第53話 大蛇狩り(下)
元の世界でもこの世界でも色々な経験をしてきたが、さすがに怪物の腹の中に入るのは生まれて初めてだ。もっとも、まだ俺は口の中にいるようだったが。
そう思った矢先に、周囲が波打ち、俺を飲みこもうとした。流れに身を任せ、俺は大蛇の食道から胃へと転がって行く。
蛇は細長い特殊な形をしているので、その内臓はかなり特殊に進化していて、他の脊椎動物には複数ある内臓も一つになっているんだったか、その割に性器は複数持っているんだったか。昔、生物の授業で蛇の解剖をしたときのことをおぼろげに思い出す。いや、授業でやったのはカエルの解剖で、そのときに他の動物にも興味を持ったから蛇は自分で採って来たような気がする。まさかその時の仇を返されているわけではなかろうが、今度は蛇の内臓を中から感じることになってしまった。
「ふええ……もうお終いです……」
と、横からか細い声が聞こえた。声の主はジリだ。どうやら、俺と一緒に大蛇に飲まれてしまったらしい。すすり泣くような声が聞こえた。
「おいおい、諦めるのはまだ早いぜ、蛇のお腹の中にいるなんて、またとない攻撃のチャンスじゃないか」
「いい加減に現実を見てください!!どうしてまだそんなことが言えるんですか!折角貴方達に助けてもらった命ですが、もうお終いです……」
「まあまあ、そう言うな。ここに剣がある。ちょっと持つんだ」
俺は手探りでジリに触れ、持っていた剣を握らせた。手探りだったので他の所にも当たってしまったがさすがに不可抗力だろう。
「今さらこんなもの……剣術レベル020のドワーフでもびくともできなかった相手ですよ。“ゼラー”のあたしたちがどうにかできる相手じゃありません」
「外の鱗は堅くても、中の内臓は柔らかいかもしれないって。いいから、やってみようぜ。ほら、俺も一緒に持つから、俺が合図をしたら一斉に剣を振り上げてみよう」
「……わかりましたよ、やるだけ無駄だと思いますけどね」
「最初からそう諦めるなって、やってみるときだけでも、上手くいくと信じてみろよ」
言いながら、ジリの手の上に自分の手を重ねる。
「さあ――用意はいいか、いくぞ――それっ!!」
そして、俺はジリと一緒に剣を振り上げながら――高出力の風魔法を体の上方に放った。
爆音と――そして、俺達の目に、再び光が入る。大蛇の体に穴を開けることに成功した。そう思った瞬間には、大蛇がのたうちまわり、俺とジリは絡まりあって倒れた。大蛇はしばらくビクビクと震えていたが、やがて、動かなくなった。
「「ヒカル!!……って、何やってるの」」
ミエラとヘルネの声が、揃って聞こえた。俺とジリは絡まりあったまま、大蛇の分泌液にまみれていたので、随分な格好に見えたようだった。
「いいか、ジリ。まずは門番か誰かに、大蛇退治に成功したことを伝えるんだ。そして、会う人ごとに、どうやって大蛇を倒せたかを自分の言葉で伝えろ。そうすれば、やがて“語り部”レベルも上がるに違いない。こんなおとぎ話みたいな体験を語れるのはジリしかいないんだ。自信を持て」
「そんな、レベルなんて急に上がるもんじゃ……」
「上がるわよ、私だって、“算術”のレベルは000だったのが数カ月で010にまで上がったんだから」
「本当ですか……?」
ジリはなおも疑わしそうな顔をしていたが、俺達に対する不信感はある程度拭われたようだった。
「大丈夫、きっとうまくいくって、それじゃあ、俺達はこれで」
「えっ、一緒に来てくれないんですか!?」
「何言ってるんだ、ジリの食いぶちを作るための大蛇狩りだったろ、俺達がいても邪魔になるだけだ」
「いや、それでも、そりゃあ最初はなんてことさせるんだと思いましたけど……けど、結局助けていただいたわけですし……」
「じゃあ、もし今度俺達が困ったときには助けてくれよ、それでトントン、ってことでいいじゃないか」
「……わかりました、もし何かあったときは、いつでもあたしの所に来てください。あの橋の下で待ってます」
「おいおい、そのうちもっとちゃんとした所を探せよ、大丈夫、もしもの時はちゃんと探してでも見つけるからさ」
まあ、実際は彼女に助けを求めるというシチュエーションはないだろうが……とにかく、そういうことでジリを納得させた俺達は、彼女と別れて元の新婚旅行に戻ったのだった。
 




