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第39話 王女の記憶

 パニック状態になっていたシュリは、やがて冷静さを取り戻した。周囲で見守っていた俺達は、記憶を取り戻したときにそういうことも起こると予め聞かされていたため驚きはしなかったが、それでもグフリーマンは冷や汗をだらだらと垂らしていた。

 そして――肝心のシュリである。一見した限りでは今までと変わらない。おとなしそうなおさげの少女。だが、ほんの少しだけ、瞳の雰囲気が変わったようにも思えた。


「ヒカル――私、思い出したよ。確かに、私はこの国の王女だった」


 シュリが俺に向かって口を開く。その言葉は予想していたものだったが、それでも面と向かって言われるとやはり衝撃的なものがあった。一人の王女が“ゼラー”であるがゆえに国を追われ、長い放浪生活の間に命を落とすこともなく、再び見出されて王女としての記憶を取り戻したのだ。いくら俺でも思うところがないわけではない。

 ジークに向けて、深く礼をする。


「あなたが私の記憶を奪ったのは職務に忠実だったから。そのことをどうこう言うつもりはありません。ここで取り戻させてくれて、ありがとうございました」


 そして俺達に向き合う。


「記憶が戻ったには戻ったけど、まだ宮殿に住む気にはならない。気持ちも落ちつかせたいし、いつもの宿に戻りましょう」


 そして俺達は、記憶の戻ったシュリを連れて宿に帰った。




「お帰りなさいませ」


 番をしていたフィスが出迎える。


「何も変わったことはなかったか」

「はい、ございません」

「そうか。シュリバーサ様は記憶がお戻りになった」

「――父の所に行ったのですか?」

「ああ、そう言えばお主の父がジーク様だったか。うむ、ジーク様にシュリバーサ様の記憶を戻してもらった」

「そうでしたか……」

「我々はここで帰る、後は任せたぞ――それでは、シュリバーサ様、失礼いたします」


 グフリーマンは深々と頭を下げた。名前の呼び方については、記憶の戻ったシュリが元の名前でも呼んでいいと言ったためこうなっている。

 三人で残されていると、フィスがシュリに頭を下げた。


「父が貴女に対して行ったこと、いくらお詫びしても足りないとは思いますが――」

「いいえ、ジークさんは職務としてやらねばならなかったのです。頭を上げてください」


 そう言ってシュリは頭を上げさせる。先程もそうだが、本当に怒ってはいないらしい。“ゼラー”として大変な人生を歩んできたであろうに、大した心の広さである。

 そして、フィスがジークの娘であったとは。ただの用心棒だからと思って“知識”で調べていなかったことを反省する。年齢的に見てシュリと変わらないようなフィスがジークの娘というのは少し驚いたが、まあ色々あるのだろう。


「少し、ヒカルと話をしたいから、二人にさせてもらえるかしら」

「承知いたしました」


 シュリはフィスを部屋から下げた。やはりどこか話し方など、記憶が戻る前と後で変わっているような気がする。




「……それで、話ってなんだ?」


 俺はシュリに向き合った。実は俺からも彼女に聞きたいことがあったのだが、先を譲る。彼女は意を決したように言った。


「……私、もしも求められるなら――女王として即位しようと思う」

「――オートランドでの生活の方が、気楽でいいかもしれないぞ」


 シュリは聡い。何も考えずに玉座を欲しがる人間ではないだろう。それによって降りかかる災難も、のしかかる責任も、ジークの所から帰ってくる間ずっと考えていたはずだ。

 それでも、彼女はそれを選ぶと言うのだから、俺は確認するだけだった。


「うん――でも、思い出しちゃったから。私が小さい頃に、みんながどれだけ一生懸命私の世話をしてくれたか――宮殿で働くたくさんの人達は自分の時間を削ってくれたし、私が幼い頃に与えられた物は、この国に住む人達が納めた税から得られた物。私の体は私のためのものだけじゃない。この国の人達がみんな、何かを捧げてくれたおかげで今の私はいるから――果たさなければならない義務があると思う」

「お前は一度捨てられたんだぞ。その時点で義務は帳消しになっているとは思わないのか」

「でも、“ゼラー”だったそのときとは違う。そして――だからこそ貴方にだけはこれを認めて欲しいってお願いする。もしも――私を“短剣術”レベル010にしたのは、こんなところで王にするためじゃないってヒカルが言うなら――どうしても許してくれないというなら、私は貴方に従う。でも、どうか私の我儘を認めてください、お願いします」


 そう言って、シュリは頭を下げた。初めて、彼女が俺にレベル上げの特訓に混ぜてくれと頼みに来たときのような、真摯な表情だった。


「――何言ってるんだよ。上がったレベルは誰のものでもない、その人自身の物だ。俺は別に、俺がレベル上げを手伝った相手がどこに行こうが敵に回ろうが全然気にしないさ。シュリがそうしたいなら――何も迷うことはないだろう。自分の信じた道を行け、よ」


 俺がそう言うと、シュリはぱっと顔を上げた。


「――ありがとう、ヒカル。今まで、本当に……」

「まあ、まずは話し合いをきちんとすることだ。今日はもう寝てろ。また明日グフリーマン達と話をしないとな」

「うん――」

「ただ、最後に一つ聞いておきたいことがあるんだが……」

 



 天井裏から不審な気配を感じたのは、その時だった。

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