23.インティクスとカズ彦と
何度も書いてる通り、この物語はAlternativeです。
「負けたな」
イコマの離宮を強襲し、濡羽を暗殺。この世界から追放し、ミナミの覇権争いに終止符を打つ。アキバ使節団との会合を控え、最高潮に達した<Plant Hwyaden>の主導権争いは、インティクスの無謀な要請にカズ彦が応えようとして、失敗した。
「くっ・・、ロレイル=ドーンの衛兵の鎧だけが相手だったらまだしも」
「あれはまだ想定の範囲内だったがな。しかし、人望の違いというものだろう」
全身装甲ではなく部分装甲という弱点を突いて、カズ彦はドーンの両腕を切り落とし無力化には成功したのだ。
「ナカルナードに、それにKRまで・・・!」
ナカルナードは防御に徹し、カズ彦は圧倒的に攻めながらも倒しきれなかった。同じレベル100の戦闘職とはいえ、守護戦士を正面からの戦闘で押し切る事は容易ではない。それが日本を代表するプレイヤーの一人であればなおさらだった。
インティクスと二対一だったのならまだともかく、KRとその従者に、濡羽その人、さらに元ハウリングのメンバー達にインティクスの手勢が駆逐されれば、二人が死なずに落ち延びられた事だけでも奇跡的な所行と言えた。
カズ彦は、インティクスを救う為に<放蕩者の茶会>の友でもあったKRをも斬ってこの世界から消滅させたが、不思議と後悔は無かった。
「きっちり、落とし前つけろよ。せめて、俺の代わりに、見届け・・」
そう言い残してKRは虹の泡となって消え、フレンドリストの名前は灰色に変わった。
グリフィンの背にカズ彦の前に乗せられたインティクスは、まだぶつぶつと何が失敗だったのかを振り返っていたが、やがて一つの結論に達した。
「・・・ナカスよ。あの襲撃事件が成功してれば、ナカスは完全にミナミに従属して、しかもその咎はあのクソドブネズミに押しつけられたものを!もしそうなっていれば、今頃逃げ出してたのは私でなくあの女の筈だったのに!」
あの時明確に反対したのはナカルナードだけで、濡羽も乗り気では無かった。最終的にはインティクスと一部の<Plant Hwyaden>冒険者達、ミズファという大地人やキョウの権力者が手配した兵士達が、ほぼ独断で強襲を実行したものの、冒険者達は瞬時に牢獄に転移させられ、孤立したミズファ達もナカス冒険者達に即座に制圧され、作戦は失敗した。
ナカスの冒険者達の影の代表とも言えるエルファに濡羽がひっそりと会ってきたのはその後の事で、ナカス冒険者達が隠然と自立を維持してきたのは紛れもない事実だった。
「それは過去の事だ。これからどうする?」
「・・・まず、ギルドを抜けるわ」
「負けを認めるのか?二度と戻れはしないぞ」
「負けは、負けよ。でも最終的には勝つわ。私が」
「インティクス。お前にとっての勝利は、いいやゴールは何だ?」
「・・・ヤマトサーバー全ての冒険者の頂点に立つ事」
「それは叶わなくなったな」
「いいえ。まだよ。まだ可能性は残っているわ」
「どうやって?」
「この世界からどうやって元の世界に戻るのか。十分に死ねば、あるいは典災との契約に合意すれば戻れる事は分かっている。だけど、この世界から誰も戻れなくなるとしたら、どうかしら?」
「この世界は有限の存在だと<Plant Hwyaden>内部でも推測はされていたろう。この世界と共に他の冒険者全員を破滅させる気か?」
「その時は、その時よ」
「そうか・・・」
今更、カズ彦が自分を思い留まらせるとは思っていなかったインティクスだが、それでも、聞かずにはいられなかった。
「どうして止めないの?」
「さあな」
無言になった二人は、フォーランドに新たに形成されたプレイヤータウン、タムランに着陸。リザードマンとごくわずかな冒険者が混在する都市の銀行でギルドの脱退手続きを終えた。
「ギルドの口座や資産にはアクセスできなくなってたわね」
「当然の処置だ」
そのまま二人は、ナカスへと通じるらしいタウンゲートに向かったが、通り抜ける事は叶わず、銀行にとんぼ帰りしてインティクスはエルファにメッセージを打った。
その様子を脇から眺めていたカズ彦だが、口出しはしなかった。
しばらく待っても返信は来なかったせいか、いらついたインティクスが
「遅いわね・・・」
とつぶやいた頃に、意外な二人組が現れた。
「お主等、エルファに何用ぞ?」
「桜姫に、ロード=タモン・・、どうしてここに?」
「問うているのはこちらだ。おかしな気を起こすなや、ヤゼルよ」
「ヤゼル?誰の事だ?」
しかしそう尋ねたカズ彦の傍らでインティクスが頭を下げていた。当人でさえ驚いた顔をしていた事にカズ彦は目を細め警戒した。
「どうなってる?」
応えようとしても答えられないでいるインティクスの代わりに、桜姫は言った。
「我らもその者も、本来の何者かだけではない、という事よの」
インティクスは、自らの傍らから半歩身を引いたカズ彦に何かを言い訳しようと口を開いたが、言葉は出てこなかった。
「ついてまいれ」
桜姫とロード=タモンに先導され、インティクスとカズ彦は今度こそナカスへのタウンゲートをくぐり抜けた。
その先にナカス冒険者総出の包囲網が敷かれている事すら覚悟していた二人だったが、出迎えたのは<Wind>のギルドタグを付けた数人だけだった。
「よお、落ち武者さん達。俺あゴーレッド。Wind唯一の守護戦士だぜ」
インティクスもカズ彦も<ノウアスフィアの開墾>で実装された最新鋭の装備は目にしてきたが、ゴーレッドが身につけている黒い禍々しい装備一式は初めて目にする物だった。
「それは、噂の<黄泉>産装備なのかしら?」
「さあな。今重要なのはそこじゃねぇだろ」
「そうそう。ついてこいよ。エルファは会うってさ」
グレンボールという小柄な中年おじさんドルイドの姿に、カズ彦は見覚えがあった。
「まさか、グレンさん?」
「そーいう事。でも昔話は後回しだ」
一行はWindの志賀島まで小船で移動。
来客用スペースとして整備された一角のテーブルにエルファと、余興、それからNPCにも見える女性がついていた。
「おおおぉぉ、あれは、あの方こそは!」
インティクスが取り乱して駆け寄ろうとしたのをロード=タモンが両肩を掴んで引き止め、
「これ以上取り乱すようなら、そなたを引き剥がし滅っすぞ」
「申し訳、ございません・・・」
そんな桜姫とインティクスとの間の会話を、いや桜姫とインティクスではない何者かの会話を聞いて、カズ彦は口を引き結んだ。
「初めまして、インティクスさんとそこに宿ってる何者かさんと、それからカズ彦さん。エルファです」
「初めまして。元<放蕩者の茶会>の、そしてつい先ほどまでは<Plant Hwyaden>の十席会議のメンバーでもあったインティクスと」
「カズ彦」
「濡羽さんからメッセージは来てますよ。こちらにお二人が来て迷惑をかけるかも知れないと。扱いに困るようなら<Plant Hwyaden>で引き取るとも」
「同じような依頼はアキバにもいってるでしょうね」
「間違いなく。それで、どんなご用ですか?」
「エルファ・・さん。あなたなら、このヤマトサーバーの頂点に立てる筈。いえ、そのお方を側に置かれているのなら、全サーバーの冒険者の頂点にさえ」
「誰もいなくなった沈没船の船長になって偉ぶる趣味は無いので、結構です」
「でも、この世界はまだ・・・!」
「ええ。私はこの世界を存続させる術を探しています。けれどそれは、自分がこの世界を統べる為ではありませんから」
「なら、どうして?」
「この世界はもう息づいてしまっているんですよ。わかりませんか?」
「・・・・・」
「濡羽さんはアキバに協力的だから、体制がどうなるにせよ、ヤマトサーバー全体としては、月にいるという監察者のコミュニティと交渉を行うようになるのでしょうね。私はそちらに興味はありません」
「それは、オルノウンがこちらにおられるのなら」
「そ。元の世界との往還や通信も、私は成功させています」
それは、インティクスやカズ彦にさえ衝撃をもたらす重大情報だった。
「どうやって?!」
「方法については語らないでおきますが、あちらの世界の時間は止まっています。だから、こちらの世界にどれだけ長居しても、あちらの世界の状況は、何も、変わりません」
「うそ・・・」
地に両膝をついたインティクスの瞳の縁が涙で滲んだ。
「確かなのか?」
うなずいたエルファを見て、尋ねたカズ彦はぼそりとつぶやいた。
「進むも地獄。戻るも地獄、か。元より行き場所なぞ無かったのかもな」
「戻った時の自分の在り様、記憶の中身、他の人達との関わり方は、違ってくるでしょうけどね」
カズ彦は腰を落としてインティクスの肩に手をかけたが、インティクスは振り払い、叫んだ。
「もう、どこにも戻れない。戻っても、何も望ましい事なんて無い!冒険者も大地人も踏みにじってまで手に入れようとしたギルドはドブネズミの手に渡ってしまった。もう、どうでもいい!全て捧げるわ、ヤゼル!私の全てを燃やし尽くしなさい!」
寄生していた何者かが宿主を乗っ取るまでの刹那の間、防げたのは側にいたカズ彦だけだったが、出来なかった。インティクスの首を一撃で落とす事も可能だったが、手は動かず、代わりにインティクスの体から吹き出した瘴気の様な暗い光の渦から飛び退く事しか出来なかった。
見ればインティクスの両腕は桜姫とロード=タモンの両首を掴み吊るし上げていた。二人ともレベル100のレイドランクの古来種。レベル上げに励んではいなかったインティクスのレベルは93。しかも後衛職妖術師の細腕に出来る筈の事では無かった。
「狂ったか、ヤゼルよ?」
「いいや、オルノウン確保はこの亜世界での最優先・最重要課題だった!慎重派に任せていれば何も進まぬままこの世界は閉じていたかも知れぬ。時は至れり!」
「まー、慎重派がいるなら積極派や強硬派もいるわな」
まるで他人事のようにエルファがつぶやき戦闘態勢を取った時には、ヤゼルの暗い光に飲まれた桜姫とロード=タモンの瞳から意識の光が消え、地面に投げ捨てられた。
「来るぞ!」
エルファが警告を発したのと同時にソーサラーの最大範囲攻撃呪文が詠唱時間無しで立て続けに放たれた。
業火や氷嵐や雷撃に包まれながらもHPがわずかにしか減らなかったのは、イサナミが瞬時に何重にも張り巡らしてくれた障壁のおかげだった。
「ありがとうございます、イサナミさん。でも、下がってて下さい。何が起こるか分かりませんからね」
エルファの前にはゴーレッドとエディフィエールとが進み出て、インティクスに切りかかり、リゾネットとツクシがバフを配り、弥生と余興がインティクスから放たれた魔法を相殺するように魔法を放った。
「で、お前はどーするんよ?」
グレンから問われたカズ彦は、まだ動けなかった。
「んじゃ、見てろよ」
背中を向けたドルイドを切り捨てる事も出来た。だがその視線は、人ならざる者へと姿を変えつつあるインティクスに注がれ続けた。
「レベル表示が???って何よ?!」
「スカウターが壊れた的な状態?」
「攻撃も魔法もスキルも通る。って事はレベル1000とか10000とかってこたぁねえだろ!」
ソードバッシュで魔法の発動を止めてみせたゴーレッドに至近距離からノータイムで放たれた次の魔法でHPが3割以上削られたが、エディフィエールとツクシとグレンボールの多重ヒールで回復させた。
「キリが無いね」
最強呪文を放ち続けていてもインティクスのMPが枯渇する兆しは見えなかった。
「魔法が発動する度に虹色のきらめきに包まれてる。おそらくだけど、彼女の記憶を燃料にくべてるんだろ」
「間違いない。しかしこんな事を続ければ・・・」
「抜け殻になってしまうな。戻れたとしても」
エルファと余興の会話を聞いたカズ彦は、動いた。インティクスの魔法を切り払いながら歩み寄り、その頬を叩いた。
「目を覚ませ、インティクス!」
目をしばたたかせたインティクスは、カズ彦の胸に飛び込むと、両腕をその首の周りに回して引き寄せ、言った。
「もう遅いの。一緒に、滅んで」
カズ彦が刀を逆手に持ち換えて突き入れるよりも、インティクスがその唇をカズ彦の唇に重ねる方が早かった。
やがてカズ彦の瞳からも光が消え、地面に崩れ落ちた。インティクスはカズ彦の手にしていた刀を手に取り、振るうと、幾種類もの属性魔法が放たれて地面を深く穿った。
真黒の瘴気と虹色の煌めきに身を包んだインティクスはゴーレッドやエディフィエールの攻撃も打ち払いつつ、魔法の直撃を受けてもその傷は瞬時に回復していった。
「ロード=タモンの防御能力も桜姫の治癒能力も吸収して、厄介そうなフレーバーテキスト書かれてそうな属性魔法攻撃付きの刀持ったMP無尽蔵なソーサラーか。チートもいいとこだな」
「どうしてそうエルファはいつも気楽なのだ?」
「どうしてって、そりゃいつもじゃないけどさ、今回のは、アレの出番だからだよ」
「アレか。確かに」
「予定とは違ったけど、取っておいて良かったろ」
「エルファ、もうMPが!」
グレン達の悲鳴に、エルファは答えた。
「みんな、余興と俺を残して逃走!ラン!」
「はぁぁ?んな事できるわけ」
「いいから行け!倒れてる連中回収して離れて」
ロード=タモン、桜姫、カズ彦達がWindのメンバーに回収されていなくなると、エルファは<歌う風の剣>を抜いて挑発した。
「インティクスさんに寄生してる誰かさん、ヤゼルだっけ。俺に勝てたらこいつをやるよ」
「ふ、オルノウンさえ手に入ればそんな物は余録に過ぎぬ!疾くと去ね!」
大上段に構えた刀が振り下ろされ、放たれた複合属性魔法の斬撃は剣を構えたエルファの手前にいた存在、透明化していたサンダー・エレメンタルに命中。一瞬で消滅させた。
「無駄な足掻きを!」
続けてエルファと余興を葬ろうとしたインティクスの手から刀が滑り落ちた。
驚いて握り直そうとしても再び装備する事は出来なくなっていた。
「死んで、出直すといい」
エルファの攻撃を、意識していてもかわす事は出来なくなった。受けたダメージは自動的に回復されなくなった。スタンとチャームとスリープが交互に入れられて魔法の詠唱すら許されなかった。逃げようとしても足先が地中に埋まって動けなくなっていた。
HPが容赦なく減らされていき、インティクスは覚悟した。ああ、この世界に来て初めて死ぬんだなと。死んだ時に見る物についても様々な噂を聞いていた。自分がもっとも思い出したくない自分を思い出させられると聞いて、死ぬ様な機会は意図的に避けた。レベル上げも最低限で済ませ、死ぬかも知れないようなレイドには参加しなかった。
そしてあと一撃で死亡するというところで、ふくらはぎに痛みを感じた。見れば余興と呼ばれているサモナーに刻印を刻まれていた。
「安心して死んでくるといい。汝はもう二度と囚われない」
「Get back to your start!」
エルファの剣に眉間から体の中央を切り裂かれ、インティクスは死亡した。
死んで。何を見たのかはっきりとは思い出せない。ただ、やっぱり一番思い出したくない自分を思い出させられたのは確かだった。
一番になれなかった自分。
誰かのせいにしてきた自分。
誰かを隠れ蓑にしようとして失敗してきた自分。
そして認められずにきてしまった自分。
この世界と元の世界とで、どちらがより惨めな結末を迎えたのか、インティクスにはもう判別がつかなかった。
一人、青い地球を見上げる静かな海で、思い出に満たされた海で、インティクスは捧げ物をして、戻る決意をした。
自分が踏みにじってきたその他大勢にではなく、たった一人にだけは、謝っておきたかったから。その後どうなろうと知った事では無かった。
大聖堂の堅く冷たい石壇で起き上がった時、側にはカズ彦が佇んでいた。
「気は済んだか?」
「いいえ。だって、まだ私は、あなたに」
謝っていないもの。
そう言おうとしたのに。
「済まなかった」
先に謝られてしまった。
「どうして?」
「自分には、救えなかった。止められなかった。受け止められなかった。すまん・・・」
「本当に、ね・・・。でも、ありがとう。そして、ごめんなさい。
ここまでつきあってくれて、つきあわせてしまって。
でも、うれしかった」
カズ彦はためらいがちにインティクスの背に手を回し、抱擁した。インティクスは抱きしめられながら、自らのふくらはぎに触れ、そこにまだ刻印が残っている事を確かめて尋ねた。
「いろんな意味で、傷物になっちゃったみたい。引き取ってもらえるかしら?」
「さあな」
とぼけられた事には不満を覚えたインティクスだったが、さらに強く抱き寄せられた事で妥協し、その首元に頬をすりつけた。
余興のサンダーエレメンタルに関する仕掛けは第8話参照。




