1.余興との会話と試行錯誤
「は? って、お前誰だ?共感子って何だ?ていうかここどこだ俺はいったい???」
自分の体のあちこちを触ったり眺めてみたりして、それがゲーム画面上では見覚えのあるエルファの物だというのは、余興に装備させたばかりの新しいローブや杖なんかでも分かった。
寝落ちして見ている夢かとも思ってみたが、つい先ほどまで潜っていたダンジョンの入り口の巨石の表面を撫でてみればひんやりと冷たかったし指先に苔までついた。触感もはっきりあった。
周囲の木の幹に頭を打ち付けてみたが、夢からは醒めず、いきなり目の前に現れたステータス画面上のHPバーが僅かに減少した。
「まじかよ、これ・・・」
俺が無様にぱにくっている様子を眺めながら、余興は言った。
「もういいか?我は生み出されたばかりのトラベラー。ここが初めて合致した世界となる。自分がフールかジーニアスかも分からないが、他のどれよりもとてもとても強い虹のきらめきが汝から見え、都合良く空の依り代もあったので、思わず飛び込んでしまったのだ。生まれたばかり故つたない所もあるだろうが許して欲しい。汝のこの分身に蓄積された知識を元に我は語りかけている。汝の持つ技能も有効に機能している」
いろいろまだわからない事だらけながら、ここがおそらくエルダーテイルらしい世界である事。自分がなぜかエルファの体に宿り、もう一人、と言ってよいか分からないが訳の分からない間借り人がサブキャラの余興の中に入り込んでしまったらしい事はわかった。
自分は手足が思い通りに動くか試しながら、余興に問い直した。
「んで、トラベラーだの何だのはわかりそうにないからいったん脇に置く。お前は異星人なのか?」
「我々は肉体を持たないし、汝のいた世界の星々のどこかから移動してきた訳でもない。だから違うと言えるだろう」
「んじゃとりあえず異世界の存在って訳ね。合致てのは?お前達の世界に取り込まれたって訳じゃないのか?」
「我々は旅する者。我々に枯渇した資源を求めて。それが共感子」
「その共感子ってのは何なんだ一体?」
「我々が必要としていて、汝等が大量に保有している物。虹色の、きらきらした何か」
「きらきらって何だよ」
余興は説明しにくそうに考えていたが、
「移動してくる直前まで、汝が持っていた何かに、きらきらがたくさん詰まっていた」
もしかして、と思い当たり、ついさっきまでエルファに装備させていた<歌う風の剣>を魔法の鞄から取り出すと、音符が漏れ出す武器を指して言った。
「そう、それだ!それに、きらきらが一杯、とてもとてもたくさん詰まってる。欲しい!」
外見上どこからどう見ても中に何かが詰まっているようには見えなかったが、思い当たる事を尋ねてみた。
「思い出とか、楽しかった大切な記憶とかかもしかして?」
「汝等の言葉で言えば、そうなるかも知れない。くれ。欲しい」
「やらん。第一これ譲渡可能アイテムじゃねーし、よしんばその思い出だの記憶にしたって、自分が老化してくにつれていろいろ忘れちまうのは仕方ないにしろ、はいそうですかってあげられる訳ないだろが。それに、俺がお前の欲しい何かを渡したとして、お前は俺に何をしてくれるんだ?」
「我は契約のジーニアスでは無いし、その者が目覚めるのはまだ先の事なのだが、そうだな、一万二千単位。たしかそれくらいで、戻れる、筈・・・」
「たしかとか筈って、どっちなんだよ。それに一万二千単位ってのは?」
「汝のきらきら、他の冒険者達もたくたんたくさん持っているが、ずいぶん違う。量も他の誰かのと比べて共有率がずっとずっと多い。だからたぶん、向こうに戻っても元々あった共感子の半分以上は、残る、筈」
「だからその、筈ってのは何なんだよ」
「さっきも言った通り、我は生まれたばかり。まだ己の位置というか役目さえ固まってはいないようだ。それに他のモノ達との意志疎通も断絶してしまっている」
「生まれたばかりの赤ん坊がこれだけ話してるってだけで異世界の何かってのはそうかも知れないけどよ。残念ながらここがほぼセルデシアをなぞったどこかだっていうなら、すぐ帰りたくも無いんだよ。フルダイブなRPGなんて、まだ実現しそうでしそうにないからな」
自分はコマンドを使わずに立ち上がり、剣を抜いて振り回してみた。剣道をやっていた時の竹刀よりは確実に重いはずなのに、<冒険者>の体のせいかほとんど重みを感じない。手近な木に切りつけてみると、刃が木肌を削る手応えと反動が腕全体に伝わり、切り傷は木の表面にしっかりと残り、指でその溝に触れる事も出来た。背景でしかないオブジェクトを攻撃する事も、そこに傷跡を残す事も、かつてのエルダーテイルでは出来ない事だった。
「では、どうしたら汝のきらきらを譲渡してもらえるのだ?」
「さあな。帰りたくなったら必要なだけ渡してやるかも知れないが、それまでは無いだろ」
異世界の存在なくせにがっかりした様子を見せた余興に、俺は助け船を出した。
「それに、お前もぜっかく<冒険者>の体に宿ってるんだから、自分が欲しいだけ、その共感子、きらきらって奴を自分で集めてみればいいじゃん」
「我は<航界種>の一員。それはおそらく<観察者>からも、<採取者>からも外れる行為」
「でもそれは<冒険者>なら当たり前の行為なんだよ。自分の思い出を作るのは自分しかいねぇだろ」
「そう、なのか?」
「そうだ。それにその余興ってキャラは、俺のサポート用に育てたキャラだ。そこに無断で入り込んで使い倒そうって言うんだ。お前はその対価を俺に払わないとな」
「むう・・・、それは、難題だな。どうやったら我に払える?」
「お前に何が出来るかやってみせてくれ。とりあえずは、そうだな」
俺は先ほど傷つけた木肌がまだそのままなのを見て言った。
「そのキャラのサブ職業は<刻印術士>だ。機能は分かるか?」
「対象に目的別の刻印を刻み込む事で、本来持っていなかった効果などを持たせる」
「そうだ。魔法のアイテムなんかにはちょっとした手順や手間が必要だったりするけど」
俺はその辺の倒木の枝を一本折って余興に手渡した。
「こいつに炎の刻印を刻んでみろ。成功すれば松明みたいになる筈だ」
枝を受け取った余興は、魔法の鞄から刻印を刻む<真銘の鑿>で炎の刻印を枝に刻み込んだ。枝に火は灯ったものの、松明とはならずそのまま燃え尽きて灰になってしまった。
「今のは、何か失敗したのか?」
「残らなかったって事は何かうまくない動作なり組み合わせなりがあったかも知れないけど、松明なんて刻印の最初の修行でやるもんだ。ちゃんとメニューから操作したのか?」
「いいや、直接」
その言葉に引っかかりを覚えたが、自分も立ったり座ったり、木を攻撃したりでいちいちコマンドから操作はしなかった。木の枝という低すぎるレベルのアイテムに対して、アイテムレベル70魔法級の<真銘の鑿>との組み合わせがまずかったのかとも考え、さきほどのダンジョンの雑魚敵がドロップした武器を何個か魔法の鞄から取り出して、アイテムレベル65のノーマルな槍、街に持って帰っても店のNPCに売るしかない木の柄と鉄の穂先を持つ槍を余興に手渡した。
「こいつでもう一回やってみろ。えっと、メニュー画面からだと・・・」
おでこの辺りに意識を集中すれば各種の操作メニューが表示されたが、今はモニター越しではない。記憶を頼りに、サブ職業の<刻印術士>を選択して、と言い掛けていたが、その間にも余興は<運命の金床>を取り出し(錬金術や刻印術の成功率を上げてくれる制作級の台座アイテムだ)、触媒に必要な<サラマンダーの煤>を槍の穂先にふりかけ、<真銘の鑿>で炎の刻印を刻み込んだ。
今度は槍全体が燃え上がるような事は無く、槍の穂先の鉄の部分だけが炎に包まれていた。
俺はその炎に指を近づけてみて、それが単なるグラフィックではなく、確かに火傷しそうな熱を放っている事を確かめた。
「拡張パックが適用されたせいかな。今までそんな凝ったモーション無かったのにな」
「違う、この方が早いからそうした」
「早いからって・・・。おい、待てよ」
「何をだ?」
「もう一度、今度こそメニュー操作からやってみろ」
なぜそんな事をさせるのかという表情を浮かべはしたが、余興は素直に受け取り、今度は触媒などを取り出さず、ただ受け取った槍を持って中空を見つめ、動きを止めた。
そうなのだ。刻印術は、魔法の様な効果を、本来持っていないアイテムに与える術の為に、魔法と同じ様には行えないように差別化され調整されてきた。
例えば料理や鍛冶や木工といった代表的な生産職なら、メニュー操作してからアイテムが出来るまではほぼ十秒。普通かちょっと長めの魔法の詠唱時間と同じくらいだ。だからこそ、刻印術は通常でその二、三倍。自分と同レベル帯のアイテムになればそれこそ一分以上かかる事も珍しくはない。消費するアイテムもコマンドのウィンドウの中で選択すればいいだけで、わざわざ鞄から取り出す必要も無い。今、余興がやっているように、持ち物の中から自動的に消費される。 三十秒ほどの待ち時間が過ぎて、やがて二本目の槍の穂先にも炎が灯った。
俺はその二本の槍の先を手近な岩の上に乗せておいてから、余興に言った。
「さっき傷を入れた木に炎の刻印入れてみろ。ウォーター・エレメンタル召還してからな」
こくりとうなずいた余興は、水の精霊を召還してから、<真銘の鑿>で木肌に炎の刻印を直に刻むと、木はものの見事に一本の炎の柱となった。
山火事を起こすつもりは無かった俺は即座に命じた。
「ウォーター・エレメンタルで攻撃。鎮火しろ」
余興は言葉で命令すらせずに水の精霊に鎮火させ、後にはくすぶった煙を吐く黒焦げの木が残った。
これはつまり、マップそのもの、地形すら変形が可能なのか?とまで思い当たった。そしてゾーン情報を調べてみると、<斎宮の祭祀場跡>、フィールドゾーン、戦闘可能、魔法・特技使用可能などの情報と共に、購入費と維持費などの情報も出てきた。
確かに以前からゾーンの購入は出来たけど、こんな異世界転移状態になっちまうと意味合いが違ってくるよな、と考えて、その先まで想像してみて、背筋が寒くなりもした。
その想像を振り払い、今後いつ帰れるか分からない死んだらどうなるかも確定しない今を生き抜く為にも、戦闘行動にも慣れておくべきだと判断した。
メニューから援護歌や呪歌を選んで実行しようとするのは、特に視界というか意識上の視野に操作メニューが溢れると混乱の元でしかなかった。
そこでさっき無意識に剣で木肌を切りつけた時と同じような感覚で、いくつもの歌を同時歌唱し、切り替え、その範囲や効果などを確かめていった。
現実世界での自分は音符も読めないし楽器も弾けないが、そこはバードという職業の補正がかかっているせいか心配しなくて良かった。自分の歌声というものに耐える必要はあったが、そこはゲーム。何か歌詞が決まっていて、それを歌わなくてはいけないというモノでは無かったのも幸いした。
決闘システムなどを用いて、余興の召還したエレメンタルの個性や能力を肌身で感じたり、視線が通らない相手はターゲット出来ないとか、ターゲットされていても効果範囲から外れればその影響は受けないとか、技や魔法の直線上に障害物があれば、範囲効果のものでもない限り、攻撃はその障害物に当たってしまう事なども確かめた。
途中でナカスに戻ったフレンド、ファーストキャラのモンクではなく、折り悪くサブキャラのグレンボールというドルイドのキャラに切り替えていた時に転移に巻き込まれたらしい、グレンから念話が来た。街中、混乱した冒険者であふれ返り、関係ないNPCに絡んだり、冒険者同士でいさかいを起こしたり、アキバやミナミ、ススキノなどどのプレイヤータウンでも同じ様子で、都市間を結ぶタウンゲートは機能を停止。外部Webを参照できなくなった事でフェアリーポータルも実質的に利用できなくなった事、それからログアウトも機能しなくなっている事なども教えてもらった。
「そっか。そういや、ログアウトして戻れてるならみんな騒いでないよね」
「そっかって、お前なあ。落ち着き過ぎだろ。そっちはどこにいるんだ?他の連中は直前までどこにいたとしても、ほぼ全員プレイヤータウンに戻されてそこで気がついたみたいだけど」
「こっちはこっちで、まあいろいろあったからね。発見出来た事も多かった。合流したら情報共有するよ」
「りょーかい。んで、そっちは余興と二アカウント同時ログインしてたんだろ?余興の方はどうなったんだ?」
「それが、まあ、言っても説明がむずかしそうだから、後でまた会った時に直に話すよ」
「分かった。まだ外に飛び出して戦闘してる奴とかほとんどいないだろうけど、気をつけろよ」
「お陰様でレベル90になったし、帰り道のゾーンは安全そうなとこ選んで帰るよ。戦闘も何度か試しながらね」
「エルファなら大丈夫だとも思うけど、何かあったら声かけろよ。すぐ駆けつけるから」
「そっちこそ、今街から出たりしたら目を付けられるかも知れないだろ。じっとしてた方がいいかもね」
「かもな」
「じゃ、また後で」
「おう。やばそうになったら、その前に帰還呪文使えよ?」
「やばそうになったらもう使わせてもらえないだろうけど」
「違いない。んじゃまたナカスで」
「うん」
そんな風に念話を終えた頃には日が落ち掛けていた。安全そうな戦闘を何度かこなしてから帰ろうとは思っていたが、その前に腹の虫が鳴った。
「そうか、そう言えばここが異世界なら食事も普通にする必要があるのか。余興、お前も冒険者の体に入ってるなら食っておけ」
「食事とは何だ?」
そうして魔法の鞄から取り出してみた食料アイテムを、今までは味わいたくても味わえなかったその味を期待して口にしてみて、そこで次の一幕が開いたのだった。
たぶんもう一話くらい続けて投稿します。