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番外18 語り部

「というわけで、体の中から剣を突き立てられてしまっては、さしもの大蛇もどうすることもできません。もだえ苦しみ、遂には息絶えたのであります」


 ジリが語り終えると、周囲の見物人からぱちぱちぱちっと拍手が鳴った。


「それをお嬢ちゃんがやったのか!“ゼラー”なのに大したもんだよなあ、本当に!!」

「うちも商売をしてるからね、大蛇に道を邪魔されちゃ交易もできないところだったのよ、本当にありがとう!」


 大蛇を倒した“ゼラー”ということで、彼女は今やちょっとした有名人だった。実際には他に仲間がいたのだが、何故かその仲間達は彼女に全ての手柄を譲ってくれた。おかげで今、こうして大蛇退治の物語を語っただけで見物人からお金を貰うことができる。さらには賞金も国から与えられ、ジリの生活は安定しつつあった。もう少ししたら、橋の下の不衛生な住処も引き払えるかもしれない。

 しかし、その一方で不安もある。いくら大蛇退治がインパクトのある出来事だと言っても、いずれは人々に飽きられてしまう。そうなっては、自分はまたただの“ゼラー”に逆戻りではないだろうか。そんなぼんやりした不安が彼女を悩ませてもいた。生きることに必死だったかつてとは違い、生きることに少し余裕ができてしまったからこその未来に対する不安なのだが、だからといって喜ぶようなこともできない。


 そんなことを考えながら橋の下に戻って来ると、ふと視線を感じた。

 見ると、小さな男の子が指をくわえて自分のことを見ている。

 ステータスを確認すると、“ゼラー”だった。

 今までならばそんな子供を見ても見捨てるしかなかったのだが、今はなまじ生活に余裕がある。そうなるとなんだか、見て見ぬふりをするのも嫌になって、ジリは少年に話しかけた。


「どうしたの?何か困った?」

「僕……僕……うわあああああああああああんんんんんんんんんんん!!!!!!!!」


 いきなり男の子は泣きだした。これにはジリも困ったが、とりあえずなだめようと抱きしめる。


「よしよし――いったいどうしたの?お姉さんに話してごらん」

「お、おかあさんが……いなくなっちゃった……」


 その言葉に、ジリの胸がずきりと痛む。自分もかつて、似たような経験があった。

 “ゼラー”として生まれても、そのうちなんらかの才能に開花することはある。ただしその多くは幼少期であり、それを逃したら一生“ゼラー”のままということも珍しくなかった。

 なのでそうなると、余裕のない家は食いぶちを減らすことを考えだす。

 勿論、ジリの親には別の事情があったのかもしれないし、この子の親にも別の事情があったのかもしれないが、一般的にそういう家庭もたくさんあることは事実だった。


「そう……ちょっと迷子になっちゃったのね。大丈夫、お母さんはきっとあなたを見つけてくれるわ」


 心にもないことを言う。言ってしまう。内心捨てられたと思っていても、そのことを年端もいかない子供に告げる勇気はジリにはない。

 それを聞いて、少し男の子は気分が落ち着いたようだった。


「本当……?ぼくが“ゼラー”だからおかあさん、ぼくのこときらいになったんじゃない?」


 既に自分の立場も知っていたのか。小さな子供に対する残酷な話に、ジリは彼に見えないようにしながら顔をしかめる。


「大丈夫、ほら、私のステータスを見て、私だって“ゼラー”なんだから、“ゼラー”はいっぱいいるし、それだから嫌われるなんてこと、ないのよ」


 嘘に反吐が出る。この子は自分の言ったことをずっと覚えているだろうか。ならばいずれ、真実に気付いたときに恨みに思われるかもしれない。そう思っても、ジリは今だけでも、泣き止んで希望を持って欲しかった。


「ねえ、お姉さんの名前はジリ。君の名前は何ていうのかな?」

「……ジク」

「ジク、か、“ジ”でお揃いだね。ねえ、ジクのお母さんが迎えに来るまで、お姉さんの家にいるといいわ――大した場所じゃないけれど、それでも雨風を防げるのよ」


 そんな余裕はないと自分の中で声がする。いや、しかし引っ越しを諦めれば子供一人分くらいはなんとかなるはずだ。それにジリには、かつての自分と重なる少年を見捨てることは、どうにもできそうになかった。




 夜になる。光のない暗闇はジリにだってたまに恐怖を覚えさせる。ましてや、幼いジクはジリにすがりついてきた。


「ほら、大丈夫。あたしがここにいるよ、怖くない、怖くない」


 頭を撫でてやるのだが、ジクの体からは震えが伝わって来る。どうにも怖いのは防ぎようがないみたいだった。


「仕方ないな――じゃあ、お姉ちゃんが話をしてあげよう。こんな夜に出てきそうな化物を、全部食べちゃった人の話だよ」


 特に考えがあったわけではない。だが、最近大蛇狩りの話をしていて喋ることは得意になっていたし、即興でも何か話をすればジクの恐怖が和らぐのではないかと思ったのだ。

 果たして――彼女の話が功を奏したのか、ジクの震えが徐々に治まり、やがて眠りに落ちて行くのがわかった。




 翌朝。

 目覚めて何か忘れているような気分になり、一呼吸置いて昨日のジクのことを思い出す。一緒に寝ていることを確認し、ジリはゆっくりと起こした。


「ほら、起きなさい、朝だよ」


 ジクの方も一瞬寝ぼけているような顔をしたが、ジリが誰かは認識してもらえているらしい。特に暴れ出したり、泣き出したりするようなこともなくぼうっとしていた。

 そのジクが、ほわっとしたまま口を開く。


「お姉ちゃん……レベルが変わってる」


 へ?と思いながら、ジリは慌てて自分のステータスを見た。



 昨日まで“ゼラー”だった彼女のステータスは、“語り部”Lv001になっていた。



 全身を電流が駆け抜けるような衝撃が走る。嬉しさに泣きださなかったのは、目の前にいる“ゼラー”の少年に気を遣ったからだ。


「レベルって……お姉ちゃんみたいに大きくなってからでも、増えるんだねえ」

「そ、そうよ、そんなこともよくある話だわ」


 また、嘘をついてしまう。けれども彼女の中には、真実の決意が一つしっかりと宿っていた。

 レベルが上がれば、仕事も給金も増える。そして何より、自分が“ゼラー”でなくなったことを見つけてくれたその少年を、もはや赤の他人と扱うことはできなかった。

 ――この子を守ろう。一人立ちできるようになるその日まで。

 そう決意して、彼女は今日も物語を語る。

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