第71話 復讐のドワーフ
ジーシカの城門まで、用意された馬に乗って行く。旅慣れているとはいえ、誰かを追って殺しに行くような経験はメヒーシカにもない。屈強なジーシカ兵を引き連れるメヒーシカは、胃の辺りがむかむかする理由が馬上にいるからか、緊張のためか分からなくなっていた。
「――メヒーシカ、大丈夫か?」
隣には、見送りに出ると言って聞かなかったエパナがいる。メヒーシカの顔色を見て、心配そうに声をかけてきた。ここで弱音を吐けば、またエパナは自分に追手を任せたことを後悔するかもしれない。
「大丈夫ですよ、私は平気です。何としても城島ヒカルを倒し、彼の秘密を暴いて本にまとめれば遂に私の著作も学院の図書館に!それが今から楽しみで仕方ありませんぐへへ」
「はは、それは楽しみだな。きっとまた、そなたのような学生がその本を読んでくれることだろう――そんな変人が次に現れるのがいつになるかは分からないが」
「ちょっ、酷くありませんかそれっ!」
軽口を叩き合うのは昔馴染みの特権。しかし二人とも、どこかぎこちないのもまた事実だった。微妙な間が二人の間に漂う。そこに割って入る声が合った。
「城島ヒカル――?今、城島ヒカルって言った?」
しまった、とメヒーシカは後悔する。城島ヒカルの名前を不用意に発言していい場所など、今のジーシカにはなかった。どこの国の間者にとっても、彼の情報は超一級品なのだ。慌てて声のした方を見ると、小さな人影があった。自分が馬上にいることを差し置いても、随分と小さな人影である。最初は子供かと思ったが、すぐにドワーフという種族のことを思い出した。
「おいおい、私はジーシカの女王だぞ、いきなり声をかけてくるとは、無礼な奴もいたものだな。ドワーフとは皆、そんな輩なのか?」
エパナが同じく馬上から、その女性のドワーフに向き合う。挑発的な言葉遣いにしたのは、敢えて激昂させて無礼打ちにでもしてしまおうという腹だろうか。綺麗な顔をして、腹で考えていることはえげつない。
しかしドワーフはそんなエパナを無視した。
「奴の噂を聞きつけて来てみれば――キミ達が城島ヒカルを倒すって言ったのかい――?そんな腕前でさぁっ!!」
そのドワーフの瞳に宿る狂気を感じて、メヒーシカは本能的にエパナを守るように馬を動かす。追従する兵士達も慌ててそれに従おうとしたところで、ドワーフが動いた。その動きはさながら光のごとく、あまりにも速い。あれよあれよという間に、右側に回り守りに入って来た兵士たちを剣の腹で打ち倒した。
「――なっ!!」
一拍置いてようやく、何が起こったかをエパナが理解して小さく叫ぶ。彼女とて、魔導学院に留学するなどしており、決して温室育ちの女王様ではないのだがそれでも冷静さを失わせずにはいられなかった。もちろんメヒーシカも同様で、鋭いというよりはもはや美しいの領域に達するドワーフの剣技に、思わず見惚れかけ慌てて気を取り直す。しかし、そんな一瞬の隙の間にドワーフは二人の上を飛び越え、今度は反対側の兵士達に襲いかかった。逆側の兵士がどう倒されたかを見ていたにも関わらず、左側に回っていた彼らもまた、まるで再現されるかのようになすすべもなく倒されていく。僅か一瞬の後には、馬上で姿勢を保っているのはメヒーシカとエパナのみになっていた。
「もう一度聞くよ――この程度の腕前で、城島ヒカルを倒すって言ったのかい――?ボクに、こうまであっけなく倒されてしまうほどの腕前で!あの!城島ヒカルを倒すって言ったのかいいっ!?」
鬼気迫る表情で問いかけて来るドワーフのステータスを慌てて読む。“剣術”Lv020をはじめとして、見たこともないような高いレベルのステータスが踊っていた。
「ねぇ――何か答えてよ。城島ヒカルはどこにいるの?あいつはボクが倒すんだ。キミ達みたいなへなちょこじゃない」
じりっと、ドワーフが一歩詰めよって来る。それだけでメヒーシカは全身に鳥肌が立った。咄嗟に何かを言い返そうとしたところで、エパナに制される。代わりに彼女が口を開いた。
「そなた、ドワーフの武人よ。随分腕が立つようだが、何故城島ヒカルにこだわる?かつて何かあったのか?」
「ああ、あったね!ボクには彼を倒す理由がある!だけどそれをキミ達に話す必要があるとも思えない!」
「ならばここにおる好きな馬を預けよう。このメヒーシカがそなたを城島ヒカルの所へ連れて行くゆえ、彼を成敗してくれたまえ」
「そんな奴の助けなんて――」
言いかけたドワーフの言葉が、メヒーシカを見て止まった。
「――なるほど、その“魔力”は悪くないね。いいだろう、キミが城島ヒカルの場所を知っているということならば、その助け、借り受ける」
急な展開に付いていけないメヒーシカの耳に、エパナがそっと囁きかけた。
「この手の奴は手段を選ばないやり方を嫌うかもしれん、城島ヒカルが力を失っていることは隠しておくといい。どの道私の配下は使えんようになってしまったからな、そなたには更に苦労をかけるが、こやつを上手く利用するしか我々には道が残されていないようだ」
その言葉に、メヒーシカも状況をようやく整理できる。目の前のドワーフは復讐に感情を支配されているようだが、兵士達を倒すときには剣の腹で殴るに留めているあたり分別を失っているわけではないらしい。その兵士達が気絶していて、仮に復活してもしばらくは自信を喪失したままであろうことや、目の前のドワーフの力量を考えれば、彼女と一緒にヒカルを追うことが一番の得策のようだった。
「――わかりました。私の名前はメヒーシカ。ともに城島ヒカルを倒しましょう」
「ボクの名前はミルルル。キミは道案内をしてくれるだけでいいよ。最後の止めはボクが刺す」
そして二人は決して友好的とは言えない握手をした。
 




