番外12 ドワーフと大蛇(下)
「親方さん、ちょっと鍛冶場を貸してもらえません?ボクの知っている技術を教えますから」
ジーシカにはドワーフの鍛冶職人はいなかったので、人間の鍛冶場をミルルルは訪れた。彼女の性格からして、これまでならば多少強引な手段でも使っていたのだろうが、今は不思議と、代わりに自分の技術を提供するという提案をすることができた。
「ほお、ドワーフの、“鍛冶”Lv017のお嬢ちゃんがこんなところに来て、そんなお願いをしてくるたぁ珍しいこともあったもんだな」
「お嬢ちゃん……って、ボク、多分親方さんより年上ですよ?」
「はっはっは、そりゃそうか、ドワーフは長寿だもんな、なら人生の先輩で、レベルも上の相手には敬意を表するとするか。その分、元は取れるんだろう?」
「――はい、ボクの技術は、きっと満足してもらえると思いますよ」
そしてミルルルは一心不乱に、一振りの剣を鍛えた。原料は――郊外で拾ってきた大蛇の鱗である。本当に意味のあることかは分からなかったが、ミルルルには何故か自信があった。
そして――数日後。
鍛え上がったのは、紫色の刀身をした禍々しい剣だった。ミルルルはそれに、名を与える。
「“蛇の鱗”――そのままだけど、その名が相応しいだろう」
「ふうむ、随分と――なんと言うか、不思議な剣だなあ」
親方の言葉は抽象的だったが、ミルルル自身もそんな気がしていた。一本道ではない、何か特殊な力を、この剣は持っているような気がした。
試しに、丸太を切ろうとしてみる。しかし、鈍い音を立てて“蛇の鱗”は途中で止まってしまった。
失敗作?否、確かに“竜の牙”なら一刀両断できている丸太にこうも手こずっているが、それでも、親方もミルルルもこの剣の力を信じていた。信じさせられていたのは、あるいは元の大蛇の力か。
ふと目に入った、鉱石に切りつけてみる、すると――今度はさながらバターであるかのように、滑らかに切れた。
「柔らかい物は切れず、硬き物を切る――さながら、弱者を守る強者の剣だな」
親方の言葉は、なぜかミルルルの心に響いた。
「親方――弱者って、守るべきだと思う?単に搾取してやって、自分の糧にしたほうがいいと思わない?」
「はっはっは、何を言ってるんだ、俺より長く生きてるドワーフが。そんなもん、当たり前じゃねーか」
「当たり、前……?」
「おうよ、俺達が作る武器ってのは、弱いからこそ握られるんだろ?もしもみんなが、武器なんかいらないほど強いってなら商売あがったりよ。だから、弱い奴らにこそ頑張ってもらわにゃならんのさ」
その言葉は、何故かミルルルの心にすんなりと入って来た。
再び、ミルルルは大蛇の元へと向かう。いつ見ても巨大な大蛇が、ジーシカの城壁から少し離れたところに陣取っていた。ここまで大きいと、果たして城壁もきちんと守りの機能を果たしているかは怪しい。もしや大蛇が本気で街を襲おうと思ったら、耐えられないのではないだろうか。そんな気分にすらなってしまうなか、ミルルルはこっそりと大蛇に近づいて行った。
前回みたいに、いきなり頭の方から襲って行くような馬鹿な真似はしない。相手を舐めず、ひっそりと尾の方から近づいて行く。そして、鍛え上げたばかりの剣、“蛇の鱗”を鞘から抜いた。
「いけええええええええええええええええええええええっ!!!!!!!!!」
気合一閃、大蛇の尾を切りつける。今度こそ手応えがあり、大蛇の鱗が切れる感触が伝わって来た。そのまま大蛇に乗り、剣を刺したまま頭まで走りぬけようとするが、しかし並大抵の距離ではない。そして痛みを感じた大蛇が、また体を波のように震わせ、のたうちまわらせてミルルルを落としにかかった。
「――クソッ!させるかっ!」
大蛇の胴体にかじりつきながら、深々と刺した剣を少しずつ動かしていく。すでに傷の長さは、ミルルルの背丈十人分ほどにまでなっていた。
内臓には届いていないので致命傷にならないが、さすがに皮一枚というほど薄い傷でもない。このまま大蛇の体を進んでいけばいつかは倒せる、倒せるはず――だが、
「――うわぁっ!!」
遂に振動でミルルルははじき飛ばされた。攻撃に備えて、構えを取るが大蛇は攻撃の意志を持たず、ただ一目散に逃げて行った。追いかけようにも大きさが違う。本気で逃げに徹されてはどうしようもない。
とりあえず、今回逃げたのは自分ではなく、大蛇だ。そのことに満足しようとミルルルは思った。
「というわけで、ボクは大蛇に一太刀浴びせることができたのさ」
「すげえな、さすがは“剣術”Lv020ドワーフだ!」
「はっはっは、それほどでもないさ」
「あんたのおかげで、複数の大蛇がいるんじゃないかって説も否定された!まあ飲んでくれよ!」
最初は半信半疑だった人々も、大蛇の目撃証言の中に傷跡の話が入ってくれば態度は変わって来る、ほどなくして、ミルルルは人気者になっていた。
「それで、また大蛇に挑んでくれるのかい?」
「勿論――ボクに任せ」
「おい、聞いたか!エルフの土地を攻めていたネルジランド軍が、たった一人の“ゼラー”に壊滅させらたらしい!!」
その声が、ミルルルから熱をすうっと奪って行った。
周囲の皆の声が、まるで靄のかかったように聞こえ、ただ頭の中に一人の男の姿のみが映し出される。
確かに、彼に敗れて学んだこともあった。けれども自分は、彼を倒さねばならない。
「――ごめん、みんな。ボクは旅の途中なんだ。尻尾を巻いて逃げたと思われても構わないけど……大蛇との決着を付けることはできない」
その迫力に、皆は何も言うことができなかった。
そしてミルルルは旅立つ。
城島ヒカルを追い求めて。
彼女が実はヒカルと入れ違いになったことに気付くのは、もう少し先のことだった。




