9.イズモ大祓の神官との会話他
「君、名前は?」
「ナカイリキの巫女、・・・のヒヅメです」
周囲で驚きに息を呑む音がいくつもあったが、エルファは彼らか彼女らからの質問を封じるように質問を続けた。
「自分は冒険者のエルファと言います。たぶん、何度かお会いした事があるかも知れません」
「すみません、私にはお会いした覚えはありませんが、お名前はどこかで耳にした事があるような・・・」
「自分達は、とある事情があってイズモ騎士団の様子を確認しに来たのですが、あなたの他には誰もいなくなっているのを発見したのです」
「あの・・・私は、だって・・何も・・・」
「あなたは騎士団の皆さんがどちらにいらしたのか去られたのかご存知ではなさそうですね」
「はい」
「他に知ってそうなどなたかに心当たりはありますか?」
「ヤチホコ様なら、何かご存知かも知れません・・・」
「どこに行けば会えますか?」
「神事がある時は大社にいらっしゃるのですが、普段はボアズ・パス・レイクの東岸と内海の西岸の間にあるマツエにいらっしゃいます」
「ふむ、じゃあ、一緒に来てもらえますか?」
「え・・・?しかし私はここでの務めが」
「たぶんそれは大目に見てもらえる筈です。他の皆さんもイズモ騎士団の皆さんもいなくなってしまっているのですから」
「・・・分かりました」
エルファが立ち上がると、すでに太陽が中天にさしかかっているのを見て、
「ちょうどいいから昼食にしてから移動しよう。みんなは準備してて。余興、ちょっと一緒に来て」
「分かった」
「ちょっと待った。マツエにはどう行くんだ?このNPC,じゃないヒヅメさんに歌の効果は」
「後で言うけど何とでもなるよ。じゃ、みんなは先にお昼食べてて」
エルファはそう言うと余興と二人で離れてから移動補助歌を起動して、大社の敷地内へと駆け去っていった。
「慌ただしい人だねぇ。あたしは弥生。これ、おにぎりだけど食べるかい?」
「は、はい、頂きます・・・」
ヒヅメが味のある食べ物に驚愕して声を無くしながら瞬く間に一つを食べ終えてしまうと、弥生はもう二つほど中身の具が違う物を渡してから、まるで池の鯉の様にぱくぱくと口を開けて餌をねだる周囲の冒険者達にも昼食を配っていった。
先ほど戦いを繰り広げたばかりの相手を目の前にしては、沙夜とその仲間達を含め戦闘についての感想を話し合う訳にもいかず、さりとてエルファが彼女を残して行ったという事は大丈夫なのだろうとは推測しつつも、時折緊張感を伴った眼差しを向けられたヒヅメは恐縮してしまっていたが、ゴーレッドや弥生やツクシが側を囲んで気を紛らわせたりした。
エルファは他の皆から離れてから余興に問いかけた。
「さっきの相手に感じた気配、どこかにまだ残っているか?」
「探ってはいる・・・」
ぐるぐると大社の敷地内を駆けめぐり、最後は階段の先の神殿の中に踏み込み、扉を閉め二人きりになってから尋ねた。
「消えている筈の誰か、ってのはどういう事なんだ?」
「我にも良くは分からないのだ」
「嘘はつくなよ?」
「・・・・・まだ言えぬ事もある。我にも確証が無いのだ」
「・・・という事にしとくか。誰がここで聞き耳立ててるか分からないしな。ね、似亜蘭さん?」
エルファが扉の外に声をかけると、扉が一人でに開き、似亜蘭が姿を現した。
「先ほどの戦闘の終盤で見聞きした事を言いふらそうとは思わない。だが、説明は求めたい」
「・・・今は全部説明出来ないけど、余興は訳有りなんだよ。沙夜には少しだけ話してあるけど、あのヒヅメさんを今後どうするかについても、マツエにいるって人と話してから、たぶん、今日参加してくれたみんなにも話せるとこまで話すから、待ってもらえると嬉しいかな」
「・・・・・承知した。先ほどの戦いの指揮、見事でした」
「ども。似亜蘭さんも危ない橋を渡ってくれてありがとう。助かりました」
「助けられたのは、こちらだ。これからも、頼む」
似亜蘭は頭を下げると、歩いて階段を降りて行った。
似亜蘭がかなり離れてから、余興はエルファに問いかけた。
「どうやって見破ったのだ?バードのスキルか?」
「いいや。余興と二人で離れた時に、似亜蘭さんの姿も消えてたんだよ。だからもう隠遁スキル発動してて追跡状態に入ってるんだろうなって見当はつけてた」
「なるほどな・・・」
「ここにも、何も感じないか?」
余興はあちこちにしゃがみこんだり床に触れたりしてから言った。
「先ほどの<伝承の典災>や、他にも何者かがいたかも知れない。はっきりとは分からないが」
「複数?」
「おそらく、としか言えない」
「わかった。今はそれで十分だ。戻って昼飯食ったら移動だ。早くしないと無くなってそうだしな」
「それは急がないといけない」
そして事実、エルファと余興の分も狙われていたのだが、弥生やツクシによって死守されて事なきを得ていた。
皆が腹をそれなりに膨らませ終わると、沙夜がエルファに質問した。
「ヒヅメさんはグリフォンで運ぼうか?」
「それも有りかも知れないけど、<紅姫>メンバー以外はグリフォン持ちじゃないから、ここまで来たのと同じ方法で行くよ。帰り道はお願いするかもだから、まだ使わないでおこう」
「帰り道って、帰還呪文使うんじゃないの?」
「そう出来なくなる可能性があると踏んでるんだろ」
「という事です。じゃ、余興、エア、だと怖いか。アースエレメンタル召還」
「それでどうするのだ?」
「すぐ分かるよ。左手を腹の辺りへ。そしたらヒヅメさん、そこに座って」
「へっ?あの?何を?」
エルファにひょいと担ぎ上げられアースエレメンタルの左手に座らされ、
「右腕をヒヅメさんの前へ。そこにつかまってて下さい」
「あの!これでどうなるんですか?!」
「んっと、けっこうな速度で移動すると思うから、背中をぴったりとエレメンタルの胴体に当てて、腕につかまってて下さい」
「誰かにお姫様抱っこしてもらうとかは?」
「筋力値高い前衛の誰かに抱っこかおんぶしてもらうのも考えたけど、それだと転んだりした時とかに落として怪我しちゃうかも知れないし」
「よからぬ事を考える奴もいるかも知れないしね」
「なぜ俺を見る?そんな不埒な事はしないぞ!なあ、ゴーレッド?」
「おおお俺だってそんな事ぁしねえよ!第一俺には心に決めた人が!」
「ほおおお、それが誰だかは言わないでおきな」
「はいはい、そこまでにしておいて。ヒヅメさん、どうします?」
「・・・皆さんを、信じます。ここで、大丈夫です」
「ありがとう。霙さん、一応念のため、ダメージ遮断の障壁をヒヅメさんにかけておいて」
「了解」
「私も、何かあった時の為に側についてますね」
「ありがとう、ツクシさん。てわけで出発しようか」
それから一同の体がふわりと浮き上がり、だんだんと加速しながら湖の上も突っ切ってマツエに着くまではほんの10分ほどだったが、絶叫し続けたヒヅメがぐったりするのには十分に長い時間だった。
「恨みます、から」
「本職の巫女さんにそう言われると怖い気もするけど、さて、タンクから順に一応バフ配っておいて。今度は通常の装備でいいよ」
「荒事になるの?」
「相手の反応を考えたら、想定の範囲内だからね」
エルファは高槻の質問に答え、ヒヅメに案内されたヤチホコの邸宅へと向かったが、その門前には武装した兵士達が並び、ヒヅメの姿を見ると怯えたように叫んだ。
「き、来た!本当に来たぞ!」
「しかも冒険者を連れてるぞ!」
「ヤチホコ様に報告しろ!早く!」
「あー、やっぱりか。ちょっと待ってもらえないかな」
頭をかきながらエルファが近づいていくと、兵士達は矛を突きつけてきたが、その矛先を指先でそらしながら言った。
「もうお祓いは済んでるってヤチホコさんに伝えて。それと、自分はバードのエルファ。大社の様子も確認してきたとも」
駆け出そうとしていた伝令の兵士は、上役の兵士の判断を伺うように立ち止まったが、うなずかれて去っていった。
そう待たずに伝令の兵士は戻ってきて言った。
「エルファ殿にだけならお会いになるそうです。こちらへ」
「わかった。という訳でみんな、行ってくるよ」
エルファは一人、豪壮な和風建築の建物の内部へと案内されていき、奥まった一室、その内と外にも警護の兵士達を置いた人物と対面した。
「初めまして、かな。エルファです」
「イズモ周辺の地を預かる大祓の神官、ヤチホコです。ご高名はかねがね。いやむしろイズモ騎士団を滅したあやつをも調伏したと知れれば」
「そこはまだ伏せておきましょう。その方がお互いに望ましいでしょう?」
「でしたな・・。どうぞ、おかけ下さい」
「どうも。それで、元々はと言えば、ナカスの南門の先のフィールドゾーンをクルメのアデルハイド侯爵に買われてた事から、イズモ騎士団の様子を確かめておいた方がいいかなと思って来てみたんです。クルメ周辺もその城塞内もそんなに余裕がある様には見えなかったのに、動きが早すぎたので」
「ご慧眼、感服する他ありません。いつかは知れ渡る事でしょうが、冒険者の皆様にはこの事は・・・」
「今回同行した者達から触れ回る事は無いでしょう」
「おお、助かります。冒険者の皆様のみならず、ヤマトに住まう<大地人>にとってはまさに最悪の凶報としか言えませんので・・・」
「その代わりと言ってはなんですが、ヤチホコさんが変事を察した時の事を、異変を目の当たりにした時の事を話して頂けますか?」
「・・・わかりました。私はそれだけの恩義を負っているでしょうから」
「助かります」
「こちらこそ。
あれは、日課としている占いをしている最中でした。亀甲を焼いてそのひび割れなどで吉凶を占うのですが、全体がひび割れ粉々になりました。
今まで一度も無かった事です。焦る気持ちを抑えてもう一度試しても、同じ結果が出ました。
私は矢も盾もたまらずに、イズモ大社へ馬で駆けつけました。
そこで・・・」
ヤチホコははっと気が付いて部屋の内外から人払いすると、先を続けた。
「イズモ騎士団が狩られておりました・・・」
「ロード=タモンや桜姫も?」
「お二人の姿は見えませんでした。すでにやられていたのかどうかもわかりません」
「現地では戦闘の形跡は見受けられませんでした」
「ええ。怪しい外套を被った者達に近づかれ、何かを囁かれ告げられるだけで地面にくずおれ、動きを止め、やがて虹の光になって・・・」
「あのヒヅメというナカイリキの巫女は?」
「あの者は、普段のあれではありませんでした。目から怪しげな光を放ち、抵抗しようとした騎士団の古来種の動きを止め、一人、また一人とその耳元で何事かを囁かれて・・・」
心を折られたのかとエルファは想像したが、ヤチホコには告げないでおく事にした。
「それで、あのヒヅメさん以外の怪しい者達はその後どこへ?」
「分かりません。ヒヅメと共に高宮へと上っては行きましたが、そこで姿は消え、私はマツエへと逃げ戻りましたから」
「そして<冒険者>達もこの世界にやってきている事を知り、クルメのウォーロードに連絡を取って、ナカスの南門の外のフィールドゾーンを買わせたと。なぜギルド会館や大神殿ではなかったのですか?」
「それほどの余裕は我々には無く、イズモ騎士団亡き今、冒険者の皆様のお力添え無くばヤマトの民は遠からず滅ぶでしょうから」
「他にこの話を伝えたのは?」
「ボウフとコクラ、ナカス、ナガサキ、それからリュウキュウの大地人を治める者達には」
「ふむ。では一つ、いや二つお願い出来ますか?」
「私に出来る事であれば」
「先ほどお話し頂いたイズモ変事の様子と、その首魁の一人をこのエルファと仲間達が征したと証す一筆を」
「・・・書きましょう。もう一つは?」
「それは、まだ不確定な事もあるんですが、その時が来れば・・・」
エルファの依頼を聞いたヤチホコは、
「むずかしいかも知れません。いやご期待には沿いたいとは思うのですが」
「出来る限りの範囲でご協力頂ければそれだけでも助かります。それでは私はこれで」
「・・・これから、どうされるのですか?」
「イズモ騎士団を滅ぼした相手は」
他の十三騎士団も同様に壊滅せしめているとは言わず、
「おそらく冒険者達にもちょっかいを出してくるでしょう。こちらは出来るだけ先手を打ちます」
「期待させて下さい。歌う風のエルファ殿」
「エルファでいいですよ、ただの」
ヤチホコの前を辞す前に、エルファは一つ確かめねばならない事があった。
「あのヒヅメさん、どうしますか?もう二度と囚われる事は無いと思いますが」
「・・・・すでに、あの者が姿を現したら決して通すなと皆には伝えてしまってあります。撤回したとしても」
「分かりました。では、門までは同行頂けますか。こちらで引き取るにせよ、あなたから言われなければ納得もしがたいでしょうから」
そうして二人が門まで戻り、ヤチホコはそれでも怯えていたのだが、エルファの元に身を寄せて仕えるように告げると、またそそくさと建物内部へ戻ってしまった。
告げられた側のヒヅメは衝撃を受けてうなだれていたが、
「ここでは事情を説明できないから、拠点に戻ってからだね」
「ヤチホコ様の命なら従いますが、でも、どうしてあんなに、他の兵士の皆さんも、怯えた目で私を・・」
「後で、ね。さていったんこの町からは離れよう」
町の外でエルファは言った。
「<紅姫>の誰か、沙夜以外に、ひとまずヒヅメさんを預けていいかな?島までお願いします」
時間的にちょうど夕飯に同席出来るかもという期待で何本もの立候補の手が上がり、最後は白熱したジャンケンでツミレが勝ち名乗りを上げたのだが、エルファは結局全員を招待したので意味は無かった。
「また来客が待ってるかも知れないから、ゴーレッドと弥生さんとツクシさんも先に帰還呪文で戻って待ってて下さい」
「またどこかに寄り道していくのかよ。俺も付いていった方がいいんじゃねぇのか?」
「かも知れないけどね。少人数のが動き易いんだ。お堂の修繕もまだ終わってないし、弥生さんとツクシさんの料理の手伝いもしてもらわないといけないかもだから、グレンボールも先に戻ってね」
「活きの良い食材手に入れろって事なんだろうけど、荒事になる可能性あるなら」
「無いよ。余興と二人であちこち見て回ったら、帰還呪文で戻ると思う。夕食には間に合うようにね」
Windのメンバーが帰還呪文で戻り、ヒヅメもツミレの背中にしがみついて、他の<紅姫>メンバー達とグリフォンで去っていき姿が見えなくなると、エルファは余興と手近な森の中に入ってから尋ねた。
「サンダー・エレメンタル、召還出来るか?」
「・・・・出来ない」
「その間は何だったんだ?」
「しない事を、強く薦める」
「っておい、まさか」
「してみないと分からないが、可能性が無い訳でもない・・・」
「それ、お前当人に影響は無いんだろうな?」
「おそらくとしか言えないな。出来ない約束をしても破る事になるか嘘になるだけだ」
「分かったよ。んじゃ、これから、オカヤマとボウフに立ち寄ってから戻るぞ」
「遠いのではないのか?」
「ま、何とかなるだろ。エレメンタルは、そうだな、エアーでも出しておけ」
そうしてエルファがフルートを取り出し、移動補助歌を起動すると、余興は試しに自分達の背にエア・エレメンタルの風を吹かせてみると、さらに何割か速度は増した。
「おおっ?!すごい、けど」
「エア・エレメンタル自身が置いてけぼりになってしまうな」
余興はエレメンタルと風の吹かせ方を工夫し、先ほどより最高速こそ落ちるものの、エルファの笛によるブーストよりはさらに三割ほど速め、
「時速100キロ近くは出てるかな」
先導するエルファがちょっとしたレースゲームの感覚を味わい、大人数が山道でこれをやっていれば誰かは木に激突したり崖から飛び降りていたのは間違いなかったと想像したりもした。
オカヤマやボウフにもイズモ騎士団の出先砦はあったが、大社と同様にもぬけの空だった。
「おそらくいたのだろう、としか言えない」
「どちらへ向かっていったのかも?」
「わからない」
「イズモ大社を手始めに、その付近の砦に駐在してる騎士団のメンバーを虱潰しにしていって、ヤマトサーバー全体から消えるまで、どれくらいかかるのか」
そもそもこの世界の異変が始まってからの動きが早すぎるし、始まる前から脅威と成り得る存在を知覚していたとなれば・・・。
エルファは思索を途中で切り上げ、日が沈む頃には余興とWind拠点の島へ帰還呪文で戻った。
ヒヅメはゾーン入退許可を与えてあったのですでに島のどこかにいておそらく弥生を手伝っているのだろうと推測出来たのだが、島と陸地の境界線で待っている来客の中に厄介そうな相手が混じっていて、ゴーレッドが対応していた。
「ゴーレッドさんが入れて、ぼくが入れないなんて理由が分かりません!」
「そんなの俺が言われても知るかよ。お、やっと戻ってきやがったな大将。遅かったじゃねえか」
「これでもなる早で帰って来たんだけどね。で、Windへの入団希望はどうして?」
「いろいろ考えて、噂とかも集めて、殺されたのは恨んでますけど、でも」
「ツクシが入ったとこだからって正直に言えよ。一緒にいたいだけだろうに」
「ば、そ、それ言ったらゴーレッドさんだって!」
「俺はもう知られてるからいいんだよ。てー訳だ大将。どうするよ?」
「うん、却下」
「どうしてです?!これでも付与術師としてそれなりの経験は」
「そういう事じゃないんだよね。恋愛沙汰でもめそうなのは避けたいってだけ。ゴーレッドはほら、おバカだからこじらせそうにないけど」
「そうそう、おバカだからな・・・って当たってるかも知れねーけど改めて言われるとむかつくぞ?」
「どうしてもダメなんですか?どうしたら入れてもらえるんですか?」
「うーん。そうだな。じゃあこうしよう。沙夜もギルドか、少なくともあのギルドタワーから追い出される事になりそうだから、沙夜について回ってその手伝いしてあげて」
「え?それって、<紅姫>に入れって事ですか?」
「いいや。あそこは完全に女性専用になるみたいだ。その方がいろいろと良い事もあるからね。初心者救済とかにも動きがあるみたいだし、鈴月にはその手伝いもしてもらおうかな」
「いつまでですか?どのくらい手伝えば入れてもらえるんですか?」
「一年くらいかな。その時また判断するよ。とりあえずエルファからそう言われて来たって会ってきて。念話は入れておくから」
「・・・・分かりました。行ってきます」
しぶしぶと引き下がり、その後は駆け去っていった鈴月の背中が見えなくなると、エルファはゴーレッドに言った。
「女性が増えちゃったから、建物も増やさないといけないかもだね。武器に斧系はある?」
「そりゃーあるぜ。今は銀行の貸し金庫の中だけどな」
「じゃあ取ってきておいて。それから板とか柱とか必要そうな道具類も適当に調達してきておいて。代金は後でかかった分だけ渡すから」
「そんくらい自分で出すよ」
「いいや、みんなで使う物だからね。ギルドの口座から出す。まだゴーレッドやツクシさんや弥生さんにもアクセスは許可しないでおくから不便だろうけど」
「まだ入ったばかりだしな。用心するのは当然だろ」
そうしてゴーレッドも去っていくと、列の先頭に待っていた男性二人組が挨拶してきた。
「<和冦>ギルマスの敷島だ」
「<薩摩隼人>ギルマスのせごー丼でごわす・・・。てかリアルでこれやるの恥ずかし過ぎて死ねるな。西郷って呼んで下さい」
「ようこそ。お二人とも口は堅いですか?」
「あの食事を食べられるのなら」
「守らない訳も無く!」
「じゃあ、そういう事で。あっちに並んでるテーブルで待ってて下さい。
<紅姫>の皆さんも、て、人数、多くない?」
「ギルマスには外出してた分まで割り増しで仕事押しつけてきましたから!」
「冷麗、はしたないぞ。よだれを拭け」
「よだれなんて垂らしてませんわ!」
と言いつつも袖で口の端を拭った冷麗の背後には、今日のハーフレイドに参加した沙夜を除く<紅姫>の六人以外にも、エルファが知らない二人の女性が混じっていた。
「あの、初めまして。私達は、食事は遠慮してもいいんですけど」
「な訳ないでしょ!あ、私はららりあ!こっちは藍姫です!今日は食事も楽しみに来たんですけど、それよりも大事なお話があって!来ました!」
「ららりあ、テンション、高すぎ」
「藍姫のが低いだけだってば~」
「姫ってのいらないから。面と向かって言われると、恥ずかしくて・・・」
「姫ひめひめひめ~!」
「だ、だから、止めて!」
「えーと、要約するとどんなお話ですか?」
「私達は<紅姫>から分離して、この世界に来て馴染めなくて大変な思いしてるみんなを助けてあげたいなって」
「新しいギルド立ち上げるし、エルファさんも言ってたイトシマ平野での事業とかも手伝うっていうか<紅姫>はレイドギルドだから、新しく立ち上げるギルドが主体となってやろうと思うんだけど、そんな時、お手伝いしたらご褒美もらえるってなった方がみんなやる気出るじゃないですか?だから、味のある料理の秘密、教えて!」
「直球ですね」
「変化球投げてる場合じゃないから~。それともそっちのがお好み?」
「遠慮しときます。えーと、ニライさんとカナイさんもこんばんは。とりあえず入っておいて下さい」
「私達の話もそこのお二人と似たような所はあるんですけどね」
「とりあえず通らせておいて頂きます。話はまた後ほど」
「はいはい。それで、藍姫さん、じゃないな。ららりあさんが料理人でしょう?」
「当ったり~!どーして分かったの?」
「何となくです。とりあえず、今はまだ答えは保留しておきますが、ここで少し待っててもらえますか?」
エルファは二人から離れた所で弥生に今夜の献立を確認し、ある物を除外するよう伝えてから、二人にも入島許可を与えて、夕食が準備されたテーブルへと案内した。
「もうお馴染みとなったお約束ですが、秘密は漏らさない事。抜け駆けしない事。いいですね?」
一同が、中には渋る様子の者もいたが、うなずいたのを確認してから、
「では、頂きます」
「いっただきーーー!」
「肉、肉、ほんもののの!」
「にっくーーーーーーーっ!」
「白米!ただの白米がなんでこんなに美味しく感じるんだ!?梅干し、梅干しは無いのか?」
などなど、それぞれの歓喜の声や観察の眼差しが交錯する夕食がにぎやかに終わってから、エルファは敷島と西郷とニライとカナイを連れて、階段の上のお堂に入り外扉を閉めた。
「今日は、イズモにまで行ってきました。周辺を治める大地人の方と約束したので詳しくは言えませんが、異変が起きていました」
「・・・」
「それじゃ何も」
「つまり、それだけの何かがあって」
「イズモの領主的存在が、クルメのウォーロードを動かしてナカスの南門の先のゾーンを買わせたと」
うなずいたエルファを見て、
「ばっ、そんな事が!?」
「まだ気が付いて無かったのか、せごー丼。そんな事じゃ<薩摩隼人>がカゴシマの地を平定する日は来ないだろう」
「ぬ、なら敷島どんは気付いてたのか?」
「さすがに<ヒラオの森>だけなら気が付いてなかったが、<イトシマ平野>や<シメン丘陵>まで買われていればな。何かが起こっているとは気付くさ。
それで、そんな動きを主導してるらしいエルファさんは何を狙っている?」
「主導っていうかね。冒険者がこの異世界に連れて来られて戻れなくなってる件で、一連の動きについていこうとしてるだけさ」
「韓国サーバーに船で渡ってそちらにいる仲間と連絡は取っているが、やはりあちらも荒れているらしい。というかこちらよりも、だな」
「韓国サーバーの、特にセオウルは最前線のプレイヤータウンでもあるからね」
「逆に、混乱を避ける為に南端にあるプサンにプレイヤー達が避難し始めてるそうだ」
「貴重な情報ありがとうございます」
「それで、エルファどん。うちに四国の強行偵察を依頼してきたのはなぜでごわす?」
「黒幕がいるかも知れないから、です」
「この異変の?」
「本当でござるか?!」
「キャラぶれてますよ」
「ごわすか!?て無理あるな」
「どっちにせよ、確証なんてありません。新規大型レイドゾーンが仕込まれるとしたら、有力コンテンツ空白地でもあった四国がその候補として有力だ、くらいの推測です」
「でもよ、トカゲの連中なんて、レベル30から40だろ。90のフルレイドなら」
「相手が何万て軍勢で無ければ、ですね」
「むう」
「それに、アソのオーク王にも会ってきましたが、ゲーム時代よりもレベルは上がってました。知性もあります」
「本当ですか?」
「本当です。彼らにもフォーランドの偵察を依頼しました。おそらく最西端から上陸するでしょうから、<薩摩隼人>の皆さんには、逆の東南端辺りから捜索を進めて頂けると」
「待つでごわすよ!オーク王と交渉?きゃつらと仲間になるくらいならうちは」
「モンスターはリポップします。殲滅は不可能です。<薩摩隼人>がサクラジマ近くにギルドキャッスル建ててまで頑張っているのは知ってますけど、無理ですよ」
「だからと言って、仇敵のあいつらと組むだなんて」
「西郷さん。もうゲームでは無くなったこの世界で、十万以上のトカゲ人の蹂躙を受けたら、たぶん大地人は滅びます。そしたら遅かれ早かれ、冒険者も苦境に立たされます。アイテムは、今では、売り切れるんです」
その言葉が染み込み意味が伝わると、
「検討、させて欲しいでごわす・・・」
と折れた。
「ええ。おそらく一、二週間後か、遅くて一ヶ月後くらいに、あるイベントを今までのNPC同士で行う予定ですから、その時にお二人もギルドの皆さんに同席して頂ければ」
「イベント?そんなものはもうゲームじゃないのだから」
「自分から何かを起こせばそれはイベントなんですよ。きっと、誰も今までやった事の無い出来事です。楽しめると思いますよ」
「信じてみよう。依頼を完全に受けるかどうかはその時に判断させてもらおう」
と敷島が一礼して去っていくと、
「わっしも、てか俺もですね。仲間と相談して、なるべく大勢で参加させてもらいます」
「よろしくお願いします」
西郷も去ると、ニライが言った。
「ここは、私も訪れた事がありますが・・・」
「もうだんだん答えに近づきつつはあると思いますけど、そうです、修繕したんですよ」
「・・・・!」
エルファはお堂脇の、外に設置した調理場にも案内し、そこに造られた竈やピザ釜なども見せた。
「これを見せて頂いたという事は?」
「公開はまだです。でも、もう準備し始める必要があって、さし当たっては、最低で五千食くらい、多ければ五万食以上、さっきあのお二人にも話したイベントの為に準備してもらいたいんですが、出来ますか?」
「・・・・・二週間で足りるかどうかは分かりませんが、努力はしてみましょう」
「公開は、いつですか?」
「アキバやミナミの様子次第ですね。まだ消沈してる冒険者が大半みたいですが、だからこそ、動き始めてるプレイヤーはそれだけ他のプレイヤーに対して差を付けているでしょう」
「でしょうね」
「だからこそ、下手に先行し過ぎて反感を買ってしまう事を恐れてるんですね?」
「ミナミやアキバの情報源は、お二人もお持ちでしょう。先行し過ぎず、出遅れ過ぎず、です。
お二人には、そのイベントの準備の他にも、お願いしたい事がいくつか・・・」
そうして<三洋商会>の二人も見送ってから、階段の下で待っていた藍姫とららりあにエルファは言った。
「ギルドが立ち上がったら、<三洋商会>のカナイさんとニライさんを尋ねて。そこで支援する内容を伝えるから」
「・・・分かりました」
「えーーー、どうして今すぐはダメなんですか!?あれ、みんな、すっごおおおおく喜ぶだろーに秘密にしておくのずるいって言われるよ!きっと恨まれちゃうのに!」
「ららりあ、止めて」
「だって、たぶん、絶対、そうなるって!」
「だとしても、今日来てた皆さんを見たでしょう?<紅姫>の人達だけじゃなくて、<和冦>や<薩摩隼人>や<三洋商会>や、なぜか大地人の巫女さんまでいた。イズモから来たって言ってた。事情は教えてもらえなかったけど、きっと、私達が知らないところでいろいろ動いてもらってるんだよ。だから、ね?」
「うぅぅぅ、藍姫がそう言うのなら、引き下がるけどぉ」
「そうして。では、エルファさん。ギルド立ち上げたらまたご挨拶に伺いますから」
「うん。楽しみに待ってます。ちなみに、なんていう名前にするんですか?」
「いろいろ案は出てるんですが、たぶん、<青十字>」
「良いね。こっちからいろいろお願いする事もあるだろうから、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
「こっちらっこそーー!じゃーね、エルファさん、まったねー!」
「またね」
そうして騒がしい二人も去って、ようやくWindのメンバーだけになってから、エルファは女性メンバー達に言った。
「お風呂、先に入ってくれば?」
「いえ、お話を先にお願いしますっ!」
と強い眼差しで言ってきたのは、ヒヅメだった。
「そうか。それじゃ、一つだけ約束してもらえますか?正確には、二つか三つになるかも知れませんが」
「あの、変な事をさせられるとかでなければ」
「そこら辺は心配しなくていいよ」
「ええ。私達が保証します」
弥生とツクシが請け合ってくれた事で、ヒヅメも安堵したように見えた。
「これからする話を聞いても、自殺しないで下さい。入水したり、モンスターのたむろするところに一人で出向いて消極的に殺されようとするとかも禁止です」
「・・・・・・私が、何かを、したんですね」
「あなたが、ではなく、あなたの体を乗っ取っていた何者かが、です」
ヒヅメは蒼白になったが、エルファはヤチホコからの証言を添えつつ、ナカイリキの巫女であったヒヅメとの戦闘について簡略に説明したが、典災の説明についてはもっと簡略化した。
「あなたの意識を奪い、体を操っていた者がどこから来たのか、何者なのか、正確には分かっていません。
でもその相手は私達が倒しました。もう二度と同じ事が起こらないよう、勝手でしたが措置もさせてもらいました。だから、あなたが責任に思わなくてはいけない事は何もありません」
「だとしても、私が、あのイズモ騎士団の皆さんを・・・、おぉ・・」
泣き崩れそうになるヒヅメを女性二人が両側から慰めようと背中をさすったり、肩に手を添えたりした。
「あなたが、ではなく、敵が、です。あいつらは冒険者達にとっても敵です。そして私達は、敵を叩き潰し、その目論見をくじくでしょう」
「伝承に歌われる吟遊詩人のエルファ様。救って頂きありがとうございました。ヤチホコ様からもお側で仕えるよう言われましたし、その、変な事以外なら、何なりと」
エルファは苦笑しつつ質問した。
「ヒヅメさんのサブ職業は何ですか?」
「巫女、です」
「そりゃそうかってくらいだよな」
「はまってるっていうか本職だしな」
「具体的にはどんな事が出来るんですか?」
「祝詞を唱えたり、祝いや呪いをしたり、お清めやお祓いをしたり・・・。神事以外にはお役に立てそうにありませんね」
「弥生さんが食事の、ツクシさんが農業の作業をしてくれてるからその手伝いをしてもらえたらそれだけでも助かるし、空いた時間で島のあちこちでお祓いとかお清めとかしてもらえると嬉しいかな」
「そう言って頂けるのなら・・・」
「今は生活拠点にしてるお堂も元は神社の建物の筈だしね。そこもそれらしく整えていってもらうとして、とりあえず三人でお風呂にでも入ってくるといいよ。
余興はエレメンタルと一緒に見張りで。ゴーレッドはここで俺とグレンで見張っておくから」
「すまないね、ギルマス」
「ありがとうございます・・・」
そうして女性陣が去り、エア・エレメンタルを従えた余興もついていって見えなくなってから、グレンはエルファに問いかけた。
「それで、明日からは何をするんだ?」
「今出来る手配はなるたけ済ませたからね。さすがに今のWindだけでフォーランドの強行偵察するのは無謀だし、プサンやセオウルの様子見てから、中国サーバーの様子も覗いてこようかと」
「独りか、それとも余興と二人でか?」
「単身のがいいかなと思ってる。自由が効くしね」
「また今日みたいのに会った時に、余興がどうなるかも読めないからか」
「そうとも言える。今日も勝てたのはたまたまだと言っていいし」
「そうか?全体としては危なげなかったじゃないか」
「結果からそう言えてるだけだよ。もしあれが普通のレイドとして展開して、精神防御に特化して耐性上げてなければ、タンクと前衛から根こそぎやられて、どうにか倒せたとしてもロストしたプレイヤーが出たかも知れなかった。
それに、当初立てた計画とは違って捜索しながら戦えなかったけど、敵に伏兵や増援がいて、普通のダメージ型とか範囲魔法攻撃型が組み合わさってたらたぶん負けてた」
「かも知れないな」
「これからもああいういやらしい敵は出てくるだろうし、ゲーム時代と違ってレイドボスが連携してくる事すら想定しないといけない。その意味では既存のレイドゾーンの確認とかも並行して進めておかないといけないんだけどね」
「でもレイドボスが連携してくるってなったら、フルレイド24人規制とかゾーンに設定されてたら」
「エルファは、だから動いてるんだろ」
「そゆこと。まだ秘密だよ」
「・・・あー、話がむずかしくてついていけねーよ、おバカな俺にはな」
立ち上がって去ろうとしたゴーレッドの腕をグレンボールは掴んで離さなかった。
「まだ女性陣は上がってない。座れ」
「ちっ!二人には男のロマンてもんがわからねぇのか!?」
「それは違うよ。まあ人によっても違うのは当たり前なんだろうけど」
「そうそ。拝ませてもらうのなら、正面から堂々と頼んでオーケーされたらだろ。覗くとかは犯罪だよ」
「法なんてこの世界にあんのかよ?」
「無いだろうね。でもだから何でもしていい事にはならない」
「・・・どうしてだよ?」
「儚い言葉で言うなら、善意とか良識の故に、て事になるんだろうけど、相手がされてイヤな事ならやらない。それだけの事だよ」
それでゴーレッドは不承不承という体だが口をつぐんだが、エルファも法が無いという事実が今後無視できなくなる事は予測出来た。
だからって、何でもかんでも自分でやろうとか関わろうとは思わないけど、さて、どうしたもんかねぇ。
夜空に浮かぶ月を見上げていると、弥生達が風呂から上がってきたのでグレン達も風呂に向かったのだが、女性が入っていた風呂に向かったゴーレッドはそのお湯がすでに抜かれているのを見て泣く泣く男湯に戻ってきたりした。
そんな風に、イズモまで遠征した一日も終わっていった。




