第8話 宴の後
「ヒカルの旦那、こんなもんでいいですかね?」
元“ゼラー”の一人、ドマスが俺に確認を求める。俺は、ドマスが内装を整えた部屋の中で頷いた。
「ああ、旗揚げしたばかりの商会としちゃ、上出来だろう」
あれから、俺たちはまず資金を調達に走った。Lv010ともなれば引く手はあまたで、“ゼラー”時代には想像もできないような条件での仕事をたくさん受けることができ、資金が集まるのにはさほど時間がかからなかった。俺ももう少しどうなるか興味があり、一カ月後に去ることを条件にしばらく彼らの手伝いをすることにした。実質的には全員に尊敬されてしまい、リーダーのように崇められてしまったがそれはまあ気にしない。そして、資金調達完了後には場所を確保し、新しく商売を始めることとなったのだった。
「ヒカル、本当に行ってしまうの……?」
ミエラが寂しそうに尋ねて来る。風呂に入る習慣を覚え、汚れもすっかり落ちて身だしなみを整えることを覚えたミエラは、やはりとても美人だった。
「ああ、一カ月って約束だったからな――これから先は、みんなで頑張ってくれ」
「でも――」
「確かにみんなはこれまで虐げられてきて、ろくに社会で生きてこなかった。これから先は大変なこともあるだろう。もしかしたら、デウリス達が何か邪魔を仕掛けて来るかもしれない。商売に失敗して、大変な目に会うかもしれない。でも――もうみんなは、“ゼラー”じゃない。新しい自分に生まれ変わったんだから、自信を持って生きて行けばいいじゃないか」
ミエラは、なおも何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。
「ほらほら、お前たち、自分が“ゼラー”じゃなくなったからって、他の“ゼラー”をいじめたりすんなよ!ちょっと運命の歯車が違ってたら、その“ゼラー”と自分が逆の立場だったことを忘れるな!それさえ上手くいけば、多分どうにかなるさ!」
俺は場を和ませるために、少しおどけて言う。
おさげのシュリが、それに応えて言った。
「……そんなことしない。だって私達は、あなたのような“ゼラー”を知っているから」
なるほど、そりゃそうかもしれないな。
「それじゃ、また縁があったら会おうぜ!俺もこの街に来ることがあれば顔を出すから、みんな頑張れよ~」
最後にもう一度、挨拶を交わして俺は後ろを向く。そのまま手をひらひらと振りながら、俺はオートランドを去った。
次の目的地は、もう決めてある。
転生したときに邪竜がいたことからもわかるように、この世界はいわゆるファンタジー的な世界だ。魔法がある一方で、科学的な進歩が元の世界と比べて遅れているような側面も、その一つ。そして、ファンタジー世界と言えば欠かせないのが――亜人種。
人間によく似ており、知性を持って言葉を操りつつも、人間とは異なる種族。
例えば、エルフと呼ばれる尖った耳と美貌、魔法の扱いに長けた種族。
例えば、ドワーフと呼ばれる小柄で、鉄鋼や鍛冶の技術に長けた種族。
そういった種族においても、“ゼラー”は虐げられていると聞く。
ならば、俺のやることはただ一つ。彼らにも教えてやることだ。
レベル0に見えるけど、実はカンストしている“ゼラー”がいることを。
というわけで、俺は大陸の東――エルフの住む、深森の地へと移動魔法で飛び立った。
同じ頃、宮殿、チャリーズ王子の私室にて。
「いやいや、面白いものを見せてもらえたね。成金をおだてて経済振興なんて僕の仕事じゃないと思っていたけれど、彼の存在を知ることができたのは大きかった」
「御意」
王子の言葉に、応える声がある。
普通の人が外からこの光景を見たら、驚かずにはいられないだろう。一国の王子の自室に、全てのステータスのレベルが0の男――“ゼラー”が控えているのだから。
存在感の薄い、さながら幽霊のようなその男は、能面のような顔を変えないまま王子の後ろにかしずいていた。
「それで――どうだろう、彼は君と同じ?」
「同族――ではございません。私の同族は死に絶えたはずです――が、」
幽霊のような男は、小さいが重厚な声で言葉を紡ぐ。
「私と同じく――レベル0にしてレベル0にあらぬ者であることは間違いないでしょう」
「ふうむ、そうか――しかし、天地創生のときから生き続けている君でもないのに、どうしてそこまでレベルを上げることに成功したのだろうね?」
「分かりかねますな」
「まあいい、もし戦いになったら勝てるかい?」
「お互い、レベルを上げに上げ続けゼロに戻った者としては条件が同じ――しかし、私の方が長く生きていることは間違いございません。もしも彼の者と争いになったとしても、決して遅れを取ることはないでしょう」
「さすがだね。もしものときには期待しているよ」
そして、王位継承順第五位の王子は、にやりと笑った。