった一室にエルファは案内された。

 兵は多く、城塞内のあちこちで激しい訓練を行っているのだろう激しい戦闘音も聞こえてきた。逆に民家や商店街といったようなものはほとんど見当たらなかった。


 通された部屋には、軍議にも使うのだろう長いテーブルに周辺の地形と砦や兵士などのミニチュアが配されていた。

「初めまして、アデルハイド侯爵。対オークの最前線を預かるウォーロード殿」

「ようこそ来てくれた。エルファ殿。冒険者の間でも飛び抜けて古参の数々のいさおしに彩られた勇者よ。昨晩のわしの動きに対し誰が最初に動いてくるか楽しみにしておったが、そなたの様な方が来てくれるとは僥倖よ」

「って、自分の事、知ってるのですか?」

「応とも。このヤマトの地の数々の大戦で、多くの冒険者達を率い難敵を倒してきた古強者が一人。その腰にした<歌う風の剣>こそその誉れと絆の証。まさかまだ生きておられたとは」

「いや自分がそんな伝承上の人物になってるなんてのも初耳なんですけど、ここだと何年くらい前の話として伝わってるんですか?」

「その活躍はおよそ百八十年前頃だと。しかし百二十年前頃からは勲に現れなくなり、百年ほど前から姿を消され、そのままどこかへ旅立たれ戻られなくなったと聞いておりました」

 百年前。確かに十二倍速で時間が進んでいたゲーム時代を換算するなら、それは元の世界のほぼ八年前に当たる。

「今日来たのは、候も先ほど話されていた、ナカス南門の先のゾーンの買収についてです」

「エルファ殿ならどう考える?」

「そうですね。今日ここまでナカスから走ってきてみた感じ、退路を確保する為でもあった?」

「さすがですな。我々は最前線を任された者とは言え、絶対無敵な訳も無い。背後に連なる砦達と防御線の最後の一線とはやはりナカスとなるのです」

「プレイヤータウンにはモンスターが侵攻できない結界が張られてるからね」

「左様です。であればこそ、軍の建て直しも、再起も図れるというもの。しかしもしそこで退路が断たれていれば、我らはその門を目にしながらも逃げ落ちる事がかなわなくなります」

「お話ありがとうございました。また寄らせてもらいますよ」

「お待ちしておりますぞ。いつでもいらして下さい。遙か昔の勲を、その当人から歌い語り聞かせて頂けるなど武人にとって夢そのものでありましょう」

「さあ、それはあまり期待しないでおいて欲しいかな」

「ご謙遜を」


 エルファは城塞から出た所でしばし立ち尽くしていたが、二度手間になるよりはといったん西の方へと城塞の視野から抜けた後に南下し、オーク達の居城、アソ方面へと駆け抜けていった。

 当然、こちらはオーク達が砦や防御線を構えていたが、エルファは一度も襲われる事もなく追われる事もなく、オーク達の王の居城の門前までたどり着いて、ほぼ先ほどと同じように門番の兵士に用件を告げ、王への面会を求めた。


 ゲーム時代と同じなら、何とか行けると思うんだけど、賭けだな。


 例え殺されてもはぎ取られない(ドロップしない)装備に身を固めてはあったが、そうは言っても緊張していた。

 顔につけた<偽りの仮面>は効果を失う事なく、迎えに来たオークの親衛隊長というレベル60 レイドクラスモンスターと、王の謁見の間へと向かって行った。

 謁見の間には、それこそ数十体のレベル50以上のレイドクラスのオークがひしめいていて、さすがに戦闘となれば生きては帰れないだろうとエルファは覚悟した。オーク王単体でもレベル65のレイドランクのモンスターだった。


「何の用だ、古き冒険者よ?」

「取引をしにきた。オークの王よ」

「ほう。冒険者と我らは互いに不滅の身。殺し合う事しか出来ぬ間柄では無かったのか?」

「もしそうなら自分が今ここにいて、あなたと言葉を交わしている筈も無いでしょうに」

「用件を言え」

「昨日起こった異変については?」

「何かが大きく変わったのは感じた」

「冒険者達は本来彼らが属していた世界に、これまでの様には帰れなくなった」

「ほほう。しかしどうしてそれを冒険者でもあるお前が教えに来た?」

「たぶんこちらとそちらには共通の敵がいると伝えに来た」

「それは大地人の連中の事か?連中がこのアソ以南を取り戻す事は無い。ベアランド(クマモト)にしろ、フォウン・アイランド(カゴシマ)にしろだ」

「その時が来れば、おそらくオークは否応なく他の誰かのために戦わせられる」

「それが共通の敵だと言うのか?」

「そいつか、その背後にいる誰かが。その時が来るまで、せいぜい配下のレベルを上げておくといい」

「俺たちを殺しにくるのは大地人よりもお前等冒険者達だろうに!」

 そうオーク王の配下達は激昂したが、オーク王が一喝して鎮めた。

「俺の部下を鍛えさせて、それでお前達は何を得るのだ?」

「フォーランドへ斥候を出してみろ。それで答えが分かると思う」

「蜥蜴人の領域と化した地へか。なぜだ?」

「そこにたぶん大物が封じられてるからさ」

「分かった。出してみよう。それでお前は何を得る?我らは?」

「次来る時は手土産を連れてくる。そいつがお前達の望んで止まなかった何かを与えてくれるだろうさ」

「我らが望んで止まない何かとは何だ?」

「次に会う時の楽しみにしておけ。その代金は、お前やその部下達が持ってる金貨全てだ」

「ふざけた申し出だな」

「いいや。今までにも出来ていた事の再確認に過ぎないのさ」

 エルファはそう言って側にいたオークの親衛隊長に言った。

「金貨一枚でいい。俺に渡してみろ。絶対にそれは返す」

 王にうなずかれた親衛隊長は金貨を一枚腰に下げた袋から取り出し、エルファに渡し、エルファはそれを自分のポケットに入れ、代わりに自分の財布から取り出した金貨一枚を親衛隊長に渡し、彼はそれをしげしげと改めた後、自分の袋に入れた。

「これが、何だと言うのだ?」

「もう一度、別の奴。もっと下っ端の、この中で一番弱い奴は誰だ?」

 王が鷹揚にうなずくと、広間の端っこの方に控えていた小間使いの様なオークが進み出てきた。モンスターレベルはノーマルランクの50。確かにこの中では最弱と思われた。

「今の所持金は?」

「ええと・・・。72枚です」

「じゃあ、それを全部残らず床に並べろ」

 その小間使いは王の方をちらりと伺ってから財布を床にひっくり返して、中に入っていた金貨をぶちまけた。

 エルファはそれらが数えやすいように床に整列させると、自分の財布からも同じ枚数だけ隣に並べてから、オークの小間使いに尋ねた。

「財布は空のままか?」

「そうですが・・・」

「王よ。この者の財布が一昼夜以上空のままかどうか確かめて欲しい。もし元々持っていた金貨が消失すれば自分が残していった金貨を与えて欲しい。補充はされないと思うが、それが本当に起こるのかどうか確かめたいんだ」

「誰もまだ試した事が無い事を試すのだな。面白い」

「それではまた会いに来る、オークの王よ」

「手土産を心待ちにしているぞ。古強者よ。金貨の回収も進めておこう」

「よろしく」

 そしてまたオークの親衛隊長に門まで付き添われ、別れ際にエルファは問われた。

「お前は世界の在りようを変えようというのか」

「違うな。もうそれは変わってしまっているんだ。だから対応しなければならない。それだけの話だ」

「ではまたな。次はその仮面を被らぬでも通れるよう部下達には通達しておこう。連れの者の名は?」

「余興。もしかしたら他にも何人か連れてくるかも知れない」

 エルファが<偽りの仮面>を外すと、その種族的外観はオークのそれから普段のエルフのものへと移り変わり、門番のオーク兵達は身構えたが、親衛隊長の一睨みで武器を下げた。

「その方がお前らしい。また会おう、歌う風のエルファよ」

「次は旨い食い物も持ってくるよ」

「全員分か?」

「それは難しいだろうな」

「冗談だ」

 エルファは親衛隊長と笑みを交わすと地表から浮き上がり、疾風よりも早く北へと駆け上がってあっという間にその姿は見えなくなってしまった。


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