4.ギルド<Wind>
ナカスの南門の内側には、互いの行動を監視するようなプレイヤー達が数十人はいた。
「この者達は?」
「さっき戦った連中と違って、良く言えば慎重。悪く言えば、ま、動けなくなってる皆さんってこったな」
それでも六人のフルパーティーを二人で倒したエルファと余興の戦いを見ていた何人かは拍手してくれたり、GFなどと声をかけてくれたり、中には、よし、俺達も行くぞ!と町の外へと繰り出していった冒険者達が何組も続いた。
そんな周囲の反応には取り合わないエルファは言った。
「先ずは銀行かな。いろいろ貸金庫に入れたり、探さないといけない物もあるし、買い物もしておきたいな。けどその前に見ておかないといけない物件がいくつもあるな」
「物件?」
「ああ、今は気にするな。後で説明してやる」
そんな二人のちぐはぐな様子を不思議に思いツクシは質問した。
「あの、お二人はいったいどんなご関係なんですか?」
問われた二人は顔を見合わせ、何か言おうとした余興の口をふさいだエルファが言った。
「それはちょっとここじゃ話せないかな」
「じゃあ、エルファさんのギルドホールとか?」
「ギルドホールというか個人宅というか集会所というか・・・」
「ギルドタワーとかキャッスルとかをお持ちなんですか?」
「そんな大したもんじゃないよ。ほぼ個人ギルドだしね、これ」
「じゃあ、アットホームなほのぼの系ギルド?」
「う~ん。ツクシさんが今入ってるのともまた別の意味で、ほのぼの系からは最も遠い位置にいたかも。とにかく、二人で先にギルド会館に行ってて。後ですぐ合流するから。それじゃ」
エルファは地表からわずかに浮いて風のように駆け去ってしまった。後に残された余興は自分を頼るように見てきたので、ツクシは言った。
「じゃあ私達も行きましょうか」
「うむ。我はこの街は初めて、というのも正確ではないか。道案内は任せて良いか?」
「はい。でも、余興さんもレベル90でこの近辺で活動してるのなら、ナカスをホームタウンとして活動してたんじゃないんですか?」
「・・・うまく言えない。たぶん、後でエルファが説明してくれると思う」
「・・・ですか。ギルド会館ならこちらですね。元の世界だと天神の辺りにあって、中州もすぐ近くて便利な場所にあるんですよ」
ツクシは南門から北の方へと続くメインストリートを辿り、余興は後に続いた。
余興は、あちこちを物珍しそうに、それこそ街に初めて出てきた子供の様に見つめていたので、ツクシは尋ねてみた。
「あの、会ったばかりの人にいきなりこんな事をお聞きするのは失礼だって分かっているのですが、余興さんて、おいくつなんですか?だいたいでも構いませんけど」
「いくつ、とは?」
「年齢、です」
「ふむ・・・。生まれたばかりとは言わない方がいいのか」
「へっ?!」
「さして年は取ってない、くらいに受け取っていて欲しい」
「でも、あの、エルファさんのお子さんとかでは、無いんですよね?」
「子供では、無いだろうな。では無いが、やはりうまく言えない。完全に違うとも言い切れない部分が残るのでな。やはりエルファから話してもらった方がいいだろう」
「はぁ・・・」
「それより、人には二種類いるのだな。冒険者と呼ばれる者達と、そうでない者達と」
「ああ。プレイヤーとNPCですね」
「NPCとは何だ?」
ツクシは本当に頭を抱え込みそうになった。NPCが何かと知らないままレベル90に達したり先ほどの様な見事な対人戦をこなせる筈も無いのにと。
「ええと、ノン・プレイヤー・キャラクター。プレイヤーが操作していない、決まりきった台詞しか言えなかったり、クエストをくれたり店の売り子さんとか、銀行の係員とか、そういった役割をこなしてくれるコンピューターが操作してくれてるキャラクターさん達の事です」
「ふむ・・・。彼らは確かに冒険者ではないが、そこまで不自由な存在でも無いように見えるぞ?」
「え?でも・・・」
NPCが決まりきった台詞しか言えないのはゲームの常識でもある筈なのに、余興は通りの脇の屋台の奥にいた店員に話しかけた。
「おい、お前が売ってる物は何という?」
「こんばんは、冒険者のお方!私が売ってるのは、野菜とか果物ですね。どれも今朝採ってきた物だけど、そろそろ店じまいなんでまとめ買いならサービスしときますよ!」
店仕舞いという言葉にもツクシは違和感を覚えた。NPCの店は基本どれも年中無休が当たり前だからだ。そうでないと冒険者の勝手気ままな都合に合わせる事など出来ない。筈だったのだが、
「じゃあ、全部くれ」
「全部って、お客さん、持って帰れるのかい?って魔法の鞄お持ちなら行けるのか。そうだなー、全部なら金貨100枚ってふっかけたいとこだけど、お客さんのきっぷの良さに免じて75枚でどうだ?!」
「じゃあそれで」
余興は代金を手渡しすると、棚に置いてあった野菜や果物を手当たり次第に鞄の中に放り込んでいったが、ふと気がついたようにりんごを一つ手に取り、
「これを食べてみてくれ」
「?、うちの商品疑ってるんですか?まぁもうお金もらってるしいいですけど」
まだ若い娘の商人は、渡されたりんごをしゃくしゃくと美味しそうに食べてみせ、余興もつられるように食べてみた。
「どうです、美味しいでしょう?」
「これが、美味しいという味なのか。タバスコの味とはまた違うが」
「タバスコ?」
余興は鞄からタバスコを取り出しりんごにかけてかじってみたが、
「刺激は増えるが、かけない方が好ましいかも知れない」
「そりゃそうだよ。お客さん、変わってるねぇ」
その売り子は陽気に笑い、余興が鞄に買った物を納める手伝いまでしてみせた。ツクシはその傍らでこれまでの常識が崩れ落ちる感覚を味わっていた。
え、嘘。棚から商品が無くなってる?NPCが人間みたいに話して、食べ物を食べてみせた?、荷物に入れる手伝いまでしてるとか、うそ、そんなの、あり得ない・・・。
「どうしたのだ?行こう」
「え、ええ。そうですね」
「またよろしくね~。えーと、余興の、にいさん、ねえさん、どっちなんだい?」
それはツクシも気になっていたが聞けてない質問でもあったが、
「どちらでもないかな」
とあっさり答えられてしまった。
「ま、いーや。私はターニャ。またね~!」
手を振るターニャに余興も手を振ってみせた。
「・・・なんか、こんな事になっちゃってるせいか、今までとは、違うみたいですね」
「我は今までというのを良く知らないが、そうだと思う。彼らは彼らなりに、やはり生きている存在だ」
余興はそれからもあちこちの露店で食材を買い込み鞄に入り切らなくなって、大きな袋に詰められるだけ詰め込んだ物をツクシと二人で手分けして持ってギルド会館へと到着した。
「大きな建物だな。それに人の、<冒険者>の出入りも多い」
「どこのプレイヤータウンにもありますけど、銀行とか、ギルドホールとか、ギルドの加入や脱退とか諸手続きはここでしか出来ませんからね。まずは荷物を預けちゃいましょう。私はギルド脱退の手続きしないといけないし」
「どうやって預けるのだ?」
「ええと・・・」
先ほどの余興のやり取りを見ていれば、今までとは違って、カウンターの前に立って操作画面で、という訳でも無さそうだったので、ツクシはカウンターにいる銀行員に声をかけた。
「あの、貸金庫、使いたいんですけど」
「はい、では私にお荷物をお預け下さい」
余興は手にしていた荷物や鞄に入れていた果物や野菜を次々にカウンターに乗せていった。銀行員は手慣れた様子でそれらをいくつものトレイに乗せてはカウンターの奥のどこかへと運んでいき、そんな作業が何度も続いて余興の用事は済んでしまった。
「それで、あの、私は今のギルドを脱退したいんですけど」
「それでは、この書式に必要事項を記入して、終わりましたらご提出下さい」
「はぁ・・・」
それでは、まるで本当の銀行の様では無いかと思ったが、ここも本当の世界なのだと割り切ったツクシは用紙にギルド名や自分の名前、脱退する旨などを書き込み、銀行員に渡した。
「一度脱退されると、再加入するにはギルドマスターの承認が必要とされますが」
「構いません」
「承りました。では、これで脱退手続きは完了しました。他にご用はおありですか?」
「いいえ。ありがとうございました」
「こちらこそ、ご利用ありがとうございました」
こんな会話をNPCと交わした事はもちろん無かった。カウンターから離れると、自分と余興の後ろに並んでいたプレイヤーが銀行員に話しかけ、定型でない受け答えを自在にしていた。
「ほんとに、本当、なんだね・・・」
「何が本当なのかは、言葉の定義にもよるかもしれないが、彼らもまた間違いなく生きている存在だ」
「NPCじゃ、ないんだね、もう・・・」
脱退したばかりのギルドのメンバー達は、自分達がゲームの世界に取り込まれてしまったと認識していた。ログアウトできず途方に暮れているプレイヤー達も似たようなものだろう。ここはエルダーテイルというゲームの世界に似ているが、装ってはいるが、違うどこかなのだと、ツクシはその恐ろしい認識と向かいあって慄いた。
「お、そっちの用事は済んだみたいだな」
「エルファさん!」
「ギルド、本当に抜けて良かったのか?」
「ええ。あれ、恥ずかしい名前でしたしね・・・」
「ゲームの中だけだったらともかく、現実になっちゃったらねぇ」
「ここ・・・、私たちがいた元の世界とは違うけど、やっぱり、現実の世界、なんですね・・・」
「うん。NPCももうNPCじゃないしね」
「ですよね・・・」
エルファがやはり銀行員に話しかけて手荷物を預けたりするのを見て、ツクシは割り込むように話しかけた。
「あの、私をエルファさんのギルドに入れて下さい!」
「えーと、別に構わないけど、女性だったら、女性ばっかり集まってる<紅姫>のが落ち着けるかもよ?」
ここが現実世界であるなら、確かに、その方がいろいろと安全かも知れない。そんな算段は確かにあったが、
「いえ。あそこは、私というか、元同僚というか、知り合いがいたとこでもあるので、あまり・・・」
「そうか。別にうちのとこもあまりえり好みはしてないんで、嫌になったら抜けてくれて構わないから」
エルファは銀行員に頼んでギルド加入用紙をもらい、ツクシに渡してきた。
ツクシはWindという聞いた事も無いギルドに加入する旨を記載し、銀行員に手渡すと問われた。
「ギルド<Wind>への加入のご希望、間違いございませんか?」
「はい」
とはっきりとした声で応えると、自分のギルド所属ステータスが、未所属からエルファと余興と同じ<Wind>に変わった。
「Windへようこそ、ツクシさん」
「加入承認ありがとうございます。それで、あの、お聞きしたい事とかお話ししたい事とかたくさんあるんですけど」
「そうだったね。うーん、そしたらやっぱり行くしかないか」
ツクシには、なぜそんなにエルファが渋るのか訳が分からなかった。が、そんなツクシの表情を読みとったエルファは言った。
「じゃあ、これから向かうけど、あんまりがっかりしないでね?」
「は・・・い」
「あんまりにもあれだったら、ギルドホールの小さいの借りちゃってもいいんだけどね。それはまた後で考えよう」
そうしてエルファに連れられて向かったのは、ナカスの北にある港。そこからは韓国サーバの南端への連絡船も出ているのだが、エルファは埠頭に立つと、ツクシをパーティーに誘ってきたので承諾した。
「あの、ここから、どこへ?」
「元の世界で言うと志賀島。陸伝いだと東門から出て二つくらいゾーンまたがないと行けないけど、こっからだと直接行けるんだ」
「へ?」
気づいた時には足下がふわりと地表から離れていた。
「ついてきて」
そして駆けだしていってしまったエルファと余興の背中をツクシも追わざるを得なかったが、海面の上を、それこそ自転車ではなく原付並みの速度で走っていた。
「これ?!」
「ああ、さっきも奇襲の時に使ってたけど、バードの移動用補助歌だね。ソーサラーにもあったりするけど、便利でしょ?」
良く見ると、中空を足が蹴る度に音符が弾けていた。
「そうです、けど」
「ほら、もう着いた」
ものの一分もかからず、博多湾から海の中道でつながれた島、志賀島へと上陸。その東南側の斜面の一角にある鳥居をくぐり、階段を上って行った先に、崩れたお堂というか神社の様な建物があった。
「ようこそ、ここが」
「遅い!それにその人は誰なんだよ?」
入り口に腰掛けていた背の低い男性がエルファを叱りつけた。
「えーと、こちらグレンボール。ファーストキャラはグレンてモンクなんだけどね。運悪くサブキャラに切り替えてた時にこれに巻き込まれちゃったみたい。
で、グレン、こちらがツクシさん。ナカスに入る前にPK達とやりあったんだけど、そのギルドに入ってたクレリック」
「はあああっ?お前っ、PKとやりあったのか!?」
「うん。戦士、盗剣士、暗殺者、付与術士、妖術士、施療神官のレベル90フルパーティーと」
「おま、それ、・・・自分から仕掛けたろ?」
「あ、分かる?」
「付き合い長いからな。どうせまだ戦闘経験してない連中を一方的にいたぶったんだろうが」
「間違ってはいないかな。でもまぁ相手はPKする気満々だったし、練習台になってくれって言われたし、お互い合意の上だったから、ウィンウィンじゃないかな?」
「なぁーにがお互い合意のウィンウィンだ。お前みたいなデッドコンテンツまみれのバードに仕掛けたPKに同情すら感じるよ俺は」
話についていけてないツクシは、それでも一つだけ質問した。
「あの、デッドコンテンツっていうのは?」
「エルダーテイルの大本の開発はアメリカのアタルヴァ社なんだけど、各地域を担当するサーバーの運営会社はそれぞれ違う。世界中で十三あったかな。で、レイドとかで得られる戦利品もそれぞれでまた違うんだ。だから当然、別のサーバーにまで出向かないと手に入らない物なんていくらでもある。ここまではいいかな?」
「はい」
「で、二十年て歳月を経てるエルダーテイルで拡張パックも<ノウアスフィアの開墾>で十二個目。レベルも50から90へと、そして今回で100へと引き上げられた。その間に、いくつものコンテンツはお蔵入りにされたりもした。つまり、もう手に入らないアイテムや魔法なんかもあるんだよ。それがデッドコンテンツだ」
「でも、それじゃ、ゲームバランスが・・・」
「そう。ゲームバランスを大きく崩してしまうようなのは消されたりもしたけど、弱体化されたり、効果を変更されたりしつつ、生き延びた物もたくさんある。何せ、それらはそれらで当時のプレイヤー達が必死こいて集めて手に入れた物でもあるから、開発元にだっておいそれと全部取り上げたり台無しにするわけにはいかなかったのさ。
でも後からゲームを始めた人達にしてみれば、そんなデッドコンテンツを山ほど持ってる連中はElderってやっかまれたりもするけど、大半はレベル上限が50とか60だった頃の物だ。DPSとかステータス上昇値で言えば、後発の物のがレベル帯も性能も当然上だ。だからやっかみ程度で済んでるけど、普通は見せびらかしたりしない」
「仕方ないだろ。2対6だったんだし」
「戦闘避ける事も、俺を呼ぶ事だって出来たろ!」
「あっ、やっぱり呼ばなかった事怒ってるんだ?」
「当たり前だ!俺には街の外出るの自重しろとか言ってたくせに」
「でもね、連中は街の中から誰か出てきたり加勢してこないかは気にしてたし、そうでなくても門の内側には何十人もたむろしてたから、グレンが駆けつけてきたら、もっと収拾つかなくなってたと思うよ」
「それは、そうかも知れないけどよ。次は呼べよ。ていうか絶対参加するからな!」
「分かった分かった。んじゃ中入って話そうか。いろいろ、急がないといけないしね」
「急ぐって、何を?」
「いろいろ、さ」
といっても、建物の内部は、ぼろいお堂、と一言で表現出来た。奥に小部屋のようなスペースもいくつかあるようだったが、がらんとしていて、殺風景で、雨は防げても風は防げなそうな穴が壁のあちこちに空いていた。
ろくな敷物さえない床にエルファ達が座ったので、ツクシも仕方無く従った。ゲームキャラクターの時は気にもしなかったが、今はどうしても気になってしまう。
そんなツクシが腰を下ろしたのを見てから、エルファは言った。
「いろいろ聞きたい事とか話さなくちゃいけない事はあるんだけど、先ずはこれしかないと思う。ここはゲーム世界のセルデシアじゃなくて、セルデシアに似た別の異世界だ。
どうして来てしまったのかとか、どうやったら戻れるのかとかはひとまず脇に置いとく」
「ここが別の現実世界ってのは同感だ。NPCとかももうコンピューター操作じゃ無くなってるみたいだし」
「それは、私も見ました。売り切れない筈のアイテムが売り切れたりとか、店仕舞いとか、その他にも・・・」
「でよ、異世界に飛ばされてきたとして、余興は何なんだ?エルファのサブアカウントのキャラだったろ。プレイヤーキャラに人格てか転移させられてきてたんなら」
「え・・・、サブアカウントのキャラっていうのは?」
「二台PC並べて別々のアカウントから同時にセルデシアに接続。そんな珍しい話じゃないでしょ」
「廃人ならな」
「でも、そしたら、座興さんを今動かしてるのは、誰なんですか?」
「我は・・」
「ちょっとだけ待て、今、この島買っちまうから」
「島を、買う・・・?」
「ああ。7万ゴールド。高くもなく、安くもなく。だけどギルドホールと違って農業生産とか釣りとかも出来そうだからな。お買い得だろ。元は取れるし、余興の保護の為にもこうした方がいい」
グレンもツクシもゾーン情報を参照して、オーナー情報がエルファに変わった事を確かめた。
「でも、保護ってなんで?」
「この世界に移らされたというか、やってきたのは、俺達人間だけじゃなかったって事だな」
「へっ!?」
「余興、話してもいいぞ。ただし帰り方云々てのは抜きでだ」
「それでは何も分からないだろう」
「帰り方って、帰れるのかよ?!」
「まぁ待て。確認出来ないのなら、それは何とも言えないだろ」
「どうすれば確認出来たと言えるのだ?」
「それを俺に聞くのかこいつは。まぁ最低でも、戻った当人と通信で話したり出来れば、かな。もし本当に戻れても植物人間になってましたとか、大幅に時間経過して浦島太郎状態になってたら、誰も戻りたがらないだろ」
「戻った時の状態証明まで含めるとなると、確かに難しそうだな・・・」
「あの、それで、余興さんは、いったい・・・」
「我はトラベラー。共感子を求めて世界から世界へと移ろう者だ」
ぽかんとしたグレンとツクシに、エルファは言い添えた。
「つまり、この世界に転移させられてきたのは俺達人間だけじゃないって事だ。それとトラベラーにはフールてのとジーニアスてのがいて役割が違うみたいなんだが、生まれたばかりらしい余興に入り込んだ奴には、自分がどちらなのかも分からないらしい」
「え・・・、えぇっ・・・?」
「なるほど空の器に飛び込んできちまったうっかりさんて訳か」
「この者にはたくさんの共感子が備わっているのが見えた。とてもきらめいててまぶしいほどだった」
「生まれたての異世界人ねぇ。悪い奴とかじゃ無さそうだが、その共感子てのは?」
「我らに枯渇した資源。そして汝等が豊富に所有する何か」
「俺達の持ってる記憶とか思い出とか、そういう物らしいぞ」
「そしたら戻れても記憶喪失になってるとか?ぞっとしないなそれは」
「選択して消せるならまだしも、無作為にとか、自分には選択出来ないってなると、すごく、怖いですね・・・」
「我にもまだ判らない事は多い。まだ目覚めていない者が大半だし、そもそも同胞達とは意志疎通が出来なくなっている」
「ま、こんな具合だから、こいつの正体に関しては当分秘密だ。帰れるとかその方法とかに関してもな」
「分かった」
「仕方ないでしょうね」
「けどよ、余興がお前の二垢のサブキャラだってのを知ってる奴は知ってるぞ。そいつらにはどう説明するんだ?」
「そんな人はたいてい自分の古い知り合いだからね。個別に説明して説得するよ」
「まあエルファの知り合いならたいていは大丈夫か」
「あの、そういえばお二人はどんな知り合いなんですか?」
ツクシに問いかけられたグレンは、ちらりとエルファを見やってから答えた。
「ずううううううっと前から、それこそエルダーテイルの日本語版サービスが始まってしばらくしてから俺も始めたんだけどさ、その頃から野良で一緒に遊んだりしてたんだよ。で、当時の最高レベル50とかに到達した頃には、一緒にレイドとかしてた。この<Wind>てギルドも、その頃に作られたんだよ」
「じゃあ、Windはレイドギルドなんですか?でもさっきエルファさんは、個人ギルドって」
「その頃はね、まだ日本のサーバーにレイドギルドなんて無かったんだ」
「え?」
「海外でも一強てなくらいなギルドがあちこちのサーバーを荒らし回ってて、それを日本勢が指をくわえてみてたとか、その片隅に加えさせてもらってたとかな」
「当然、自分たちだけでもやろうって動きは出てきて、エルファがやってたのはその黎明期に当たる。<放蕩者の茶会>てのはツクシさんも知ってるんじゃないかな?」
「はい。二年前くらいに解散してしまったけれど、レイドギルドでも無いのに、先陣争いに加わってたとか」
「<放蕩者の茶会>が始まったのは4年前くらいだったか。エルファが一般プレイヤー達に呼びかけてレイドを組織して当時の難関に挑んでたのはもう十五年くらい前なんだよ。それも現在のフルレイドとされる24人とかじゃなくて、二倍のダブルレイドとか、トリプルの72人、レギオンの96人をさらに越えて」
「一番多かったので150人以上って時もあったかな」
くつくつとエルファは笑っていたが、ツクシには想像出来なかった。
「24人とかでさえ取りまとめるの大変でしょうに、100人越えって、それを見ず知らずの人達集めてやってたんですか?」
「まだいろいろ固まってない時期でもあったからね。とにかく声かけまくって、人数集めて、わーっ!てやってみて。うん、楽しかったよ。大変ていうよりは」
「いろんなインスタンスレイドダンジョンに人数制限とかがかかりだしたのは、そんなプレイヤー側の数の暴力に対抗する為でもあったんだが、とにかく、エルファの始めたPublicレイド、Pubって呼ばれてたが、誰でもどんなギルドに所属してても参加できた。戦利品にも、使えるか装備できるならほぼ誰でもロールインできたしな。後腐れも無かったから、評判は悪くなかった」
「でも、いろんなギルドや個人プレイヤーが意志疎通するのは大変て言えば大変だから、このギルドは作られたんだよ。メインじゃなくてサブのキャラを入れておいてもらって、相談する時は適当な廃墟に集まって話し合ってた」
PKギルドとは違う意味であっとほーむなギルドとは対極な位置にいるギルド、というかそんなギルドが存在していた事自体が、ツクシの想像の範囲外だった。
「でもそうやって続けていくと、やっぱり意識の高いっていうか固定のメンバーでやりたいって当時最精鋭の人達が集まって<勝利の羽根>ってレイドギルドを結成した。<勝利の羽根>にどんどんと差をつけられていくPubレイドに焦りを感じたサーヤが<夜明けの賛歌>を立ち上げて、半固定・半一般て感じでレイド競争を追随していった。それがもう十年くらい前までの事だね」
「それで、<Wind>はどうなったんですか?」
「一般プレイヤーで声をかけあってレイドをする習慣は残ったけどね。それでも最先端に挑戦する感じでも無くなってしまってた。一つのレイドゾーンに入る為の鍵アイテムをダブルレイドの人数でかかって一回に1から3個しか手に入らないとかね。もうついていけなくなったんだよ。気分的に」
「エルファはファーミングとか嫌いだもんな」
「それが必要な時もあるけどね。何かもういいやってなっちゃって、レイドからも、ゲームからもだんだんと離れた。はっきりと引退したのは八年くらい前」
「でも、ギルドを残されてたのは、アカウントを残してたのはどうしてなんですか?」
「何となくかな。月々の料金なんて二垢でも大した事無かったし、戻ってきて分かったけど、古い知り合い達がゲーム辞める時にこのギルドに遺産相続するようにいろんな資産を預けててくれたみたいでね。結果からだけど、残しておいて良かったと思うよ」
「俺もギルドの口座とか貸金庫覗いてきたけど、ちょっとしたものになってたな」
「だよね。せっかくだからそれは活かさせてもらう事にするよ。て事で、次はそこら辺について手短に話すよ。もう夜も遅い時間になってきてるし」
いつの間にか夜はとっぷりと暮れ、深夜といって良い時間になっていた。
「全てのゾーンは購入可能になってる。ギルド会館や大神殿、プレイヤータウンのナカスそのものでさえ、だ」
「それは前からと言えば前からだったじゃねぇか」
「それに買っても維持費が莫大になり過ぎて」
「そう思うよね。でも、今だったら別の意味で、その価値は無理してでも維持されるかも知れないよね?」
「かも知れないが」
「ギルドホールは450万ゴールド、大神殿は900万ゴールド、ナカスそのものは3億8千万ゴールド。維持費は額面の1/500。だけどナカス中心部から外れた廃ビルとか、小さな家とかはもっとずっと安い。この島も7万ゴールドで買えたし」
「で、何が言いたい?」
「中心的な施設やナカスそのものが抑えられる可能性もある。ギルド会館が使えなくなったり、大神殿を利用出来なくなったらどうなる?」
「それは・・・困るなんてものじゃ」
「だよね。手に入れた側はプレイヤー達に対して生殺与奪の権利を手に入れる訳だ」
「でもよ。もしそうなったら他のプレイヤータウンへ」
「そう。それだよ。他のプレイヤータウンに移動できれば回避できる。タウンゲートが停止している今、基本的には自分自身で移動していくしかない。でもね、その移動が出来なくなったら?」
「おい、まさか」
「そんな」
「そう、一般フィールドの値段は、プレイヤータウンやその重要施設よりは遙かに安く購入できる。そしてナカスには東と西と南の三カ所にしか門が無い。その南門の外側にあたるゾーン<ヒラオの森>は既に購入されていた。それもナカス南方、元の世界の久留米市辺りにある、対オーク最前線のクルメ城塞のウォーロード、アデルハイド侯爵によってな」
「NPCが?ってもうNPCじゃないだろうけどどうして」
「三カ所全部抑えられたら、もうこの街から出られないんですか?」
「海からは出れるだろうけどね。ナカスや重要施設を最初から買えるなら買ってしまっているだろう。だけど出口を塞いでからプレイヤーにプレッシャーをかける事は出来る。逆にプレイヤーはNPC側というかプレッシャーをかけている側の要求を無視できなくなる。そんな動機なんじゃないかな」
「オーク殲滅と、九州の大地の奪還か」
「モンスターは相変わらずリポップするから殲滅は無理だろうけどね。引きこもっていて欲しくないから最速の一手を打ってきたんだろう」
「で、どうすんだよ、エルファは?」
「いくつか手は考えてあるけど、グレン。そのグレンボールのサブ職業は釣り師だったよね?」
「釣り師ってか漁師だな」
「じゃあたぶん釣りとかも出来る筈だよね。道具とかも持ってる?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ悪いけど、夜釣りして何匹か釣って、この中に海水入れて活けておいて」
エルファはたらいを鞄から取り出して渡した。
「何か考えがあるんだな。了解」
グレンボールも荷物から釣り竿などとランタンを取り出し、たらいをかかえて外に出て行った。
「それで、ツクシさんは、いやサブ職業は何ですか?」
「ちょっとお恥ずかしくて、あまり言いたくないです」
「料理人、ではない?」
「そうですけど、でもどうしてそう思ったんですか?」
「悪く思わないでね。ツクシさん、たぶん向こうで主婦か、主婦だったか、そんな雰囲気あるから。だから」
「なる、ほど・・・」
「別に専業でやってもらう必要は無いんだけど、魚、捌けるなら、その方法だけでも教えてもらえないかな、明日」
「はあ、それくらいなら」
「ありがとう。俺も、料理人スキルは無いからね。じゃあ、後は寝場所とかどうするかだけど、掃除はまた明日だね」
エルファは立ち上がり、奥の小部屋の片方を覗いて、
「こっちにツクシさんと、余興が寝て。俺とグレンはもう片方を使うから」
荷物から寝袋を取り出して渡すと、ツクシは素直に受け取ったが、余興をちらりと見て小声で尋ねた。
「あの、余興さんて」
「たぶん、無いと思うよ。どっちも、かな」
「どっちもって」
「それは今確認しないといけない事じゃないと思う。もしどうしても心配なら触るなり見せてもらえば?」
「そんな事、出来ません!」
「じゃあ、大丈夫?」
「たぶん・・・」
「だめそうだったら、早めに言ってね。ナカスまですぐに送り届けられるし」
「ありがとうございます」
そうしてツクシが小部屋の片隅に寝袋を敷くと、余興もついてきて寝袋を並べた。
「これを、どうするのだ?」
「こう、入って、ファスナーを閉じるんです。後は寝るだけ」
「なるほど。これは、楽しそうだな」
「そうですか?それでは、あの、お休みなさい、エルファさん、余興さん」
「今はこれで勘弁しておいて。明日以降にまたどうにかしていくから」
エルファはやはり荷物から取り出した大きめの板を小部屋の入り口に立てかけて塞ぎ、遠ざかっていった。
エルファが隣の小部屋でなく、やはり外に、それも島から出て行ったのは、ゾーン内にいるプレイヤー情報の一覧から消えた事でも分かった。
ツクシは、いろいろありすぎた一日を瞳を閉じる事で終わらせた。幸い、眠りはすぐに自分を迎え入れてくれた。
残された余興もツクシを真似て寝そべり、瞳を閉じて、やがて眠りについた。