3.PKとの戦い
エルファはナカスへの帰り道で、幾度かモンスター達と戦ってみた。
<斎宮の祭祀場跡>は、元の世界で言えば福岡西南に位置する吉野ヶ里遺跡。通常なら東のトリスから北のダザイフ方面へ抜けてナカスまで戻るのが一般的なルートだが、それだけ他のプレイヤー達にも遭遇しやすくなる。
戦闘にある程度習熟するまで遭遇を避けたかったので、<斎宮の祭祀場跡>からナカスまで北東に直行する山道のルートを選んだ。経由するゾーンは回り道が十程に対して半分以下にまで減る。セルデシア内での距離は約10キロと遠くなかった。
いつ敵性プレイヤーに遭遇しても良い様に、エレメンタルはアースを選択。その両手には先ほど刻印した槍を装備させた。自分の装備は、魅力と幸運ステータスに寄与する物で固め、武器はDPS性能はレベル90装備よりだいぶ落ちるものの、<歌う風の剣>を装備して、コマンドに頼らない戦闘の習熟を心掛けた。
十度目くらいのモンスターとの戦闘を終えた後、余興が問いかけてきた。
「PKとは何か?」
「プレイヤーがプレイヤーを襲う事。もしくはそんな事をするプレイヤー達の事だよ」
「どうしてそんな事を?それも共感子の為に?」
「どうしてって言われれば、それが楽しいからやってるんだろうけどな。今は状況が状況だけに、違う連中もいるかも知れないけど」
「この世界に囚われ逃がれられぬと思い込んでいるから?」
「かもな。そこら辺の話とか、自分がトラベラーだのフールだのジーニアスだとかいう話も誰にもするなよ」
「どうしてだ?汝が共感子を渡してくれぬのなら、他の誰かを当たるのが当然であろう?」
「お前のその体は俺から借りてる物だろ?悪い事は言わない。お前の為でもあるんだ」
「我の?」
「ああ。みんなどうしてこんな状態になっちまったのか必死こいて調べたり考えたりしてる筈だ。そんな時に事情を一番分かってそうで分かってないお前なんかがしゃしゃり出てみろ。どうなると思う?」
「・・・あまり、好ましいものにはならないだろうか」
「間違い無くな。最悪、犯人扱いされて殺されるかも知れない。冒険者は自殺しても殺されても大神殿で復活するってさっきグレンから教えてもらったけど、お前はどうなるかわからないんだぞ?」
「慎重になるべきだろうな」
「そ。だけど街の中に引きこもっててもお前の欲しい共感子はほとんど貯まらないと思う。だから戦闘慣れしておく。PKに対しても備えておく」
「分かった」
それからさらに何度もの戦闘を経て互いのコンビネーションなども築いていく内に、ナカスの街が近づいてきた。
「大きな街だな。廃墟が多いのはなぜだ?」
「滅びた古代文明の遺産を再利用しようとして出来てないからとか。外部Web検索出来ればそこら辺詳しく説明してるサイトはいくらでも教えてやれたんだが。ハーフガイアプロジェクトについては知ってるか?」
「いいや」
「エルダー・テイルってゲーム世界が別の現実世界としてそこに転移なり合致されたりてのが俺らの今の現状だとして、この大地その物は俺達の住んでた地球って星にある大陸とか地形を半分のサイズに縮小したものだ」
「なぜそんな事を?」
「プレイヤー、ていうかそのキャラクターの中に入り込んじまった俺達人間が、それぞれ住んでる地域に元からある地理情報にご当地の伝承とかを組み合わせる事で人気を獲得してた側面もあるからな。
ちなみにここは日本をベースにしたヤマトサーバー。韓国や中国やアメリカ、中央アジアや、欧州なんかもいくつかの地域に分かれてそれぞれの管理会社がイベントその他を管理してた」
「ハーフガイア・・・、ヤマト・・・」
「ヤマトサーバーにあるプレイヤータウンは五つ。アキバ、シブヤ、ミナミ、ススキノ、そしてこのナカスだ。アキバやミナミなんかと比べればプレイヤー人口はずっと少ないけどな。広さはあまり変わらない」
「たくさんの灯りが見える。あの数だけ人がいるのか?」
「そうだな。あの灯りの数の十倍以上はいるだろ」
「そんなに。なぜ人は群れたがるのだ?」
「さあな。それより、そろそろだ。いつ仕掛けられてもいいように準備しておけ」
余興はうなずき、アース・エレメンタルのHPと守備力を向上させるバフをかけ、俺は今一度PvP用の装備を確かめ、脳内で集団戦のセオリーなんかを復習した。
警戒態勢のまま、ナカスの南門へと近づいて行くと、門から100メートルほど離れたところに六人組の冒険者達がいた。遠目にもステータス画面を確認。
「戦士、盗剣士、暗殺者、付与術師、妖術士、施療神官。レベルはみんな90。迂回してもいいんだけど、折角の機会だ。利用させてもらおう。作戦通り、お前は前衛を。アース・エレメンタルは戦士を中心にタウント。ダメージはほとんど与えなくていい。主に攻撃するのは地面。お前はアース・エレメンタルの回復と移動阻害効果のある魔法を中心に。余裕があれば弱い単体攻撃で相手の顔を狙ってやれ」
「分かった」
「完全に不意打ちしてもいいんだけどな。それじゃこっちがPKしたって事になるし、相手を油断させるにも姿見せてから始めた方がいいか。50だとまだ遠いな。40くらいから姿見せて、30から仕掛けるか」
「なぜ不意打ちでない方が相手が油断するのだ?」
「同じ90レベルなんだから6対2で負ける訳が無い。そう思ってくれた方が最初から必死こいて反撃されるよりよっぽどやりやすいからさ」
「そうなのか」
「そうだ。それにこれは、お前への最初のプレゼントだ」
「プレゼント?」
「別にPvPに限った話じゃないが、お前の言うきらきらって奴はな。つまらない作業なんかじゃなくて、わくわくするような何かをしないと手に入らないものなんだよ」
その少し前。PK上等な戦闘ギルド<仏殺士>のメンバー六人は、死んでも大神殿で蘇るという情報が街中に広まった事で外に出て戦闘を試すかどうかという議論にゴーサインが降りた。
「うぅ、それでも怖いですぅ・・・」
施療神官のツクシは防御重視の装備に身を固めていても、安心できそうになかった。この体にはHPやMPとというステータスだけでなく、痛覚まで備わっている事は確認していたので、最後まで外に出て戦う事に渋っていた。
「まぁまぁ、ツクシさんはぼくが守りますよ」
ツクシからすればだいぶ年下の高校生くらいの男子の外見を持つ付与術師の鈴月が胸を叩いてみせた。
「お前だってびびってたくせにいきがってるんじゃねぇよ」
そうせせら笑ったのは、守護戦士のゴーレッド。身の丈ほども刃渡りがある両手持ち剣を振り回していた。
「そうそ。早く誰かを血祭りにしてやりたいよ。アサシネイトを食らった相手がどんな声を聞かせてくれるのか、楽しみで楽しみで」
とにやついているのが狼牙族の暗殺者の一☆撃。
「むざむざ仕掛けてくるバカもいないだろうけど、<紅姫>とか<薩摩隼人>の連中が出てきたら退くよ」
慎重そうにナカスの南門を注視しているのが猫人族盗剣士のまるまーにゃ。
「あたしも一撃さんと同感だね。どんな魔法を当てたらどんな痛みを感じるのか。きっと素敵な叫び声を聞かせてくれるに違いないよ・・・」
妖術士の弥生は、うふふふふと含み笑いしながら視野に広がる攻撃呪文のどれを打ってやろうかと目移りしていた。
そんな、街中の非戦闘区域から出てまだ一度もこの世界での実戦を試していない六人の前に、アース・エレメンタルを脇に従えたバードの姿を見つけたのは、大剣を振り回していたゴーレッドだった。
「お前等、獲物が来たぞ。戦闘準備!敵、今見えるのはバードとそれからアース・エレメンタルって事はサモナーもいるだろ。鈴月は伏兵に注意!後衛は下がれ。弥生はサモナーから殺れ。ツクシはバフ配れ!」
バードの足が地表から離れている事に気がついたのは盗剣士のまるまーにゃだけだったが、注意を喚起するほどでも無いかと周囲の伏兵を探す方を優先した。
「おうおうおう。ちょーどいいとこに来やがったじゃんよ。抵抗しなければ見逃してやるなんて言わねぇ。ちょっと練習台になってくんねぇか?」
ゴーレッドの啖呵に、相手のエルフのバード、エルファは短く返した。
「いいよ。やろうじゃないか」
「おほっ、そうこなくっちゃな!お前ら、やるぞ!」
「きひっ!この<切裂丸>の手応え感じさせて下さいな!」
「おめーら伏兵の存在忘れるなよな」
「まったく、みんなお気楽すぎ・・・」
「こ、怖いですぅぅぅ」
「いいから、あたしから先にHPと守備力増強のバフかけな。戦士とか前衛なんてすぐ死にゃあしないんだから」
そんな、相手をなめきった初動とも言えない立ち上がりを、エルファは見逃さなかった。
「いくぜ、ハウリングシャウ・・」
とゴーレッドが叫ぼうとした時にはエルファの姿は視界から消え、目の前に迫っていたアースエレメンタルの範囲タウントで、ゴーレッド達前衛のターゲットは強制され、その太い腕が地面を打ち据えて足下が揺らぎ、背後に周り込もうとしていた一☆撃もまるまーにゃも転んでいた。
伏兵に注意しろと言われたエンクの鈴月だったが、見た事の無い剣を振りかざして突進してきた敵から目を離せる訳も無く、両目に向けて刃が迫ってくれば、
「ひぃっ!」
と両腕で顔を庇おうとするのが当然の反応だった。
バフを詠唱中だったツクシは、剣で薙ぎ払われるのではなく、開いた口に剣が突き刺されるなんていう光景を目の当たりにして固まってしまった。
相手のバードはそのまま鈴月を体当たりで地面に押し倒し、首をかき切り、右手首も切り落とすとゆらりと立ち上がり、何事かを囁くと、そのままでも失神しかけていたツクシの意識は途切れた。
サモナーから狙えと指示されていた弥生だったが、相手の姿が見えない内に、前衛達周辺には氷の範囲魔法攻撃が加えられ、地面が凍り付いた事でさらに前衛達の動きは鈍り、焦る間にエンクがダウン。クレも眠らされ、武器攻撃職でもあるバードが至近距離にいるとなれば、身を守る防御魔法を唱えてから、移動阻害魔法をかけるか、いや移動阻害魔法が先だと呪文リストから指先の操作で選ぼうとしている間に背後に周り込まれ、ターゲットを、自分に駆け寄ろうとしているまるまーにゃに変更。移動阻害魔法をかけてから、最大威力を持つ範囲攻撃魔法を唱え始めた。
「くっそ、さっ・・・、きから、何だ、これは!?」
「足下が揺れたり、凍らされたりだけじゃ、無ぇ!時々、スタンが、発・・生してるっ?!」
「バードの呪歌にそんなのあったか?く・・っそ、後衛がやばい!俺は助けに行く!」
まるまーにゃは転びながらもアースエレメンタルから離れて弥生の元に向かおうとしたが、両足首を魔法の鎖で地面に固定してきたのは、その弥生の魔法だった。
「まずい!でかいの、来るぞ!」
「もうちっとでこのアースエレメンタル削り切るんだ!」
「そんな場合じゃない!後ろ見てみろ!」
ゴーレッドと一☆撃が振り返ろうとした時には、背後からは極大の炎の柱が、続いて逆側からは極寒の嵐が三人を襲い、アースエレメンタルももちろん消滅したが、盗剣士と暗殺者は瀕死。全十二職で最堅を誇る守護戦士のHPでさえ半減していた。
「くっそ、やっっと見つけたぞ!ちびがぁああ、死ねぇぇぇっ!」
前方にサモナーの姿を見つけた一☆撃は、猛然と駆け寄ろうとしたが、足取りは急激に鈍化。
のろのろとした歩みに焦る間にも背後から強烈な火球を連続して当てられ、余興というサモナーの目の前にたどり着いた時には、その攻撃魔法でトドメを刺された。
「オーブ・オブ・ラーバをマエストロ・エコーで複製したにしても、威力がやばい!ゴーレッド、弥生はチャームされてる!バードから抑えるんだ!」
「言われなくても、今度こそ、ハウリングゥ・・」
拘束呪文が解けたまるまーにゃの背を追い、弥生の背後から姿を現したくそ憎たらしいバードを選択し、コマンドを実行しようとしたゴーレッドだったが、なぜか弥生とまるまーにゃをターゲットにアンカーハウルを発動していた。
まるまーにゃが気づいた時にはもう弥生を至近距離から切り刻むゴーレッドの背中に切りつけていた。自分の背後に回り込んで攻撃してきたバードに反撃しようとしても、意識がそれを許してくれない内に背中を切り刻まれ、地面に崩れ落ちた。
「ちょっと、あんた、いくらあたしがあんたを何度も振ったからって、八つ当たりしてる、でしょっ?!痛っっ、痛いってば、このおおお!」
アンカーハウルが切れる前にタウンティングシャウトも浴びて、弥生はバードをターゲット出来なかった。そもそも障害物を間に挟み込む事で視認されないように立ち回る相手はそれだけで厄介だった。
慣れてるねぇ・・・。惚れ惚れするねぇ。初っぱなから口の中に剣ぶっ刺してくるとか、普通じゃないよこれは。
ゴーレッドの大降りな攻撃の合間に何とか移動阻害魔法をかけ、距離を取ったところで、チャームがちょうど切れたのか、
「キャッスルオブストーン!」
とゴーレッドが大理石の彫像の様に固まり、攻撃も魔法も受け付けない姿になった。
チャンスか?だけどあのバードが魔法の切れるタイミングをしくるなんて思えないが。ツクシはずっと眠りっぱなしだし、そうでなくても気絶してそうだけどね。
すでに盗剣士も沈み、バードの姿を探した時には再び背後から囁かれ、キャッスルオブストーンの効果時間が切れるタイミングに合わせて、最強の単体攻撃魔法を詠唱し始めた。
ゴーレッドは、その忌々しい一部始終を目の当たりにしながら諦めてはいなかった。
キャッスルオブストーンが解けたらすぐにあの腐れバードをタウントしてやる!まだ、まだチャンスはある筈だ!
HPは残り三割を切っていた。今弥生が唱えている魔法を食らえば瀕死になるかも知れない。けれどせめてあのバードに一太刀でもいれないと気が済まない。
キャッスルオブストーンの効果時間終了のカウントダウンをじりじりと見つめるゴーレッドだったが、バードはその間にも背後にでも廻ったのか視界から消え、紫色の雷が無数にほとばしる雷球の中に閉じ込められ、その絶叫もHPも稲妻の轟きに溶けて消えて行った。
「フルパーティーを、たった二人で殲滅かい・・・」
ゴーレッドが倒れた後、またチャームされるかとも思ったが、尽きかけていたHPはサモナーの攻撃魔法で削られ、
「あんたがトドメ刺してくれよ、それも出来るだけエグく!」
「断る。そんなリクエストに応える趣味も義理も無いんでな」
「つれないねぇ。いいよ、また会おうじゃないか」
「また殺り合いたいとも思わないけどね。練習につきあってくれてサンクス」
「あたしこそ、いい物見せてもらったよ」
弥生はエルファにウィンクして見せたが、その顔にサモナーの攻撃魔法が命中して事切れ、虹色の泡になって消えていった。
「最後のあれは、何だったのだ?」
余興に問いかけられたエルファは、まだ生き残って眠り続けているツクシへのスリープ呪歌を今度は更新しなかった。
「あれ、ってのは?」
「汝に片目を閉じてみせただろう?」
「ウィンクかな。戦闘を気に入ってくれたみたいで何よりだよ。ていうかそもそもこれが異世界に来てから初めての戦闘だったみたいだし、無茶し過ぎだ。っと、目が覚めた?まだやる?」
エルファに問いかけられたツクシは、恐る恐るという感じで瞳を開き、ふるふると首を左右に振った。
「PKもまぁプレイスタイルの一つだし、殺されても生き返るみたいだから問題も無いかも知れないけど、もちょっと慎重になった方がいいと思うよ」
「・・・・私は、止めようとしたんです。今までと同じ風に行く筈が無いって!でも半数以上のみんなは、死んでも生き返れるんなら試さない方が損だろって。だから、あんな・・・」
今ではもう付与術師の死体は消えていたが、血の染みはまだ地面に残っていた。
「まー、少人数対多人数だったしね。不慣れな相手でも調子乗せたらこっちがぼろぼろにやられてただろうし、そこは勘弁してね」
「はい・・・」
「んじゃ、PK返り討ちにしたご褒美って事で、ドロップしたお金とか装備とか持ち帰らせてもらうよ?」
「ど、どうぞ。というか、じゃあ私のもですか?」
「いーや。君はその前に降参してくれたからね。スリープが時々解けてた合間にも狸寝入りしててくれたお礼」
「それは・・・」
確かに、ほんの二度くらいだったが、一秒かそれに満たないくらいスリープが解けた事もあった。だが圧倒的に展開していく戦闘に自分が巻き込まれないで済むのであれば、その方がツクシにも都合が良かっただけだった。もしスリープが解かれたままにされれば立ち上がって戦闘に参加しなくてはいけなかっただろうが、再びスリープをかけてもらえていたのはツクシにとっても都合が良かった。それだけだった。
「あーあ、銀行にちゃんと預けないで出てきたうっかりさんも居たのか。まー教訓として気を付けないといけないよね。余興も気を付けろよ」
「ああ。だが、銀行とは何だ?」
「知識としては知ってるだろ」
そんな不思議な会話を交わす二人が回収を終えて立ち上がり、ナカスの南門へと向かうのを、ツクシは思わず追いかけた。
「あ、あの・・・!」
「ん、なぁに?」
「私も、私も、あなた達と一緒にいさせて下さい!」
「何で?ギルドはどうするの?」
「もう、PKとかイヤなんですっ!誰かを襲うとか、襲われるとか、そういうのはもうっ・・・!」
「歩きながら話そうか。別口の誰かに襲われてやられてもバカっぽいしね」
「はいっ!」
そんな風に、ナカスの街へ門をくぐっていった三人を、沿道の廃墟や木の梢の合間から隠れて見守っていた者達は、それぞれのギルドに報告に戻る為にひっそりと姿を消した。