第40話 暗殺者
俺は天井から殺気を感じた。“戦闘力”Lv10000の賜物だ。
「伏せろっ!」
シュリを突き飛ばしながら自分も転がる。数秒前まで俺達二人がいた所に、小さなナイフが刺さっていた。
「フィス!入れ!敵襲だ!」
俺の叫びにすぐに反応したか、外にいたフィスがすぐに扉を開けて入って来る。そこに再び天井裏からナイフが飛んだ。
「――ッ!」
鬼の形相でフィスはナイフをはじく。
そのまま、持っていた槍で天井を突いた。板が割れ、潜んでいた男が姿を現す。
素早くステータスを確認すると、戦闘に関するレベルがフィスよりも高い。実際、持っていた刃物でフィスと戦いだした男に、フィスの方が防戦一方になっているようだった。
「ここは私が食い止めます!シュリバーサ様はヒカル殿と逃げてください!」
「断るわ!一対一なら貴女は持たないし、そうなったら地の利のある相手に追いつかれる」
シュリは短剣を持って参戦した。フィスが受けきれなかった攻撃を捌き、反撃の糸口にしようとする。しかし敵もさるもの、達人二人を相手にしているとは思えないほどの身のこなしで、次々と技を放って来た。
――となれば、“ゼラー”だとばかり思ってすっかり相手の警戒から外れている俺の出番である。フィスには力のあることがばれたくないので、俺は皆に見えないよう、こっそりと土魔法で礫を男の足に放った。
弾丸のような速度で迫る礫が当たり、さすがの暗殺者も一瞬動きが止まる。そこを逃す二人ではない。シュリが短剣の腹で男を殴り、気絶させた。
「ふう――死ぬかと思ったぜ」
白々しい俺の言葉に、シュリが白い目で見る。どうやら俺が手を貸したことに気づいたのか。フィスは特に疑問にも思わず、男の顔を検めた。
「この男……」
「知っている顔か?」
「宮殿で見たことがあるような……しかし、何故……」
やはりシュリの生存を喜んでいるようなふりをしておいて、その実は権力を奪われるのを恐れたエルドゥの手の者だろうか。シュリが女王即位を決めたのを確認した場合は暗殺するように命じていた、と。
「――宮殿って……」
シュリが顔を青くしていた。しかしすぐに毅然と口を引き結ぶ。
「ううん――こういうこともあり得ると受け入れないと……」
「……そうだな、だけどそれだけじゃ不十分だ。こういうときには反撃をすることも必要だろ、さっきから聞きそびれているんだが、大事な質問をする、ちゃんと答えて欲しい――」
すっかり暗くなった宮殿の中を、俺とシュリは歩いていた。
目的地は、エルドゥ宰相のいる場所だ。
一度来ただけの所だったが、無事見覚えのある扉の前に着いた。ノックもせずに扉を開く。
こんな時間だというのに、明りが灯っていた。エルドゥ宰相は、俺たちの姿を見て一瞬驚いたような顔をする。
「これはこれは、シュリバーサ様にヒカル殿。こんな時間にいったいどういう御用ですかな?」
「シュリの記憶が戻った」
「おお!それは何よりでございます。私のことも思い出していただけましたか?」
「ええ――すごく」
シュリの答えに、エルドゥは嬉しそうな顔をする。それだけを見せられれば、シュリも彼のことを信じてしまったかもしれない。しかし――今は違う。
「一時間目――“声楽”」
シュリは、記憶を手繰ってそれを口に出した。
「二時間目――“組み手”、三時間目――“算術”、四時間目――“経営”、五時間目――“交渉”、六時間目――“裁縫”、七時間目――“水泳”、八時間目――“魔法”」
何を言っているのか、呆気に取られているようなエルドゥに対して、俺は話しかける。
「教育係だったあんたの助言に従って作られたシュリ用カリキュラム――その、ある日の時間割だ。もっとも、これだけじゃない」
「別の日は、“料理”に“乗馬”、“木工”、“鍛冶”、“教養”、“美術”――“採掘”なんてのもありましたっけ……本当に、色々教えていただきました。短剣術以外は」
エルドゥの目が見開かれる。
「そ、それは――記憶違いではありませんか?幼い頃の記憶というものは……」
「おっと大事なことを忘れてるぜ。シュリは記憶を取り戻したばかりだ。つまり、シュリにとっては今、昨日が二つあるような状態なんだよ。一つは勿論そのままの意味での昨日、そしてもう一つは、彼女がこの国を追われる前の日って意味だ。つまり、彼女にとってはあんたの作ったカリキュラムに従ってレベルを上げようとしていた日々は決して記憶の彼方に薄れ去っているものじゃなく、ついこの間のことなんだよ!」
例えば俺だって、小学生の頃の時間割を思い出せと言われたら難儀する。しかし、当時に戻ってみればあの程度、全て覚えてしまっていたのではなかったか。それと同じことが、シュリにも起こるのではないかと思い尋ねてみたところ、やはり彼女には記憶が残っていて――そして、“短剣術”の指導を受けたことがないのも、ばっちり覚えていた。
「あんたは王女の教育係だ。“育成”と“鑑定”のレベルが最も高いからこそ回って来た仕事。しかし逆に言えば、あんたにしか分からない素養ならばなかったことにできる。つまり――つまり、あんたは王女をあえて“ゼラー”のままにして、法に従い捨てられるのを待った。一方で権力争いを勝ち抜き――イルタニャの頂点まで上り詰めたってわけだ。違うか?」
「ち、違う――私は本当に気付かなかったんだ!シュリバーサ様に“短剣術”の素養があるなんて――」
「そしてたまたま“短剣術”は試そうと思わなかったと――まあ、別にそれでもいいけど」
もっと問い詰めるかと思われていた俺の意外な妥協に、エルドゥは目を丸くする。だが、その希望は俺達が担いで来た男の顔を見て、真っ青になった。
「この男についても、あんたが仕組んだことじゃないって言うんだろう。だけど管理者責任は問われてしかるべきだよなぁ、基本は闇に紛れて仕事をするような奴でも、重要な仕事を任されれば任されるほど、人目につくことは多くなる。突きつめればあんたの配下であることは間違いないわけだ。そしてこの男はシュリの暗殺を企んだ。シュリの才を伸ばせず王権存続の危機に追い込み、さらにあんたの部下は王女の暗殺を企んだ。もはやあんたがどれほどの黒幕だったかは関係ないレベルに来ているんだよ。もうあんたを宰相の座から追い落とすには充分じゃないか?」
「エルドゥ宰相、宰相の座を辞してください」
あとはシュリが引き取った。
「それで手打ちにしましょう。国を二分するような争いは起こすべきではない。これからは私が引き継ぎます。正直、貴方を見ていたら様々な疑念が湧き起こって仕方ない。私の両親だって本当に病だったのか……でも私は国を乱さないためなら、全部飲み込んでもいい。――貴方は、どうなんですか」
「……小娘が、高々“短剣術”しか使えないお前が、国家運営を本当にできると思っているのか?」
「グフリーマンさん達がいます。フィスもいます。他にも、頼りになる人はきっといます。貴方自身が言っていたじゃないですか、人をレベルだけで判断していたこの国の旧習は間違っていた、って」
「――クソッ」
エルドゥは、床に拳を打ちつけた。
「もう少し、内密にできていれば……王女の存在をもっと隠せていれば……なんで、なんで見つかるんだよ――“ゼラー”、だったんだろ……」
やはり、本心では王女探索をしたくもなかったのだ。だが、捨てられた王女の存在は広く知られてしまっていた。王位継承者がいなくなった時点で、捜索をしなければならない立場に追い込まれたのだろう。
「さ、これで一件落着だな――あとはお前が即位するだけだ」
「うん――私が、女王……私が、女王に――」
――一瞬。
何か違和感があったような気がしたが、それは具体的に実を結ぶ前に俺の手のひらから滑り落ちた。




