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<歌う風のエルファ> ログホラalt  作者: 名無之直人
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27.三つの世界の狭間にて

本家様再開してたのが3月で止まってしまったのもあり、先に完結となりました。(まぁあちらはあと数年はかかるでしょうから追々楽しみにしたいと思います)

27.三つの世界の狭間にて


 大異変で冒険者達が転移させられた世界を旧セルデシア、トラベラー側世界に再構築された方を新セルデシアと呼ぶようになり、旧セルデシア住民の移住は完了、後はその世界の名残を惜しむように閉じるだけという段階でも、やる事はいくつも残っていた。


「この世界に蓄えられていた冒険者達の思い出(共感子)をそれぞれの元に返す事。それを横からかすめとろうとする輩を排除する事」

 それが月面守備隊に託された任務で、ランク2とランク1の航界種が主軸に据えられた敵方と交戦状態に入ったと、エルファはシロエから連絡を受けた。

「予想されてたとはいえ、数が多いですね」

「支えられそう?」

「敵の数が無限でなければ、なんとか」

「いざとなれば地球側からの援軍も頼めるけど、持ちこたえてて」

「分かりました。味方にもランク2から3以上の航界種達がいますしね。何とかなるでしょう」

「よろしく」

 シロエとの念話を終えたエルファが見下ろす先にあるのは、地球側世界と航界種側世界の接点ともなる、新セルデシア世界に地球側からの訪問者が訪れる接続経路の出口部分。周囲に築かれた防衛拠点には、冒険者だけでなく、オークや大地人やリザードマン、古来種、航界種達の混成軍が布陣を終えていた。

 その中の一角には、ナカスのwoofを通じて知り合いレベルを上げてきた一団が配置されていた。

「最終的なレベルは95から100って、歌う風のレイドに直接参加する事は出来なかったけど」と悔やむアッシュタニアの表情はしかし晴れやかだった。

「これが最後の聖戦?クライマックスなバトルに間に合ったのならオールオッケーじゃな~い?」とレベル100に達してもビキニ(アーマーではない)スタイルを崩さないモンク、虎子(ドラコ)も笑顔だった。

「絶対防衛線だな。死守ってか、死なねぇけど、命かけて守るって感じか」と飄々としたマドレッドはレベル99に達し、100になれば黄泉の一般(パブ)レイドをリードすると公表して参加者を募っていた。

「世界間接続事業には、航界種側世界でも賛同者や協力者の方がずっと多いと聞いております。けれど全員ではないし、共感子の配分方式を巡って割を食った側が、短絡的な行動を採ってしまう可能性は低くないんだとか」とは、レベル98に達しても上半身()をはだけるスタイルは変えない施療神官(♂)モロー。

「オルノウンの気配が感じられる内はおとなしくしてたとしても、その後に行動を起こされたら人類側だけで対処が可能かどうかは危ぶまれてもいるしね」パーティーの中の調停役として気疲れしてきたさんざ~にあは、この一年で数年分歳を取った気がしていた。これで日常生活に戻るのだとしても、例えそれが露出狂達に囲まれた日々であったとしても、その甲斐はあったと感慨に浸った。特にこの一人には最後の最後でちょっとした仕返しも出来るのであれば、何も思い残す事は無いと。

「でも、ここまで来たらやるしかありません。そして歌う風に、この私のサブリガの輝きを届かせてご覧に入れます!」

 鋼鉄板製パンツ(サブリガ)に包まれたプリ尻を振りながらポーズを決めるサブリガの仲間達は目配せを交わし、さりげなく(標的)を囲みこんだ。

「ここにいないって事はもっとやばい何かに備えてるんだろうけど」

「確かに見てるかも知れないけどさ」

「こんな時の為にみんなで準備してきたアレの出番か」

「アレとは?お、何です、モローさん、マドレッドさん、急に肩を組んできたりして?虎子さん、後ろから抱きついてきてなんですか胸が当たって胸ががが紳士たる私はそんな膨らみ程度でどどど動揺はしませんが!」

 しかし抱え上げられたサブリガの足下からアッシュタニアとさんざ~にあがズボンのような布を左右からたくし上げて履かせ、ベルトのバックルをかちりとはめてしまった。

「みなさん、いったい何を?これでは私の麗しのサブリガが衆目に晒せないではありませんか?!」

 サブリガはベルトのバックルを外せず、無理矢理脱ごうとしても脱げず、アイテム欄から装備変更しようとしても出来ない事に驚愕した。

「ふっふっふ~、人気裁縫士さんに頼んで作ってもらった一点物だよ!」

「呪術師と刻印士にも参加してもらって装備の上から無理矢理装備させて、しかも脱げない仕様にしてもらったんだな、これが」

「それなりに金も手間もかかったけど」

「みなさんの思い出の品、ぜひ受け取って下さいね」

「受け取って下さいね、ってそんな可愛く言われてもだめですよ、アッシュタニアさん!紳士はそんな上目遣いには動揺せんのですぅぅっ!」

 サブリガは何とか拘束をふりほどくと装備全解除のコマンドを実行してみたが、全裸になってさえ、呪いのベルト付きズボンだけは脱げなかった。

「ノオオオオオオオッ!あなた達、紳士の紳士たる矜持を何と心得ているんですかぁっ?!」

「知らねえよそんなの」

「いいから装備戻しなって。全裸で戦い始まったら真っ先に死んじゃうよ?」

「くぅぅぅおおっ!かくなる上は高位呪術師を探して呪いを解除してもらうしか」

「お前等、騒ぎすぎだ。もうちょっと真面目にやれ」

 小柄なオークがやってきて、周囲の他の冒険者も苦笑していた一団の騒ぎを諫めた。

「お、キブー君じゃん」

「あなたもレベル90に達したのね。おめでとう」

「ありがとう。だが、ゴラムとの勝負は、この戦い全てが無事に終わってからと約束している」

「じゃあ、余計に負けらんねぇな。男と男が勝負の約束したんならよ」

「エレメンタルに性別なんて無いと思いますけどね」

「俺の隊はお前達の一団と一緒になって戦う。しっかりやってくれ」

「百人隊の隊長とは、大出世ですな」

「レギオン率いてるんだから、立派なレイドリーダーですよね」

「お祝いに、そうだ、これを私の代わりに履いて下さいませんか?」

 トレードウィンドウを開いて新たな災厄をまき散らそうとしたサブリガを仲間達が止めようとしてドタバタが再び繰り広げられ、オークの一団に諫められる(鎮圧される)という絵図を、近くにいた<紅姫>の一団が微笑ましく見つめていた。

「ナカスらしいな。こんな時まで」

 という沙夜の一言に、周囲の女性冒険者達もうなずいた。

「オークや大地人とかもむっちゃ仲良くなったし」

「アデルハイド侯爵とオーク王は今回も隣同士に布陣して肩並べてるし」

「かつて戦ったリザードマン達も総出で参加してくれてるし」

イサナミ(女神)さんまで出張ってきてるからね~」

「桜姫とかロード=タモンとか、航界種側からの参加者もわんさかいるし」

「それだけ、この戦いに懸かってる何かが大きいって事だよね」と冷麗は胃の辺りを押さえた。

「新セルデシアに住むみんなと人類と航界種の三つの種族とその世界の今後を占う、ていうのは言うまでもなく」

「みんなでこれからも仲良くしていけるかどうか、この戦いで決まるんだよね」

「そんなとこかな。それだけで十分過ぎるけど」

「この世界がコケたら、次の世界は創られないだろうしね」

「まーでも、そんなゲーマーも少なからずいるとしても」

「セルデシアで生まれた命を守る為にも戦うよ!」

 雲霞の如く敵勢が姿を現し、あちこちで(とき)の声が上がり周囲が喧噪に包まれ始めた時、沙夜は少し離れたところにいた冷麗に念話をかけた。

「なんです、こんな時に?」

「あの、この戦いが終わったら、勝てたら」

「付き合って下さいっての無しですからね。私これでも一応、彼氏、いますから」

「いても、いい。元の世界で会って欲しい」

「ギルマス自らが掟を破るんですか?」

「異世界転移なんてイベントが無ければ、男だってばれた時点で放逐されてた。でも、冷麗が、助けてくれたから、残れた」

「ギルドタワーからは追い出しましたけどね」

「でも、だから、会って、ちゃんとお礼を言いたいんだ」

「お礼ならもう何度言われたか覚えてないくらいだから結構です」

「会いたい、んだ」

 破れかぶれな沙夜の一言の背景には、戦いが始まった物騒な物音も混じり始めていた。冷麗は小さなため息を紛れ込ませてから、答えた。

「会ったら、ギルドにいられなくなりますよ?それは私の努力を水の泡にすると分かって言ってるんですか?」

「戻ったら、この転移には巻き込まれなかった団員達にもお詫びしてから、ギルドは辞めるから。そうするしかないから。ギルドは、あなたに任せるよ、冷麗。あなたになら、みんなを任せられるから」

「でもそれ、私達が元の世界で会わなくちゃいけない理由にはなりませんよね」

「ならない。けど、自分が、あなたに、会いたいだけ。ハウリング・シャウトォォッ!」

 混成軍の中核を担う部分の最前線にいた沙夜もスキルを発動し、フェイフェイやららりあ達と敵勢に突っ込んでいった。

「彼氏同伴で会うとかいっても説明が面倒なんでしたくありません。私があなたに会わなくちゃいけない理由を下さい」

「好きだ!から、だから、それ以上の理由なんて、無い!」

 冷麗はリッチ・キングを召還し、沙夜の元へ行かせ、<紅姫>ギルマスを取り囲もうとする敵勢を恐怖(テラー)で散らしその背を守った。

「一度も死なない事。それが、最低条件です」

「冷麗・・・」

「はい?」

「好きだぁぁぁっぁぁ!」

 周囲が赤面するくらいに激しく叫び続けながら、沙夜は最前線で冷麗のリッチキングと共に敵の攻勢を跳ね返し続けた。 


 新セルデシア側出入口部分の防衛は沙夜達<紅姫>やナカス冒険者達を中核に据えた混成軍に任せ、エルファとWind、元<勝利の羽>メンバー達は、オルノウンやトラベラー側世界の高位の存在の助力を得て、三つの世界の接点の外側とも言える場所に潜んでいた。

 人類の視覚では本来捉える事もできず、その思考領域では視覚してもそれが何か認識する事もできない世界の領域の縁とも言える境界線。それは宇宙に浮かぶ地球や月の様な輪郭としてエルファ達の目に映っていたが、そうしないと理解不能だからそう映されているだけとエルファ達は説明されていた。

「宇宙の果てがどうなってるかなんて、誰も見た事が無いのと同じ感じ?」

「宇宙ってよりは、次元とか、世界とかでないの?」

「自分たちの思考は言葉に依存しているけれど、世界は言葉で構成されている訳じゃないからね。それはトラベラー側の世界だともっと顕著だから」

「星とか銀河とか、そういうのは無いんだっけ?」

「宇宙学者とか数学者とか物理学者とか、そういうサイエンティスト達がもうこぞって航界種達との接触を望んでいるのはそこら辺もあるのよ。それは宇宙がどう生まれてきたのかってよりは、世界がどう生まれ得るのかって話に直結するからね」

「ビッグバンで宇宙が誕生したとしても、その結果生まれた何かの、全ての元素とかがどこから来たのか、それはどこにあったのかとか?」

「宇宙とは別などこかがあったって話だよねそれ」

「そゆこと。そして航界種側の世界は、非物理な論理的思考的な存在だけでも世界は実在し得るという事を証明した。実在という言葉の意味まで変えてしまったんだよ」

「でけー話だよな」

「全く全く」

「んで、こっからの段取りはどーなってるんよ?」

「見てのお楽しみ。きっと、世界の誰も見た事の無い光景だし、これから先見る事も出来ない光景だから記憶に焼き付けて」

「もったいぶるなよな~」

「仕方無いんだよ。ではオルノウンさん、始めて下さい」

 イサナミは混成軍のサポート役として新世界出口側で戦っている姿がエルファ達の目に映っていたが、エルファの最後の言葉の後で、戦闘の様子が早回しとなり、やがて目には追えない速度となってもなお速まり続けた。

 戦闘はやがて、月面をも含めて、守備側の勝利に終わり、旧セルデシア世界は完全に姿を消し、月面にいた冒険者達は地球へと戻り、新セルデシアには、元からの冒険者達も、その数倍以上の新たな冒険者達も引きも切らず訪れた。膨大な共感子が人類と航界種との間に築かれていき、全く異なるゲーム世界がいくつも生まれ、互いの世界を学ぶ為の交流研究の為だけの施設まで数学物理科学社会学芸術など幅広い分野で創られ、それらにも人々は溢れんばかりに詰めかけ拡張され続け、そんなある時点で、地球側も航界種側の世界の時間も止められた。

 しかし、本来目には映らない筈の、動きも止まっている筈の世界で蠢いている何かがいた。

 世界と世界の重なりの隙間に染み込むように、それは自らの存在を広げ地球側とトラベラー側の世界の狭間に自分を浸透させようとしていた。

「あれは、何だ?」

「何か、良くないものってはわかるけど」

「旧セルデシア世界が消えて、オルノウンが手を引いて、いくつも新しい亜世界が創られ始めて、相互世界の研究も進み始めれば、我慢の限界にも達するよね」

「どういう事?」

「そもそも資源が枯渇していたんだ。世界の仕組みがどうであれ、総量は減る事はあっても増える事は無かった。だからこそ、そこで一定以上の大きさを持ってしまえば、他の誰もかなわない存在になってしまえる可能性があった」

「それが、エルファの懸念してたラスボス?」

「ゲームに例えるなら、だけどね。冒険者達を食い物にしてる存在がいるのは割れてた。そいつが狙っている事も仕掛ける箇所もタイミングも想像がついてた」

「オルノウンの気配が感じられなくなったってだけでなくて?」

「オルノウンがいなくなって、月面世界とかで戦ってた冒険者が地球側から新セルデシアを訪れるようになっても、彼らは待たざるを得なかった。何でだと思う?」

「そうか。エルファとか、ここにいるメンバーだけが、その前後からいなくなってたから、か」

「いなくなってたというか、観測不能になってたから、だね」

「でも、だったらいつまでも待ち続けられたんじゃ?」

「ううん、違う。だって資源の総量が限られてた状況ではなくなってしまった。もうすでに彼に匹敵するくらいの航界種は珍しくなくなった。その差は埋まり逆転し、決して覆せないものとなっていく。だからもう、彼は動かざるを得なくなった」

「彼って、エルファは相手の名前も知ってるの?」

「さあね。特定の一個人とか人格ってよりは、妄念の集合体みたいな相手だよ。航界種側の世界がどう食いつないでいたか。共食いだよ。それと解体と再構築による維持コストの削減。ランク1のシャドウってのはね、絞りかすみたいな、本当に存在だけが残されたものらしい」

「それこそ幽霊みたいな」

「人類の感覚からしたらそれが一番近いね。そんなやり方もいずれ限界が来る事は彼ら自身にもわかっていた。だからこそ、異世界との接触を目指した。だからこそ航界種とも呼ばれる人工知的生命体は創られたんだよ」

「我のような者達だな」

「ああ。資源を探り当て、採掘する役割に特化させられた。典災(ジーニアス)達との会話が成立しにくかったのも、その知性が限定されてたから。言葉というか思考様式の違いももちろんあったけど、世界としての資源も枯渇してたからね。無限回に近い試行錯誤を繰り返す必要があった訳だし、それでも成功する見込みなんて立っていなかった」

「それでもそれは成功した。というより、成功したように見せかけられた」

「そう。たった今、展開されてるみたくね。というよりは、二回目だし、相手も自覚してると思うよ。さて、掃除にかかろうか。みんな、よろしくね」


 世界間の隙間に浸透しその経路を支配せんとするザレンは、エルファの周囲の者達が存在を顕し己を駆除にかかるかなり前から、すでに敗北を認めていた。

 時を止められる可能性は読んでいた。だからこそ、完全にオルノウンの気配が消え、姿を消していたエルファ達が地球側から新セルデシアに現れた時を待って行動を起こそうと潜み続けていたが、その狙いは外された。焦る内にも、新セルデシアは莫大な共感子を産み落とし、それは第二第三のセルデシアや、他の亜世界をも次々に創造する原資となり、飛び抜けて強大だった筈の自分の優位性は失われ、もはや敗北は明らかになってさえ、エルファ達はまだ姿を現さなかった。

「詰んだな」

「あきらめるのかい?」

「いいや。最後の一あがきくらいはするさ。君もそうするだろう?」

「せっかく準備してたんだしね。しかし神様ってのはどんだけデタラメなんだかねぇ。いくつも世界を創って時間を止めたり進めたり」

「戻したりも出来るのだろうな」

「もう、笑い声さえ出ないよ。あの二つ目、三つ目のセルデシアには、二人目三人目のあたしもいるんだろうさ。でもそれでようやく、はっきりした事もある」

「それは何だ?」

「あたしは、世界でたった一人だけの、特別な、あたしだけになりたかったのさ」

「ゲームの影法師でなく、いくらでも複製可能な存在ではなく、か。安心しろ。複製された世界にいる君は、今の君とはまるで違う、それこそ人類がゲームの為に設定した存在のままだろうから」

「そいつら全員をぶち殺しても、また復活させられるかも知れないんだろ。だからそいつらは放っておく。放っておきたくもないけど、もっと優先したいマトがいるんでね」

「相手も惚れ込まれたものだな」

「これを好いた惚れたとかっていうのとはまた違うとは思うんだけどね。あんたもせいぜい派手に暴れて連中に一泡くらいは吹かせておくれよ」

「君が存在を秘匿し続けられるくらいの力は分け与えておく。君が狙う存在はきっと君の前に姿を現すさ」

「そんじゃ、お別れだね」

「ああ。共に在れて楽しかった」

「あたしもだよ」

 そうして別れたザレンは、蓄えられた資源と力を最大限に振り絞りながら、止められた時間の中でさえ世界の狭間に自分を溶け込ませ、経路を通過する資源を吸収し自らを際限無く肥大化させようとした。時間さえ止まっていなければその狙いは成功したかも知れなかったが、エルファの近辺にいた者達によってその存在は剥がされ、存在を定義する情報ごと抹消されていった。

 世界の創造者に等しい者に刃向かってみせたという感慨に浸りながら、ザレンは最後の意識で、エルファと余興の姿は見えなかった、健闘を祈るとミズファに伝えて、消滅した。


 そこからは、ミズファにとってひたすらに耐える日々となった。地球側世界から訪れる冒険者達の間にエルファの姿を認めるまでは死なない。せめて一太刀浴びせるまでは死ねない。そう思いながら、限界を迎える度エクストラライフは一つずつ減っていき、百を越えんとしていた命もほとんど尽きかけたその時、待ち望んだ相手が、ついに姿を現した。

 自分の体が満足に動くかどうか分からなかった。だが、延々と待たされた相手を迎える手順はそれこそ無限回の試行を踏んでいた。

 チャンスは、一度きりだ。

 最後の深呼吸をしてから、ミズファは仕掛けた。

 見えない自分の傍らを通り過ぎた相手の背後から、双剣で左右から首を切り飛ばそうとした。

 エルファの足下の影の中から誰かが飛び出してきて双剣は弾き飛ばされた。

「待たせ過ぎだ!」

 その相手はまた姿を消したかと思うと、足下の影から飛び出し様に半刀で股下から頭頂まで真っ二つに切り裂いた。ミズファのエクストラライフ(余命)とザレンの力を合わせて作ったもう一人の自分、分魂(スプレッドスピリット)絶命させら(アサシネイトさ)れた。

「くっ、手応えがおかしい!まだ来るぞ!」


 これで一枚。そして、次で。


 背後からの攻撃が似亜蘭に防がれたのとわずかな時間差で、正面からエルファに切りかからせた自分(分魂)の攻撃は、透明化していたエアエレメンタルを盾代わりに受け止められた。その直後に液状化した地面に飲み込まれた分魂は、地中深くに形成された即席の竈の中で焼き殺された。

 余興も姿を現したが、残りのエクストラライフも尽きた。だが、すでに、

 ()った。

 ミズファは確信していた。

 濡羽の口伝(オーバーレイ)に着想を得て、外見だけでなく、存在を奪った相手の外套を被り、通りすがりを装って仕掛けた。三歩はあった距離の一歩を詰める間に、標的の足下の影に潜んでいたアサシンを釣り出した。もう一歩詰める間に、標的の正面に用意されていた罠を発動させた。

 そして最後の一歩を詰める間に、エルファが発動した範囲チャームのレジスト(抵抗)に成功した。

 これで<希望(パンドーラ)>と<絶望(アンリマユ)>の発動条件もクリアした。

 死ね。

 口には出さず、結果を出す為に、左右の武器を心臓と肝臓へとそれぞれに突き込み、抉り切った。だが、感触が伴わなかった。

 殺した筈の相手は、立っていた場所からほんの少しずれた位置に、無傷のままでいた。

「幻?そんな魔法やスキルあったのかい?口伝だとしても、元の内容の延長線上にしか無いと思ってたんだけどねぇ」

 腰まで地面に埋め込まれ首もとまで凍らされてさえ、ミズファは微笑んでいた。勝ちは拾えなかったらしいが、だから何だと。

「個別チャーム(魅了)の延長線だよ。相手の見たい物を相手に見させる。デッドコンテンツだから、プラントの十席会議にいても知らなかったのも不思議は無い」

「どうしてあたしがこう仕掛けると分かっていた?」

「君とその相棒が、元の世界に戻りたがってる冒険者達を食い物にしているのは知っていた。君達が共感子の配分で割を食った連中や、飢えてどうしようもなくなってる連中を焚きつける事も想像がついていた。

 それに自分はこの世界に移ってきてからすぐに名簿作成作業を始めてた。誰がこの世界に来て去ったのかも確認していた。典災達の襲撃も一息ついてた時期だったからね。オデュッセイア騎士団の名簿もあったし、だから残りの候補を割り出しておくのはそんなに大変でも無かった」

「あんたはじゃあ、そんな連中を見殺しにしてたのかい?」

「戻れたとしても、その先のがずっとつらい事が待っていたかも知れない。この世界にいた記憶を望んで失いたがっていた冒険者達も少なからずいた。オデュッセイアの連中はまあ仕方ないかと諦めてたけど、他の人達については、ある程度絞らせてもらってたよ」

「それでも、見殺しにしたのは変わらないんじゃないのかい?」

「そりゃそうだよ。元の世界に戻ったら各冒険者のその後の人生の責任なんて取れないし、この世界でも、自分は神様じゃないもの」

「けど、あんたには」

「オルノウンの手を借りたのは、あなたの相棒を駆除したところまで。そこから後は、冒険者を始めとした人類と、航界種(トラベラー)達と、この新セルデシアの住人となった人々が力を合わせてやってきたんだ」

「いいさ。負けは認めてやるよ。だけど覚えておきな。あんた達だって、神様みたいな誰かの筋書きに沿って動いてるだけかも知れない存在って事を!」

「何いまさらな事言ってるの?」

「へ?!」

「そんなの、太古の昔からずーーーーーっと人類が悩んできた事だよ。他にももっといろいろあるけどね、とりあえずは、修羅道、楽しんできて。オルノウンお手製かどうかは知らないけど」

 ふっ、とミズファの姿は消えてしまい、似亜蘭は尋ねた。

「あれは、いったいどこへ?」

「カズ彦さんと話してた時に、その刀のフレーバーテキストに書かれた世界の一つに、修羅道があったんだよ。そこに送り込んでもらった」

「それって・・・」

「地獄に送りこんだようなものかも知れないけど、本望かも知れない。どこに落ち着くかは、当人の希望次第さ」

「戻っても来られるんですか?」

「さあね。それこそ、神のみぞ知るってとこさ」

「これで、全部終わったんですか?」

「まだと言えばまだだけど」

「まだ敵が?!」

「いやそういうんでないけど、ちょっと両手貸してもらえる?」

「は、はい?」

 半信半疑ながらも半刀を鞘に収め、両手を差し出すと、エルファにぎゅっと握られて、感謝され、そして、謝罪された。

「ありがとう。そして、ごめんなさい」

「え?何を?」

 ちくりとした痛みを感じて足下を見ると、余興に刻印を刻まれていた。

「もしかして」

「そう。似亜蘭さんの口伝を、一部、封じさせてもらったの。究極の隠遁過ぎるからね。お世話になっておいて何だけど、戦闘時以外は相手の同意を必要とするように」

「でも、じゃあ戦闘を仕掛ければ!?」

「そういう問題でも無いと思うんだけど、でも、だからこそ、ごめんなさい」

「どういう、意味、ですか?」

「これから、ツクシさんに会ってきます」

「じゃあ、私もその場に!」

 エルファは首を左右に振った。

「どうして、私、だって、一生懸命」

 時間の経過は、エルファにとってもそうだったろうけれど、似亜蘭にとってもあやふやになっていた。待っていたのはほんの数時間の様にも感じたし、ただ見守っていた間に実際には数ヶ月から数年も経っているようにも見えた。

 その間に、じっとエルファの影に潜みながら、似亜蘭はエルファというキャラクターの中に蓄えられた記憶(共感子)をつぶさに眺める機会と期間を与えられた。だから、あの島で告白した時よりも、好きは深まってしまっていた。

「今までの全部にありがとう。これからも」

「いやだ!仲間の、エルファさんのその他大勢の一人になるなんて無理!エルファさんといる間に、ずっとずっとその記憶を見てもいて、私が誰よりもエルファさんの事知ってるのに!私が誰よりも」

 ふさわしいのに!そう言おうとした似亜蘭に対して、再び、エルファは首を左右に振ってみせた。

「また会おうね」

 そしてエルファは姿を消してしまった。

 後に残された似亜蘭は、側にいた余興にぼやいた。

「私、何か間違っちゃったのかな?」

「我にも分からない。ただ言えるのは、似亜蘭の中に、今までになかったキラキラ(共感子)が生まれてるという事だ。大切にするといい」

「見えないよ、そんなの」

「でも、人間は、それを感じられるのだろう?」

 そう言われて、似亜蘭は、自分の胸の中に生まれた感情を抱きしめながら、自らも地球世界へと戻っていった。


 エルファが目を覚ました時、病院のような施設の個室のベッドに寝かされている事が分かった。呼吸器や、健康状況を把握するモニター類や、点滴の管などもろもろが取り付けられた状態で、それでも視線は、ベッドの傍らに、その胸にエルファの現実世界での飼い猫を抱いている女性の姿に止まった。

 エルファの瞳が開いた事に気付いた女性は、抱いていた猫をベッドに乗せ、呼吸器をエルファから外し、その顔をのぞきこみながら声をかけた。

「初めまして、になりますね。ツクシです」

「お待たせしてしまいましたね。エルファです。猫の事、面倒見て下さってたみたいで、お世話になってしまいました」

「いいえ。これから一緒に家族になるんですから、当然の事です」

 ツクシは左手の薬指を、指輪の痕が残っている空の指を見せてから、エルファの顔の上にかがみ込んで唇を重ねようとしたが、それよりも早く猫が割り込んできてエルファの顔をなめてきたので、苦笑いして身を離そうとしたが、エルファがその手で引き留め、顔をわずかに起こして、唇を重ねた。

 その頃には呼吸器が外された異変に気付いた看護婦達が病室にやってきていた。計測機器のアラートだけ止めると、

「気が済んだら声かけて下さいね」

 と二人に声をかけて退室しようとしたが、エルファに限界が来て枕に頭を落とし、頼んだ。

「いろいろ、外してもらえますか?」

「はいはい。でも、いろんな方々が待たされてもきましたからね。覚悟しておかれた方が」

「ま、自分抜きでも進む話は進んでいたでしょうから、いくらかは楽になってる筈です」

 看護婦達はあえてコメントせず、エルファから最低限のモニタリング機器や点滴だけを残して撤去すると退出していった。

「という事らしいですけど、本当にいいんですか?筑紫(つくし)さん」

「あなたが、いいんです」

 そうしてツクシはエルファの本名を呼びかけながら再び唇を重ね、抱きしめあった。


 そんな二人が共に新セルデシアの大地を踏みしめるまでには相応の時間が流れてはいたが、志賀島に築いたWindの拠点はそのままに保存されていたし、グレンやエディフィエールやゴーレッドや弥生やリゾネットやヒヅメや、それにイサナミまでまだいた。

「よーやっと戻ってきたか」

「お熱いよ、お二人さーん!」

「ひゅーひゅー、リア充爆発しろー!」

「んで、式はこっちでだけって本気かい?」

「まぁね。こっちで出会わなければこういう事にもならなかったろうし」

「はは、懐かしいねぇ。ぶっ殺そうとしてぶっ殺されたもんね」

「あんまめでたい日にする話題じゃねぇだろ。で、段取りはどうなってるんだ?」

「ヒヅメさんに神竜呼んでもらって、その上でって事にはなってるけど、詳細については似亜蘭さんと奈良さんに任せてあるよ」

「大丈夫なのか、それ?」

「たぶんね。向こうに戻ってからリアルで仲良しになったらしいし」

「まぁ、奈良さんが監督してるのなら心配ないか。それより大事な話題があるだろ」

「結婚式より大事な話題って何だい?」

「これからどんな冒険をするか、だろ?」

「そう来なくちゃな、大将!」

「大将てのはさておき、レベル100にもなっちゃってるしね。大丈夫、待たされてる間にいくつもアイディアは出してて、その内いくつかは採用される事にもなってるから」

「どんなのだよ?」

「詳しくは式の後で話すけど、世界を創る遊びさ」

 煙に巻かれたような表情をゴーレッド達は浮かべもしたが、エルファらしいとも思い直しその肩をどやしつけ、ツクシはそんなエルファの手が離れないよう一層強く握りなおし、二人の門出の式へと臨んだ。






お付き合い頂いた皆様ありがとうございました。

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