第73話 接近
「さあ、準備はできた?」
ヘルネが皆に確認する。ティエルヤドーで一泊し、一行は次の目的地までの物資を手に入れた。疲労もややましになり、昨日よりは充実した表情をしている。
「次の目的地はジャイね。またこれから10日くらい歩き詰めの毎日が来るから、気合を入れて行きましょう」
宿の入り口で確認し、一歩を踏み出す。この辺りの宿代は前払いなので、すでに支払いは済ませていた。
「さあ、昨日通った城門に戻ろう――って、あのセクハラ門番か、いやだなぁ……」
ミエラがげんなりしたように呟く。ヘルネはそれに笑って答えた。
「大丈夫よ、入国と出国で担当者を分けてたでしょ?仕切りを作って、左側通行にしていたじゃない。あの人が今日も入国担当なら、せいぜい冷やかしに口笛を吹くくらいしかできないんじゃないかしら」
「――う~、それもムカつくけど、言っても仕方ない――ね。行こっか」
そんなことを話しながら、三人はティエルヤドーの城門へと辿り着く。予想通り、昨日の門番は入国希望者の対応に忙しそうにしており、ちらりとこちらを見て、何か話しかけようとしたものの仕事に埋もれてそれどころではなくなっていた。出て行く者についてほとんどノータッチの国もあるが、ティエルヤドーにおいてはちゃんと出国希望者担当の門番がおり、ヘルネ達はそちらに調べられる。
とはいえ出国手続きの方が簡単に終わるので、もうほんの少し待てばまた過酷な旅が始まる――そう思いながらヘルネは何の気なしに、仕切りの向こうで並んでいる入国希望者の列を見た。
その後ろの方に、二頭の馬と、それに乗った人影がある――と思ったら、見る間に近づいて来る
。
「ちょ、割り込み禁止ですよお二人さん!!」
慌ててセクハラ門番が止めに入る――こんな真面目な声も出せるのか――が、馬上の人は意にも介さない。
「身分証ですー、公人の場合は優先的に入国審査してくれますよねぇ?時間もかからないし」
その声の主を見て、ヘルネは思わずミエラとヒカルの頭を抑えつけた。自分も慌ててしゃがみ、仕切りを盾にして向こうから顔が見えないようにする。
「――なっ!ヘルネどうしたの!?」
ただ事ではないと悟ったミエラが小声で叫ぶ。ヒカルも何やらわめいているが、言葉が分からない。
「ジーシカで会った給仕の女!あいつがそこにいるの!」
ヘルネは同じく小さな声で簡潔に答えた。それを聞いてミエラの顔が蒼くなる。
「――そ、そんな……」
「落ち着きなさいミエラ。こっちのことはばれちゃいないわ」
ヘルネはミエラを制する。出国担当の門番は怪訝な顔で一瞬こっちを見たが、すぐに何もなかったかのように作業に戻った。
「はい、出国してくれていいですよ」
門番の声に、そろそろと動き出し、気付かれないように動き出す。
後ろから、あの女の声が聞こえてきた。
「ところで――何日か前に、女を二人連れた“ゼラー”が入国しませんでしたか?女の方は“算術”だけLv010なのが一人と、各分野で高ステータスなのが一人です」
「さあ~入国者なんていっぱいいますからね~忘れちゃったなあ。それよりお二人さん、今夜暇があったら、俺とアツ~い夜を過ごさない?俺、本格的な魔法使いさんとか、ドワーフさんとか相手してもらったこと無いんだよね~」
「奇遇だな、ボクも腑抜けた門番に相手してもらったことはないし、これからもされるつもりはない。失せろ」
「ちょ、このドワーフ姐さん怖っ!わっかりましたよ~はい入国OK。俺はここで働いてるから、気が変わったら――ってちょっと!最後まで人の話を聞いてくださいよ~」
ちらりと振り返ると、あっと言う間に馬に乗った二人は駆けて行ってしまっていた。セクハラ門番は肩をすくめたあと、こちらに向かってウインクをした。
「なっ――!」
なんだかとても腹が立ったが、助けてもらったのも事実。少し悩んで、結局あっかんべーと舌を出して挨拶代わりにすることにした。セクハラ門番が地に両手をついてショックのジェスチャーをするが、昨日あれだけ言ってるんだ、無視されなかっただけでもいいと思って欲しい。そして仕事しろ。
「――やっぱり、追手が来ていたんだね」
国を出て少ししたところで、ミエラがぽつりと言った。ヘルネは答え方に迷う。
「――でも、相手はこっちに気がつかなかったはずよ。しばらくはティエルヤドーを探すはずだから、時間は稼げるはず」
「でも……私達はヘルネ以外馬にも乗れないし……すぐに追いつかれちゃうんじゃ……」
不安の色がミエラの瞳に宿る。それを見ても、ヘルネは何と言って勇気づけたらいいのか分からなかった。




