第77話 激突
目にも止まらぬ速さで繰り出されたミルルルの剣は、しかしミエラと呼ばれた女が放った風魔法の強烈な風圧によって不意を突かれ、若干軌道を歪められる。その結果、ヒカルの髪を数本持って行くに留まった。
「小癪な!」
ミルルルは振り返り、その魔導石を持っている女を視界に治める。メヒーシカがいないのが辛い。昨日メヒーシカの主張で、かなり先に歩を進めてから寝床を作ったものの、どうにも見落としがないか不安だったミルルルは一人で深夜、できる範囲でもと思い見直しをすることにしたのだった。幸い彼女のほうがメヒーシカよりも体力があるので、一晩徹夜するくらいなら大丈夫なのだが、こんなことになるのならメヒーシカが先を急ごうとしたときに何が何でも止めておくべきだったと後悔する。
まあ、今さらなのだが。
一瞬迷って、ミルルルは周囲の女二人を無視して、ヒカルに向かうことにした。愛剣“竜の牙”の切っ先を、もう一度ヒカルに向ける。
「城島ヒカル!!まずはキミの力、もう一度見せてもらうぞ!」
ヒカルは微動だにしないが、それは何の安心にもならないことをミルルルはよく知っていた。底がしれない相手だからこそ、今度こそその力の全貌をまずは把握し、戦いながら弱点を把握する。
そう考えて“竜の牙”を振り被るが、また後ろから魔法が飛んでくる、ミルルルは見もせずにそれをかわした。それでも一瞬の間が空き、その瞬間ヒカルが右手を上げる。
「――っ!!」
警戒。三歩下がってヒカルの攻撃に備える。しかし何も起こらない。何かと思っているうちに、今度は魔導石を持っていない方の女――ヘルネと呼ばれていたか――がナイフで切りかかってきた。
片手で相手の手首を掴み、地面に倒す。視線はヒカルから外さないが、何故かヒカルはこちらに攻撃を仕掛けてこない。
(周りの二人に戦わせようとしているのか――?どこまでも人を馬鹿にして!)
イライラが募る。殺してもどうせ生き返らせられると思ってヒカルのことしか見ていなかったが、先に周囲の二人と戦えというのなら話は別だ。生き返らせるのが嫌になるくらい殺しつくしてやろうか。
ミルルルは振り返る。その殺気に、先程までとは違う何かを感じたのか二人の女は一瞬躊躇うような素振りを見せた。そこを見逃さないミルルルではない。“竜の牙”を構え、まずはミエラに襲いかかる。風・火・土の魔法が飛んで来るが、正面から構えたミルルルにとって問題になるような魔法ではない。勢いのいい突風は、ただでさえ足腰のよいドワーフを倒すには至らない。続いて放たれた炎は攻撃範囲を見切り、紙一重の所でひらりとかわす。続けて飛んできた土の弾を全て“竜の牙”で迎撃すると――もうミエラは目の前にいた。
ミエラが恐怖に顔を歪める。咄嗟に彼女は風魔法を自分自身に放って、ミルルルから距離を取った。
すかさず間合いを詰めるところ、ヘルネが間に入って来る。ナイフを“竜の牙”に合わせてこようとするが、構わず振り切ると彼女の持っているナイフは根元からぽきりと折れた。多少武術の心得があるようだが、ミルルルにとっては魔導石を使うミエラよりも格段にやりやすい。そのまま抑えつけて首を刎ねようとしたところで、またミエラが土魔法を放ってくる。一歩動いて容易くかわしたが、拘束が緩んだ隙に今度はヘルネに逃げられた。
「――ちょこまかとっ!」
雑魚のはずが、意外と手間取ることに苛立ちが隠せない。二人の息が合って、実力が増幅されてしまっているのか、それとも無意識の内に、視界の端に映る城島ヒカルに対して委縮してしまっているのか……後者だとするならばとんだ屈辱である。それを振り払うためにも、今一度真剣に相手を見据える。熱くなってはいけない、冷静に、雑魚だと馬鹿にせずに、相手をちゃんと見る。魔法と、体術。コンビネーションは侮れない。でも勝てないはずがない。視野を広げる。直線的な動きだけじゃなく、もっと広い範囲で戦術を組み立てる。
「もう一丁!!」
ミルルルはそう叫ぶと、二人の間に割って入るように突進した。どちらかを攻撃されると思っていた二人は、咄嗟にその行動に反応できない。そこから、ミエラの方を向き、“竜の牙”を構える。気迫に抑えれてミエラがまた風魔法を使い、後退したその瞬間――ミルルルはくるりと向き直り、ヘルネに照準を合わせた。
ミエラが宙に浮き、一瞬遅れ、ヘルネがミエラに気を取られ自分のことがおろそかになる、その一瞬。そこをついて、まずはヘルネを一刀の元に切り捨てる――!
“竜の牙”がそのままヘルネの首に吸い込まれるかと見えたその瞬間、しかし耳障りな金属音が響いた。
「――誰だ、キミ?」
戦いに割って入り、ミルルルの“竜の牙”を受け止めるのは、短剣使いの少女。その少女は静かに口を開く。
「私は――シュリ。城島ヒカルとその仲間に仇なす者は、一人残らず私の敵だ」
 




