第38話 ジーク
「まさか……生きておられたとは……」
さしものジークも、シュリの紹介をされたときには愕然とした。
「――やはり、ジーク様がシュリ様の記憶を改ざんしたということで間違いはございませんか?」
グフリーマンの確認に、ジークは重々しく頷く。
「ああ……先王陛下は厳格な人だったからね……シュリバーサ様が七歳を迎えた時、他にまだお世継ぎがいらっしゃらなかったのだから、追放するのは危険だという意見もあったのだけど、自分だけ娘を手元に置き続けるのは、断腸の思いで“ゼラー”だった子供たちを手放してきて父祖に対して申し訳が立たないと仰って……そして結局お世継ぎができないまま病にお倒れになってしまったわけだ……」
なるほど。今になってシュリが連れ戻されに来た経緯がよくわかる。
「しかし……それにしてもよく生きて……」
ジークがシュリを見つめる瞳に涙が浮かんだ。
最後に彼女の記憶を奪った罪悪感もあったのだろうか。もしもそうなら、彼はそれをぬぐうチャンスを得たことになる。
「ジーク様、現在は王位が不在ということに加え、シュリ様はもう“ゼラー”ではありません。王位に就くかどうかを考えていただくためにも、まずは記憶を戻していただかないと」
「それでよろしいのですかな?」
ジークはシュリに顔を向ける。強張ってはいたものの、シュリはしっかりと頷いた。
「はい――私は、私が誰かを知りたいです」
「今からシュリバーサ様の記憶を復活させます。あの日に私がいただいた、生まれてから七歳になるまでの記憶が対象です。その記憶が戻ったからといって、その後の記憶が失われるわけではありません。ですのでどうかご心配なく」
「はい」
シュリは小さく頷いた。こちらにまで緊張が伝わって来るかのようだ。思わずこちらも息を飲む。だが、あまり傍観に徹してもいられない。俺は、ジークが何か変なことをしないか見極めないといけないのだ。野心家という意味ではエルドゥを第一に警戒するべきだが――実は“知識”Lv10000で調べたところによると、この男も負けず劣らずの権力欲があるらしい。まあ、欲があってもそれを具体的な形に結びつけるかは別のことであるから、警戒をし過ぎることはないのかもしれないが。
“知識”Lv10000は確かに素晴らしいが、同時に限界もある。第一に、調べたいことをきちんと明白にしないと欲しい情報には辿り着くことができないし、第二に、“知識”と言うよりももはや真理というべきもの……真実か知り得る者が皆無か極端に少ないものや、人の場合は当人の認識の外にあるものは分からないようだ。明確な基準は分からないが、少なくともシュリが本当にイルタニャの王女なのかは“知識”では判断できなかった。似たような話で、誰かの人となりを完全に把握することもできない。大雑把な表の顔と裏の顔程度なら、“知識”として扱われるが、完全に心の中を読めるかどうかという話になると、例えば“読心術”のような別の力になってくる。だが、完全に“何故それがわかったか”を説明できなくなる時点で、“読心術”のような能力の使用は俺の流儀に反する。もしも勝負になったときに、相手に対して“自分が負けた原因”をはっきりと自覚させ、後悔させる勝ち方が俺の一番望んでいるものだからだ。なのでこれまでの戦いにおいてもそういった力はなるだけ用いていないし、そのスタイルを崩す気もないわけである。
そんなことを考えている間にも、準備は着々と進んでいた。ジークがシュリに向き合って、“洗脳”を使い始める。
「いいですか、貴女は今、十年前のこの場所にいます。よく思い出してください。貴女は、ここで一度私と会っています。その時――何かを忘れました」
「私が――何かを忘れた」
「そうです――貴女は、忘れました――何を忘れましたか――」
「私が――忘れたこと」
ジークの“洗脳”が、徐々にシュリの記憶を揺さぶっていく。もしもこのときに、シュリに対して変な記憶を植え付けるような行為をすれば俺は気付けるはずだが、ジークの“洗脳”にそのような怪しげな点は存在していなかった。
徐々にゆらゆらと体が揺れだしていたシュリの目が焦点を結ばなくなる。精神が別の場所に飛んでしまったかのようだ。そのまましばらく人形のように固まっていたシュリは――次の瞬間、かくんと首を曲げ、そして
「あ、あ――うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ――ぶはっ」
張り裂けるように叫び、胃の中の物を吐き出した。




