第44話 ヤーシェハマン来訪
オートランドに帰還した俺を待っていたのは、またも驚くべき再会だった。
ヤーシェハマン。忘れもしないエルフの女性。深森にあるエルフの村の、村長の娘にして、簡単に言えば俺に賭けの懸賞として連れ攫われたことになっている彼女である。
そんなヤーシェハマンが、俺に深々と頭を下げていた。
「どうか――我らが村を救ってほしい」
「いきなりそれじゃ話がわからない。いったい何が起こった?」
俺の質問に、ヤーシェハマンはぐにゃりと顔を歪めた。
「村が――人間の軍隊に攻められた」
悔しそうに語るヤーシェハマンによると、俺と別れた後も彼女はしばらく旅を続けていたため直接的な被害に遭わなかったが、その間に彼女の故郷で、俺が以前訪れたエルフの村が近隣の国に攻められて降伏したのだとか。
「それで――何で俺に助けを求めるんだ」
「――敵は一国、私一人の力ではどうにもできない。なんとかできそうな人物の知り合いは――一人しかいなかった。不審な“ゼラー”の噂を探し求めて、ようやくオートランドに謎の商会の噂を聞きつけ――私は今ここにいる」
「それで、俺が手を貸して俺に得られるメリットはあるのか?」
「……圧倒的な軍事力でエルフの里を支配した奴らを、さらに蹂躙してしまうのは気持ちがよさそうだと思わないか?」
なるほど、いい線はいっている。俺の性格をまあよく把握できていると言ってもいいだろう。だが――それでも駄目だ。
「却下だな。俺は自分の相手を自分で決める」
俺の拒絶に、ヤーシェハマンは目を伏せた。そのまましばらく、小刻みに震える。
「お前一人ならどうとでも生きることができるだろう。縁がないわけじゃないし、オートランドにいるなら面倒くらいは――」
「漏らしたって言う」
俺の言葉を遮って彼女が何を言ったのか、最初は分からなかった。
「ゼラード商会の城島ヒカルは、おしっこ漏らしてズボンびしょびしょにしながらドヤ顔してる変態だって、オートランド中に言いふらしてやる」
眼が本気だ。
「いや、あれは勝負の場のまたとない戦略であってそれくらいお前も知ってるだろうというか」
「関係ない。漏らしたのは事実で、私は事実を言い触らす」
ジトっとした目で、無感情に俺を追い詰めるヤーシェハマン。周囲で様子を見守っていた皆も、その雰囲気に飲まれだす。
「ヒカル……漏らしたの?」
「いやいやミエラさん何ですかその憐れむような眼は!」
「誰にも失敗はある、ヒカルは恥じるべきじゃない」
「シュリ!フォローしてくれるのは嬉しいけど前提がちょっとおかしいんだって!!」
「完璧な人間よりも、少し欠陥のあるくらいの人間のほうが、最終的には多くの人から好かれるものよ」
「ヘルネもさあ!温かい目で俺を見つめるのやめて!誤解だから!ちゃんと俺の武勇伝を聞こうぜ!」
「そう、この男は自分が漏らしたことを武勇伝にするほどの変態なのだ――」
「だからヤーシェハマン!誤解を作りだすな!!ああもう分かったよ!お前の勝ちだ、手を貸してやる!プライドの高いお前がなりふり構わず俺を脅しにかかったことに免じて、お前たちの村は救いに行ってやるよ!」
ほとんどヤーシェハマンの勢いに押されてだったが、こうして俺は彼女の助力要請を受けることに決めたのだった。
ちなみにその後。
「ヒカル、私は別に気にしないからね……」
「過去は人間を決定しない、気に病まないで、ヒカル」
「私もよ。人間の価値は、漏らしたかどうかなんかで決まらないわ」
「だから三人とも、ちゃんと俺の話を聞けええええええええええええええええええええっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
周りの皆から尊厳を取り戻すのには、もう少し時間がかかったのだった。




