第70話 追手
「まだ……まだ見つからないのか!城島ヒカルは!」
さしものエパナも苛立ちが募って来た。流石に家臣に当たり散らすようなことはしないが、彼女とて一人の人間である。十中八九手にしていた勝利を失ったとあれば、動揺もするというものだ。
「やはりもっと強引にでも攻めるべきだったか……いや、相手の手の内が全て分からないような状況でそれを命じるのはやはり愚君……ならば更に警戒態勢を強化しておくべきだったか……しかしあれ以上の配置は結果論でしかない……他に協力者がいるという可能性を考慮していなかったのがいけないのか……」
「エパナ、ちょっといい?」
頭を抱えてどこが悪かったのかを検討するエパナに、メヒーシカが声をかけた。
「おおメヒーシカ、どうした、何か見つけたのか」
メヒーシカは書類の整理をしていた。ジーシカ軍に属する兵士たちの勤務報告書だ。何か目立った目撃証言がないかと、エパナが手伝いを頼んだ仕事だった。
「辺境警備第三連隊の管轄である、見張り台で勤務していた兵士からの報告。三日前に、突然水流が増えたことがあったって。その時点では上流で急な雨が降ったことが原因だと判断したけれど、そんな気象現象はなかったって後から分かったから、なぜあんなことが起こったのか疑問である。って書いてあります」
「辺境第三と言うと……ああ、あの川が滝になって落ちている所か。それがどうかしたか?」
さすがに女王。国内の軍事と地理は当然のように把握している。
「もしかしたら……水の魔法で水流を増やして、それに紛れて脱出することができるかもしれない……」
「んなっ!――おいおいメヒーシカ、そなたの発想はいつも斬新だが、いくらなんでもそんなことをすれば命がいくらあっても足りないだろう」
「確かに危険極まりない。けれど、滝の中を通るのではなく、滝から投げ出されるようにすれば水の中にいる時間は短くて済むし、空中で今度は風魔法を使えば上昇気流を起こして落下速度を抑えらるし、加えて、滝壺も衝撃を吸収するから……不可能じゃない気がする。なんなら、私が実際に実現可能か試してみてもいいですよ?」
「馬鹿なことを言うな。そこで死んだらどうする。そうまで言うなら滝の下を調べてみるよう命令を出すから、大人しく結果を待っていろ」
そしてエパナは辺境警備第三連隊に追加の命令を出した。休暇が減ったものの特別報酬を与えられた隊員の士気は高く、くまなく滝の周囲を探索させた結果――彼らは焚火の後を見つけた。
「――本当にそなたの直感と発想は素晴らしいなメヒーシカ。女王はそなたがなるべきではないのか」
「何を言っているの、自分の仕事に誇りを持っている貴女らしくもないです。それよりも――」
「ああ、痛いな。これで国外に逃げられたのがほぼ決まりだ」
焚火自体は、密入国を企てる“ゼラー”が行っていてもおかしくない。だが徹底的な捜索を行っても森の中に隠れている“ゼラー”はいなかったし、ここ数日の間に崖を登ろうとした者もいなかった。つまり、焚火はジーシカに入ろうとする者ではなく、ジーシカから出て行こうとする者が行ったものである可能性が高い。そして現状、滝から落ちるようにしてまでジーシカから逃げ出そうとしている者の心当たりは、一人――否、一組しかいなかった。
「……腕利きを何人か貸してください。私が追います」
「――そなたにばかり負担をかけるわけには……」
「まだLv100の魔導石の行方が分からないんです!十中八九既に破壊しているとは思いますけど、もしオートランドにまだ残しているんだとしたら今までの努力が水の泡になります!それに城島ヒカルがどうしてあそこまでの力を手に入れたのかわからない以上、もしかしたら同じ力を再び手にすることだってあり得ます!何としても、彼の息の根を止めないといけないことくらい、貴女が一番よく知っているでしょう!!」
言われて、エパナは思い出す。会議のときに見たヒカルの目。自分を歯牙にもかけないような冷たく暗い、見下した瞳。
「――わかった、頼むメヒーシカ。オートランドに彼らが逃げ切る前に、全員打ち滅ぼしてくれ。最高の兵士と最高の馬を、そなたに預けよう」
「任せてくださいっ!エパナも、各国特使が城島ヒカルが力を失っていることに気づいていない間にやることがあるんでしょう?身の安全には注意してくださいね」
エパナは女王であり、政治家だ。国際関係で有利に立てる可能性のある材料は当然利用する。メヒーシカがまさに世界を憂いて行動している裏で、自国の利益を考えていることは見せたくなかったのだが、どうやら親友にはお見通しだったようだ。それでもなお背中を押してくれるメヒーシカは、本当に自分には過ぎた友だと思いながらエパナは微笑む。
「安全に気をつけるのはそなたの方だ。必ず、生きて帰って来てくれよ、メヒーシカ」




