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第68話 唯一の穴

 国の中を通り、外に流れて行く川は舟を利用することで貴重な交通路として機能する。しかし世の中には例外も多々あって、例えば国全体が台地や山裾など高低差のあるところに広がっており、川の先が断崖になって滝として下に流れ落ちている場合など、その限りではない。そして、ジーシカはまさにそういう条件を満たしていた。

 なので、川の先にはろくな注目が払われていない。付近には城壁もなく、せいぜいが見張りを一人か二人置いて、たまに現れる崖を登って密入国しようとする愚か者(大抵は国を追われた“ゼラー”である。一部は登り切れずに転落死する)を追い払うだけの仕事をしているくらいだ。まして外に出て行くことなど想定されていない。

 そんな話をジリに聞いて、ミエラは眉間にしわを寄せた。


「崖を登り切るだけでも命懸けなのに、逆にそこから落ちて脱出する……?確かに、盲点だとは思うけど同時に正気の沙汰だとも思えないわ」

「で、ですよね、すみません変なことを言って……」


 ジリもすぐに自分の案を撤回する。しかしヘルネはミエラに同調しなかった。


「――いいえ、でもそれしかないかもしれない」


 思わぬ言葉に、ミエラは一瞬固まり、そしてすぐに反対する。


「ちょっ、ヘルネ何を言ってるの!今は大蛇狩りのときとは違うのよ!ヒカルとは意志の疎通も満足にできないし、どうやらあの不思議な力も使えなくなってるみたいじゃない!いくら冒険活劇が好きだからって、あまりにも無謀だわ!」

「私だって、好きで言ってるんじゃないわよ。ジリにいつまでも世話になっているわけにもいかないし、もう主要な出口は封鎖されているわ。それともここでジーシカの兵士に見つかるまで指を咥えて待っているつもり?」


 二人とも、言葉に含まれる棘が強くなる。不安から、苛立ちが言葉に表れていた。お互い、苛立っていることに気づき、一端深呼吸する。


「おばちゃん達……喧嘩しちゃだめだよ」


 険悪な雰囲気を察したか、ジクにそんなことを言われる始末だ。それにしても二人ともおばちゃんか……と、ミエラが思いながらヘルネの顔を見ると、彼女も苦い顔をしていた。思わず目が合って、二人して苦笑する。


「そうね、こんなところで喧嘩していても何も得しないわ。冷静に状況を考えましょう。まず――いつまでもジリの家にいるわけにはいかない、これはいいわよね?」


 ヘルネの問いかけに、ミエラは首肯した。


「あたしは別に――」


 言いかけたジリを、ヘルネが手で制する。


「残念だけど、これ以上友人を危険に晒すのは、私達自身が嫌なの。例えリスクを得ることになったとしても――ヒカルだって今は言葉が通じていないけど、プライドが高いし他人の自己犠牲が大嫌いだから、きっと同じことを言うと思うわ。お互いに見返りのある話ならともかく、一方的に迷惑をかけ続けるのはダメ」

「それに、ジク君のこともあるでしょ?ジリの立場が危うくなったら、ジク君も守れなくなるんじゃない?」


 ミエラがジクの方を見ながら言う。ヘルネとミエラの険悪な雰囲気をジクがなだめたことにヒカルは気付いたのか、彼はジクの頭をなでようとしていた。しかし、普段から子供と付き合い慣れていない上に、今は言葉も通じないのでその姿はぎこちない。思わず微笑んでしまう。


「――でも、でもでもっ」

「貴女が私達に大きな恩を感じてくれているのは知っているし、それを私達が軽んじていい権利もない。でも、私達を今ここに居させてくれている時点で、貴女は本当に多くの物を返してくれているの。味方のいないこの地で、どれだけ今の貴女が頼りになることか。けれど、それに甘えてては行き詰まる。だから私達は行くしかないの」

「そしてまともな経路は全て防がれている……わかったわ、ヘルネ。さっきは反対してごめんなさい。冷静になった。それでいきましょう」

 遂にミエラも意見を受け入れ――川の先にある滝を落ちて脱出する、という方針が決まった。

 



 一昼夜かけて、急ぎに急いで筏の制作と、必要最低限の物資を彼らは揃えた。ミエラの“算術”Lv010は筏の制作や必要物資の計算に発揮され、ヒカルも言葉が通じないながら、皆のやろうとしていることを察し、身振り手振りで意志を伝えあいながら協力した。ヘルネの多彩が貢献したのは言うまでもなく、人に顔を見られてはまずい三人に代わって、ジリがジクを連れて買い物に行った。


「それじゃあ……皆さん、本当に気をつけてください」

「貴女もよ、もしも誰かが私達のことについて尋ねに来たら、知っていることは全部喋っていいからね」


 ヘルネのその言葉に、ジリは複雑そうな顔をする。


「貴女を信じていないわけじゃない。貴女を大切に思っているからこそ、危険なことはしないでほしいの」

「――わかりました」


 なおも不満そうな顔をしているジリにヘルネはやや心配になったが、そもそも彼女は彼女で一人の人間だ。ジリに関わることは最終的にはジリが判断すべきでもある。一方的な庇護を受けるだけの者など、居はしないのだと学んだ旅路だったゆえに、それ以上のことは言わなかった。


「また遊んでね!」


 周囲の空気を吹き飛ばすかのように、ジクが元気に言う。普段は早く寝かせられているが、今日ばかりは例外とばかりに彼もまたできることを手伝っていた。

 ジクの言葉が通じたわけでもなかろうが、ヒカルの表情が緩む。そのまま手のひらを差し出し、ジクの手と合わせた。




 そして、出発の時が来る。明け方の薄闇の中、三人は筏に乗り込んだ。むき出しの丸太が痛い。


「本当に、本当に気をつけてください――」

「もう、そればかり。またね!でいいじゃない」

「そうね、ジリ、また会いましょう、そのときはもっと落ち着いた場所で、ゆっくりと貴女のお話を聞かせて頂戴。“語り部”のお話を、楽しみにしているわ――」


 そして手を振り合い――筏を流れに任せた。

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