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<歌う風のエルファ> ログホラalt  作者: 名無之直人
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22.にゃん太の反応

 あくる日、にゃん太は銀行に立ち寄り、エルファからのメッセージを受け取り、その内容に立ちすくんだ。

 にゃん太がエルファと言葉を交わしたのは、実世界と化したセルデシアに転移させられた当日が最後だった。その後はナカスで活躍するエルファの噂を耳にする事はあっても、互いに連絡を取る事は無かった。

 シロエのすぐ側にいた自分に何かを伝えれば、それは引いてはシロエや、揺れ続けるミナミの状態にまで影響を及ぼしてしまうかも知れない。そこまで考えていたからこそ音沙汰が無かったとにゃん太は理解していたが、だが、当のシロエを含むアキバ使節団がミナミに赴いているこの時に送ってきたメッセージの、その重みに、にゃん太は震えた。

 脇から誰かに覗き見られてはいないかとふと不安に襲われたりもしたが、自分の意識内にしかメニュー画面もメッセージ内容も展開されていない事を思い出し、エルファが手紙の形式ではなくメッセージで送ってきた理由に思いを馳せたりもした。


 これは、一人で抱え込むには重すぎますにゃ。


 そうにゃん太は思ったが、相談できそうな年長組のメンバーの直継はマリエールと密かな小旅行に出ていて雑音を紛らすべきではなかったし、てとらはシロエに同行していて不在だった。年少組の女性陣は残っていたが賢明なミノリにしても重みに耐えられるとは思えなかった。

 適切な相談相手として筆頭に上げられるだろうクラスティは、中国サーバーで彼に呪いをかけた典災に戦いを挑むと聞いていて、相談できる状況には無かった。

 リーゼやヘンリエッタも聡明な女性だが、オルノウンが側にいるエルファと違って、やはり知らされたからといってどうしろという状態に陥る事が心配された。


「シロエちに知らせるのが一番にゃんですがねぇ・・・」

 しかしエルファが直接彼にメッセージを送らなかった事の意味についても無視出来なかった。彼はまだ受け取れる状態には無い。それは彼が出会うであろう濡羽やインティクスなど<Plant hwyaden>のメンバー達を含めてそう判断されたという事なのだろうと推測した。エルファがどれほどミナミの内情に通じているか不明だったが、例えばカズ彦が知ったらどんな行動に出るのか全く予測出来なかった。


 まだ日の高い午前の中程。今夜の献立を考えるにも早すぎる時間。アキバの街をぶらつき気分を紛らわそうとしたにゃん太は、一人適切かも知れない人物に思い当たり、そちらへ足を向けたが、道中で知り合いから声をかけられた。

「にゃん太さん?」

「クシっち・・・」

「お散歩ですか?にしては何やらむずかしい顔をされていましたが」

「はは、我が輩もまだまだ未熟ですにゃあ」

「何か、あったんですか?アキバ使節団は今頃キョウに着いてると聞いていますが」

「そちらの事では無いですにゃ」

「では、いったい」


 にゃん太は、それなりのベテランプレイヤーとも言える櫛八玉になら伝えてもいいのかも知れないと考えた。

「クシっちは、エルファという方をご存じですかにゃ?」

「ええっと、現役の方ですか?」

「もうずっと、ここ八年くらいは引退されてましたが、<大災害>の起こる少し前に復帰されて、今はナカスで活躍されてますにゃ」

「・・・ナカスの・・・。ああ、D.D.Dの古株連中でも少し話題になってましたね。古株以上のElder(年寄り)の間でも有名な方だったとか。私も駆け出しの頃、名前を何度か聞いた気がします。にゃん太さんともつながりがあるんですか?」

「私がこのゲームを、エルダー・テイルを始めた時に初めて組んでこの世界を案内してくれたのが、今はなきギルド<ねこまんま>創設者で初代ギルマスのみけさんと、そのエルファさんだったのにゃ」

「ふわぁ、そうだったんですか。でも、それが、どうしてさっきのお悩み状態につながるんですか?」

「これから、その相談が出来そうな誰かに会いに行こうとしていたところですにゃ。クシっちは、どうしますか?」

「えっと、私なんかが、一緒にいても良いのであれば、是非!」

「そこで話される内容を誰に伝えるのかは、クシっちの判断に任せますにゃ」

「は、はい・・・」


 成り行きで櫛八玉を伴いながらもにゃん太は途中でお茶菓子になりそうな手みやげを買い込み、ロデリック商会に到着。顔見知りのメンバーにギルマスの所在を尋ね、

「たぶんギルマス部屋で仮眠してそのままじゃ?」

 と言われ、部屋を訪れドアをノックしても反応が無かったので、にゃん太は念話を入れて彼を起こし、扉を開けてもらった。

「どうも、にゃん太さん。こんな朝早くにお越しとは何かあったのですか?」

「もうしばらくすればお昼時くらいですにゃ。少し、大事な相談がありましたにゃ」

「シロエ君達に何か?」

「そうでは無いのですが、もっと重要な事ですにゃ」

「ふむ。それでそちらは<D3-hub>の櫛八玉さんですか。珍しい組み合わせですな」

「初めまして、ではありませんが偶然にゃん太さんにお会いして、同席させて頂く事になりました。お邪魔で無ければ」

「構いません。立ち話もなんですからお入り下さい。ああ、散らかってるのは勘弁して下さい」

「お気になさらずですにゃ」

 そうして通された部屋はよく言えば個人専用研究室で大きめの科学実習室のそれだと櫛八玉は捉えたし、そこに独身男性のアパートの有様が重なればあまり見目が良くないのは確かだった。そんな櫛八玉の表情を読んだのか、ロデリックは二人が並んで座れそうなソファに置いてあった毛布をどかしたり、

「あれ、どこかにポットがあった筈だが」

 と探したりもしたが、

「持参してますから心配無用ですにゃ」

 とにゃん太が言って、早々に探すのをあきらめ、研究机の脚立をソファの前に据えて座った。

 にゃん太が魔法の鞄から取り出したティーポットから人数分のカップに温かな紅茶が注がれ、何種類かのマフィンを添えて供された。

「至れり尽くせりで申し訳ない」

「食べながら飲みながらでいいから聞いて欲しいですにゃ」

「ふむ、どうぞお話し下さい」

 ロデリックが最初のマフィンを手に取り紅茶と一緒に胃に流し込むのを見て、にゃん太は語り始めた。

「ロデっちはエルファという方をご存じですかにゃ?」


 ロデリックは一つ目のマフィンは食べ終えたが、その後は紅茶を飲むだけで、にゃん太がエルファから伝えられたメッセージの内容を聞き終えると、しばし無言で考え続けた。

「それ、本当の話なんですか?」

 櫛八玉は当然の質問をした。

「そうですにゃあ。あの人がこんな大仰な嘘をつく理由を、少なくとも我が輩には思い当たりませんにゃ」

「すみません、にゃん太さんの先輩にも当たるような方を疑ってしまって」

「事が大き過ぎますからにゃ。疑われても仕方ないですにゃ」

「<ロデリック商会>にも、<三洋商会>を通じて、ナカスの事情はある程度伝わっていました。アキバやミナミの大半の冒険者は知らないか、ごく少数は知っていても気にしていなかったかも知れませんが。ナカスはミナミの植民地などでは無い実状を実現していたのが誰なのかを」

「では、ロデっちは信じるにゃ?」

「今のこの状況自体が荒唐無稽ですからね。信じます」

「それで、どう思いますにゃ?」

「・・・自分達冒険者は、焦る必要が無くなったとも言えます。何せ戻っても時間が止まったままなんですから。でも」

「大地人のみんなはそうはいかないですにゃぁ」

「ええ・・・」

「クシっちはどう思いますにゃ?」

「知ってどうしろと言われても困る感じですが、しかしませんけど、でもこれ、みんなに関わる問題ですよね」

「間違いないですにゃあ」

「ミナミを訪れてるっていうシロエにこの事は」

「まだ伝えてないですにゃあ」

「まだ、伝えるべきではない、でしょうね」

「同感ですにゃ」

「じゃあ、いつなら?」

「この世界がいつ終わるか分からない。そんな懸念はぼんやりとですが、<記録の地平線(ログ・ホライズン)>の年長組には共有されてましたにゃ」

「でも、<航界種トラベラー>以上の、この亜世界を創ったというオルノウンと接触し、共にあるというのなら。研究者として疼かないものが無いと言えば嘘になりますが」

「イサナミという、<六傾姫>の一人として、地下世界<黄泉>に封じられていた女神に宿っていて、解放されて今はエルファさん達と共にあるそうですが、そちらもあまり騒がせるのは得策とは思えないですにゃ」

「二垢の人達がどうなってるかなんて想像もしてませんでしたが、その特殊性に着眼し往還と通信を試し実現されたというのはさすがと言うべきなんでしょうね」

「でも、そんな人がどうして」

「そんなお人でも、どうして良いかわからなくなったから伝えてきてくれた。我が輩はそう考えますにゃ」

「でも、伝えられた方は、困るばかりじゃないですか」

「困ったから相談してくれた。信頼してくれた。そうとも受け取れますにゃ」

「・・・・すみません」

「謝ってもらうような事では無いですにゃ。その気になれば会いに行く事も言葉を交わす事も出来るでしょうにゃあ。その判断を間違える人でも無いでしょうから」

「にゃん太さんは、会いに行くべきだと思っているのですか?」

「シロエち達に伝える前に、一度自分でも言葉を交わしておく事は無駄にはならないかも知れないにゃ。でも先に相談して何を尋ねるのか何を話すのか決めてから会った方が良いか、迷っている感じですにゃ」

「この世界は、自分達人間に対してというよりは航界種やその創造主である種族の為に用意された世界だったというのは納得のいく説明です。単に滅ぼすつもりなら静観していれば良かったかも知れない。でも彼らが彼ら自身より脆弱な種から簒奪していくかも知れない可能性を潰す為にこの世界は創られ彼らは誘われ私達も巻き込まれたのなら、この世界が終わる条件は、おそらく、一つか、それとも二つ」

「航界種が自身で自分達の世界で資源を創造できるようになる事が一つでしょうにゃ」

「ええ。もう一つは、可能かどうかは分かりませんが、この世界を閉じた後に、航界種の世界と私達人間の世界とを直接つなげる事だと思います」

「でも、その場合、オルノウンが懸念してた事態になるんじゃないんですか?」

「そうならない状態に航界種が、いや彼らを創造したという種が至れれば、オルノウンはこの世界を終わらせるのかも知れません」

「だとしても、エルファさんは可能な限りこの世界を救おうとされてますけどにゃ」

「でも、このセルデシアの時間が動いている間は、私達の元の世界の時間は止まったままなんじゃ?」

「たぶん、そうなるのですにゃあ」

「二者択一なら、本来、冒険者達の都合が最優先されるべきなんでしょうけど」

「エルファさんは、モンスター達ですら知性を獲得し、冒険者と大地人との間に、あるいは冒険者同士の間にこの世界で生まれた子供達の為にも、動こうとされてますにゃ」

「それは、公には騒がれてませんが、確かに、無視できない問題なんですよね」

「この世界で、結婚、出産、ですか・・・」

「父親にしろ母親にしろ、我が子や伴侶を失いたいとは思わないでしょうにゃあ・・・」

 にゃん太の寂しそうな横顔を見て櫛八玉は胸を痛めた。

「エルファさんは、タイムリミットがいつになりそうか言及されていましたか?」

「いいえ。でも、オルノウンは我々の元の世界の創造主ではないとも書かれていましたにゃ。創造主ではない世界の時間をいつまで止めていられるのか、全く予測がつかないけれども、この世界が動き続けられているのと関連している筈だと書かれていましたにゃ」


 相談した二人が黙りこくってしまったのを見て、にゃん太はティーポットから紅茶を注ぎ足して、自分のカップにも注いで喉を潤した。


 日本だけで三万人、全世界で三十万人以上の冒険者達を巻き込んだこの事件がどう終わりを告げるのか。エルファがたどり着いた今の状況を共有された自分が、伝えられるべき相手に伝えられたのかも知れないとにゃん太には思えた。

 ロデリックは立ち上がり、研究室の片隅に置かれた棚の鍵を開け、中から何かを取り出して戻ってくると、短い錫杖のようなアイテムをにゃん太と櫛八玉の前に置いた。

「これは何ですかにゃ?」

「見た事のないアイテムですが、ゲーム時代にもあったものですか?」

「はるかな昔、エルダー・テイル初期に配布されたというイベントアイテムを改造したものです。元はと言えば、フレーバー・テキストの改変や、対典災用に役立つアイテムの研究の中で開発された物です」


 にゃん太は錫杖を手にとってアイテムの詳細を見てみた。


 アイテム名:思い出の錫杖ロッド

 フレーバーテキスト:この世界を訪れた者達の記憶を守る。その記憶を奪おうとする者があれば、その意図を挫く


「元は、チュートリアル的なダンジョンをクリアした時にもらえる記念アイテムだったらしいです。武器としての攻撃力や追加効果はほぼ皆無で、NPCに売って初期装備を揃える足しにされてたみたいですが、中には記念に残していたプレイヤーもいて」

「元のフレーバーテキストはどんな感じだったんですか?」

「これから世界を駆けめぐる冒険者達の先行きに幸多かれ。その思い出が数多くの楽しみで満たされ、末永く守られ育まれん事を。そんな感じでした」

「なるほど・・・」


 にゃん太は自分の思い出をたぐり寄せ、そこから一つのアイテムにたどり着いて、鞄の奥底から取り出し、テーブルの上に置いて言った。

「ロデっち。これは以前シロエちから依頼したのより難易度が上がるかも知れない依頼ですが、受けて下さいますかにゃ?」


 ロデリックがテーブルの上に置かれたアイテムを手にとってみると、それは何の変哲も無い巻き貝の貝殻だった。海辺に行けば、それこそいくらでも落ちているかも知れない単なる背景的なアイテムでしか無い筈だった。

「巻き貝の貝殻を耳に当てると海の音が聞こえるとも言われるけれど、我が輩がその貝殻を耳に当てると、その時そこに行った時の思い出が浮かびますにゃ」

「・・・つまり、誰かにとっての思い出を蘇らすアイテムを?」

「腹ぺこさんには、まずお腹を満たしてあげてからでないと話は通じないと思いますのにゃ」

「ふふ、確かに無理難題に近いですね。しかし、やりがいはありそうです」

 ロデリックは自分の机の上に置いてあった古びたフラスコ立てを持ってきてテーブルに置いた。

 櫛八玉は、初めてにゃん太と出会って冒険を手伝ってもらった時にドロップし譲られた玉飾りの首輪を置いた。にゃん太にもそれが何か分かったようで、懐かしいですにゃあとつぶやいて、櫛八玉はそれだけで胸が暖かい感情で満たされ、しめつけられもした。


「やってみましょう。ロデ研の名にかけて」

「お願いしますにゃ。何かあれば、エルファさんにも連絡は取りますにゃ」

「私も、何か出来る事があればお手伝いしますから!」

「はい。その時は、よろしくお願いしますにゃ」


 そうして、シロエ達が不在の間の留守番役達の間でも、ひっそりとしたプロジェクトが動き出したのだが、それは彼ら自身のギルド内部はもちろん、新円卓会議にも秘密にされたまま進行していったのだった。


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