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番外17 淡い想い(下)

「ほれ、子供は早く寝な、続きはまた明日手伝ってくれればいいよ」

「子供じゃねーっすよ、俺は」

「あたしから見りゃまだまだ子供さ。ほら、帰った帰った」


 日が沈んでしばらくすれば、もう仕事の時間は終わる。世の中には内職用の小屋に押し込められ、ろくに睡眠も取らせてもらえず奴隷のように内職させられる“ゼラー”もいると言うから、自分の待遇はよすぎるくらいだ。晩御飯も出るし、風呂にも入らせてもらえる。これが人間らしい生活だと言うのなら、今までの自分は確かに人間として扱われていなかったのだとヒックスは思った。

 建物の中を歩き、見習部屋へ戻ろうとする。勿論ぎゅうぎゅう詰めにされることもない、余裕のある四人部屋だ。

 と――そこで、見覚えのある人とすれ違った。心臓がドキンと跳ね上がる。昼にアルリーの所へ見積もりを教えにきた、ユリィという人だった。今までは会ったこともなかったのに、今日になって一日に二回も会うとは。どういう運命の巡りあわせだろうか。


「あら?確かさっきアルリーさんのところにいた……」


 ユリィの方もヒックスのことを覚えていてくれたようで、なんだか嬉しくなる。


「お、俺ヒックスって言います!」

「そうなの、よろしくね。私はユリィ」


 にこっと、名前を教えてくれる。その微笑みに、また心臓がドクンと大きく脈打った。顔に血が上って来るのがヒックスにも分かり、赤くなっていることがばれないかと冷や冷やする。


「えっと、それじゃあ……」


 ユリィが立ち去ろうとした。咄嗟に、ヒックスはここでユリィと別れてはいけないと思ってしまう。冷静になればそんなことはないはずなのだが、思わずヒックスはユリィを呼びとめていた。


「あ、あの……っ!もしお暇でしたら、い、今からお話ししませんか?」




 ゼラード商会の中の建物には、椅子や机が数多く配置されている。休憩、あるいは相談事など、様々な目的に使えるそれらは従業員達にも評判がいい。

 ヒックスとユリィが腰かけているのも、そんな一つだった。窓が隣に開いていて、月が綺麗に見える。


(わああああああああああああああああ何やってるんだ俺は何やってるんだ俺は何やってる何やってるあああああああああああ)


 ヒックスは顔から火が出るほどに緊張していた。憧れのユリィを呼びとめれたのはよかったものの、何を話していいのか分からない。というか、ユリィの顔を見ただけで頬がカァっと熱くなる。まともに話せる自信がまったくなかった。


「えっと……どう、したのかな?何か相談……?ここで働いていて、困ったことでもあったの?でもそれなら私よりもアルリーさんとかの方が……」

「あ、いえその、えっと、ここではとてもよくしてもらってるっていうか……そ、そんなんじゃないっす!!」

「そう……それなら、どうして」

「え……えっとっすね!そう、家族!俺、家族がいなくて、いや、まあ、“ゼラー”のみんなはだいたいそうなんすけど、だから、その家族ってのに関心があるって言うか!そういう生活、家族とか、大切な人とかがいる生活ってどういうのかなって!ユリィさんなら分かってるんじゃないか――みたいなっ!」


 テンパったが何とかフォロー成功。これならまあ不自然ではないし、微妙に同情票で関心を得ることもできるかもしれないし、ついでに彼氏の有無とかも分かるかもしれないし――そんなことを思っているヒックスの目の前で、ユリィは少しだけ憂いを帯びた表情をしたが、すぐに先程と同じ顔になった。


「そうね――私も昔は、家族と暮らしていたわ。そこには確かに楽しさがあったし――でも、ヒックスの前でこんなことを言っちゃだめかもしれないけれど、決して素晴らしいことだけじゃなかったわ」


 その言葉に、ヒックスはユリィが自分を子供扱いもしていないし、“ゼラー”として見下してもいないことを感じ取った。対等な相手として思ってくれているからこそ、うわべだけのことではなく、真剣に向き合った話をしてくれる。


「家族――だったけど、私の場合はお母さんがお母さんじゃないって言うか……簡単に言えば、お父さんが別の所で作って来た子供だったの。本当のお母さんには今でも会っていない……と思う……うん、とにかく、そんなだったから、一方では気を遣うことも多くてね。お父さんが死んだときには結局追い出されるように出て来てしまったし――うーん、私、何を言いたいのかな、自分でもわかんないや、あ、でもね、そこから先は素晴らしい方に出会えたの!!」


 ユリィの瞳が、急に生き生きとしたものに変わった。


「その後の私を守ってくれた人はね、本当に頼もしくて、尊敬出来て、多彩な方で……私が、大好きな人なの。あの方に出会えたことは、私にとって本当によかったことだと思うわ」


 ユリィの瞳がキラキラと輝きだし、言葉にも情熱が籠る。対照的にヒックスは、落胆する気持ちが顔に出ないよう抑えるので精いっぱいだった。


(やっぱり、好きな男がいるのか……そうだよなぁ、こんなに綺麗な人だもんな……)


 諦めの気持ちがむくむくと湧き起こるのをよそに、ユリィは話し続ける。


「人生って、だからどう転ぶか分からないわよね。今は旅に出ているけど、近々帰って来て下さるはずなの。待ちきれないから、毎日早くお会いできますようにってお祈りしているの」

(ああ……入りこむ隙が……)

「昔一緒に住んでいた頃はね、様々なお手伝いをして、時には私も粗相をしてしまうこともあったのだけど、決して頭ごなしに叱ったりしないの。諭すって言うか……とにかく優しい中にも厳しさがあって、でも最後は優しくて……」

(一緒に住んでいた!?もう絶望的じゃないか!!)

「ああもう本当に、最高なのよヘルネお姉様は!!」


 その言葉に、ヘックスは何やら自分が勘違いしていたのではないかと気付く。


「ヘルネ……お姉様(・・・)?」

「そうよ。まだお会いしたことがないのなら、今度紹介してあげるわ。そう――本当にとっても素敵な方なのよ」

(え?何これ?もしかしてチャンスある?)

「そもそも私達が出会ったころは、まだお姉様は今の私くらいの年だったのだけど、それでもとてもしっかりしていてね……」


 結局その後は、ユリィのヘルネ自慢に延々と付き合うことになったのだった。





「彼氏じゃ……なかったけど……彼氏よりも手ごわいかもしれねえ……」


 翌朝、ヒックスは寝不足の目をこすりながら仕事場へ向かった。昨夜はあれからユリィにヘルネお姉様とやらの素晴らしさを延々講釈されていたせいでよく眠れなかったのだ。その様子を見たアルリーが、あきれ顔で言う。


「これヒックス、あんだけあたしが言ったのに、夜ふかししたのかい?」

「不可抗力っすよ……仕事はやるんで許してください」

「はあ、しょうがないねえ。今日こそちゃんと寝るんだよ」


 アルリーは肩をすくめる。それで勘弁してもらえたと取り、ヒックスは今日の作業を始めた。

 と、何やら視線を感じる。振り向くと、アルリーがにやにやとしてこちらを見ていた。


「……何すか?」

「何かいいことでもあったかい?確かに眠そうだけど、昨日よりいい顔をしているよ」


 はて、そんな顔をしていたか。自分ではよくわからないが、なんだかんだで昨日ユリィと話せたことが効いているのかもしれない。しかし、結局何も変わっていないような気もするので、ヒックスは言う。別に照れ隠しじゃない。多分。


「――何もないっすよ。俺は結局“ゼラー”で、世界は何も変わらずに回ってて」

「はっは、じゃあまずは“ゼラー”脱却することから始めないとねえ」

「――できるんすか」

「できるよ、あたしだってできたんだから。あんたみたいな若者にゃ、絶対できるさ」


 そう言って、アルリーはまた笑った。無責任だなあと思ったが、今日はなんだか、自分にもできるような気がしてしまった。

 明日もそう思えるといいなと、ヒックスは思った。

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