5.<紅姫>と沙夜
エルファ達との戦闘と敗北と大神殿での復活の後、ゴーレッド達五人はナカスにある酒場で反省会を開いていた。
「何者だったんだ、あいつぁ・・・」
ゴーレッドはぼやきながら、見かけだけは生ビールの飲料水味アルコールを呷った。
「バードにあんな個別チャームの呪歌があるとか、知らなかったぞ」
「あの範囲スタンの呪歌もそうだけど、おそらくはレイド産だろ。それも、もしかしたら今は入手出来ない物だ」
「そんなの、ズルじゃないですかっ!?」
一☆撃がぼやき、まるまーにゃが推測し、鈴月は噛みついた。
「ズルだって言うなら6対2でかかるのはズルじゃないのかい?」
弥生はまだ幼い怒りを見せる鈴月をたしなめてみたが、
「でもそれは、相手にだって伏兵はいたかも知れなかったし、目の前だけに集中なんて出来なかったし」
あっさり殺されてしまった事を根に持って逆恨みしているのは間違い無さそうだった。
それに加えて、蘇生後にギルドのメンバーリストからツクシが消えていた事も絡んでいるだろうと想像はついた。
「どっちにしろ、俺らが相手してくれって頼んで、相手は請け合ってくれた。んーで正面からやりあって負けたんだ。それは認めろや」
鈴月からは七つ八つ年上だろうゴーレッドも諭そうとしたが、鈴月はうなずいたような、うつむいて答える事を拒否したような、聞き入れる様子を見せなかったので、まるまーにゃが弥生に尋ねた。
「弥生さんがこの中ではエルダーテイルの最年長ベテランですが、あのバードやギルドに心当たりは有りませんか?」
「最年長って言い方にはちと引っかかるけどまあいいや。どっちにも心当たりが無いって言えば無いけど、あいつが持ってた剣はどっかで見た様な気はする。確かレベル60が上限だった頃の、バードの伝説級武器だったような・・・」
「伝説級って何ですかそれ?一番レアなのって、秘宝級の上の幻想級じゃないんですか?」
「伝説級ってのはあくまでもプレイヤーの間の呼称さ。いくつもの大規模レイドをこなさないと必要な素材が揃わない、そんな超高難易度クエストをクリアして初めて手に入るものさ。だからこそ、他のクラスならともかく、一番プレイヤー人口が少なかったバードなんて、滅多に手に入れた奴はいなかった・・・」
ふと考え込んだ弥生をゴーレッドはいぶかしんだ。
「どうしたんだ?何か思い出したのか?」
「十年以上前って言えば、あたしもまだ駆け出しの冒険者だった。今をときめく<D.D.D.>も<ハウリング>も<黒剣騎士団>も<紅姫>のどれもまだ生まれてなかった。でもね、知ってそうな奴に一人だけ心当たりがあるよ。て訳であたしは行くよ」
「おい、どこへだ?」
「古巣に挨拶しに行くんだよ」
そうして独り席を立ち、ギルドの仲間を後にした弥生が向かったのは、ナカスの西北端。西門の北側にある<紅姫>のギルドタワーだった。
元の世界で言えば福岡を地元とするチームのドーム球場はコロセアムで、<紅姫>専用の訓練場にされていた。タワーはそのコロセアムに隣接したビルで、夜中近くでも入り口に歩哨が立っていた。
「誰だ、止まれ!」
一応はレベル90の、しかし弥生が知らない相手が誰何してきた。
「沙夜に面会だよ。いるんだろ?弥生が会いに来たって伝えな」
「お前のようなギルドが何の用だ?」
「お役目なんだろうけどさ、通してもらえないかい?霙やツミレもいるんだろ?どっちかにでも聞いてくれればあたしの身の上は保証してくれるさ」
「くっ、お前、何者なんだ?」
「ステータス画面見れば名前は出てるだろ?」
「だからっ・・・」
「もういい、時間の無駄だ」
ギルドタワーの門の脇から影が姿を取ったように現れた暗殺者が弥生に声をかけた。
「戻りにきたのか?元サブギルマス」
「やっぱりいたんじゃないのか、似亜蘭。沙夜に話があるだけだよ、通しておくれ」
「しばし待て・・・」
念話で似亜蘭が誰かと話すと、門は内側から開かれた。
「ついてこい。沙夜が会うそうだ」
「ありがとよ」
中は、弥生もかつて根城にしていた当時の活気を保っていたが、
「何人くらい巻き込まれたんだい?」
「半数以上だな」
「そりゃ大事だねぇ」
「そう思うのだったら、とっとと戻ってギルマスを手伝え」
「さあね。もっとおもしろい事がありそうなんで」
似亜蘭は小さくかぶりを振りながらも、最上階にあるギルドマスターの個室へと弥生を先導した。
弥生はドアもノックせずに入り込み、だだっ広いロイヤルスイートの奥の執務机にむっつりと座り込んでいる沙夜に声をかけた。
「よう、久しぶりだね、ギルマス」
「何しに来た?」
心労のせいか、沙夜の声は低く嗄れていた。
弥生は執務机の前に置かれた豪奢なソファに身をくつろがせ、尋ねた。
「エルファってバードとか、そのギルド<Wind>について、あんたなら何か知ってるかと思ってね」
「エルファ・・・!?どうしてお前が気にする?」
「ざまあ無いんだけどね。うちらの六人がバードのエルファと余興ってサモナーの二人に返り討ちにされちまったのさ」
「南門の先に派遣していた密偵から報告は受けている」
「さすがに目は光らせてたよね。なら話は早い。あいつの持ってた剣、楽器でもあるんだろうけど、ありゃ、伝説級じゃないのかい?」
「・・・だな」
「じゃあ、心当たりは、有るんだね?」
「有る、な」
「なら教えとくれよ」
「断る」
「なんでさ?」
「身勝手にギルドを去って汚名を被せてきたお前の頼みを聞いてやる理由など、無いからだ」
「つれないねぇ。じゃあ、今のギルドを抜けたら教えてくれるのかい?」
「その要求と報酬は釣り合っていないだろうに」
「まったく、相変わらず頑固だねぇ。にしても、声、どうしたんだい?ガラガラじゃないか」
「風邪だ・・・」
「そりゃ大変だねぇ。ヒールとかじゃ治らなかったのかい?」
「ああ」
その後も弥生は何とか粘って沙夜から情報を引き出そうとしたが、沙夜は頑なに応じようとしなかった。
やがて別の誰かの念話を受けて、沙夜は曇らせていた表情をさらに苦らせ、告げた。
「次の来客だ。お引き取り願おう」
「仕方ないか。また寄らせてもらうよ」
「見送りに誰かついて行かせる。寄り道はせずに帰れ」
「いらないよ。久しぶりに寄ったんだし、こんな世界で同じ空の下暮らす事になったんだ。かつての仲間達に挨拶くらいしてったっていいだろ?」
「・・・好きにしろ。だがこんな事態になって不安定になってる娘達も多い。あまり刺激してやるなよ」
「そんくらいわきまえるよ。じゃあね」
「早く行け」
「そう急かさなくてもいいじゃないのさ」
弥生はそれでも立ち上がって、扉の方に歩いていったが、そこで付き添いの者にドアを開けられて立っていたのは、数時間前に会って戦ったばかりの相手だった。
「おやおや。どうやら縁があるみたいだねぇ、あたし達」
「あまり会いたいとも思ったなかったが、<紅姫>の関係者だったのか?」
「前のサブギルドマスターの一人だったのさ。気が変わった。あたしも同席させてもらうよ」
「ダメだ!」
今でははっきりと沙夜の顔は青ざめていた。
エルファを連れてきた現サブギルドマスターの冷麗も沙夜の様子に驚いていたが、
「二人きりにしてくれ。冷麗も、弥生もだ。頼む・・・」
大御所ギルドマスターを相手に回しても堂々と立ち振る舞う沙夜らしからぬ様子に呆気に取られ、冷麗に手を取られる様に弥生も扉の外に出て閉めたが、冷麗と一緒に扉に耳を当てるようにして囁きあった。
「あれはいったいどんな方なんです?」
「手練れの古参バードさ。その正体を沙夜なら知ってるかもとやって来てみたんだが、ただならぬ因縁なのかもねぇ・・・」
「楽しそうですね」
「さっきあいつと余興ってサモナーの二人にあっさりと負けちまったけどね」
「大変な時なんです。戻ってきては下さらないんですか?」
「さあーて。それはこの部屋の中の話を聞いてからまた考えようじゃないか」
そして二人とも耳をぴったりと扉に押し当てて息を潜めた。
二人きりになったエルファは、ゆっくりと沙夜の前に近づいて行き、大理石の執務机の前で立ち止まり、座ったままの沙夜に話しかけた。
「ご無沙汰、でいいのかな?」
「何の事だ?私は、お前になど・・・」
「まー、俺ら自分で自分達の事をElderなんて呼ばないけどさ。それでも古株の連中で噂になってた事くらいは耳に入ってきてたりしたんだよ。引退中でもな」
「な・・・何が言いたい?」
そんな沙夜の目の前に、エルファは一つのアイテムを置いた。
それが何かを判別した沙夜は思わず手にしようとしたが、エルファに取り上げられてしまった。
「十年以上前はさ、通信環境へぼかったから、音声チャットが普通じゃなかった。むしろタイプ派の方が多かった」
「・・・・・」
「これ、イベント限定アイテムだし、マーケットに出物は無いみたいだし、結構価値があると思わないか?似たような悩みで苦しんでる人少なくなさそうだし」
「何が、条件だ?」
「いくつか頼みを聞いてくれたら、これを渡してやってもいい。そしたら元の世界での性別なんかを含めて、誰にも口外はしない」
「条件を言え」
「じゃあ先ず最初の一つだ。これは厳密には頼みごとじゃなくて提言だ。西門の先のフィールドゾーンを購入しておいて欲しい」
「何故だ?」
「南門の先のフィールドゾーンは、すでにクルメのウォーロードに購入されてた」
「NPCが!?」
「この世界はゲーム世界じゃないんだよ。ゲーム世界の皮を被った別の世界なんだ。もう気が付いてたんじゃないのか?」
沙夜はそれでも門外に出している偵察役に念話で確認を取ったらしく、呻いた。
「動きが早すぎるな」
「モンスターは殺してもリポップする事を確認してある。だけどたぶん、NPCというか冒険者でないNPCだった人々は、復活しない」
「という事は、受けられなくなるクエストが発生するのか」
「そんな事だけに留まらないだろうけどな。別のNPCというか人間がその役目を引き継ぐのかも知れないし、それはまだ分からない。ギルド会館や大神殿が購入可能って事の意味合いを知ってて、脅しをかけてきてるのさ。正確には協力要請なんだろうけど」
「この世界に来たばかりで、みんなうろたえているのに」
「だからこそだろ。この大異変を逃したら、ナインテイル自治領が失われた領土を取り返す好機は無い。そんな風に考えたんじゃないのか?」
「・・・・西門の先、イトシマ平野だったか。いくらだった?」
「100万くらいだったかな。元は取れると思うぞ?」
「どうしてだ?通行料でも取れというのか?」
「また後になったら教えてやるよ」
「そのゾーン購入が頼みごとで無いのなら、何が頼みごとになるんだ?そもそも、ギルド会館を先に押さえなくてもいいのか?」
「それにはギルド間というかプレイヤー達の足並みを揃えないといけないし、例えばどちらかがギルド会館を押さえて、もう片方が大神殿を押さえたりしたら、その先はもう泥沼の抗争というか行き止まりしか待ってない。そんな風に主要施設とかゾーンを押さえていったら、金がいくらあっても足りないよ」
「それはそうだろうが・・・」
「負担を全部押しつけるつもりは無い。他のとこにも根回しはしとくけど、九州最大のギルドの長はやっぱりお前さんなんだよ。アキバやミナミが誰によってどうまとめられてくかにもよるけど、こっちがまとまるとしたら、その旗頭はたぶんお前さんしかいないんだ」
「でも、私は・・・・。俺は・・・・、今まで築いたものを全て失うかも知れないのに」
「それはお前さん次第だよ。サーヤ」
エルファは先ほど取り上げた薬を沙夜の目の前に置いて部屋から出て行ってしまった。
沙夜は元と現サブギルドマスターが扉の両脇から顔を覗かせる前にすばやくエルファの贈り物、外観再決定ポーションを手に取って魔法の鞄に仕舞った。
「お知り合い、だったんですか?」
冷麗に問われた沙夜はうなずいた。
「古い、古い知り合いだ」
弥生もまた何か聞きたそうな顔をしていたので、沙夜は言った。
「Windは、今の様な大手レイドギルドが誕生する前の、一般プレイヤーが寄り集まっていろんな相談をする為に作られた集会所みたいな存在だった。
メインキャラクターはそれぞれいろんなギルドに入ってたり入ってなかったりしたから、サブキャラをそこに加入させてたんだ。
お前もその物騒なギルドタグを外して加入すれば、いろいろ聞けるんじゃないのか」
「・・・連絡役に使おうっていうのかい?」
「さあな。どっちにしろ、ひっかき回される事はもう確定したらしい」
「いいよ。今のとこもPvPやる為の腰掛けで入ったようなもんだったからね。済ませる事済ませてから、話に乗ってやろうじゃないか」
そして去ろうとした弥生を、なぜか沙夜は呼び止めた。
「二人に、聞いておいて欲しい話がある。こんな状態になってしまったからこそ、しておかないといけない話だ。知ってどうするか、対応は、任せる・・・」
その表情はエルファと二人きりで話すまでとは違い、何かしら吹っ切れたものだった。
冷麗と弥生は扉を閉め、沙夜の前のソファに腰掛け、ギルドマスターの話に耳を傾けた。
話を聞き終えた元現二人のサブギルマス達は揃って部屋を退出したが、冷麗はお腹に手を当ててぼやいた。
「この歳で胃痛とか勘弁して欲しいんですけどね」
「ここも大きくなっちゃったからねぇ」
「誰かさんが好き勝手する為に脱退されちゃったからでもあるんですけど!?」
「まぁそう恨みがましく見ないでおくれよ。相談くらいには乗ったげるから」
「・・・・どうするのが、最適解なんでしょうね」
「誰にとってもベストな回答なんてたぶん無いのさ。自分の身は自分の物だろ?なら後は周囲がどう判断するかだけさ」
「それは正論でしょうけど、でも、こんな大変な時期に、あんな話をされたら・・・」
「早ければ早い方が、印象は悪くならないだろうね。どの道良くはならないにしても」
「それは、同感です・・・」
「あのエルファってのは何かやらかそうとしてる。それはたぶん、この異世界に来てしまったあたし達全員にとっても、たぶん悪い話じゃないし、あたしはそっちを手伝うよ。それが周り回ってあんたの負担も減らしてくれるだろうさ」
「そうなるよう祈ります。ていうかならなかったら弥生さんを恨みますからね!」
「サモナーのネクロマンサービルドに言われるとおっかないねぇ」
「そんな事ぜんぜん思ってないくせに」
「こんな状態、いつまで続くかなんて誰にも分からないんだ。だったらなるたけ楽しんだ方が勝ちってもんだろ?」
「そう思える弥生さんはずるいです」
「だったらあんたも少しはずるくなりな。じゃないともたないよ」
そうしてまた来ると言い残し、弥生も<紅姫>のギルドタワーを去っていった。